Quantcast
Channel: 竹取翁と万葉集のお勉強
Viewing all 3029 articles
Browse latest View live

今日の古今 みそひと歌 木

$
0
0
今日の古今 みそひと歌 木

題しらず よみ人しらず
歌番一四一 
原歌 けさきなきいまたたひなるほとときすはなたちはなにやとはからなむ
標準 けさきなきいまだたびなる郭公花たちばなにやどはからなむ
解釈 今朝来鳴きいまだ旅なる郭公花橘に宿は借らなん
注意 万葉集に次のような歌があります。万葉集の歌が背景にありますと、歌番一四一の歌は男の身勝手ですが、艶なる歌になります。源氏物語の時代までには古今和歌集は教養でしたが、古今和歌集の時代では万葉集が教養です。非常に厳しい話です。

<参考歌 万葉集>
集歌1980 五月山 花橘尓 霍公鳥 隠合時尓 逢有公鴨
訓読 五月(さつき)山(やま)花橘に霍公鳥(ほととぎす)隠(かく)らふ時に逢へる君かも
私訳 五月の山に咲く花橘にホトトギスが隠れるような、そのように私が家に籠っているときにお逢いできた貴方です。


今日の古今 みそひと歌 金

$
0
0
今日の古今 みそひと歌 金

音羽山を越えける時に郭公の鳴くを聞きてよめる 紀友則
歌番一四二 
原歌 おとはやまけさこえくれはほとときすこすゑはるかにいまそなくなる
標準 おとは山けさこえくれば郭公こずゑはるかに今ぞなくなる
解釈 音羽山今朝越え来れば郭公梢はるかに今ぞ鳴くなる
注意 紀友則と云う名前に敬意を表して、近代歌人は色々に解釈を広げます。ただ、詞書を三十一文字にしたような歌ですので、評価には非常な力技が必要です。

万葉雑記 色眼鏡 百七九 大きな池と藤原京

$
0
0
万葉雑記 色眼鏡 百七九 大きな池と藤原京

 万葉集の歌の世界は現代の社会と地理を背景にしたものではありません。例えば、近代日本史の中で藤原京と云うものが登場してくるのは昭和四十一年(1966)の国道165線バイパス建設工事に伴う遺跡調査が発端で、昭和四十四年以降になって遺跡調査を主導した歴史学者岸俊男氏を中心として藤原京と云う王都の存在の可能性が提唱されました。そして平成7-8年の橿原市土橋町・中曾司町土地区画整理事業に伴う遺跡調査などの成果で、現在の平城京や平安京をも凌駕する藤原京の全容が明らかになって来ました。逆に前期万葉集の中心を為す藤原京と云うものは昭和五十年以前には文学上では存在しない王都だったのです。昭和五十年以前の日本文学では、近江大津宮、飛鳥浄御原宮、平城京へと朝廷の所在地は移りますが、古代最大の王都であった藤原京は存在しません。また、昭和期に出版された万葉集関連図書はこのような藤原京を抜いた歴史及び地理観を下に解説を行っています。現代史に置き換えますと、これは東京都を抜きに京都・大阪を中心に明治から大正の文学を解説するようなものと等しいものとなります。
 昭和五十年以前はどのように藤原京を扱っていたかと云うと、日本書紀の「高市皇子観藤原宮地」や「鎮祭新益京」と云うものから、高市皇子の私邸か、飛鳥浄御原宮の空域が狭いため行政機能を充実させるために作られた香久山の丘陵を利用した別宮程度のものと推定していました。ある種、皇子クラスの重要人物のための高級住宅地が香久山の丘陵地帯に作られたと考えたようです。
 日本の律令政治体制は藤原不比等により確立されたと云う古風な史観からしますと、後期天武天皇期から前期持統天皇期では藤原不比等は若輩であり、身分や立場からしても指導者階級ではありません。このため、そのような史観では持統天皇の早い時代に平城京や平安京を凌ぐ規模の王都が存在してはいけないのです。社会学者の希望や学説に反して、巨大な王都建設には安定した政治及び財政基盤が必要ですし、分厚い技術者と技能者が必要です。そして、それに伴う物流や労働と品物との交換システムも要請されます。これらはそれを確実に運営する規則や運営技術によって担保されます。社会経済学からすれば、実に当たり前の話です。実務において、強制徴発された農奴などでは補助作業員になり得ても、高度で大規模な建設事業の主体にはならないのです。つまり、日本史からしますと、藤原京の存在と云う史実から見たとき、日本の歴史に従来のような解釈での藤原鎌足も藤原不比等も必要なかったということは都合が悪いのです。

 さらに話を広げますと、前期平城京以前には、畿内には四つの巨大な内水面域がありました。その一番目はご承知の近江の淡海(琵琶湖)です。二番目が難波の河内池(草香江)ですし、三番目が宇治の巨椋池です。この二つは豊臣秀吉の行った大阪と伏見の都市開発に深くかかわりますから、現代でも歴史や古典文学に造詣の深い人にとっては手の内のことと思います。草香江の低湿地帯や巨椋池は、平安時代から鎌倉時代を通じて存在していましたから、鎌倉時代の貴族たちでも、淡海、河内池(草香江)、巨椋池に関わる歌については実感を持って解釈が出来ていたと考えます。
 ところが、四番目の大和の古代奈良湖(仮称、又は大和湖)については考古学や古代地理学では有名な内水面域ですが、一般には知られていない巨大湖です。現在の遺跡分布研究からしますと、奈良盆地の標高40m以下の地帯が古代奈良湖に相当し、最大では標高45m付近までがそうでなかったかともされていて、確実に歴史を通じて陸地であったのは標高50m以上の場所と考えられています。また、大和の古道である山辺の道や筋違道(太子道)がその輪郭をなぞるとします。
 奈良湖の研究において、その古代奈良湖の湖水面がいつまで存在したのか、また、広い湖水面が失われたとしても、いきなり、乾燥した大地が生まれるわけでもありませんから、南方からの小河川が流れ込む湿地帯がいつまで存在していたのかが重要な関心事項になっています。推定で斉明天皇二年(656)の「廼使水工穿渠。自香山西至石上山。以舟二百隻載石上山石」の記事が残るころまでは古代奈良湖の残り香となる奈良盆地南部湿地帯は存在していたのであろうと推定されます。記事からしますと、現在の天理市布留町から橿原市別府町まで石材運搬用の運河を整備したと云うことになりますから、船舶航行での河川の流れを考えますとまだまだ規模を縮小しながらも奈良盆地北方に古代奈良湖は存在していたと思われます。さらに、推古天皇の時代、隋からの使者は大和川を利用して現在の田原本町蔵堂とされる阿刀を経て、桜井市金谷とされる海石榴市まで船行していますし、藤原京から平城京への遷都でも佐保川の長屋付近まで水運を利用したと思われます。このような地理と歴史関係から、前期平城京時代までは大和川(泊瀬川)、佐保川、その合流地点に残る河合・斑鳩の奈良湖は重要な水運を支えるものでした。
 追記して、奈良盆地の水は奈良県と大阪府の境をなす亀の瀬と云う場所から大坂平野へと流れ出て行きます。ところが、この亀の瀬は日本有数の地滑り地帯で、ここで一度、地滑りが発生しますと、奈良盆地は水没せざるを得ません。近々では昭和六年に地滑りが発生し、奈良盆地の一部、200haが水没、湖沼化しています。亀の瀬を挟む両岸の山体に軟弱土砂が大量に付着していた古代では、この地滑りはもっと規模が大きかったであろうと、推定されています。つまり、地震などで事件が起きれば水没規模は広大になります。

 以上が万葉集を鑑賞する時の歴史であり、地理条件です。ただし、これらの事項について万葉集を専門とする文学者と情報を共通に享受しているかと云うと非常に心細いところがあります。一般に文学は史実や地理条件に制約されませんから、文学者が積極的にこれらの事柄を取り入れて頂かないと、鑑賞において個々人の思いで情景は変わります。後期平城京以降には出現する香久山の裾野に乾いた田畑が広がり、そこに皇子たちの邸宅が点在していると見るか、それとも大湿地帯を埋め立てた後、そこに藤原京がそびえていると見るかでは、歌の鑑賞は変わります。さらに大湿地帯となる前、雨量豊かな梅雨から夏に広大な湖水面が出現したと想像しますと、それは舒明天皇の国見の世界です。
 ご承知のように、次の歌に広大な湖水面を想像するのは万葉集鑑賞の本道からは異端となっています。古典文学者にとって、遺跡を調査研究するのは考古学者の仕事で、部外者は立ち入るべき事項ではありませんし、古代奈良胡を研究する地理学もまた別の研究分野です。そのような別の分野から文学を眺めるのは拒否すべき、忌諱事項です。

天皇登香具山望國之時御製謌
標訓 天皇(すめらみこと)の、香具山に登りて望國(くにみ)したまひし時の御(かた)りて製(つく)らしし歌
集歌2 山常庭 村山有等 取與呂布 天乃香具山 騰立 國見乎為者 國原波 煙立龍 海原波 加萬目立多都 怜可國曽 蜻嶋 八間跡能國者
訓読 大和には 群山(むらやま)あれど 取り装(よ)ろふ 天の香具山 騰(のぼ)り立ち 国見をすれば 国原(くにはら)は 煙立ち立つ 海原(うなはら)は 鴎立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島(あきづしま) 大和の国は
私訳 大和には多くの山々があるが、美しく装う天の香具山に登り立って国見をすると、国の平原には人々の暮らしの煙があちこちに立ち登り、穏やかな海原にはあちこちに鴎が飛び交う。立派な国です。雌雄の蜻蛉が交ふような山波に囲まれた大和の国は。

 なお、古代では「海原波」の意味は“海水の海“だけを示したものでは無いようです。巻十四(東国の歌) に集歌3498の歌があり、この歌の「海原」は湖沼帯や湿地帯を意味するようです。集歌2の歌の「海原波」が内陸の湖沼帯や湿地帯を示すのですと、歌での鴎は繁殖の時期に中ります。つまり、その自然情景からも梅雨明けの稲が成育する時期での国見神事の風景の歌になります。

参考歌
集歌3498 宇奈波良乃 根夜波良古須氣 安麻多安礼婆 伎美波和須良酒 和礼和須流礼夜
訓読 海原(うなはら)の根(ね)柔(やは)ら小菅(こすげ)あまたあれば君は忘らす吾(われ)忘るれや
私訳 湿原の根の柔らかい小菅(=若い娘の比喩)がたくさんあるので、貴方はお忘れになっている。でも、私は忘れられるでしょうか。

 また、古代奈良湖の残滓となる香久山の先に広がる大湿地帯を埋め立て、藤原京を建設したとしますと、次の歌は、ズバリ、その建設の様子を詠うものとなります。ただし、伝統の解釈時代には、まだ、万葉学者の理解の中に藤原京は存在しませんから、歌の世界は飛鳥浄御原宮の西方の地域と考えます。その時、藤原京を知らない彼らの理解では漢語で「京師」と称する大規模な王都は想定できませんから、天武天皇の偉大さを象徴する誇張と捉え、解説は、現在からみれば、ある種、空想文学の世界に走り込みます。

壬申年之乱平定以後謌二首
標訓 壬申の年の乱の平定せし以後(のち)の謌二首
集歌4260 皇者 神尓之座者 赤駒之 腹婆布田為乎 京師跡奈之都
訓読 皇(すめらぎ)は神にし坐(ま)せば赤駒し腹這ふ田(た)井(い)を京師(みやこ)と成しつ
私訳 天皇は神であられるので、赤馬が腹をも漬く沼田を都と成された。
右一首、大将軍贈右大臣大伴卿作
注訓 右の一首は、大将軍にして贈右大臣大伴卿の作れる

集歌4261 大王者 神尓之座者 水鳥乃 須太久水奴麻乎 皇都常成通 (作者不詳)
訓読 大王(おほきみ)は神にしませば水鳥のすだく水沼(みぬま)を皇都(みやこ)と成しつ (作る者は詳(つばび)かならず)
私訳 大王は神であられるので、水鳥が棲みかとする水沼を都と成された。
右件二首、天平勝寶四年二月二日聞之、即載於茲也
注訓 右の件の二首は、天平勝寶四年二月二日に之を聞く、即ち茲(ここ)に載せるなり

 これらの歌において古代奈良胡の存在を認め、平城京よりも巨大な藤原京は現実の歴史であったとしますと、昭和年間以前の和歌の鑑賞は崩れていきます。
 例えば、集歌13の長歌に付けられた集歌15の反歌は古代奈良胡の存在をまったくに想像していないことが伝統の歌の鑑賞の中では決まり事です。そのため、大和盆地に船で航海するような渡津海もないし、その海に雲が湧き立つ情景はあり得ない。だから、配置はおかしいが、歌は斉明天皇が行った百済出兵の途中、播磨灘の風景とします。しかしながら、舒明天皇の御製歌である集歌2の歌の世界を認めますと、集歌15の反歌は飛鳥から古代奈良胡の湖水面を眺めた歌となります。

中大兄 近江宮御宇天皇 三山謌一首
標訓 中大兄 近江宮(おふみのみや)御宇(あめのしたしらしめし)天皇(すめらみこと) 三山の歌一首
集歌13 高山波 雲根火雄男志等 耳梨與 相諍競伎 神代従 如此尓有良之 古昔母 然尓有許曽 虚蝉毛 嬬乎 相挌良思吉
試訓 香具山(百済)は 畝傍(うねび)(大和)を雄々(をほ)しと 耳成(みみなし)(新羅)と 相争ひき 神代より 如(かく)にあるらし 古(いにしへ)も 然(しか)にあれこそ 現世(うつせみ)も 妻(の座)を 争ふらしき
試訳 香具山(百済)は畝傍山のように大和の国を男らしい立派な国であると耳成山(新羅)と相争っている。神代も、このような相手の男性の奪い合いがあったとのことだ。昔もそのようであったので、現在も百済と新羅が、そのように同盟国としての妻の座を争っているのだろう。

反謌
集歌14 高山与 耳梨山与 相之時 立見尓来之 伊奈美國波良
試訓 香具山(百済)と耳成山(新羅)と相(あひ)し時立見に来(き)らしいなみ国原(くにはら)
試訳 香具山である百済と耳成山である新羅が対面したときに、その様子を立ちて見に来た。稲穂の美しい大和の平原よ。

集歌15 渡津海乃 豊旗雲尓 伊理比祢之 今夜乃月夜 清明己曽
試訓 渡津海(わたつみ)の豊旗雲(とよはたくも)に入日(いりひ)みし今夜(こよひ)の月夜(つくよ)清(さや)明(あけ)くこそ
試訳 船を渡すような入江の水面に豊かに棚引く雲に夕陽を見た。今夜の月夜は清らかに明るいだろう。
右一首謌、今案不似反謌也。但、舊本以此謌載於反謌。故今猶載此次。亦紀曰、天豊財重日足姫天皇先四年乙巳立天皇為皇太子。
注訓 右の一首の歌は、今案(かむが)ふるに反歌に似ず。但し、旧き本にこの歌を以ちて反歌に載す。故に今なほ此の次(しだひ)に載す。また紀に曰はく「天豊財重日足姫天皇の先の四年乙巳に天皇を立てて皇太子となす」といへり。

 この三首の標題の「中大兄 三山謌」に示す「中大兄」の表記から、日本書紀の記事に従って歌は皇極四年六月ごろの歌となります。これは、日本書紀の記事を参照した結果として当然ですが、集歌15の歌の左注の「天豊財重日足姫天皇先四年乙巳立天皇為皇太子」の内容と一致します。なお、渡津海や豊旗雲の情景から集歌14の歌や集歌15の歌を百済出兵となる「天豊財重日足姫天皇後七年(斉明七年)」のものと推定する案もあり、そこから播磨国印南から播磨灘の景色と解釈することがあります。ただし、それでは、万葉集編纂者が示す集歌13の歌の標題や集歌15の歌の左注の理解とは相違します。
 ただし、ぎりぎり、時代の括りとして集歌8の額田王謌の標である「後岡本宮御宇天皇代 天豊財重日足姫天皇」は重祚斉明天皇の時代を示しますから、皇極天皇と斉明天皇とでそれぞれが矛盾しますが、同じ人物による重祚として斉明七年の解釈も成り立つ可能性は残ります。

 今まで説明しましたように、前期平城京時代においても交通は水運が中心であったとしますと、次に示す集歌78の歌の解釈は変わります。標準では水運ではなく、陸路、中つ道を使ったであろうと推定し、歌の標題に示す「長屋原」を天理市西井戸堂町と推定します。一方、水路としますと「長屋原」は現在の奈良市役所付近、佐保川の岸辺と云うことになります。

和銅三年庚戌春二月、従藤原宮遷于寧樂宮時、御輿停長屋原遥望古郷御作謌
一書云 太上天皇御製
標訓 和銅三年(710)庚戌の春二月、藤原宮より寧楽宮に遷(うつ)りましし時に、御輿(みこし)を長屋の原に停めて遥かに古き郷(さと)を望みて御(かた)りて作らせる歌
追訓 ある書に云はく、太上天皇の御製といへり
集歌78 飛鳥 明日香能里乎 置而伊奈婆 君之當者 不所見香聞安良武
訓読 飛ぶ鳥し明日香の里を置きて去(い)なば君しあたりは見えずかもあらむ
私訳 飛ぶ鳥の明日香の里を後にして去って行ったなら、あなたの明日香藤井原の藤原京の辺りはもう見えなくなるのでしょうか

 先の集歌78の歌と次の集歌79の歌とが、同じ藤原京から平城京への遷都の場面での歌としますと、集歌79の歌から遷都の行幸の順路は、泊瀬川を下り、河合を経て佐保川を遡り、平城京へと入ったことになります。陸路では無いということになります。

或本、従藤原宮亰遷于寧樂宮時謌
標訓 或る本の、藤原宮(ふぢはらのみや)の亰(みやこ)より奈良宮(ならのみや)に遷(うつ)りし時の歌
集歌79 天皇乃 御命畏美 柔備尓之 家乎擇 隠國乃 泊瀬乃川尓 船浮而 吾行河乃 川隈之 八十阿不落 万段 顧為乍 玉桙乃 道行晩 青吉 楢乃京師乃 佐保川尓 伊去至而 我宿有 衣乃上従 朝月夜 清尓見者 栲乃穂尓 夜之霜落 磐床等 川之氷凝 冷夜乎 息言無久 通乍 作家尓 千代二手来座 多公与 吾毛通武
訓読 天皇(すめろぎ)の 御命(みこと)畏(かしこ)み 柔(にき)びにし 家を置き 隠國(こもくり)の 泊瀬の川に 船浮けて 吾が行く河の 川隈(かわくま)し 八十隈(やそくま)おちず 万度(よろづたび) 顧(かへ)り見しつつ 玉桙の 道行き暮らし あをによし 奈良の都の 佐保川に い去(い)き至りて 我が宿(や)なる 衣(ころも)の上ゆ 朝(あさ)月夜(つくよ) 清(さや)かに見れば 栲(たへ)の穂に 夜し霜降り 磐床(いはとこ)と 川し氷(ひ)凝(ごほ)り 冷(さむ)き夜を 息(やす)むことなく 通ひつつ 作れる家(いへ)に 千代(ちよ)にて来ませ 多(おほ)つ公(きみ)よ 吾も通はむ
私訳 天皇のご命令を畏みて慣れ親しんだ家を藤原京に置き、亡き人が籠るという泊瀬の川に船を浮かべて、私が奈良の京へ行く河の、その川の曲がり角の、その沢山の曲がり角を残らずに何度も何度も振り返り見ながら、御門の御幸を示す玉鉾の行程を行き日を暮らし青葉の美しい奈良の都の佐保川に辿り着いて、私の屋敷にある夜具の上で早朝の夜明け前の月を清らかに見ると新築の屋敷を祝う栲の穂に夜の霜が降りて、佐保川の磐床に残る川の水も凍るような寒い夜を休むことなく藤原京から通って作ったこの家に、いつまでも来てください。多くの大宮人よ。同じように私も貴方の新築の家に通いましょう。


 今回、地理や歴史から歌を鑑賞しましたが、昭和時代まではそのような事柄にはこだわりません。有名歌人の感性での解釈が正解となるような文学の世界です。およそ、歴史や科学から異を唱えるのは、トウヘンボクのたわごとです。
 今回も、トンデモ論と酔論を展開し、言い掛かりのようなものを示しました。非常に反省する次第です。

万葉集 長歌を鑑賞する 集歌1742

$
0
0
万葉集 長歌を鑑賞する 集歌1742

見河内大橋獨去娘子謌一首并短謌
標訓 河内(かふち)の大橋を獨り去(ゆ)く娘子(をとめ)を見たる謌一首并せて短謌
集歌1742 級照 片足羽河之 左丹塗 大橋之上従 紅 赤裳十引 山藍用 摺衣服而 直獨 伊渡為兒者 若草乃 夫香有良武 橿實之 獨歟将宿 問巻乃 欲我妹之 家乃不知久

<標準的な解釈(「萬葉集 釋注」伊藤博、集英社文庫)>
訓読 しなてる 片足羽(かたしは)川(かは)の さ丹(に)塗(ぬ)りの 大橋の上(うへ)ゆ 紅(くれなゐ)の 赤裳裾引き 山(やま)藍(あゐ)もち 摺(す)れる衣(きぬ)着て ただひとり い渡らす子は 若草の 夫(せを)かあるらむ 橿(かし)の実の ひとりか寝(ぬ)らむ 問はまくの 欲(ほ)しき我妹(わぎも)の 家の知らなく
意訳 ここ片足羽川のさ丹塗りの大橋、この橋の上を、紅に染めた美しい裳裾を長く引いて、山藍染めの薄青い着物を着てただ一人渡って行かれる子、あの子は若々しい夫がいる身なのか、それとも、橿の実のように独り夜を過ごす身なのか。妻どいに行きたいかわいい子だけども、どこのお人なのかその家がわからない。

<西本願寺本万葉集の原文を忠実に訓むときの解釈>
訓読 級(しな)照(て)る 片足羽(かたしは)川(かは)し さ丹(に)塗(ぬ)りし 大橋し上(へ)ゆ 紅(くれなゐ)し 赤裳裾引き 山(やま)藍(あゐ)もち 摺(す)れる衣(きぬ)着て ただ独り い渡らす子は 若草の 夫(せを)かあるらむ 橿(かし)し実し 独りか寝(ぬ)らむ 問はまくの 欲(ほ)しき我妹(わぎも)し 家の知らなく
私訳 光輝く片足羽川の美しく丹に塗られた大橋の上を、紅色の赤裳を裾に着け山藍で染めた緑色の上衣を着て、ただ独りで渡って行く娘(こ)は、若々しい夫がいるのだろうか、それとも、橿の実のように一つ身で、夜を過すのだろうか。名を聞いてみたいような、私が恋する貴女の氏・素性を知らない。

今日の古今 みそひと歌 月

$
0
0
今日の古今 みそひと歌 月

郭公の初めて鳴きけるを聞きてよめる 素性
歌番一四三 
原歌 ほとときすはつこゑきけはあちきなくぬしさたまらぬこひせらるはた
標準 郭公はつこゑきけばあぢきなくぬしさだまらぬこひせらるはた
解釈 郭公初声聞けばあぢきなく主定まらぬ恋せらるはた
注意 末句の「はた」は「やっぱり」と云う意味を持つ言葉です。ただ、この歌には万葉集で示す「かっこう=かつこひ(片恋)」という郭公の鳴き声が約束としてありますから、万葉集を参照しませんと解釈が難しいのではないでしょうか。素性法師の立場からしますと、古歌を下にした技巧の歌と云うことでしょうか。

<参考歌 万葉集>
集歌1951 慨哉 四去霍公鳥 今社者 音之干蟹 来喧響目
訓読 慨(うれた)きや醜(しこ)し霍公鳥(ほととぎす)今こそば声し嗄(が)るがに来鳴き響(とよ)めめ
私訳 恨めしい。融通の利かないホトトギスよ、今こそは、ここにいるあの人の前でその声が枯れるほどに飛び来て「カツコヒ(片恋)、カツコヒ」と鳴き声を響かせて。

廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認

$
0
0
廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認
-藤原定家筆 古今和歌集 字母研究を使ってー

 近代の万葉集原歌研究の成果から、昭和後半以降の万葉集の研究では鎌倉時代に交合・校本された仙覚本万葉集を底本とすることが主流となっています。
 一方、近年になって発見された広瀬本は、書写は時代が下った江戸時代(天明元年)であるが、定家本の流れを汲み、非仙覚本系の伝本として唯一、二十巻を完備した全本であって資料的価値が高く、出現の意義は大きいと評価されています。現在では、この廣瀬本は、ほぼ、藤原定家校訂の冷泉本定家系万葉集とみとめられると評価されています。この藤原定家校訂の冷泉本定家系万葉集という名称から、廣瀬本から仙覚本万葉集を評論・校訂する態度も存在するようです。
 他方、写本と云う世界では、この藤原定家と云う人物は、非常に問題が多い人物です。その代表的なものが古今和歌集に対するものです。古今和歌集の原典は一字一音万葉仮名だけで表記された作品で、藤原定家が残したような漢字交じり平仮名和歌ではありません。およそ、藤原定家は「不違一字」と云う態度で書写をするのでなく、彼自身の解釈を下に古今和歌集註釈本を作成したと思われるのです。
 万葉集原典研究で廣瀬本万葉集を扱う場合、藤原定家が正しく古典を「不違一字」と云う態度で書写したか、どうかは、保証されないのです。特に廣瀬本万葉集で訓点付けが行われているものは、定家自身の読解からの解釈と云う可能性があり、その場合、古今和歌集と同じように原歌表記自体を操作している可能性があります。およそ、古典文学の原典研究では藤原定家のものを使うと云うことは、非常に危険なことなのです。この認識の下、定家が古典作品の原典表記を操作した可能性を紹介するために、ここに藤原定家版古今和歌集の字母研究を紹介致します。

 古文書読解が出来ないような私でも古筆を鑑賞可能なものとして『日本名筆選7 曼殊院本古今集 伝藤原行成筆』(二玄社、1993)と云うものがあります。この曼殊院本古今和歌集は京都市左京区の曼殊院に伝来した『古今和歌集』の古写本で巻第十七のみの残巻と伝存していて、その書写は古今和歌集成立から百年の後となる十一世紀と推定されています。伝称の筆者は藤原行成であり、平安古筆の代表的遺品の一つとされ、書道の手本となっています。巻第十七のみの残巻としょうされていますが、実際に現存するのは31首のみで、流布本とは870番歌が異なり、907番歌と908番歌の間に流布本にはない1首が挿入されています。さらに他の歌にも語句の相違が見られるなど、藤原定家系統の流布本とは系統の異なる本となっています。それが日本名筆選を参照することで容易に比較が可能となります。
 また、曼殊院本古今和歌集よりも時代は下がりますが、十二世紀初頭のものとなる元永本古今和歌集は平安時代末期、元永三年(1120)に書写された『古今和歌集』の古写本で、『元永本古今集 伝源俊頼筆』(二玄社〈日本名筆選30-33〉、1994)により古筆の鑑賞が可能なものです。この元永本古今和歌集仮名序および全二十巻を完存する『古今和歌集』の写本としては、仮名書道の絶頂期における代表的古筆の一つであり、伝称筆者は源俊頼ですが書風から藤原定実を筆者とするのがほぼ定説となっています。
 そうした時、一般の者にとっては二玄社が出版する古筆教則本を参照することで、鎌倉期以降の藤原定家系統の流布本とそれ以前となる平安期に書写された古今和歌集のものとでその表記方法や歌自体の比較が容易となります。およそ、古典文学からではなく書道古筆からしますと、古今和歌集の原典と藤原定家系統の流布本とは歌の表記方法も違い、時に歌自体に相違が存在します。つまり、書道古筆側から見ますと、能書家でなかった藤原定家は古典作品を写すとき、古典作品を正確に「不違一字」と云う態度で写すことよりも、その古典作品の書写を依頼した人物が容易に読解できることを主眼に「当時の現代解釈文」として、贈呈本(あるいは礼金・謝礼を前提とした販売本)のような態度で書写していたかも知れないのです。能書家が書を売りとするように、定家は文学研究者として解釈を売りにしていたのかもしれません。
 ここでは、その藤原定家がどのように古今和歌集を書したのかを知って頂くために、定家自筆本表記を印字体での字母表記、字母からの読み下し文、それに対する通釈を紹介します。
 定家自筆本表記を印字体での字母表記により紹介するにおいて使用するテキストとして、定家真筆本は二本が伝存しており、 一本は冷泉家の古今伝授に用いられる冷泉家時雨亭文庫蔵のもの、 もう一本が伊達家旧蔵無年号本古今和歌集と称されるもので、本編での底本です。この伊達家旧蔵無年号本はその通称のように無記年本ですが、現在では藤原定家六十五~六歳となる嘉禄二ないし三年の筆跡と推定されています。
 編集を行った結果、既にその原型は留めていませんが、本編で使用しました資料は特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉の運営するHPに載せる『藤原定家筆 古今和歌集』(個人蔵 汲古書院)渋谷栄一著(C)から、ほとんどを引用しており、編集スタイルを変更しただけの体裁となっています。そのため、著作権の観点から他所への再引用等を行わず、単なるブログ記事として読み捨て下さい。

引用先:
「藤原定家と平安朝古典籍の書写校勘に関する総合データベース」
---伊達本「古今和歌集」本文の基礎的研究---
http://genjiemuseum.web.fc2.com/koda0.html

 本編で藤原定家写本を紹介するルールとして、詞書きや左注に対しては字母表記による和歌とその読み下しのみを紹介し、歌は字母表記による和歌、読み下し、その通釈を紹介します。また、ブログに記載する関係上、一万六千字以内となるように、適宜、分割を行っています。歌番号は本編編集の都合からの付記であり、本来の古今和歌集にはありません。なお、「伊達本『古今和歌集』本文の基礎的研究」には仮名序が紹介されていますが、本編ではそれを省略しています。
 改めて確認しますが、原典である古今和歌集は一字一音万葉仮名による清音表記の和歌集です。歌が漢字交じり平仮名で表記されていません。漢字交じり平仮名による表記は原典から書した人物の解釈を表現したものです。つまり、藤原定家本古今和歌集とは古今和歌集註釈本が正しい理解となります。


古今和歌集巻第一
春哥上

歌番号一
布留止之尓春多知个留日与女留    在原元方
ふるとしに春たちける日よめる    在原元方

和歌 止之乃宇知尓春者幾尓个利比止々世遠己曽止也以者武己止之止也以者武
読下 としのうちに春はきにけりひとゝせをこそとやいはむことしとやいはむ
通釈 年の内に春は来にけり一年を去年とや言はむ今年とや言はむ

歌番号二
者留多知个留日与女留    紀貫之
はるたちける日よめる    紀貫之

和歌 袖比知天武寸比之水乃己保礼留遠春立計不乃風也止久覧
読下 袖ひちてむすひし水のこほれるを春立けふの風やとく覧
通釈 袖ひちてむすびし水の凍れるを春立つ今日の風や解くらむ

歌番号三
題之良寸    与美人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 春霞多天留也以川己美与之乃々与之能々山尓雪八布利川々
読下 春霞たてるやいつこみよしのゝよしのゝ山に雪はふりつゝ
通釈 春霞立てるやいづこみ吉野の吉野の山に雪は降りつつ

歌番号四
二条乃幾左幾乃者留乃者之女乃御宇多
二条のきさきのはるのはしめの御うた

和歌 雪乃内尓春者幾尓个利宇久日寸乃己保礼留涙今也止久覧
読下 雪の内に春はきにけりうくひすのこほれる涙今やとく覧
通釈 雪のうちに春は来にけり鴬の凍れる涙今や解くらむ

歌番号五
題之良寸    与美人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 梅可衣尓幾為留宇久日寸八留可計天奈計止毛以万多雪八布利川々
読下 梅かえにきゐるうくひすはるかけてなけともいまた雪はふりつゝ
通釈 梅が枝に来ゐる鴬春かけて鳴けどもいまだ雪は降りつつ

歌番号六
雪乃木尓布利可々礼留遠与女留   素性法師
雪の木にふりかゝれるをよめる   素性法師

和歌 春多天者花止也見良武白雪乃可ゝ礼留枝尓宇久日寸曽奈久
読下 春たては花とや見らむ白雪のかゝれる枝にうくひすそなく
通釈 春立てば花とや見らむ白雪のかかれる枝に鴬の鳴く

歌番号七
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 心左之布可久曽女天之折个礼者幾衣安部奴雪乃花止見由良武
読下 心さしふかくそめてし折けれはきえあへぬ雪の花と見ゆらむ
通釈 心ざし深く染めてし折りければ消えあへぬ雪の花と見ゆらむ

安留人乃以者久左幾乃於保幾於保以末宇知幾美乃哥也
ある人のいはくさきのおほきおほいまうちきみの哥也

歌番号八
二条乃幾左幾乃止宇宮乃美也寸无止己呂止幾己江个留時
二条のきさきのとう宮のみやすんところときこ江ける時

正月三日於末部尓女之天於保世己止安留安比多尓日者天利奈可良
正月三日おまへにめしておほせことあるあひたに日はてりなから

雪乃可之良尓布利可々利个留遠与万世給个留   文屋也寸比天
雪のかしらにふりかゝりけるをよませ給ける   文屋やすひて

和歌 春乃日乃比可利尓安多留我奈礼止加之良乃雪止奈留曽和日之幾
読下 春の日のひかりにあたる我なれとかしらの雪となるそわひしき
通釈 春の日の光にあたる我なれど頭の雪となるぞわびしき

歌番号九
由幾乃不利个留遠与女留   幾乃川良由幾
ゆきのふりけるをよめる   きのつらゆき

和歌 霞多知己乃女毛者留乃雪不礼者花奈幾左止毛花曽知利个留
読下 霞たちこのめもはるの雪ふれは花なきさとも花そちりける
通釈 霞立ち木の芽も春の雪降れば花なき里も花ぞ散りける

歌番号一〇
春乃者之女尓与女留   布知八良乃己止奈於
春のはしめによめる   ふちはらのことなお

和歌 者留也止幾花也遠曽幾止幾々和可武鶯多尓毛奈可寸毛安留哉
読下 はるやとき花やをそきときゝわかむ鶯たにもなかすもある哉
通釈 春やとき花や遅きと聞き分かむ鴬だにも鳴かずもあるかな

歌番号一一
者留乃者之女乃宇多   美不乃多々三祢
はるのはしめのうた   みふのたゝみね

和歌 春幾奴止人者以部止毛宇久日寸乃奈可奴可幾利者安良之止曽思
読下 春きぬと人はいへともうくひすのなかぬかきりはあらしとそ思
通釈 春来ぬと人は言へども鴬の鳴かぬ限りはあらじとぞ思ふ

歌番号一二
寛平御時幾左以乃宮乃宇多安者世乃宇多   源末左寸美
寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた   源まさすみ

和歌 谷風尓止久留己保利乃比末己止尓宇知以川留浪也春乃者川花
読下 谷風にとくるこほりのひまことにうちいつる浪や春のはつ花
通釈 谷風に解くる氷の隙ごとに打ち出づる浪や春の初花

歌番号一三
紀止毛乃利
紀とものり

和歌 花乃可遠風乃多与利尓堂久部天曽鶯左曽不志留部尓八也留
読下 花のかを風のたよりにたくへてそ鶯さそふしるへにはやる
通釈 花の香を風の便りにたぐへてぞ鴬誘ふしるべにはやる

歌番号一四
大江千里
大江千里

和歌 宇久比寸乃谷与利以川留己恵奈久者春久留己止遠多礼可志良末之
読下 うくひすの谷よりいつるこゑなくは春くることをたれかしらまし
通釈 鴬の谷より出づる声なくは春来ることを誰れか知らまし

歌番号一五
在原棟梁
在原棟梁

和歌 春多天止花毛尓保者奴山左止者毛乃宇可留祢尓鶯曽奈久
読下 春たてと花もにほはぬ山さとはものうかるねに鶯そなく
通釈 春立てど花も匂はぬ山里はもの憂かる音に鴬ぞ鳴く

歌番号一六
題之良須    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 野辺知可久以川為之世礼者宇久日寸乃奈久奈留己恵者安左奈/\幾久
読下 野辺ちかくいへゐしせれはうくひすのなくなるこゑはあさな/\きく
通釈 野辺近く家ゐしせれば鴬の鳴くなる声は朝な朝な聞く

歌番号一七
和歌 加寸可乃者遣不者奈也幾曽和可草乃川万毛己毛礼利我毛己毛礼利
読下 かすかのはけふはなやきそわか草のつまもこもれり我もこもれり
通釈 春日野は今日はな焼きそ若草のつまも籠もれり我も籠もれり

歌番号一八
和歌 可須加能々止不日乃々毛利以天々見与今以久可安利天和可奈川美天武
読下 かすかのゝとふひのゝもりいてゝ見よ今いくかありてわかなつみてむ
通釈 春日野の飛火の野守出でて見よ今いく日ありて若菜摘みてむ

歌番号一九
和歌 三山尓者松乃雪多尓幾衣奈久尓宮己者乃部乃和可奈川三个利
読下 み山には松の雪たにきえなくに宮こはのへのわかなつみけり
通釈 深山には松の雪だに消えなくに都は野辺の若菜摘みけり

歌番号二〇
和歌 梓弓越之天者留佐女个不々利奴安寸左部不良八和可那川三天武
読下 梓弓をしてはるさめけふゝりぬあすさへふらはわかなつみてむ
通釈 梓弓おして春雨今日降りぬ明日さへ降らば若菜摘みてむ

歌番号二一
仁和乃美可止美己尓於末之/\个留時尓人尓和可那多万日个留御宇多
仁和のみかとみこにおまし/\ける時に人にわかなたまひける御うた

和歌 君可多女春乃々尓以天々和可奈川武和可衣手尓雪八不利川々
読下 君かため春のゝにいてゝわかなつむわか衣手に雪はふりつゝ
通釈 君がため春の野に出でて若菜摘むわが衣手に雪は降りつつ

歌番号二二
哥多天末川礼止於保世良礼之時与三天多天万川礼留   徒良由幾
哥たてまつれとおほせられし時よみてたてまつれる   つらゆき

和歌 加寸可乃々和可奈徒美尓也白妙乃袖布利者部天人乃由久良武
読下 かすかのゝわかなつみにや白妙の袖ふりはへて人のゆくらむ
通釈 春日野の若菜摘みにや白妙の袖ふりはへて人の行くらむ

歌番号二三
題之良寸在原行平朝臣
題しらす在原行平朝臣

和歌 者留乃幾留加寸美乃衣奴幾遠宇寸美山風尓己曽見多留部良奈礼
読下 はるのきるかすみの衣ぬきをうすみ山風にこそみたるへらなれ
通釈 春の着る霞の衣ぬきを薄み山風にこそ乱るべらなれ

歌番号二四
寛平御時幾左以乃宮乃哥合尓与女留    源武祢由幾乃朝臣
寛平御時きさいの宮の哥合によめる    源むねゆきの朝臣

和歌 止幾者奈留松乃美止利毛春久礼者今比止之本乃色万佐利个利
読下 ときはなる松のみとりも春くれは今ひとしほの色まさりけり
通釈 常盤なる松の緑も春来れば今ひとしほの色まさりけり

歌番号二五
哥多天末川礼止於保世良礼之時尓与三天多天万川礼留   徒良由幾
哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれる   つらゆき

和歌 和可世己可衣者留佐女布留己止仁能部乃美止利曽以呂万佐利个留
読下 わかせこか衣はるさめふることにのへのみとりそいろまさりける
通釈 わが背子が衣春雨降るごとに野辺の緑ぞ色まさりける

歌番号二六
和歌 安越也幾乃以止与利可久留春之毛曽美多礼天花乃保己呂日尓遣累
読下 あをやきのいとよりかくる春しもそみたれて花のほころひにける
通釈 青柳の糸よりかくる春しもぞ乱れて花のほころびにける

歌番号二七
西大寺乃保止利乃柳遠与免留   僧正遍昭
西大寺のほとりの柳をよめる   僧正遍昭

和歌 安佐美止利以止与利可个天之良川由遠多末尓毛奴个留春乃柳可
読下 あさみとりいとよりかけてしらつゆをたまにもぬける春の柳か
通釈 浅緑糸よりかけて白露を玉にも貫ける春の柳か

歌番号二八
題之良須与三人之良須
題しらすよみ人しらす

和歌 毛々知止利佐部徒留春者物己止尓安良多万礼止毛我曽不利行
読下 もゝちとりさへつる春は物ことにあらたまれとも我そふり行
通釈 百千鳥さへづる春は物ごとに改まれども我ぞふり行く

歌番号二九
和歌 遠知己知乃多徒幾毛之良奴山奈可尓於保川可奈久毛与不己止利哉
読下 をちこちのたつきもしらぬ山なかにおほつかなくもよふことり哉
通釈 遠近のたづきも知らぬ山中におぼつかなくも呼子鳥かな

歌番号三〇
加利乃己恵遠幾々天己之部万可利尓个留人遠思天与女留   凡河内美川祢
かりのこゑをきゝてこしへまかりにける人を思てよめる   凡河内みつね

和歌 春久礼者可利可部留奈利白雲乃美知由幾不利尓己止也川天末之
読下 春くれはかりかへるなり白雲のみちゆきふりにことやつてまし
通釈 春来れば雁帰るなり白雲の道行きぶりに言やつてまし

歌番号三一
帰雁遠与女留    伊勢
帰雁をよめる    伊勢

和歌 者留可寸美多川遠見寸天々由久可利者花奈幾左止仁寸三也奈良部留
読下 はるかすみたつを見すてゝゆくかりは花なきさとにすみやならへる
通釈 春霞立つを見捨てて行く雁は花なき里に住みやならへる

歌番号三二
題之良須    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 折川礼八袖己曽尓保部梅花有止也己々尓宇久日寸乃奈久
読下 折つれは袖こそにほへ梅花有とやこゝにうくひすのなく
通釈 折りつれば袖こそ匂へ梅の花ありとやここに鴬の鳴く

歌番号三三
和歌 色与利毛加己曽安八礼止於毛本由礼多可袖布礼之也止乃梅曽毛
読下 色よりもかこそあはれとおもほゆれたか袖ふれしやとの梅そも
通釈 色よりも香こそあはれと思ほゆれ誰が袖触れし宿の梅ぞも

歌番号三四
和歌 也止知可久梅乃花宇部之安知幾奈久末川人乃可尓安也万多礼个利
読下 やとちかく梅の花うへしあちきなくまつ人のかにあやまたれけり
通釈 宿近く梅の花植ゑしあぢきなく待つ人の香にあやまたれけり

歌番号三五
和歌 梅花多知与留許安利之与利人乃止可武留加尓曽之美奴留
読下 梅花たちよる許ありしより人のとかむるかにそしみぬる
通釈 梅の花立ち寄るばかりありしより人のとがむる香にぞ染みぬる

歌番号三六
武女乃花遠々利天与女留   東三条乃於保以末宇知幾三
むめの花をゝりてよめる   東三条のおほいまうちきみ

和歌 鶯乃笠尓奴不止以不梅花折天可佐々武於以可久留也止
読下 鶯の笠にぬふといふ梅花折てかさゝむおいかくるやと
通釈 鴬の笠に縫ふといふ梅の花折りてかざさむ老い隠るやと

歌番号三七
題之良寸素性法師
題しらす素性法師

和歌 与曽尓乃美安者礼止曽見之梅花安可奴以呂可者折天奈利个利
読下 よそにのみあはれとそ見し梅花あかぬいろかは折てなりけり
通釈 よそにのみあはれとぞ見し梅の花あかぬ色かは折りてなりけり

歌番号三八
武免乃花遠々利天人尓遠久利个留   止毛乃利
むめの花をゝりて人にをくりける   とものり

和歌 君奈良天誰尓可見世武梅花色遠毛加遠毛志留人曽之留
読下 君ならて誰にか見せむ梅花色をもかをもしる人そしる
通釈 君ならで誰れにか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る

歌番号三九
久良不山尓天与女留   徒良由幾
くらふ山にてよめる   つらゆき

和歌 梅花尓保不春部者久良不山也美尓己由礼止志留久曽有个留
読下 梅花にほふ春へはくらふ山やみにこゆれとしるくそ有ける
通釈 梅の花匂ふ春べは暗部山闇に越ゆれどしるくぞありける

歌番号四〇
月夜尓梅花遠々利天止人乃以比个礼者於留止天与女留美川祢
月夜に梅花をゝりてと人のいひけれはおるとてよめるみつね

和歌 月夜尓者曽礼止毛見衣寸梅花加遠多川祢天曽志留部可利个留
読下 月夜にはそれとも見えす梅花かをたつねてそしるへかりける
通釈 月夜にはそれとも見えず梅の花香を尋ねてぞ知るべかりける

歌番号四一
者留乃与梅花遠与女留
はるのよ梅花をよめる

和歌 春乃夜乃也美者安也奈之梅花色己曽見衣祢加也者可久留々
読下 春の夜のやみはあやなし梅花色こそ見えねかやはかくるゝ
通釈 春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる

歌番号四二
波川世尓末宇川留己止仁也止利个留人乃家尓比左之久也止良天保止部天乃知尓
はつせにまうつることにやとりける人の家にひさしくやとらてほとへてのちに

以多礼利个礼八加乃家乃安留之加久左多可尓奈武也止利者安留止以比以多之天
いたれりけれはかの家のあるしかくさたかになむやとりはあるといひいたして

侍个礼者曽己尓多天利个留武女乃花遠々利天与女留   徒良由幾
侍けれはそこにたてりけるむめの花をゝりてよめる   つらゆき

和歌 人者以左心毛志良寸布留左止者花曽昔乃可尓々保日个留
読下 人はいさ心もしらすふるさとは花そ昔のかにゝほひける
通釈 人はいさ心も知らず古里は花ぞ昔の香に匂ひける

歌番号四三
水乃保止利尓梅花左个利个留遠与女留   伊勢
水のほとりに梅花さけりけるをよめる   伊勢

和歌 春己止尓奈可留々河遠花止見天於良礼奴水尓袖也奴礼奈武
読下 春ことになかるゝ河を花と見ておられぬ水に袖やぬれなむ
通釈 春ごとに流るる河を花と見て折られぬ水に袖や濡れなん

歌番号四四
和歌 年遠部天花乃可ゝ美止奈留水者知利可々留遠也久毛留止以不覧
読下 年をへて花のかゝみとなる水はちりかゝるをやくもるといふ覧
通釈 年を経て花の鏡となる水は散りかかるをや曇るといふらむ

歌番号四五
家尓安利个留梅花乃知利个留遠与女留   徒良由幾
家にありける梅花のちりけるをよめる   つらゆき

和歌 久累止安久止女可礼奴毛乃遠梅花以川乃人末尓宇川呂日奴良武
読下 くるとあくとめかれぬものを梅花いつの人まにうつろひぬらむ
通釈 暮ると明くと目かれぬ物を梅の花いつの人間に移ろひぬらむ

歌番号四六
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多   与三人之良寸
寛平御時きさいの宮の哥合のうた   よみ人しらす

和歌 梅可々遠曽天仁宇川之天止々女天者春者寸久止毛可多三奈良末之
読下 梅かゝをそてにうつしてとゝめては春はすくともかたみならまし
通釈 梅が香を袖に移して留めては春は過ぐともかたみならまし

歌番号四七
素性法師
素性法師

和歌 知留止見天安留部幾毛乃遠梅花宇多天尓本日乃曽天尓止万礼留
読下 ちると見てあるへきものを梅花うたてにほひのそてにとまれる
通釈 散ると見てあるべき物を梅の花うたて匂ひの袖にとまれる

歌番号四八
題之良寸与三人之良須
題しらすよみ人しらす

和歌 知里奴止毛加遠多尓能己世梅花己比之幾時乃於毛日以天尓世武
読下 ちりぬともかをたにのこせ梅花こひしき時のおもひいてにせむ
通釈 散りぬとも香をだに残せ梅の花恋しき時の思ひ出でにせむ

歌番号四九
人乃家尓宇部多利个留佐久良乃花左幾八之女多利个留遠見天与女累   徒良由幾
人の家にうへたりけるさくらの花さきはしめたりけるを見てよめる   つらゆき

和歌 己止之与里春志利曽武留佐久良花知留止以不事者奈良者佐良奈武
読下 ことしより春しりそむるさくら花ちるといふ事はならはさらなむ
通釈 今年より春知りそむる桜花散るといふ事は倣はざらなん

歌番号五〇
題之良寸与三人之良須
題しらすよみ人しらす

和歌 山多可美人毛寸左女奴佐久良花以多久奈和日曽我見者也左武
読下 山たかみ人もすさめぬさくら花いたくなわひそ我見はやさむ
通釈 山高み人もすさめぬ桜花いたくな侘びそ我見はやさむ

又者左止々遠美人毛寸左女奴山左久良
又はさとゝをみ人もすさめぬ山さくら

歌番号五一
和歌 也末佐久良和可見尓久礼者春霞峯尓毛於尓毛多知可久之川々
読下 やまさくらわか見にくれは春霞峯にもおにもたちかくしつゝ
通釈 山桜我が見に来れば春霞峯にも尾にも立ち隠しつつ

歌番号五二
曽女止乃々幾左幾乃於末部尓花可女尓佐久良乃花遠左々世
そめとのゝきさきのおまへに花かめにさくらの花をさゝせ

給部留遠与女留   佐幾乃於保幾於保以末宇知幾三
給へるをよめる   さきのおほきおほいまうちきみ

和歌 年布礼者与者日者於以奴志可者安礼止花遠之見礼者毛乃思日毛奈之
読下 年ふれはよはひはおいぬしかはあれと花をし見れはもの思ひもなし
通釈 年経れば齢は老いぬしかはあれど花をし見れば物思ひもなし

歌番号五三
奈幾左乃院尓天佐久良遠見天与女留   在原業平朝臣
なきさの院にてさくらを見てよめる   在原業平朝臣

和歌 世中尓堂衣天佐久良乃奈可利世者春乃心者乃止計可良末之
読下 世中にたえてさくらのなかりせは春の心はのとけからまし
通釈 世中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし

歌番号五四
題之良寸与三人之良寸
題しらすよみ人しらす

和歌 以之者之留多幾奈久毛哉桜花多於利天毛己武見奴人乃多女
読下 いしはしるたきなくも哉桜花たおりてもこむ見ぬ人のため
通釈 石ばしる滝なくもがな桜花手折りても来む見ぬ人のため

歌番号五五
山乃佐久良遠見天与女留   曽世以法之
山のさくらを見てよめる   そせい法し

和歌 見天乃美也人尓加多良武佐久良花天己止尓於利天以部徒止尓世武
読下 見てのみや人にかたらむさくら花てことにおりていへつとにせむ
通釈 見てのみや人に語らむ桜花手ごとに折りて家づとにせむ

歌番号五六
花左可利尓京遠見也利天与女留
花さかりに京を見やりてよめる

和歌 美和多世者柳桜遠己幾万世天宮己曽春乃錦奈利个留
読下 みわたせは柳桜をこきませて宮こそ春の錦なりける
通釈 見渡せば柳桜をこき混ぜて都ぞ春の錦なりける

歌番号五七
佐久良乃花乃毛止尓天年乃於以奴留己止遠奈个幾天与女留   幾乃止毛能利
さくらの花のもとにて年のおいぬることをなけきてよめる   きのとものり

和歌 以呂毛加毛於奈之武可之尓佐久良女止年布留人曽安良多万利个留
読下 いろもかもおなしむかしにさくらめと年ふる人そあらたまりける
通釈 色も香も同じ昔に咲らめど年経る人ぞ改まりける

歌番号五八
於礼留佐久良遠与女留   徒良由幾
おれるさくらをよめる   つらゆき

和歌 堂礼之加毛止女天於利川留春霞多知可久寸良武山乃佐久良遠
読下 たれしかもとめておりつる春霞たちかくすらむ山のさくらを
通釈 誰しかも尋めて折りつる春霞立ち隠すらむ山の桜を

歌番号五九
哥多天末川礼止於保世良礼之時尓与美天多天万川礼留
哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれる

和歌 桜花佐幾尓个良之奈安之比幾乃山乃可日与利見由留白雲
読下 桜花さきにけらしなあしひきの山のかひより見ゆる白雲
通釈 桜花咲きにけらしなあしひきの山の峡より見ゆる白雲

歌番号六〇
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多   止毛乃利
寛平御時きさいの宮の哥合のうた   とものり

和歌 三吉野々山部尓左个留佐久良花雪可止乃美曽安也万多礼个留
読下 み吉野ゝ山へにさけるさくら花雪かとのみそあやまたれける
通釈 み吉野の山辺に咲ける桜花雪かとのみぞ過たれける

歌番号六一
也与日尓宇留不月安利个留年与三个留   伊勢
やよひにうるふ月ありける年よみける   伊勢

和歌 佐久良花春久八々礼留年多尓毛人乃心尓安可礼也八世奴
読下 さくら花春くはゝれる年たにも人の心にあかれやはせぬ
通釈 桜花春加はれる年だにも人の心にあかれやはせぬ

歌番号六二
左久良乃花乃左可利尓比左之久止波左利个留人乃
さくらの花のさかりにひさしくとはさりける人の

幾多利个留時尓与三个留   与三人之良寸
きたりける時によみける   よみ人しらす

和歌 安多奈利止奈尓己曽多天礼花年尓万礼奈留人毛万知个利
読下 あたなりとなにこそたてれ花年にまれなる人もまちけり
通釈 あだなりと名にこそ立てれ桜花年に稀なる人も待ちけり

歌番号六三
返之    奈利比良乃朝臣
返し    なりひらの朝臣

和歌 遣不己寸者安寸者雪止曽不利奈末之幾衣寸八安利止毛花止見万之也
読下 けふこすはあすは雪とそふりなましきえすはありとも花と見ましや
通釈 今日来ずは明日は雪とぞ降りなまし消えずはありとも花と見ましや

歌番号六四
題之良寸与三人之良須
題しらすよみ人しらす

和歌 知利奴礼者己布礼止志留之奈幾物遠个不己曽佐久良於良波於利天女
読下 ちりぬれはこふれとしるしなき物をけふこそさくらおらはおりてめ
通釈 散りぬれば恋ふれどしるしなき物を今日こそ桜折らば折りてめ

歌番号六五
和歌 於里止良波於之計尓毛安留可桜花以左也止可利天知留万天八見武
読下 おりとらはおしけにもあるか桜花いさやとかりてちるまては見む
通釈 折り取らば惜しげにもあるか桜花いざ宿借りて散るまでは見む

歌番号六六
幾乃安里止毛
きのありとも

和歌 佐久良以呂尓衣者布可久曽女天幾武花乃知利奈武乃知乃加多三尓
読下 さくらいろに衣はふかくそめてきむ花のちりなむのちのかたみに
通釈 桜色に衣は深く染めて着む花の散りなむ後の形見に

歌番号六七
佐久良乃花乃左个利个留遠見尓末宇天幾多利个留人尓与三天遠久利个留   美川祢
さくらの花のさけりけるを見にまうてきたりける人によみてをくりける   みつね

和歌 和可也止乃花見可天良仁久留人者知利奈武乃知曽己比之可留部幾
読下 わかやとの花見かてらにくる人はちりなむのちそこひしかるへき
通釈 我が宿の花見がてらに来る人は散りなむ後ぞ恋しかるべき

歌番号六八
亭子院哥合乃時与女留   伊勢
亭子院哥合の時よめる   伊勢

和歌 見留人毛奈幾山左止乃佐久良花保可乃知利奈武乃知曽佐可末之
読下 見る人もなき山さとのさくら花ほかのちりなむのちそさかまし
通釈 見る人もなき山里の桜花ほかの散りなむ後ぞ咲かまし

廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認 古今和歌集巻第二と巻第三

$
0
0
廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認
-藤原定家筆 古今和歌集 字母研究を使ってー
古今和歌集巻第二と巻第三

古今和歌集巻第二
春哥下

歌番号六九
題之良寸与三人之良須
題しらす よみ人しらす

和歌 春霞多奈比久山乃佐久良花宇川呂者武止也色可八利由久
読下 春霞たなひく山のさくら花うつろはむとや色かはりゆく
通釈 春霞たなびく山の桜花移ろはむとや色変はり行く

歌番号七〇
和歌 末天止以不尓知良天之止万留物奈良八奈尓遠桜尓思日万佐末之
読下 まてといふにちらてしとまる物ならはなにを桜に思ひまさまし
通釈 待てといふに散らでし止まる物ならば何を桜に思ひまさまし

歌番号七一
和歌 乃己利奈久知留曽女天多幾桜花安利天世中者天乃宇多礼八
読下 のこりなくちるそめてたき桜花ありて世中はてのうけれは
通釈 残りなく散るぞめでたき桜花有りて世の中果ての憂ければ

歌番号七二
和歌 己乃左止仁多比祢之奴部之佐久良花知利乃末可日仁以部地和寸礼天
読下 このさとにたひねしぬへしさくら花ちりのまかひにいへちわすれて
通釈 この里に旅寝しぬべし桜花散りのまがひに家路忘れて

歌番号七三
和歌 空蝉乃世尓毛尓多留可花左久良佐久止見之末尓可川知利尓个利
読下 空蝉の世にもにたるか花さくらさくと見しまにかつちりにけり
通釈 うつせみの世にも似たるか花桜咲くと見しまにかつ散りにけり

歌番号七四
僧正遍昭尓与美天遠久利个留    己礼堂可乃美己
僧正遍昭によみてをくりける    これたかのみこ

和歌 佐久良花知良波知良南知良寸止天布留左止人乃幾天毛見奈久尓
読下 さくら花ちらはちら南ちらすとてふるさと人のきても見なくに
通釈 桜花散らば散らなん散らずとて古里人の来ても見なくに

歌番号七五
雲林院尓天佐久良乃花乃知利个留遠見天与女留    曽宇久法師
雲林院にてさくらの花のちりけるを見てよめる    そうく法師

和歌 桜知留花乃所者春奈可良雪曽布利川々幾衣可天尓寸留
読下 桜ちる花の所は春なから雪そふりつゝきえかてにする
通釈 桜散る花の所は春ながら雪ぞ降りつつ消えがてにする

歌番号七六
佐久良乃花乃知利个留遠見天与三尓留    曽世以法之
さくらの花のちりけるを見てよみける    そせい法し

和歌 花知良須風乃也止利者堂礼可之留我尓遠之部与行天宇良三武
読下 花ちらす風のやとりはたれかしる我にをしへよ行てうらみむ
通釈 花散らす風の宿りは誰れか知る我に教へよ行きて恨みむ

歌番号七七
宇里武為无尓天左久良乃花遠与女留    曽宇久法之
うりむゐんにてさくらの花をよめる    そうく法し

和歌 以佐々久良我毛知利奈武飛止佐可利安利奈者人尓宇幾女見衣奈部
読下 いさゝくら我もちりなむひとさかりありなは人にうきめ見えなむ
通釈 いざ桜我も散りなん一盛り有りなば人に憂き目見えなん

歌番号七八
安比之礼利个留人乃末宇天幾天可部利尓个留乃知尓与美天
あひしれりける人のまうてきてかへりにけるのちによみて

花尓左之天川可八之个留    徒良由幾
花にさしてつかはしける    つらゆき

和歌 飛止女見之君毛也久累止桜花遣不者万知見天知良波知良奈武
読下 ひとめ見し君もやくると桜花けふはまち見てちらはちらなむ
通釈 一目見し君もや来ると桜花今日は待ち見て散らば散らなん

歌番号七九
山乃左久良遠見天与女留
山のさくらを見てよめる

和歌 春霞奈尓可久寸良武桜花知留万遠多尓毛見留部幾物遠
読下 春霞なにかくすらむ桜花ちるまをたにも見るへき物を
通釈 春霞何隠すらん桜花散る間をだにも見るべきものを

歌番号八〇
心地曽己奈日天和川良日个留時尓風尓安多良之止天於呂之己女天乃美侍个留安飛多尓
心地そこなひてわつらひける時に風にあたらしとておろしこめてのみ侍けるあひたに

於礼留佐久良乃知利可多尓奈礼利个留遠見天与女留    藤原与留可乃朝臣
おれるさくらのちりかたになれりけるを見てよめる    藤原よるかの朝臣

和歌 堂礼己免天春乃由久恵毛志良奴末尓万知之桜毛宇川呂日尓个利
読下 たれこめて春のゆくゑもしらぬまにまちし桜もうつろひにけり
通釈 たれこめて春の行方も知らぬ間に待ちし桜も移ろひにけり

歌番号八一
東宮雅院尓天佐久良乃花乃美可者水尓知利天奈可礼个留遠見天与女留  寸可乃々高世
東宮雅院にてさくらの花のみかは水にちりてなかれけるを見てよめる  すかのゝ高世

和歌 枝与利毛安多尓知利尓之花奈礼盤於知天毛水乃安和止己曽奈礼
読下 枝よりもあたにちりにし花なれはおちても水のあわとこそなれ
通釈 枝よりもあだに散りにし花なれば落ちても水の泡とこそなれ

歌番号八二
佐久良乃花乃知利个留遠与美个留    徒良由幾
さくらの花のちりけるをよみける    つらゆき

和歌 己止奈良波左可寸也者安良奴佐久良花見留我左部尓志川心奈之
読下 ことならはさかすやはあらぬさくら花見る我さへにしつ心なし
通釈 ことならば咲かずやはあらぬ桜花見る我さへに静心なし

歌番号八三
佐久良乃己止々久知留物者奈之止人乃以日个礼者与女留
さくらのことゝくちる物はなしと人のいひけれはよめる

和歌 佐久良花止久知利奴止毛於毛本衣寸人乃心曽風毛吹安部奴
読下 さくら花とくちりぬともおもほえす人の心そ風も吹あへぬ
通釈 桜花疾く散りぬとも思ほえず人の心ぞ風も吹きあへぬ

歌番号八四
桜乃花乃知留遠与女留    幾乃止毛乃利
桜の花のちるをよめる    きのとものり

和歌 久方乃飛可利乃止个幾春乃日尓志川心奈久花乃知留覧
読下 久方のひかりのとけき春の日にしつ心なく花のちる覧
通釈 久方の光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ

歌番号八五
春宮乃多知者幾乃知无尓天左久良乃花乃知留遠与女留    布知八良乃与之可世
春宮のたちはきのちんにてさくらの花のちるをよめる    ふちはらのよしかせ

和歌 春風者花乃安多利遠与幾天不遣心川可良也宇川呂不止見武
読下 春風は花のあたりをよきてふけ心つからやうつろふと見む
通釈 春風は花のあたりを避きて吹け心づからや移ろふと見む

歌番号八六
左久良乃知留遠与免留    凡河内美川祢
さくらのちるをよめる    凡河内みつね

和歌 雪止乃美布留尓安留遠佐久良花以可尓知礼止可風乃吹良武
読下 雪とのみふるにあるをさくら花いかにちれとか風の吹らむ
通釈 雪とのみ降るだにあるを桜花いかに散れとか風の吹くらむ

歌番号八七
飛衣尓乃本利天可部利末宇天幾天与女留    徒良由幾
ひえにのほりてかへりまうてきてよめる    つらゆき

和歌 山堂可見々徒々和可己之佐久良花風者心尓万可寸部良也
読下 山たかみゝつゝわかこしさくら花風は心にまかすへら也
通釈 山高み見つつ我が来し桜花風は心にまかすべらなり

歌番号八八
題之良寸大伴久呂奴之
題しらす大伴くろぬし

和歌 春雨乃布留者涙可佐久良花知留遠於之万奴人之奈个礼八
読下 春雨のふるは涙かさくら花ちるをおしまぬ人しなけれは
通釈 春雨の降るは涙か桜花散るを惜しまぬ人しなければ

歌番号八九
亭子院哥合哥    徒良由幾
亭子院哥合哥    つらゆき

和歌 佐久良花知利奴留風乃奈己利尓者水奈幾曽良仁浪曽多知个留
読下 さくら花ちりぬる風のなこりには水なきそらに浪そたちける
通釈 桜花散りぬる風のなごりには水なき空に浪ぞ立ちける

歌番号九〇
奈良乃美可止乃御宇多
ならのみかとの御うた

和歌 布留左止々奈利尓之奈良乃美也己尓毛色者可八良寸花八左幾个利
読下 ふるさとゝなりにしならのみやこにも色はかはらす花はさきけり
通釈 古里となりにし奈良の都にも色は変らず花は咲きけり

歌番号九一
者留乃宇多止天与女留    与之美祢乃武祢左多
はるのうたとてよめる    よしみねのむねさた

和歌 花乃色者可寸美尓己女天見世寸止者加遠多尓奴寸女春乃山可世
読下 花の色はかすみにこめて見せすともかをたにぬすめ春の山かせ
通釈 花の色は霞にこめて見せずとも香をだにぬすめ春の山風

歌番号九二
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    曽世以法之
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    そせい法し

和歌 者那乃木毛今者保利宇部之春多天者宇川呂不色尓人奈良日个利
読下 はなの木も今はほりうへし春たてはうつろふ色に人ならひけり
通釈 花の木も今は掘り植ゑし春立てば移ろふ色に人ならひけり

歌番号九三
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 春乃色乃以多利以多良奴左止八安良之左个留左可左留花乃見由良武
読下 春の色のいたりいたらぬさとはあらしさけるさかさる花の見ゆらむ
通釈 春の色のいたりいたらぬ里はあらじ咲ける咲かざる花の見ゆらむ

歌番号九四
者留乃宇多止天与女留    徒良由幾
はるのうたとてよめる    つらゆき

和歌 三和山遠志可毛加久寸可春霞人尓之良礼奴花也左久覧
読下 みわ山をしかもかくすか春霞人にしられぬ花やさく覧
通釈 三輪山をしかも隠すか春霞人に知られぬ花や咲くらん

歌番号九五
宇利武為无乃美己乃毛止尓花見尓幾多山乃本止利尓万可礼利个留時尓与女留  曽世以
うりむゐんのみこのもとに花見にきた山のほとりにまかれりける時によめる  そせい

和歌 以左遣不者春乃山辺尓末之里奈武久礼奈者奈个乃花乃加計可者
読下 いさけふは春の山辺にましりなむくれなはなけの花のかけかは
通釈 いざ今日は春の山辺にまじりなん暮れなばなげの花の影かは

歌番号九六
者留乃宇多止天与女留
はるのうたとてよめる

和歌 伊川万天可野辺尓心乃安久可礼武花之知良寸八千世毛部奴部之
読下 いつまてか野辺に心のあくかれむ花しちらすは千世もへぬへし
通釈 いつまでか野辺に心のあくがれむ花し散らずは千代も経ぬべし

歌番号九七
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 春己止尓花乃左可利者安利奈女止安飛見武事者伊乃知奈利个利
読下 春ことに花のさかりはありなめとあひ見む事はいのちなりけり
通釈 春ごとに花の盛りはありなめどあひ見むことは命なりけり

歌番号九八
和歌 花乃己止世乃川祢奈良波寸久之天之昔者又毛加部利幾奈末之
読下 花のこと世のつねならはすくしてし昔は又もかへりきなまし
通釈 花のごと世の常ならば過ぐしてし昔はまたも帰り来なまし

歌番号九九
和歌 吹風尓安川良部徒久留物奈良八己乃比止毛止者与幾与止以者万志
読下 吹風にあつらへつくる物ならはこのひともとはよきよといはまし
通釈 吹く風にあつらへつくるものならばこのひと本は避きよと言はまし

歌番号一〇〇
和歌 末川人毛己奴物由部尓宇久日寸乃奈幾川留花遠々利天个留哉
読下 まつ人もこぬ物ゆへにうくひすのなきつる花をゝりてける哉
通釈 待つ人も来ぬものゆゑに鴬のなきつる花を折りてけるかな

歌番号一〇二
寛平御時幾左以乃宮乃宇多安八世乃宇多    藤原於幾可世
寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた    藤原おきかせ

和歌 佐久花者千久左奈可良尓安多奈礼止多礼可者々留遠宇良美八天多留
読下 さく花は千くさなからにあたなれとたれかはゝるをうらみはてたる
通釈 咲く花は千草ながらにあだなれど誰れかは春を恨みはてたる

歌番号一〇三
和歌 春霞色乃知久左尓見衣川留八多奈比久山乃花乃可个可毛
読下 春霞色のちくさに見えつるはたなひく山の花のかけかも
通釈 春霞色の千草に見えつるはたなびく山の花の影かも

歌番号一〇四
安利八良乃毛止可多
ありはらのもとかた

和歌 霞立春乃山部者止遠个礼止吹久留風者花乃可曽寸留
読下 霞立春の山へはとをけれと吹くる風は花のかそする
通釈 霞立つ春の山辺は遠けれど吹き来る風は花の香ぞする

歌番号一〇五
宇川呂部留花遠見天与女留    美川祢
うつろへる花を見てよめる    みつね

和歌 花見礼者心左部尓曽宇川利个留以呂尓者以天之人毛己曽志礼
読下 花見れは心さへにそうつりけるいろにはいてし人もこそしれ
通釈 花見れば心さへにぞ移りける色には出でじ人もこそ知れ

歌番号一〇六
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 鶯乃奈久乃部己止尓幾天見礼盤宇川呂不花尓風曽不幾个留
読下 鶯のなくのへことにきて見れはうつろふ花に風そふきける
通釈 鴬の鳴く野辺ごとに来て見れば移ろふ花に風ぞ吹きける

歌番号一〇七
吹風遠奈幾天宇良見与鶯者我也者花尓手多尓不礼多留    典侍洽子朝臣
吹風をなきてうらみよ鶯は我やは花に手たにふれたる    典侍洽子朝臣

和歌 知留花乃奈久尓之止万留物奈良波我鶯尓於止良万之也八
読下 ちる花のなくにしとまる物ならは我鶯におとらましやは
通釈 散る花のなくにし止まるものならば我鴬に劣らましやは

歌番号一〇八
仁和乃中将乃美也寸无所家尓哥合世武止天之个留時尓与見个留    藤原乃知可計
仁和の中将のみやすん所家に哥合せむとてしける時によみける    藤原のちかけ

和歌 花乃知留己止也和比之幾春霞多川多乃山乃宇久日寸乃己恵
読下 花のちることやわひしき春霞たつたの山のうくひすのこゑ
通釈 花の散ることや侘びしき春霞龍田の山の鴬の声

歌番号一〇九
宇久日寸乃奈久遠与女留    曽世以
うくひすのなくをよめる    そせい

和歌 己徒多部者遠乃可波可世尓知留花遠多礼尓於保世天己々良奈久良武
読下 こつたへはをのかはかせにちる花をたれにおほせてこゝらなくらむ
通釈 木伝へば己が羽風に散る花を誰れに負ほせてここら鳴くらむ

歌番号一一〇
鶯乃花乃木尓天奈久遠与女留    美川子
鶯の花の木にてなくをよめる    みつね

和歌 志累之奈幾祢遠毛奈久可奈宇久日寸乃己止之乃美知留花奈良奈久二
読下 しるしなきねをもなくかなうくひすのことしのみちる花ならなくに
通釈 しるしなき音をも鳴くかな鴬の今年のみ散る花ならなくに

歌番号一一一
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 己満奈免天以左見尓由可武布留左止者雪止乃美己曽花者知留良女
読下 こまなめていさ見にゆかむふるさとは雪とのみこそ花はちるらめ
通釈 駒並めていざ見に行かむ古里は雪とのみこそ花は散るらめ

歌番号一一二
和歌 知留花遠奈尓可宇良見武世中尓和可身毛止毛尓安良武物可波
読下 ちる花をなにかうらみむ世中にわか身もともにあらむ物かは
通釈 散る花を何か恨みむ世の中に我が身もともにあらむものかは

歌番号一一三
小野小町
小野小町

和歌 花乃色者宇徒里尓个利奈以多川良尓和可身世尓布留奈可免世之万尓
読下 花の色はうつりにけりないたつらにわか身世にふるなかめせしまに
通釈 花の色は移りにけりないたづらに我が身世に経るながめせしまに

歌番号一一四
仁和乃中将乃美也寸无所乃家尓哥合世武止之个留時尓与免留    曽世以
仁和の中将のみやすん所の家に哥合せむとしける時によめる    そせい

和歌 於之止思心者以止尓与良礼南知留花己止尓奴幾天止々女武
読下 おしと思心はいとによられ南ちる花ことにぬきてとゝめむ
通釈 惜しと思ふ心は糸によられなん散る花ごとに貫きてとどめむ

歌番号一一五
志可乃山己衣尓女乃於保久安部利計留尓与美天徒可者之个留    川良由幾
しかの山こえに女のおほくあへりけるによみてつかはしける    つらゆき

和歌 安徒左由美者乃山辺遠己衣久礼盤道毛左利安部寸花曽知利个留
読下 あつさゆみはるの山辺をこえくれは道もさりあへす花そちりける
通釈 梓弓春の山辺を越え来れば道もさりあへず花ぞ散りける

歌番号一一六
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多
寛平御時きさいの宮の哥合のうた

和歌 春乃々尓和可奈川万武止己之物遠知利可不花尓美知八万止日奴
読下 春のゝにわかなつまむとこし物をちりかふ花にみちはまとひぬ
通釈 春の野に若菜摘まむと来しものを散りかふ花に道はまどひぬ

歌番号一一七
山天良尓末宇天多利个留尓与女留
山てらにまうてたりけるによめる

和歌 也止利之天春乃山辺尓祢多留夜八夢乃内尓毛花曽知利个留
読下 やとりして春の山辺にねたる夜は夢の内にも花そちりける
通釈 宿りして春の山辺に寝たる夜は夢のうちにも花ぞ散りける

歌番号一一八
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多
寛平御時きさいの宮の哥合のうた

和歌 吹風止谷乃水止之奈可利世者美山可久礼乃花遠見万之也
読下 吹風と谷の水としなかりせはみ山かくれの花を見ましや
通釈 吹く風と谷の水としなかりせば深山隠れの花を見ましや

歌番号一一九
志可与利可部利个留遠宇奈止毛乃花山尓以利天布知乃花乃毛徒止个多知与利天
しかよりかへりけるをうなともの花山にいりてふちの花のもととけたちよりて

可部利个留尓与美天遠久利个留    僧正遍昭
かへりけるによみてをくりける    僧正遍昭

和歌 与曽尓見天可部良武人尓布知乃花者比末川八礼与衣多八於留止毛家尓
読下 よそに見てかへらむ人にふちの花はひまつはれよえたはおるとも家に
通釈 よそに見て帰らむ人に藤の花はひまつはれよ枝は折るとも

歌番号一二〇
布知乃花乃左个利个留遠人乃止万利天見个留遠与女留    美川子
ふちの花のさけりけるを人のとまりて見けるをよめる    みつね

和歌 和可也止尓左个留藤波堂知可部利寸幾可天尓乃美人乃見留良武
読下 わかやとにさける藤波たちかへりすきかてにのみ人の見るらむ
通釈 我が宿に咲ける藤波立ち帰り過ぎがてにのみ人の見るらん

歌番号一二一
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 今毛可毛佐幾尓本不覧橘乃己之満乃左幾乃山吹乃花
読下 今もかもさきにほふ覧橘のこしまのさきの山吹の花
通釈 今もかも咲き匂ふらん橘の小島の崎の山吹の花

歌番号一二二
和歌 春雨尓々保部留色毛安可奈久尓加左部奈川可之山吹乃花
読下 春雨にゝほへる色もあかなくにかさへなつかし山吹の花
通釈 春雨に匂へる色もあかなくに香さへなつかし山吹の花

歌番号一二三
和歌 山不幾者安也奈々左幾曽花見武止宇部个武君可己与日己奈久二
読下 山ふきはあやなゝさきそ花見むとうへけむ君かこよひこなくに
通釈 山吹はあやなな咲きそ花見むと植ゑけむ君が今宵来なくに

歌番号一二四
与之乃河乃保止利尓山不幾乃左个利个留遠与女留    徒良由幾
よしの河のほとりに山ふきのさけりけるをよめる    つらゆき

和歌 吉野河岸乃山吹布久可世尓曽己乃影左部宇川呂日尓个利
読下 吉野河岸の山吹ふくかせにそこの影さへうつろひにけり
通釈 吉野河岸の山吹吹く風に底の影さへ移ろひにけり

歌番号一二五
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 可者川奈久為天乃山吹知利尓个利花乃左可利尓安八万之物遠
読下 かはつなくゐての山吹ちりにけり花のさかりにあはまし物を
通釈 蛙鳴く井手の山吹散りにけり花の盛りにあはましものを

己乃哥八安留人乃以者久多知者奈乃幾与止毛可哥也
この哥はある人のいはくたちはなのきよともか哥也

歌番号一二六
春乃哥止天与女留    曽世以
春の哥とてよめる    そせい

和歌 於毛不止知春乃山辺尓宇知武礼天曽己止毛以者奴多比祢之天之可
読下 おもふとち春の山辺にうちむれてそこともいはぬたひねしてしか
通釈 思ふどち春の山辺にうち群れてそことも言はぬ旅寝してしか

歌番号一二七
者留乃止久寸久留遠与女留    美川子
はるのとくすくるをよめる    みつね

和歌 安徒左由美春多知之与利年月乃以留可己止久毛於毛本由留哉
読下 あつさゆみ春たちしより年月のいるかことくもおもほゆる哉
通釈 梓弓春立ちしより年月の射るがごとくも思ほゆるかな

歌番号一二八
也与飛尓宇久日寸乃己恵乃飛左之宇幾己衣左利个留遠与女留    徒良由幾
やよひにうくひすのこゑのひさしうきこえさりけるをよめる    つらゆき

和歌 奈幾止武留花之奈个礼者宇久日寸毛者天者物宇久奈利奴部良奈利
読下 なきとむる花しなけれはうくひすもはては物うくなりぬへらなり
通釈 鳴き止むる花しなければ鴬も果てはもの憂くなりぬべらなり

歌番号一二九
也与日乃徒己毛利可多尓山遠己衣个留尓山河与利花乃奈可礼个留遠与女留  布可也不
やよひのつこもりかたに山をこえけるに山河より花のなかれけるをよめる  ふかやふ

和歌 花知礼留水乃末尓/\止女久礼者山尓者春毛奈久奈利尓个利
読下 花ちれる水のまに/\とめくれは山には春もなくなりにけり
通釈 花散れる水のまにまに尋めくれば山には春もなくなりにけり

歌番号一三〇
者留遠於之美天与女留    毛止可多
はるをおしみてよめる    もとかた

和歌 於之免止毛止々末良奈久尓春霞可部留道尓之多知奴止於毛部八
読下 おしめともとゝまらなくに春霞かへる道にしたちぬとおもへは
通釈 惜しめども留まらなくに春霞帰る道にし立ちぬと思へば

歌番号一三一
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    於幾可世
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    おきかせ

和歌 己恵多衣寸奈遣也宇久日寸飛止々世尓布多々比止多尓久部幾春可八
読下 こゑたえすなけやうくひすひとゝせにふたゝひとたにくへき春かは
通釈 声絶えず鳴けや鴬一年に再びとだに来べき春かは

歌番号一三二
也与日乃徒己毛利乃日花川美与利加部利个留女止毛遠見天与女留    美川祢
やよひのつこもりの日花つみよりかへりける女ともを見てよめる    みつね

和歌 止々武部幾物止者奈之尓者可奈久毛知留花己止尓多久不己々呂可
読下 とゝむへき物とはなしにはかなくもちる花ことにたくふこゝろか
通釈 留むべき物とはなしにはかなくも散る花ごとにたぐふ心か

歌番号一三三
也与飛乃徒己毛利乃日安女乃布利个留尓布知乃花遠々利天
やよひのつこもりの日あめのふりけるにふちの花をゝりて

人尓川可八之个留    奈利比良乃朝臣
人につかはしける    なりひらの朝臣

和歌 奴礼川々曽志為天於利川留年乃内尓春者以久可毛安良之止思部八
読下 ぬれつゝそしゐておりつる年の内に春はいくかもあらしと思へは
通釈 濡れつつぞしひて折りつる年のうちに春はいく日もあらじと思へば

歌番号一三四
亭子院乃哥合乃者留乃者天乃宇多    美川子
亭子院の哥合のはるのはてのうた    みつね

和歌 遣不乃美止春遠於毛八奴時多尓毛立己止也寸幾花乃可計加者
読下 けふのみと春をおもはぬ時たにも立ことやすき花のかけかは
通釈 今日のみと春を思はぬ時だにも立つことやすき花の蔭かは



古今和歌集巻第三
夏哥

歌番号一三五
題之良寸    与美人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 和可也止乃池乃藤波佐幾尓个利山郭公以徒可幾奈可武
読下 わかやとの池の藤波さきにけり山郭公いつかきなかむ
通釈 我が宿の池の藤波咲きにけり山郭公いつか来鳴かむ

己乃宇多安留人乃以者久加幾乃毛止乃人万呂可也
このうたある人のいはくかきのもとの人まろか也

歌番号一三六
宇月尓左个留佐久良遠見天与女留    紀止之左多
う月にさけるさくらを見てよめる    紀としさた

和歌 安者礼天不事遠安万多尓也良之止也春尓遠久礼天飛止利佐久良武
読下 あはれてふ事をあまたにやらしとや春にをくれてひとりさくらむ
通釈 あはれてふことをあまたにやらじとや春に遅れてひとり咲くらむ

歌番号一三七
題之良寸    与美人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 佐月末川山郭公宇知者不幾今毛奈可奈武己曽乃不留己恵
読下 さ月まつ山郭公うちはふき今もなかなむこそのふるこゑ
通釈 五月待つ山郭公うちはぶき今も鳴かなん去年の古声

歌番号一三八
伊勢
伊勢

和歌 五月己者奈幾毛布利南郭公末多之幾本止乃己恵遠幾可八也
読下 五月こはなきもふり南郭公またしきほとのこゑをきかはや
通釈 五月来ば鳴きも古りなん郭公まだしきほどの声を聞かばや

歌番号一三九
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 佐川幾松花橘乃加遠可个者昔乃人乃袖乃可曽寸累
読下 さつき松花橘のかをかけは昔の人の袖のかそする
通釈 五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする

歌番号一四〇
和歌 以徒乃末尓左月幾奴覧安之比幾乃山郭公今曽奈久奈留
読下 いつのまにさ月きぬ覧あしひきの山郭公今そなくなる
通釈 いつのまに五月来ぬらんあしひきの山郭公今ぞ鳴くなる

歌番号一四一
和歌 遣左幾奈幾以末多々飛奈留郭公花多知八奈尓也止八可良南
読下 けさきなきいまたゝひなる郭公花たちはなにやとはから南
通釈 今朝来鳴きいまだ旅なる郭公花橘に宿は借らなん

歌番号一四二
遠止者山遠己衣个留時尓郭公乃奈久遠幾々天与女留    幾乃止毛乃利
をとは山をこえける時に郭公のなくをきゝてよめる    きのとものり

和歌 遠止者山遣左己衣久礼盤郭公己寸恵者留可尓今曽奈久奈留
読下 をとは山けさこえくれは郭公こすゑはるかに今そなくなる
通釈 音羽山今朝越え来れば郭公梢はるかに今ぞ鳴くなる

歌番号一四三
郭公乃者之女天奈幾个留遠幾々天与女留    曽世以
郭公のはしめてなきけるをきゝてよめる    そせい

和歌 郭公者川己恵幾个者安知幾奈久奴之左多万良奴己飛世良留者多
読下 郭公はつこゑきけはあちきなくぬしさたまらぬこひせらるはた
通釈 郭公初声聞けばあぢきなく主定まらぬ恋せらるはた

歌番号一四四
奈良乃以曽乃神天良尓天郭公乃奈久遠与女留
ならのいその神てらにて郭公のなくをよめる

和歌 以曽乃神布留幾宮己乃郭公声許己曽武可之奈利个礼
読下 いその神ふるき宮この郭公声許こそむかしなりけれ
通釈 石上古き都の郭公声ばかりこそ昔なりけれ

歌番号一四五
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 夏山尓奈久郭公心安良者物思我尓声奈幾可世曽
読下 夏山になく郭公心あらは物思我に声なきかせそ
通釈 夏山に鳴く郭公心あらばもの思ふ我に声な聞かせそ

歌番号一四六
和歌 郭公奈久己恵幾計者和可礼尓之布留左止佐部曽己飛之可利个留
読下 郭公なくこゑきけはわかれにしふるさとさへそこひしかりける
通釈 郭公鳴く声聞けは別れにし古里さへぞ恋しかりける

歌番号一四七
和歌 保止々幾須奈可奈久左止乃安万多安礼八猶宇止万礼奴思物可良
読下 ほとゝきすなかなくさとのあまたあれは猶うとまれぬ思物から
通釈 郭公汝が鳴く里のあまたあればなほ疎まれぬ思ふものから

歌番号一四八
和歌 思以徒累止幾者乃山乃郭公唐紅乃布利以天々曽奈久
読下 思いつるときはの山の郭公唐紅のふりいてゝそなく
通釈 思ひ出づる常盤の山の郭公唐紅のふり出でてぞ鳴く

歌番号一四九
和歌 声者之天涙者見衣奴郭公和可衣手乃飛川遠可良南
読下 声はして涙は見えぬ郭公わか衣手のひつをから南
通釈 声はして涙は見えぬ郭公我が衣手のひつをからなん

歌番号一五〇
和歌 安之飛幾乃山郭公於里者部天多礼可万佐留止祢遠乃美曽奈久
読下 あしひきの山郭公おりはへてたれかまさるとねをのみそなく
通釈 あしひきの山郭公折りはへて誰れかまさると音をのみぞ鳴く

歌番号一五一
和歌 今佐良尓山部加部留奈郭公己恵乃可幾利八和可也止尓奈遣
読下 今さらに山へかへるな郭公こゑのかきりはわかやとになけ
通釈 今さらに山へ帰るな郭公声のかぎりは我が宿に鳴け

歌番号一五二
三久尓乃末知
みくにのまち

和歌 也与也末天山郭公事川天武我世中尓寸美和飛奴止
読下 やよやまて山郭公事つてむ我世中にすみわひぬと
通釈 やよや待て山郭公言伝てむ我世の中に住み侘びぬとよ

歌番号一五三
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    紀止毛乃利
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    紀とものり

和歌 五月雨尓物思日遠礼者郭公夜不可久奈幾天以川知由久良武
読下 五月雨に物思ひをれは郭公夜ふかくなきていつちゆくらむ
通釈 五月雨に物思ひをれば郭公夜深く鳴きていづち行くらん

歌番号一五四
和歌 夜也久良幾道也万止部留本止々幾須和可也止遠之毛寸幾可天尓奈久
読下 夜やくらき道やまとへるほとゝきすわかやとをしもすきかてになく
通釈 夜や暗き道やまどへる郭公我が宿をしも過ぎがてに鳴く

歌番号一五五
大江千里
大江千里

和歌 也止利世之花橘毛加礼奈久尓奈止保止々幾須己恵多恵奴覧
読下 やとりせし花橘もかれなくになとほとゝきすこゑたえぬ覧
通釈 宿りせし花橘も枯れなくになど郭公声絶えぬらん

歌番号一五六
幾乃川良由幾
きのつらゆき

和歌 夏乃夜乃布寸可止寸礼盤郭公奈久比止己恵尓安久留之乃々女
読下 夏の夜のふすかとすれは郭公なくひとこゑにあくるしのゝめ
通釈 夏の夜の臥すかとすれば郭公鳴く一声に明くるしののめ

歌番号一五七
美不乃多々美子
みふのたゝみね

和歌 久累々可止見礼八安計奴留奈川乃与遠安可寸止也奈久山郭公
読下 くるゝかと見れはあけぬるなつのよをあかすとやなく山郭公
通釈 暮るるかと見れば明けぬる夏の夜をあかずとや鳴く山郭公

歌番号一五八
紀秋岑
紀秋岑

和歌 夏山尓己飛之幾人也以里尓个武声布利多天々奈久郭公
読下 夏山にこひしき人やいりにけむ声ふりたてゝなく郭公
通釈 夏山に恋しき人や入りにけむ声ふり立てて鳴く郭公

歌番号一五九
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 己曽乃夏奈幾布留之天之郭公曽礼可安良奴可己恵乃可八良奴
読下 こその夏なきふるしてし郭公それかあらぬかこゑのかはらぬ
通釈 去年の夏鳴き古るしてし郭公それかあらぬか声の変らぬ

歌番号一六〇
郭公乃奈久遠幾々天与女留    徒良由幾
郭公のなくをきゝてよめる    つらゆき

和歌 五月雨乃曽良毛止々呂尓郭公奈尓遠宇之止可与多々奈久良武
読下 五月雨のそらもとゝろに郭公なにをうしとかよたゝなくらむ
通釈 五月雨の空もとどろに郭公何を憂しとか夜ただ鳴くらん

歌番号一六一
左不良比尓天遠乃己止毛乃左遣多宇部个留尓女之天
さふらひにてをのことものさけたうへけるにめして

郭公万川宇多与女止安利个礼八与女留    美川祢
郭公まつうたよめとありけれはよめる    みつね

和歌 保止々幾寸己恵毛幾己衣寸山比己者保可尓奈久祢遠己多部也八世奴
読下 ほとゝきすこゑもきこえす山ひこはほかになくねをこたへやはせぬ
通釈 郭公声も聞こえず山彦はほかに鳴く音を答へやはせぬ

歌番号一六二
山尓郭公乃奈幾个留遠幾々天与女留    徒良由幾
山に郭公のなきけるをきゝてよめる    つらゆき

和歌 郭公人末川山尓奈久奈礼者我宇知川个尓己比万佐利个利
読下 郭公人まつ山になくなれは我うちつけにこひまさりけり
通釈 郭公人待つ山に鳴くなれば我うちつけに恋まさりけり

歌番号一六三
者也久寸美个留所尓天本止々幾寸乃奈幾个留遠幾々天与女留    堂々美祢
はやくすみける所にてほとゝきすのなきけるをきゝてよめる    たゝみね

和歌 武可之部也今毛己比之幾郭公布留左止尓之毛奈幾天幾川良武
読下 むかしへや今もこひしき郭公ふるさとにしもなきてきつらむ
通釈 昔へや今も恋しき郭公古里にしも鳴きて来つらむ

歌番号一六四
郭公乃奈幾个留遠幾々天与女留    美川子
郭公のなきけるをきゝてよめる    みつね

和歌 郭公我止者奈之尓卯花乃宇幾世中尓奈幾和多留覧
読下 郭公我とはなしに卯花のうき世中になきわたる覧
通釈 郭公我とはなしに卯の花の憂き世の中に鳴き渡るらん

歌番号一六五
者知寸乃川由遠見天与女留    僧正部无世宇
はちすのつゆを見てよめる    僧正へんせう

和歌 波知寸者乃尓己利尓志万奴心毛天奈尓可八川由遠玉止安左武久
読下 はちすはのにこりにしまぬ心もてなにかはつゆを玉とあさむく
通釈 蓮葉の濁りに染まぬ心もて何かは露を玉とあざむく

歌番号一六六
月乃於毛之呂可利个留夜安可徒幾可多尓与女留    深養父
月のおもしろかりける夜あかつきかたによめる    深養父

和歌 夏乃夜者末多与為奈可良安遣奴留遠雲乃以川己尓月也止留良武
読下 夏の夜はまたよゐなからあけぬるを雲のいつこに月やとるらむ
通釈 夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月宿るらん

歌番号一六七
止奈利与利止己奈川乃花遠己飛尓遠己世多利个礼八於之美天
となりよりとこなつの花をこひにをこせたりけれはおしみて

己乃宇多遠与美天川可八之个留    美川祢
このうたをよみてつかはしける    みつね

和歌 知里遠多尓寸部之止曽思左幾之与利以毛止和可奴留止己夏乃者那
読下 ちりをたにすへしとそ思さきしよりいもとわかぬるとこ夏のはな
通釈 塵をだに据ゑじとぞ思ふ咲きしより妹と我が寝る床夏の花

歌番号一六八
美奈月乃川己毛利乃日与女留
みな月のつこもりの日よめる

和歌 夏止秋止行可不曽良乃加与日地者加多部寸々之幾風也不久覧
読下 夏と秋と行かふそらのかよひちはかたへすゝしき風やふく覧
通釈 夏と秋と行き交ふ空の通ひ路は片へ涼しき風や吹くらむ

廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認 古今和歌集巻第四及び巻第五

$
0
0
廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認
-藤原定家筆 古今和歌集 字母研究を使ってー
古今和歌集巻第四及び巻第五


古今和歌集巻第四
秋哥上

歌番号一六九
秋立日与免留      藤原敏行朝臣
秋立日よめる      藤原敏行朝臣

和歌 安幾々奴止女尓者佐也可尓見衣祢止毛風乃遠止尓曽於止呂可礼奴留
読下 あきゝぬとめにはさやかに見えねとも風のをとにそおとろかれぬる
通釈 秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる

歌番号一七〇
秋多川日宇部乃遠乃己止毛可毛乃可波良尓加者世宇衣宇之个留止毛尓
秋たつ日うへのをのこともかものかはらにかはせうえうしけるともに

万可利天与女留    徒良由幾
まかりてよめる    つらゆき

和歌 河風乃寸々之久毛安留可宇地与寸留浪止々毛尓也秋八立覧
読下 河風のすゝしくもあるかうちよする浪とゝもにや秋は立覧
通釈 河風の涼しくもあるかうち寄する波とともにや秋は立つらむ

歌番号一七一
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 和可世己可衣乃寸曽遠吹返之宇良女川良之幾秋乃者川風
読下 わかせこか衣のすそを吹返しうらめつらしき秋のはつ風
通釈 我が背子が衣の裾を吹き返しうらめづらしき秋の初風

歌番号一七二
和歌 幾乃不己曽佐奈部止利之可以川乃万尓以奈者曽与幾天秋風乃吹
読下 きのふこそさなへとりしかいつのまにいなはそよきて秋風の吹
通釈 昨日こそ早苗取りしかいつの間に稲葉そよぎて秋風の吹く

歌番号一七三
和歌 秋風乃吹尓之日与利久方乃安満乃加者良尓多々奴日者奈之
読下 秋風の吹にし日より久方のあまのかはらにたゝぬ日はなし
通釈 秋風の吹きにし日より久方の天の河原に立たぬ日はなし

歌番号一七四
和歌 久方乃安万乃可八良乃和多之毛利君和多利奈八加知可久之天与
読下 久方のあまのかはらのわたしもり君わたりなはかちかくしてよ
通釈 久方の天の河原の渡守君渡りなば舵隠してよ

歌番号一七五
和歌 天河紅葉遠者之尓和多世者也多奈者多川女乃秋遠之毛万川
読下 天河紅葉をはしにわたせはやたなはたつめの秋をしもまつ
通釈 天の河紅葉を橋に渡せばや棚機つ女の秋をしもまつ

歌番号一七六
和歌 己飛/\天安不夜者己与日安万乃河幾利立和多利安計寸毛安良奈武
読下 こひ/\てあふ夜はこよひあまの河きり立わたりあけすもあらなむ
通釈 恋ひ恋ひて逢ふ夜は今宵天の河霧立ち渡り明けずもあらなん

歌番号一七七
寛平御時奈奴可乃夜宇部尓左布良不遠乃己止毛哥多天万川礼止
寛平御時なぬかの夜うへにさふらふをのことも哥たてまつれと

於保世良礼个留時尓人尓加八利天与女留    止毛乃利
おほせられける時に人にかはりてよめる    とものり

和歌 天河安左世志良浪多止利川々和多利者天祢八安計曽之尓个留
読下 天河あさせしら浪たとりつゝわたりはてねはあけそしにける
通釈 天の河浅瀬白浪たどりつつ渡り果てねば明けぞしにける

歌番号一七八
於奈之御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    藤原於幾可世
おなし御時きさいの宮の哥合のうた    藤原おきかせ

和歌 契个武心曽徒良幾多奈八多乃年尓飛止多日安不八安不可八
読下 契けむ心そつらきたなはたの年にひとたひあふはあふかは
通釈 契りけん心ぞつらき棚機の年に一度逢ふは逢ふかは

歌番号一七九
奈奴可乃日乃夜与女留    凡河内美川子
なぬかの日の夜よめる    凡河内みつね

和歌 年己止尓安不止八寸礼止多奈者多乃奴留与乃可寸曽寸久奈可利个留
読下 年ことにあふとはすれとたなはたのぬるよのかすそすくなかりける
通釈 年ごとに逢ふとはすれど織女の寝る夜の数ぞ少なかりける

歌番号一八〇
和歌 織女尓加之鶴糸乃打者部天年乃遠奈可久己飛也和多良武
読下 織女にかし鶴糸の打はへて年のをなかくこひやわたらむ
通釈 織女に貸しつる糸のうちはへて年の緒長く恋や渡らむ

歌番号一八一
題之良寸    曽世以
題しらす    そせい

和歌 己与比己武人尓者安者之多奈八多乃飛左之幾本止尓万知毛己曽寸礼
読下 こよひこむ人にはあはしたなはたのひさしきほとにまちもこそすれ
通釈 今宵来む人には逢はじ棚機の久しきほどに待ちもこそすれ

歌番号一八二
奈奴可乃夜乃安可川幾尓与女留    源武祢由幾乃朝臣
なぬかの夜のあかつきによめる    源むねゆきの朝臣

和歌 今者止天和可留々時者天河和多良奴左幾尓曽天曽比知奴留
読下 今はとてわかるゝ時は天河わたらぬさきにそてそひちぬる
通釈 今はとて別るる時は天の河渡らぬさきに袖ぞひちぬる

歌番号一八三
也宇可乃日尓与女留   美不乃多々美子
やうかの日によめる   みふのたゝみね

和歌 遣不与利者以万己武年乃幾乃不遠曽以徒之可止乃美万知和多留部幾
読下 けふよりはいまこむ年のきのふをそいつしかとのみまちわたるへき
通釈 今日よりは今来む年の昨日をぞいつしかとのみ待ちわたるべき

歌番号一八四
題之良寸     与三人之良須
題しらす     よみ人しらす

和歌 己乃満与利毛利久累月乃影見礼盤心徒久之乃秋者幾尓个利
読下 このまよりもりくる月の影見れは心つくしの秋はきにけり
通釈 木の間より漏り来る月の影見れば心尽くしの秋は来にけり

歌番号一八五
和歌 於保可多乃秋久留可良仁和可身己曽加奈之幾物止思之里奴礼
読下 おほかたの秋くるからにわか身こそかなしき物と思しりぬれ
通釈 おほかたの秋来るからに我が身こそ悲しき物と思ひ知りぬれ

歌番号一八六
和歌 和可多女尓久留秋尓之毛安良奈久尓武之乃祢幾个者万川曽可奈之幾
読下 わかためにくる秋にしもあらなくにむしのねきけはまつそかなしき
通釈 我がために来る秋にしもあらなくに虫の音聞けばまづぞ悲しき

歌番号一八七
和歌 物己止尓秋曽可奈之幾毛美知川々宇川呂日由久遠加幾利止思部盤
読下 物ことに秋そかなしきもみちつゝうつろひゆくをかきりと思へは
通釈 物ごとに秋ぞ悲しきもみぢつつ移ろひ行くを限りと思へば

歌番号一八八
和歌 飛止利奴留止己波草波尓安良祢止毛秋久留与為八川由个可利个利
読下 ひとりぬるとこは草はにあらねとも秋くるよゐはつゆけかりけり
通釈 独り寝る床は草葉にあらねども秋来る宵は露けかりけり

歌番号一八九
己礼左多乃美己乃家乃哥合乃宇多
これさたのみこの家の哥合のうた

和歌 以徒者止八時八和可祢止秋乃与曽物思不事乃加幾利奈利个留
読下 いつはとは時はわかねと秋のよそ物思ふ事のかきりなりける
通釈 いつはとは時はわかねど秋の夜ぞ物思ふ事の限りなりける

歌番号一九〇
加武奈利乃川本尓人/\安川万利天秋乃与於之武哥与美个留川以天尓与女留  美川祢
かむなりのつほに人/\あつまりて秋のよおしむ哥よみけるついてによめる  みつね

和歌 加久許於之止思夜遠以多川良尓祢天安可寸良武人左部曽宇幾
読下 かく許おしと思夜をいたつらにねてあかすらむ人さへそうき
通釈 かくばかり惜しと思ふ夜をいたづらに寝で明かすらむ人さへぞ憂き

歌番号一九一
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 白雲尓者祢宇知加者之止不可利乃加寸左部見由留秋乃与乃月
読下 白雲にはねうちかはしとふかりのかすさへ見ゆる秋のよの月
通釈 白雲に羽うち交はし飛ぶ雁の数さへ見ゆる秋の夜の月

歌番号一九二
和歌 左夜奈可止夜者不遣奴良之加利可祢乃幾己由留曽良尓月和多留見由
読下 さ夜なかと夜はふけぬらしかりかねのきこゆるそらに月わたる見ゆ
通釈 小夜中と夜は更けぬらし雁が音の聞こゆる空に月渡る見ゆ

歌番号一九三
己礼左多乃美己乃家乃哥合尓与女留    大江千里
これさたのみこの家の哥合によめる    大江千里

和歌 月見礼者知々尓物己曽加奈之个礼和可身比止川乃秋尓八安良祢止
読下 月見れはちゝに物こそかなしけれわか身ひとつの秋にはあらねと
通釈 月見れば千々に物こそ悲しけれ我が身一つの秋にはあらねど

歌番号一九四
堂々見祢
たゝみね

和歌 久方乃月乃桂毛秋者猶毛美知寸礼八也天利万佐留良武
読下 久方の月の桂も秋は猶もみちすれはやてりまさるらむ
通釈 久方の月の桂も秋はなほもみぢすればや照りまさるらむ

歌番号一九五
月遠与女留    在原元方
月をよめる    在原元方

和歌 秋乃夜乃月乃飛可利之安可个礼者久良不乃山毛己衣奴部良奈利
読下 秋の夜の月のひかりしあかけれはくらふの山もこえぬへらなり
通釈 秋の夜の月の光し明けれは暗部の山も越えぬべらなり

歌番号一九六
人乃毛止尓末可礼利个留夜幾利/\寸乃奈幾个留遠幾々天与女留    藤原忠房
人のもとにまかれりける夜きり/\すのなきけるをきゝてよめる    藤原忠房

和歌 蟋蟀以多久奈々幾曽秋乃夜乃長幾思日八我曽万佐礼留
読下 蟋蟀いたくなゝきそ秋の夜の長き思ひは我そまされる
通釈 きりぎりすいたくな鳴きそ秋の夜の長き思ひは我ぞまされる

歌番号一九七
己礼左多乃美己乃家乃哥合乃宇多    止之由幾乃朝臣
これさたのみこの家の哥合のうた    としゆきの朝臣

和歌 秋乃夜乃安久累毛志良寸奈久武之者和可己止物也可加奈之可留良武
読下 秋の夜のあくるもしらすなくむしはわかこと物やかなしかるらむ
通釈 秋の夜の明くるも知らず鳴く虫は我がごと物や悲しかるらむ

歌番号一九八
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 安幾萩毛色川幾奴礼者幾利/\寸和可祢奴己止也与留八可奈之幾
読下 あき萩も色つきぬれはきり/\すわかねぬことやよるはかなしき
通釈 秋萩も色づきぬればきりぎりす我が寝ぬごとや夜は悲しき

歌番号一九九
和歌 秋乃夜者川由己曽己止仁左武可良之草武良己止尓武之乃和不礼八
読下 秋の夜はつゆこそことにさむからし草むらことにむしのわふれは
通釈 秋の夜は露こそことに寒からし草むらごとに虫の侘ぶれば

歌番号二〇〇
和歌 君志乃不草尓也川留々布留左止八松虫乃祢曽加奈之可利个留
読下 君しのふ草にやつるゝふるさとは松虫のねそかなしかりける
通釈 君忍ぶ草にやつるる古里は松虫の音ぞ悲しかりける

歌番号二〇一
和歌 秋乃々尓道毛末止比奴松虫乃己恵寸留方尓也止也可良末之
読下 秋のゝに道もまとひぬ松虫のこゑする方にやとやからまし
通釈 秋の野に道もまどひぬ松虫の声する方に宿やからまし

歌番号二〇二
和歌 安幾乃々尓人松虫乃己恵寸奈利我可止由幾天以左止不良八武
読下 あきのゝに人松虫のこゑすなり我かとゆきていさとふらはむ
通釈 秋の野に人松虫の声すなり我かと行きていざ訪はむ

歌番号二〇三
和歌 毛美知者乃知利天川毛礼留和可也止个誰遠松虫己々良奈久覧
読下 もみちはのちりてつもれるわかやとに誰を松虫こゝらなく覧
通釈 もみぢ葉の散りて積もれる我が宿に誰れを松虫ここら鳴くらん

歌番号二〇四
和歌 飛久良之乃奈幾川留奈部尓日八久礼奴止思不八山乃加計尓曽安利个留
読下 ひくらしのなきつるなへに日はくれぬと思ふは山のかけにそありける
通釈 ひぐらしの鳴きつるなへに日は暮れぬと思ふは山の蔭にぞありける

歌番号二〇五
和歌 比久良之能奈久山里乃由不久礼八風与利本可尓止不人毛奈之
読下 ひくらしのなく山里のゆふくれは風よりほかにとふ人もなし
通釈 ひぐらしの鳴く山里の夕暮れは風よりほかに訪ふ人もなし

歌番号二〇六
者川可利遠与免留    在原元方
はつかりをよめる    在原元方

和歌 松人尓安良奴物可良者川可利乃計左奈久己恵乃女川良之幾哉
読下 松人にあらぬ物からはつかりのけさなくこゑのめつらしき哉
通釈 待つ人にあらぬ物から初雁の今朝鳴く声のめづらしきかな

歌番号二〇七
己礼左多乃美己乃家乃哥合乃宇多    止毛乃利
これさたのみこの家の哥合のうた    とものり

和歌 秋風尓者川可利可祢曽幾己由奈留堂可多万川左遠加計天幾川覧
読下 秋風にはつかりかねそきこゆなるたかたまつさをかけてきつ覧
通釈 秋風に初雁が音ぞ聞こゆなる誰が玉章をかけて来つらん

歌番号二〇八
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 和可々止尓以奈於本世止利乃奈久奈部尓計左吹風尓加利八幾尓个利
読下 わかゝとにいなおほせとりのなくなへにけさ吹風にかりはきにけり
通釈 我が門に稲負ほせ鳥の鳴くなへに今朝吹く風に雁は来にけり

歌番号二〇九
和歌 以止者也毛奈幾奴留加利可白露乃以呂止留木々毛々美知安部奈久尓
読下 いとはやもなきぬるかりか白露のいろとる木ゝもゝみちあへなくに
通釈 いとはやも鳴きぬる雁か白露の色どる木々ももみぢあへなくに

歌番号二一〇
和歌 春霞加寸美天以尓之加利可祢者今曽奈久奈留秋幾利乃宇部尓
読下 春霞かすみていにしかりかねは今そなくなる秋きりのうへに
通釈 春霞かすみて往にし雁が音は今ぞ鳴くなる秋霧の上に

歌番号二一一
和歌 夜遠左武美衣可利可子奈久奈部尓萩乃之多八毛宇川呂日尓个利
読下 夜をさむみ衣かりかねなくなへに萩のしたはもうつろひにけり
通釈 夜を寒み衣雁が音鳴くなへに萩の下葉も移ろひにけり

己乃宇多八安留人乃以者久柿本乃人末呂可也止
このうたはある人のいはく柿本の人まろか也と

歌番号二一二
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    藤原菅根朝臣
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    藤原菅根朝臣

和歌 秋風尓己恵遠保尓安計天久留舟者安万乃止和多留加利尓曽安利个留
読下 秋風にこゑをほにあけてくる舟はあまのとわたるかりにそありける
通釈 秋風に声をほに上げて来る舟は天の門渡る雁にぞありける

歌番号二一三
加利乃奈幾个留遠幾々天与女留    美川子
かりのなきけるをきゝてよめる    みつね

和歌 宇幾事遠思日川良子天加利可祢乃奈幾己曽和多礼秋乃与奈/\
読下 うき事を思ひつらねてかりかねのなきこそわたれ秋のよな/\
通釈 憂きことを思ひつらねて雁が音の鳴きこそ渡れ秋の夜な夜な

歌番号二一四
己礼左多乃美己乃家乃哥合乃宇多    堂々美祢
これさたのみこの家の哥合のうた    たゝみね

和歌 山里者秋己曽己止尓和比之个礼之可乃奈久祢尓女遠左万之川々
読下 山里は秋こそことにわひしけれしかのなくねにめをさましつゝ
通釈 山里は秋こそことに侘びしけれ鹿の鳴く音に目を覚ましつつ

歌番号二一五
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 於久山尓紅葉布美和遣奈久鹿乃己恵幾久時曽秋八悲幾
読下 おく山に紅葉ふみわけなく鹿のこゑきく時そ秋は悲き
通釈 奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき

歌番号二一六
題之良寸
題しらす

和歌 秋者幾尓宇良飛礼遠礼者安之比幾乃山之多止与美志可乃奈久良武
読下 秋はきにうらひれをれはあしひきの山したとよみしかのなくらむ
通釈 秋萩にうらびれをればあしひきの山下とよみ鹿の鳴くらむ

歌番号二一七
和歌 秋波幾遠志可良三布世天奈久之可乃女尓者見衣寸天遠止乃左也个左
読下 秋はきをしからみふせてなくしかのめには見えすてをとのさやけさ
通釈 秋萩をしがらみふせて鳴く鹿の目には見えずて音のさやけさ

歌番号二一八
己礼左多乃美己乃家乃哥合尓与免留    藤原止之由幾乃朝臣
これさたのみこの家の哥合によめる    藤原としゆきの朝臣

和歌 安幾者幾乃花左幾尓个利高砂乃於乃部乃之可八今也奈久良武
読下 あきはきの花さきにけり高砂のおのへのしかは今やなくらむ
通釈 秋萩の花咲きにけり高砂の尾上の鹿は今や鳴くらん

歌番号二一九
武可之安比之留天侍个留人乃秋乃々尓安比天
むかしあひしりて侍ける人の秋のゝにあひて

物可多利之个留川以天尓与女留    美川祢
物かたりしけるついてによめる    みつね

和歌 秋者幾乃布留衣尓左个留花見礼者本乃心八和寸礼左利个利
読下 秋はきのふるえにさける花見れは本の心はわすれさりけり
通釈 秋萩の古枝に咲ける花見れば本の心は忘れざりけり

歌番号二二〇
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 安幾者幾乃志多者色川久今与利也比止利安留人乃以祢可天尓寸留
読下 あきはきのしたは色つく今よりやひとりある人のいねかてにする
通釈 秋萩の下葉色づく今よりや一人ある人の寝ねがてにする

歌番号二二一
和歌 奈幾和多累加利乃涙也於知川覧物思也止乃萩乃宇部乃川由
読下 なきわたるかりの涙やおちつ覧物思やとの萩のうへのつゆ
通釈 鳴き渡る雁の涙や落ちつらむ物思ふ宿の萩の上の露

歌番号二二二
和歌 萩乃露玉尓奴可武止々礼者遣奴与之見武人者枝奈可良見与
読下 萩の露玉にぬかむとゝれはけぬよし見む人は枝なから見よ
通釈 萩の露玉に貫かむと取れば消ぬよし見む人は枝ながら見よ

安留人乃以者久己乃哥八奈良乃美可止乃御哥也止
ある人のいはくこの哥はならのみかとの御哥也と

歌番号二二三
和歌 於里天見者於知曽志奴部幾秋者幾乃枝毛多和々尓遠个留之良川由
読下 おりて見はおちそしぬへき秋はきの枝もたわゝにをけるしらつゆ
通釈 折りて見ば落ちぞしぬべき秋萩の枝もたわわに置ける白露

歌番号二二四
和歌 萩可花知留覧遠乃々川由之毛尓奴礼天遠由可武左夜八不久止毛
読下 萩か花ちる覧をのゝつゆしもにぬれてをゆかむさ夜はふくとも
通釈 萩が花散るらむ小野の露霜に濡れてを行かむ小夜は更くとも

歌番号二二五
是貞乃美己乃家乃哥合尓与女留    文屋安左也寸
是貞のみこの家の哥合によめる    文屋あさやす

和歌 秋乃々尓遠久之良川由者玉奈礼也川良奴幾可久留久毛乃以止寸知
読下 秋のゝにをくしらつゆは玉なれやつらぬきかくるくものいとすち
通釈 秋の野に置く白露は玉なれや貫きかくる蜘蛛の糸筋

歌番号二二六
題之良寸    僧正部无世宇
題しらす    僧正へんせう

和歌 名尓女天々於礼留許曽遠三奈部之我於知尓幾止人尓可多留奈
読下 名にめてゝおれる許そをみなへし我おちにきと人にかたるな
通釈 名にめでて折れるばかりぞ女郎花我落ちにきと人に語るな

歌番号二二七
僧正遍昭可毛止尓奈良部万可利个留時尓於止己山尓天
僧正遍昭かもとにならへまかりける時におとこ山にて

遠三奈部之遠見天与女留    布留乃以末美知
をみなへしを見てよめる    ふるのいまみち

和歌 遠美奈部之宇之止見川々曽由幾寸久留於止己山尓之多天里止思部八
読下 をみなへしうしと見つゝそゆきすくるおとこ山にしたてりと思へは
通釈 女郎花憂しと見つつぞ行き過ぐる男山にし立てりと思へば

歌番号二二八
是貞乃美己乃家乃哥合乃宇多    止之由幾乃朝臣
是貞のみこの家の哥合のうた    としゆきの朝臣

和歌 秋乃々尓也止利者寸部之遠三奈之名遠武川万之美多比奈良奈久尓
読下 秋のゝにやとりはすへしをみなし名をむつましみたひならなくに
通釈 秋の野に宿りはすべし女郎花名をむつましみ旅ならなくに

歌番号二二九
題之良寸    遠乃々与之木
題しらす    をのゝよし木

和歌 遠美奈部之於保可留乃部尓也止利世者安也奈久安多乃名遠也多知奈武
読下 をみなへしおほかるのへにやとりせはあやなくあたの名をやたちなむ
通釈 女郎花多かる野辺に宿りせば綾なくあだの名をや立ちなん

歌番号二三〇
朱雀院乃遠三奈部之安者世尓与美天多天万川利个留    左乃於保以末宇知幾三
朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける    左のおほいまうちきみ

和歌 越美奈部之秋乃々風尓宇知奈日幾心比止川遠多礼尓与寸覧
読下 をみなへし秋のゝ風にうちなひき心ひとつをたれによす覧
通釈 女郎花秋の野風にうちなびき心一つを誰れに寄すらむ

歌番号二三一
藤原定方朝臣
藤原定方朝臣

和歌 秋奈良天安不己止可多幾遠美奈部之安万乃可八良尓於比奴毛乃由部
読下 秋ならてあふことかたきをみなへしあまのかはらにおひぬものゆへ
通釈 秋ならで逢ふことかたき女郎花天の河原に生ひぬものゆゑ

歌番号二三二
徒良由幾
つらゆき

和歌 堂可秋尓安良奴毛乃由部遠美奈部之奈曽色尓以天々末多幾宇川呂不
読下 たか秋にあらぬものゆへをみなへしなそ色にいてゝまたきうつろふ
通釈 誰が秋にあらぬものゆゑ女郎花なぞ色に出でてまだき移ろふ

歌番号二三三
美川祢
みつね

和歌 徒万己不留志可曽奈久奈留女郎花遠乃可寸武乃々花止之良寸也
読下 つまこふるしかそなくなる女郎花をのかすむのゝ花としらすや
通釈 妻恋ふる鹿ぞ鳴くなる女郎花おのが住む野の花と知らずや

歌番号二三四
和歌 女郎花布幾寸幾天久留秋風者女尓者見衣祢止加己曽志留个礼
読下 女郎花ふきすきてくる秋風はめには見えねとかこそしるけれ
通釈 女郎花吹き過ぎて来る秋風は目には見えねど香こそしるけれ

歌番号二三五
堂々美祢
たゝみね

和歌 人乃見留事也久留之幾遠美奈部之秋幾利尓乃美多知可久留良武
読下 人の見る事やくるしきをみなへし秋きりにのみたちかくるらむ
通釈 人の見ることや苦しき女郎花秋霧にのみ立ち隠るらむ

歌番号二三六
和歌 飛止利乃美奈可武留与利者女郎花和可寸武也止尓宇部天見末之遠
読下 ひとりのみなかむるよりは女郎花わかすむやとにうへて見ましを
通釈 一人のみながむるよりは女郎花我が住む宿に植ゑて見ましを

歌番号二三七
毛乃部万可利个留尓人乃家尓遠美奈部之宇部多利个留遠見天与女留    兼覧王
ものへまかりけるに人の家にをみなへしうへたりけるを見てよめる    兼覧王

和歌 越美奈部之宇之呂女多久毛見由留哉安礼多留也止尓飛止利多天礼八
読下 をみなへしうしろめたくも見ゆる哉あれたるやとにひとりたてれは
通釈 女郎花うしろめたくも見ゆるかな荒れたる宿に一人立てれば

歌番号二三八
寛平御時蔵人所乃遠乃己止毛左可乃尓花見武止天末可利个留時加部留止天
寛平御時蔵人所のをのこともさかのに花見むとてまかりける時かへるとて

美奈哥与美个留川以天尓与女留    平左多不无
みな哥よみけるついてによめる    平さたふん

和歌 花尓安可天奈尓可部留覧遠美奈部之於保可留乃部尓祢奈万之毛乃遠
読下 花にあかてなにかへる覧をみなへしおほかるのへにねなましものを
通釈 花にあかで何帰るらむ女郎花多かる野辺に寝なましものを

歌番号二三九
己礼左多乃美己乃家乃哥合尓与女留    止之由幾乃朝臣
これさたのみこの家の哥合によめる    としゆきの朝臣

和歌 奈尓人可幾天奴幾可計之布知者可末久留秋己止尓乃部遠尓本者寸
読下 なに人かきてぬきかけしふちはかまくる秋ことにのへをにほはす
通釈 何人か来て脱ぎかけし藤袴来る秋ごとに野辺を匂はす

歌番号二四〇
布知者可万遠与美天人尓川可八之个留    徒良由幾
ふちはかまをよみて人につかはしける    つらゆき

和歌 也止利世之人乃可多美可布知者可万和寸良礼可多幾加尓々保日川々
読下 やとりせし人のかたみかふちはかまわすられかたきかにゝほひつゝ
通釈 宿りせし人の形見か藤袴忘られがたき香に匂ひつつ

歌番号二四一
布知者可万遠与免留    曽世以
ふちはかまをよめる    そせい

和歌 奴之々良奴加己曽尓本部礼秋乃々尓可奴幾可計之布知者可万曽毛
読下 ぬしゝらぬかこそにほへれ秋のゝにたかぬきかけしふちはかまそも
通釈 主知らぬ香こそ匂へれ秋の野に誰が脱ぎかけし藤袴ぞも

歌番号二四二
題之良寸    平貞文
題しらす    平貞文

和歌 今与利者宇部天多尓見之花寸々幾保尓以川留秋者和比之可利个利
読下 今よりはうへてたに見し花すゝきほにいつる秋はわひしかりけり
通釈 今よりは植ゑてだに見じ花薄穂に出づる秋は侘びしかりけり

歌番号二四三
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    安利八良乃武祢也奈
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    ありはらのむねやな

和歌 秋乃野乃草乃多毛止可花寸々幾保尓以天々万祢久袖止見由良武
読下 秋の野の草のたもとか花すゝきほにいてゝまねく袖と見ゆらむ
通釈 秋の野の草の袂か花薄穂に出でて招く袖と見ゆらむ

歌番号二四四
素性法師
素性法師

和歌 我乃美也安者礼止於毛者武幾利/\寸奈久由不可个乃也万止奈天之己
読下 我のみやあはれとおもはむきり/\すなくゆふかけのやまとなてしこ
通釈 我のみやあはれと思はむきりぎりす鳴く夕影の大和撫子

歌番号二四五
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 美止利奈留比止川草止曽春者見之秋者以呂/\乃花尓曽安利个留
読下 みとりなるひとつ草とそ春は見し秋はいろ/\の花にそありける
通釈 緑なる一つ草とぞ春は見し秋は色々の花にぞありける

歌番号二四六
和歌 毛々久左乃花乃比毛止久秋乃々遠思日多者礼武人奈止可女曽
読下 もゝくさの花のひもとく秋のゝを思ひたはれむ人なとかめそ
通釈 百草の花の紐解く秋の野を思ひたはれむ人なとがめそ

歌番号二四七
和歌 月草尓衣者寸良武安左川由尓奴礼天乃々知者宇川呂日奴止毛
読下 月草に衣はすらむあさつゆにぬれてのゝちはうつろひぬとも
通釈 月草に衣は摺らむ朝露に濡れての後は移ろひぬとも

歌番号二四八
仁和乃美可止美己尓於者之末之个留時布留乃太幾御覧世武止天
仁和のみかとみこにおはしましける時ふるのたき御覧せむとて

於者之満之遣留美知尓遍昭可者々乃家尓也止利多万部利个留時尓庭遠
おはしましけるみちに遍昭かはゝの家にやとりたまへりける時に庭を

秋乃々尓徒久利天於保武物可多利乃川以天二与美天多天万川利个留   僧正遍昭
秋のゝにつくりておほむ物かたりのついてによみてたてまつりける   僧正遍昭

和歌 佐止者安礼天人者布利尓之也止奈礼也庭毛末可幾毛秋乃々良奈留
読下 さとはあれて人はふりにしやとなれや庭もまかきも秋のゝらなる
通釈 里は荒れて人は古りにし宿なれや庭もまがきも秋の野らなる



古今和歌集巻第五
秋哥下

歌番号二四九
己礼佐多乃美己乃家乃哥合乃宇多    文屋也寸比天
これさたのみこの家の哥合のうた    文屋やすひて

和歌 吹可良尓秋乃草木乃志本留礼者武部山可世遠安良之止以不良武
読下 吹からに秋の草木のしほるれはむへ山かせをあらしといふらむ
通釈 吹からに秋の草木の萎るればむべ山風を嵐と言ふらむ

歌番号二五〇
和歌 草毛木毛色加者礼止毛和多川宇美乃浪乃花尓曽秋奈可利个留
読下 草も木も色かはれともわたつうみの浪の花にそ秋なかりける
通釈 草も木も色変はれどもわたつ海の浪の花にぞ秋なかりける

歌番号二五一
秋乃哥合之个留時尓与女留    紀与之毛知
秋の哥合しける時によめる    紀よしもち

和歌 紅葉世奴止幾者乃山者吹風乃遠止尓也秋遠幾々和多留覧
読下 紅葉せぬときはの山は吹風のをとにや秋をきゝわたる覧
通釈 紅葉せぬ常盤の山は吹く風の音にや秋を聞き渡るらむ

歌番号二五二
題之良寸    与美人良寸
題しらす    よみ人らす

和歌 霧立天雁曽久奈留片岡乃朝乃原者紅葉之奴覧
読下 霧立て雁そなくなる片岡の朝の原は紅葉しぬ覧
通釈 霧立ちて雁ぞ鳴くなる片岡の朝の原は紅葉しぬらむ

歌番号二五三
和歌 神奈月時雨毛以末多布良奈久尓加祢天宇川呂不神奈比乃毛利
読下 神な月時雨もいまたふらなくにかねてうつろふ神なひのもり
通釈 神無月時雨もいまだ降らなくにかねて移ろふ神奈備の森

歌番号二五四
和歌 知者也布留神奈比山乃毛美知者尓思日者可个之宇川呂不物遠
読下 ちはやふる神なひ山のもみちはに思ひはかけしうつろふ物を
通釈 ちはやぶる神奈備山のもみぢ葉に思はかけじ移ろふものを

歌番号二五五
貞観御時綾綺殿乃末部尓梅乃木安利个利仁之乃方尓
貞観御時綾綺殿のまへに梅の木ありけりにしの方に

左世利个留衣多乃毛美知者之女多利个留遠宇部尓左布良不遠乃己止毛乃
させりけるえたのもみちはしめたりけるをうへにさふらふをのこともの

与美个留徒以天尓与女留    藤原加知遠武
よみけるついてによめる    藤原かちをむ

和歌 於奈之衣遠和幾天己乃者乃宇川呂不者西己曽秋乃者之女奈利个礼
読下 おなしえをわきてこのはのうつろふは西こそ秋のはしめなりけれ
通釈 同じ枝をわきて木の葉の移ろふは西こそ秋の始めなりけれ

歌番号二五六
以之也万尓末宇天个留時遠止者山乃毛美知遠見天与女留    徒良由幾
いしやまにまうてける時をとは山のもみちを見てよめる    つらゆき

和歌 秋風乃布幾尓之日与利遠止者山峯乃己寸恵毛色川幾尓个利
読下 秋風のふきにし日よりをとは山峯のこすゑも色つきにけり
通釈 秋風の吹きにし日より音羽山峯の梢も色づきにけり

歌番号二五七
己礼左多乃美己乃家乃哥合尓与女留    止之由幾乃朝臣
これさたのみこの家の哥合によめる    としゆきの朝臣

和歌 白露乃色者飛止川遠以可尓之天秋乃己乃者遠知々尓曽武覧
読下 白露の色はひとつをいかにして秋のこのはをちゝにそむ覧
通釈 白露の色は一つをいかにして秋の木の葉を千々に染むらん

歌番号二五八
壬生忠岑
壬生忠岑

和歌 秋乃夜乃川由遠者川由止遠幾奈可良加利乃涙也乃部遠曽武良武
読下 秋の夜のつゆをはつゆとをきなからかりの涙やのへをそむらむ
通釈 秋の夜の露をば露と置きながら雁の涙や野辺を染むらむ

歌番号二五九
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 安幾乃徒由以呂/\己止尓遠个者己曽山乃己乃者乃知久左奈留良女
読下 あきのつゆいろ/\ことにをけはこそ山のこのはのちくさなるらめ
通釈 秋の露色々ことに置けばこそ山の木の葉の千草なるらめ

歌番号二六〇
毛留山乃保止利尓天与女留    徒良由幾
もる山のほとりにてよめる    つらゆき

和歌 志良川由毛時雨毛以多久毛留山者志多八乃己良寸色川幾尓个利
読下 しらつゆも時雨もいたくもる山はしたはのこらす色つきにけり
通釈 白露も時雨もいたく漏る山は下葉残らず色づきにけり

歌番号二六一
秋乃宇多止天与女留    在原元方
秋のうたとてよめる    在原元方

和歌 雨布礼止川由毛々良志遠加左止利乃山者以可天可毛美知曽女个武
読下 雨ふれとつゆもゝらしをかさとりの山はいかてかもみちそめけむ
通釈 雨降れど露も漏らじを笠取の山はいかでか紅葉染めけむ

歌番号二六二
神乃也之呂乃安多利遠万可利个留時尓以可幾乃宇知乃毛三地遠見天与女留  徒良由幾
神のやしろのあたりをまかりける時にいかきのうちのもみちを見てよめる  つらゆき

和歌 知者也不留神乃以可幾尓者不久寸毛秋尓者安部寸宇川呂日尓个利
読下 ちはやふる神のいかきにはふくすも秋にはあへすうつろひにけり
通釈 ちはやぶる神の斎垣に這ふ葛も秋にはあへず移ろひにけり

歌番号二六三
己礼左多乃美己乃家乃哥合尓与女留    堂々美祢
これさたのみこの家の哥合によめる    たゝみね

和歌 安免布礼者加左止利山乃毛美知者々由幾可不人乃曽天左部曽天留
読下 あめふれはかさとり山のもみちはゝゆきかふ人のそてさへそてる
通釈 雨降れば笠取山のもみぢ葉は行き交ふ人の袖さへぞ照る

歌番号二六四
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    与三人之良寸
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    よみ人しらす

和歌 知良祢止毛可祢天曽於之幾毛美知者々今八限乃色止見川礼八
読下 ちらねともかねてそおしきもみちはゝ今は限の色と見つれは
通釈 散らねどもかねてぞ惜しきもみぢ葉は今は限りの色と見つれば

歌番号二六五
也末止乃久尓々万可利个留時左本山尓幾利乃多天利个留遠見天与女留  幾乃止毛乃利
やまとのくにゝまかりける時さほ山にきりのたてりけるを見てよめる  きのとものり

和歌 堂可多女乃錦奈礼者可秋幾利乃左本乃山辺遠多知可久寸覧
読下 たかための錦なれはか秋きりのさほの山辺をたちかくす覧
通釈 誰がための錦なればか秋霧の佐保の山辺を立ち隠すらむ

歌番号二六六
是貞乃美己乃家乃哥合乃宇多    与美人之良寸
是貞のみこの家の哥合のうた    よみ人しらす

和歌 秋幾利者計左者奈多知曽左本山乃者々曽乃毛美知与曽尓天毛見武
読下 秋きりはけさはなたちそさほ山のはゝそのもみちよそにても見む
通釈 秋霧は今朝はな立ちそ佐保山の柞の紅葉よそにても見む

歌番号二六七
秋乃宇多止天与女留    坂上是則
秋のうたとてよめる    坂上是則

和歌 佐保山乃者々曽乃色者宇寸个礼止秋者深久毛奈利尓个留哉
読下 佐保山のはゝその色はうすけれと秋は深くもなりにける哉
通釈 佐保山の柞の色は薄けれど秋は深くもなりにけるかな

歌番号二六八
人乃世无左以尓幾久尓武寸日川个天宇部尓留宇多    在原奈利比良乃朝臣
人のせんさいにきくにむすひつけてうへけるうた    在原なりひらの朝臣

和歌 宇恵之宇部者秋奈幾時也左可左良武花己曽知良女祢左部可礼女也
読下 うへしうへは秋なき時やさかさらむ花こそちらめねさへかれめや
通釈 植ゑし植ゑば秋なき時や咲かざらむ花こそ散らめ根さへ枯れめや

歌番号二六九
寛平御時幾久乃花遠与万世多万宇个留    止之由幾乃朝臣
寛平御時きくの花をよませたまうける    としゆきの朝臣

和歌 久方乃雲乃宇部尓天見留菊者安末可川本之止曽安也万多礼个留
読下 久方の雲のうへにて見る菊はあまかつほしとそあやまたれける
通釈 久方の雲の上にて見る菊は天つ星とぞ過たれける

己乃哥者末多殿上由留左礼左利个留時尓女之安遣良礼天川可宇万川礼留止奈武
この哥はまた殿上ゆるされさりける時にめしあけられてつかうまつれるとなむ

歌番号二七〇
己礼左多乃美己乃家乃哥合乃宇多    幾乃止毛乃利
これさたのみこの家の哥合のうた    きのとものり

和歌 露奈可良於里天加左々武幾久乃花於以世奴秋乃比左之可留部久
読下 露なからおりてかさゝむきくの花おいせぬ秋のひさしかるへく
通釈 露ながら折りてかざさむ菊の花老いせぬ秋の久しかるべく

歌番号二七一
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    大江千里
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    大江千里

和歌 宇部之時花万知止遠尓安利之幾久宇川呂不秋尓安者武止也見之
読下 うへし時花まちとをにありしきくうつろふ秋にあはむとや見し
通釈 植ゑし時花待ち遠にありし菊移ろふ秋に逢むとや見し

歌番号二七二
於奈之御時世良礼个留幾久安八世尓寸者万遠川久利天菊乃花宇部多利个留尓
おなし御時せられけるきくあはせにすはまをつくりて菊の花うへたりけるに

久波部多利个留宇多布幾安个乃者万乃加多尓宇部多利个留尓与女留  寸可波良乃朝臣
くはへたりけるうたふきあけのはまのかたにうへたりけるによめる  すかはらの朝臣

和歌 秋風乃吹安計尓多天留白菊者花可安良奴可浪乃与留可
読下 秋風の吹あけにたてる白菊は花かあらぬか浪のよるか
通釈 秋風の吹上げに立てる白菊は花かあらぬか浪の寄するか

歌番号二七三
仙宮尓菊遠和計天人乃以多礼留可多遠与女留    素性法師
仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる    素性法師

和歌 奴礼天保寸山地乃菊乃川由乃末尓以川可知止世遠我八部尓个武
読下 ぬれてほす山地の菊のつゆのまにいつかちとせを我はへにけむ
通釈 濡れて干す山路の菊の露の間にいつか千歳を我は経にけむ

歌番号二七四
菊乃花乃毛止尓天人乃人末天留可多遠与女留    止毛乃利
菊の花のもとにて人の人まてるかたをよめる    とものり

和歌 花見川々人末川時者之呂多部乃袖可止乃美曽安也万多礼个留
読下 花見つゝ人まつ時はしろたへの袖かとのみそあやまたれける
通釈 花見つつ人待つ時は白砂の袖かとのみぞ過たれける

歌番号二七五
於保左者乃池乃加多尓幾久宇部多留遠与女留
おほさはの池のかたにきくうへたるをよめる

和歌 飛止毛止々思之幾久遠於保左者乃池乃曽己尓毛多礼可宇部个武
読下 ひともとゝ思しきくをおほさはの池のそこにもたれかうへけむ
通釈 一本と思ひし菊を大沢の池の底にも誰れか植ゑけむ

歌番号二七六
世中乃者可那幾己止遠思个留於利尓幾久乃花遠見天与美計留    徒良由幾
世中のはかなきことを思けるおりにきくの花を見てよみける    つらゆき

和歌 秋乃菊尓保不可幾利者加左之天武花与利左幾止之良奴和可身遠
読下 秋の菊にほふかきりはかさしてむ花よりさきとしらぬわか身を
通釈 秋の菊匂ふ限りはかざしてむ花より先と知らぬ我が身を

歌番号二七七
志良幾久乃花遠与女留    凡河内美川祢
しらきくの花をよめる    凡河内みつね

和歌 心安天尓於良者也於良武者川之毛乃遠幾万止者世留白菊乃花
読下 心あてにおらはやおらむはつしものをきまとはせる白菊の花
通釈 心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花

歌番号二七八
己礼左多乃美己乃家乃哥合乃宇多    与美人之良寸
これさたのみこの家の哥合のうた    よみ人しらす

和歌 以呂可者留秋乃幾久遠者比止々世尓布多々比尓保不花止己曽見礼
読下 いろかはる秋のきくをはひとゝせにふたゝひにほふ花とこそ見れ
通釈 色変はる秋の菊をば一年に再び匂ふ花とこそ見れ

歌番号二七九
仁和寺尓幾久乃者那女之个留時尓宇多曽部天多天末川礼止於保世良礼个礼者
仁和寺にきくのはなめしける時にうたそへてたてまつれとおほせられけれは

与美天多天万川利个留    平左多不无
よみてたてまつりける    平さたふん

和歌 秋遠々幾天時己曽有个礼菊乃花宇川呂不可良尓色乃万佐礼者
読下 秋をゝきて時こそ有けれ菊の花うつろふからに色のまされは
通釈 秋をおきて時こそありけれ菊の花移ろふからに色のまされば

歌番号二八〇
人乃家奈利个留幾久乃花遠宇徒之宇部多利个留遠与女留    徒良由幾
人の家なりけるきくの花をうつしうへたりけるをよめる    つらゆき

和歌 佐幾曽免之也止之加者礼者菊乃花色佐部尓己曽宇川呂日尓个礼
読下 さきそめしやとしかはれは菊の花色さへにこそうつろひにけれ
通釈 咲き初めし宿し変はれば菊の花色さへにこそ移ろひにけれ

歌番号二八一
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 佐保山乃者々曽乃毛美知々利奴部美与留左部見与止天良寸月影
読下 佐保山のはゝそのもみちゝりぬへみよるさへ見よとてらす月影
通釈 佐保山の柞の紅葉散りぬべみ夜さへ見よと照らす月影

歌番号二八二
美也徒可部比左之宇川可宇万川良天山左止尓己毛利侍个留尓与女留   藤原関雄
みやつかへひさしうつかうまつらて山さとにこもり侍けるによめる   藤原関雄

和歌 於久山乃以者可幾毛美地々里奴部之天留日乃比可利見留時奈久天
読下 おく山のいはかきもみちゝりぬへしてる日のひかり見る時なくて
通釈 奥山の岩垣紅葉散りぬべし照る日の光見る時なくて

歌番号二八三
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 龍田河毛美地美多礼天流女利和多留波錦奈可也多衣奈武
読下 龍田河もみちみたれて流めりわたらは錦なかやたえなむ
通釈 龍田河紅葉乱れて流るめり渡らば錦仲や絶えなむ

己乃哥八安留人奈良乃美可止乃御哥也止奈武申寸
この哥はある人ならのみかとの御哥也となむ申す

歌番号二八四
和歌 堂川多河毛美知者流神奈日乃美武呂乃山尓時雨不留良之
読下 たつた河もみちは流神なひのみむろの山に時雨ふるらし
通釈 龍田河もみぢ葉流る神奈備の三室の山に時雨降るらし

又者安寸可々波毛美知八奈可留
又はあすかゝはもみちはなかる

歌番号二八五
和歌 己飛之久者見天毛志乃者武毛美知八遠吹奈知良之曽山於呂之乃可世
読下 こひしくは見てもしのはむもみちはを吹なちらしそ山おろしのかせ
通釈 恋しくは見てもしのばむもみぢ葉を吹きな散らしそ山おろしの風

歌番号二八六
和歌 秋風尓安部寸知利奴留毛美知者乃由久恵左多女奴我曽可奈之幾
読下 秋風にあへすちりぬるもみちはのゆくゑさためぬ我そかなしき
通釈 秋風にあへず散りぬるもみぢ葉の行方定めぬ我ぞ悲しき

歌番号二八七
和歌 安幾者幾奴紅葉者也止尓布利之幾奴道布三和計天止不人者奈之
読下 あきはきぬ紅葉はやとにふりしきぬ道ふみわけてとふ人はなし
通釈 秋は来ぬ紅葉は宿に降り敷きぬ道踏み分けて訪ふ人はなし

歌番号二八八
和歌 布美和計天佐良尓也止者武毛美知八乃布利可久之天之身知止美奈可良
読下 ふみわけてさらにやとはむもみちはのふりかくしてしみちとみなから
通釈 踏み分けて更にや訪はむもみぢ葉の降り隠してし道と見ながら

歌番号二八九
和歌 秋乃月山辺左也可天良世留八於川留毛美知乃加寸遠見与止可
読下 秋の月山辺さやかてらせるはおつるもみちのかすを見よとか
通釈 秋の月山辺さやかに照らせるは落つる紅葉の数を見よとか

歌番号二九〇
和歌 吹風乃色乃知久左尓見衣川留八秋乃己乃八乃知礼八奈利个利
読下 吹風の色のちくさに見えつるは秋のこのはのちれはなりけり
通釈 吹く風の色の千草に見えつるは秋の木の葉の散ればなりけり

歌番号二九一
世幾遠
せきを

和歌 霜乃堂天川由乃奴幾己曽与者可良之山乃錦乃遠礼八可川知留
読下 霜のたてつゆのぬきこそよはからし山の錦のをれはかつちる
通釈 霜のたて露のぬきこそ弱からじ山の錦の織ればかつ散る

歌番号二九二
宇里武為无木乃可个尓多々寸美天与三个留
うりむゐんの木のかけにたゝすみてよみける

和歌 和比人乃和幾天多知与留己乃本八多乃武可个奈久毛美知知利个利
読下 わひ人のわきてたちよるこの本はたのむかけなくもみちちりけり
通釈 侘び人のわきて立ち寄る木の下は頼む影なく紅葉散りけり

歌番号二九三
二条乃后乃春宮乃美也寸所止申个留時尓御屏風尓堂川多河尓
二条の后の春宮のみやす所と申ける時に御屏風にたつた河に

毛美知奈可礼多留可多遠加个利个留遠題尓天与女留    曽世以
もみちなかれたるかたをかけりけるを題にてよめる    そせい

和歌 毛美知者乃奈可礼天止万留美奈止尓八紅深幾浪也立良武
読下 もみちはのなかれてとまるみなとには紅深き浪や立らむ
通釈 もみぢ葉の流れて止まる港には紅深き浪や立つらむ

歌番号二九四
奈利比良乃朝臣
なりひらの朝臣

和歌 知者也布留神世毛幾可須龍田河唐紅尓水久々留止者
読下 ちはやふる神世もきかす龍田河唐紅に水くゝるとは
通釈 ちはやぶる神世も聞かず龍田河唐紅に水くくるとは

歌番号二九五
己礼左多乃美己乃家乃哥合乃宇多    止之由幾乃朝臣
これさたのみこの家の哥合のうた    としゆきの朝臣

和歌 和可幾川留方毛志良礼寸久良不山木々乃己乃者乃知留止万可不尓
読下 わかきつる方もしられすくらふ山木ゝのこのはのちるとまかふに
通釈 我が来つる方も知られず暗部山木々の木の葉の散るとまがふに

歌番号二九六
堂々美子
たゝみね

和歌 神奈比乃美武呂乃山遠秋由計者錦多知幾留心地己曽寸礼
読下 神なひのみむろの山を秋ゆけは錦たちきる心地こそすれ
通釈 神奈備の三室の山を秋行けば錦裁ち着る心地こそすれ

歌番号二九七
北山尓紅葉於良武止天万可礼利个留時尓与女留    徒良由幾
北山に紅葉おらむとてまかれりける時によめる    つらゆき

和歌 見留人毛奈久天知利奴留於久山乃紅葉八与留乃尓之幾奈利个利
読下 見る人もなくてちりぬるおく山の紅葉はよるのにしきなりけり
通釈 見る人もなくて散りぬる奥山の紅葉は夜の錦なりけり

歌番号二九八
秋乃宇多    加祢美乃王
秋のうた    かねみの王

和歌 龍田比免多武久留神乃安礼者己曽秋乃己乃波乃奴左止知留良女
読下 龍田ひめたむくる神のあれはこそ秋のこのはのぬさとちるらめ
通釈 龍田姫手向くる神のあればこそ秋の木の葉の幣と散るらめ

歌番号二九九
遠乃止以不所尓寸見侍个留時毛見知遠見天与女留    徒良由幾
をのといふ所にすみ侍ける時もみちを見てよめる    つらゆき

和歌 秋乃山紅葉遠奴左止多武久礼八寸武我左部曽多比心知寸留
読下 秋の山紅葉をぬさとたむくれはすむ我さへそたひ心ちする
通釈 秋の山紅葉を幣と手向くれば住む我さへぞ旅心地する

歌番号三〇〇
神奈比乃山遠寸幾天龍田河遠和多利个留時尓
神なひの山をすきて龍田河をわたりける時に

毛美知乃奈可礼个留遠与女留    幾与八良乃布可也不
もみちのなかれけるをよめる    きよはらのふかやふ

和歌 神奈比乃山遠寸幾行秋奈礼者堂川多河尓曽奴左者多武久留
読下 神なひの山をすき行秋なれはたつた河にそぬさはたむくる
通釈 神奈備の山を過ぎ行く秋なれば龍田河にぞ幣は手向くる

歌番号三〇一
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    布知八良乃於幾可世
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    ふちはらのおきかせ

和歌 白浪尓秋乃己乃者乃宇可部留遠安万乃奈可世留舟可止曽見留
読下 白浪に秋のこのはのうかへるをあまのなかせる舟かとそ見る
通釈 白浪に秋の木の葉の浮かべるを海人の流せる舟かとぞ見る

歌番号三〇二
堂川多河乃本止利尓天与女留    坂上己礼乃利
たつた河のほとりにてよめる    坂上これのり

和歌 毛美知八乃奈可礼左利世八龍田河水乃秋遠八多礼可之良末之
読下 もみちはのなかれさりせは龍田河水の秋をはたれかしらまし
通釈 もみぢ葉の流れざりせば龍田河水の秋をば誰れか知らまし

歌番号三〇三
志可乃山己衣尓天与女留    者留美知乃川良幾
しかの山こえにてよめる    はるみちのつらき

和歌 山河尓風乃可計多留志可良美八流毛安部奴紅葉奈利个利
読下 山河に風のかけたるしからみは流もあへぬ紅葉なりけり
通釈 山河に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり

歌番号三〇四
池乃本止利尓天毛美知乃知留遠与女留    美川祢
池のほとりにてもみちのちるをよめる    みつね

和歌 風布个者於川留毛美知者水幾与美知良奴可計左部曽己尓見衣川々
読下 風ふけはおつるもみちは水きよみちらぬかけさへそこに見えつゝ
通釈 風吹けば落つるもみぢ葉水清み散らぬ影さへ底に見えつつ

歌番号三〇五
亭子院乃御屏風乃恵尓河和多良武止寸留人乃毛美知乃知留木乃毛止尓
亭子院の御屏風のゑに河わたらむとする人のもみちのちる木のもとに

武万遠比可部天多天留遠与万世多万日个礼八川可宇万川利个留
むまをひかへてたてるをよませたまひけれはつかうまつりける

和歌 立止万利見天遠和多良武毛美知者々雨止布留止毛水者万佐良之
読下 立とまり見てをわたらむもみちはゝ雨とふるとも水はまさらし
通釈 立ち止まり見てを渡らむもみぢ葉は雨と降るとも水はまさらじ



廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認 古今和歌集巻第六、巻第七、巻第八及び巻第九

$
0
0
廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認
-藤原定家筆 古今和歌集 字母研究を使ってー
古今和歌集巻第六、巻第七、巻第八及び巻第九


古今和歌集巻第五
秋哥下

歌番号三〇六
是貞乃美己乃家乃哥合乃宇多    堂々美祢
是貞のみこの家の哥合のうた    たゝみね

和歌 山田毛留秋乃加利以本尓遠久川由八伊奈於保世鳥乃涙奈利个利
読下 山田もる秋のかりいほにをくつゆはいなおほせ鳥の涙なりけり
通釈 山田守る秋の仮庵に置く露は稲負ほせ鳥の涙なりけり

歌番号三〇七
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 保尓毛以天奴山田遠毛留止藤衣以奈八乃川由尓奴礼奴日曽奈幾
読下 ほにもいてぬ山田をもると藤衣いなはのつゆにぬれぬ日そなき
通釈 穂にも出でぬ山田を守ると藤衣稲葉の露に濡れぬ日はなし

歌番号三〇八
和歌 加礼累田尓於不留飛川知乃保尓以天奴八世遠今更尓秋八天奴止可
読下 かれる田におふるひつちのほにいてぬは世を今更に秋はてぬとか
通釈 刈れる田に生ふるひつちの穂に出でぬは世を今更に秋果てぬとか

歌番号三〇九
北山尓僧正部无世宇止多計可利尓万可礼利个留尓与女留    曽世以法之
北山に僧正へんせうとたけかりにまかれりけるによめる    そせい法し

和歌 毛美地者々袖尓己幾以礼天毛天以天奈武秋八限止見武人乃多女
読下 もみちはゝ袖にこきいれてもていてなむ秋は限と見む人のため
通釈 もみぢ葉は袖にこき入れて持て出でなむ秋は限りと見む人のため

歌番号三一〇
寛平御時布留幾宇多々天万川礼止於保世良礼个礼八堂川多河毛美知八奈可留
寛平御時ふるきうたゝてまつれとおほせられけれはたつた河もみちはなかる

止以不哥遠加幾天曽乃於奈之心遠与女利个留    於幾可世
といふ哥をかきてそのおなし心をよめりける    おきかせ

和歌 美山与利於知久留水乃色見天曽秋者限止思之利奴留
読下 み山よりおちくる水の色見てそ秋は限と思しりぬる
通釈 深山より落ち来る水の色見てぞ秋は限りと思ひ知りぬる

歌番号三一一
秋乃者川留心遠堂川多河尓思日也利天与女留    徒良由幾
秋のはつる心をたつた河に思ひやりてよめる    つらゆき

和歌 年己止尓毛美知者奈可寸龍田河美奈止也秋乃止万利奈留覧
読下 年ことにもみちはなかす龍田河みなとや秋のとまりなる覧
通釈 年ごとにもみぢ葉流す龍田河湊や秋の泊りなるらむ

歌番号三一二
奈可月乃川己毛利乃日大井尓天与女留
なか月のつこもりの日大井にてよめる

和歌 由不川久夜遠久良乃山尓奈久之可乃己恵乃内尓也秋者久留良武
読下 ゆふつく夜をくらの山になくしかのこゑの内にや秋はくるらむ
通釈 夕づく夜小倉の山に鳴く鹿の声のうちにや秋は暮るらむ

歌番号三一三
於奈之徒己毛利乃日与女留    美川祢
おなしつこもりの日よめる    みつね

和歌 道志良波多川祢毛由可武毛美者遠奴左止多武計天秋者以尓个利
読下 道しらはたつねもゆかむもみはをぬさとたむけて秋はいにけり
通釈 道知らば訪ねも行かむもみぢ葉を幣と手向けて秋は往にけり



古今和歌集巻第六
冬哥

歌番号三一四
題之良須    与美人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 龍田河錦遠利加久神奈月志久礼乃雨遠多天奴幾尓之天
読下 龍田河錦をりかく神な月しくれの雨をたてぬきにして
通釈 龍田河錦織りかく神無月時雨の雨をたてぬきにして

歌番号三一五
冬乃哥止天与女留    源宗于朝臣
冬の哥とてよめる    源宗于朝臣

和歌 山里者冬曽左比之左万佐利个留人女毛草毛加礼奴止思部八
読下 山里は冬そさひしさまさりける人めも草もかれぬと思へは
通釈 山里は冬ぞ寂しさまさりける人目も草も枯れぬと思へば

歌番号三一六
題之良須    読人之良寸
題しらす    読人しらす

和歌 於保曽良乃月乃飛可利之幾与个礼八影見之水曽万川己本利个留
読下 おほそらの月のひかりしきよけれは影見し水そまつこほりける
通釈 大空の月の光し清ければ影見し水ぞまづ凍りける

歌番号三一七
和歌 由不左礼者衣手左武之三与之乃々与之乃々山尓三雪不留良之
読下 ゆふされは衣手さむしみよしのゝよしのゝ山にみ雪ふるらし
通釈 夕されば衣手寒しみ吉野の吉野の山にみ雪降るらし

歌番号三一八
和歌 今与利八徒幾天布良南和可也止乃寸々幾遠之奈美布礼留之良雪
読下 今よりはつきてふら南わかやとのすゝきをしなみふれるしら雪
通釈 今よりはつぎて降らなん我が宿のすすき押し並み降れる白雪

歌番号三一九
和歌 布累雪者加徒曽个奴良之安之比幾乃山乃多幾川世遠止万佐留奈利
読下 ふる雪はかつそけぬらしあしひきの山のたきつせをとまさるなり
通釈 降る雪はかつぞ消ぬらしあしひきの山のたぎつ瀬音まさるなり

歌番号三二〇
和歌 己乃河尓毛美知者流於久山乃雪計乃水曽今万佐留良之
読下 この河にもみちは流おく山の雪けの水そ今まさるらし
通釈 この河にもみぢ葉流る奥山の雪消の水ぞ今まさるらし

歌番号三二一
和歌 布留左止波与之乃々山之知可个礼八比止日毛美雪不良奴日八奈之
読下 ふるさとはよしのゝ山しちかけれはひと日もみ雪ふらぬ日はなし
通釈 古里は吉野の山し近ければ一日もみ雪降らぬ日はなし

歌番号三二二
和歌 和可也止者雪布利之幾天美知毛奈之布美和計天止不人之奈个礼八
読下 わかやとは雪ふりしきてみちもなしふみわけてとふ人しなけれは
通釈 我が宿は雪降りしきて道もなし踏み分けて訪ふ人しなければ

歌番号三二三
冬乃宇多止天    紀貫之
冬のうたとて    紀貫之

和歌 雪不礼者冬己毛利世留草毛木毛春尓志良礼奴花曽左幾个留
読下 雪ふれは冬こもりせる草も木も春にしられぬ花そさきける
通釈 雪降れば冬ごもりせる草も木も春に知られぬ花ぞ咲きける

歌番号三二四
志可乃山己衣尓天与女留    紀安幾美祢
しかの山こえにてよめる    紀あきみね

和歌 白雪乃止己呂毛和可寸布利之計者以者本尓毛左久花止己曽見礼
読下 白雪のところもわかすふりしけはいはほにもさく花とこそ見れ
通釈 白雪の所も分かず降りしけば巌にも咲く花とこそ見れ

歌番号三二五
奈良乃京尓万可礼利个留時尓也止礼利个留所尓天与女留    坂上己礼乃利
ならの京にまかれりける時にやとれりける所にてよめる    坂上これのり

和歌 三与之乃々山乃白雪徒毛留良之布留左止左武久奈利万佐留奈利
読下 みよしのゝ山の白雪つもるらしふるさとさむくなりまさるなり
通釈 み吉野の山の白雪積もるらし古里寒くなりまさるなり

歌番号三二六
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    布知八良乃於幾可世
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    ふちはらのおきかせ

和歌 浦知可久布利久留雪者白浪乃末乃松山己寸可止曽見留
読下 浦ちかくふりくる雪は白浪の末の松山こすかとそ見る
通釈 浦近く降り来る雪は白浪の末の松山越すかとぞ見る

歌番号三二七
壬生忠岑
壬生忠岑

和歌 三与之乃々山乃白雪布美和計天入尓之人乃遠止川礼毛世奴
読下 みよしのゝ山の白雪ふみわけて入にし人のをとつれもせぬ
通釈 み吉野の山の白雪踏み分けて入りにし人の訪れもせぬ

歌番号三二八
和歌 白雪乃布利天川毛礼留山左止者寸武人左部也思比幾由良武
読下 白雪のふりてつもれる山さとはすむ人さへや思ひきゆらむ
通釈 白雪の降りて積もれる山里は住む人さへや思ひ消ゆらむ

歌番号三二九
雪乃布礼留遠見天与女留    凡河内美川子
雪のふれるを見てよめる    凡河内みつね

和歌 由幾布利天人毛加与者奴美知奈礼也安止者加毛奈久思幾由覧
読下 ゆきふりて人もかよはぬみちなれやあとはかもなく思きゆ覧
通釈 雪降りて人も通はぬ道なれや跡はかもなく思ひ消ゆらん

歌番号三三〇
由幾乃布利个留遠与三个留    幾与八良乃布可也不
ゆきのふりけるをよみける    きよはらのふかやふ

和歌 冬奈可良曽良与利花乃知利久留者雲乃安奈多者春尓也安留良武
読下 冬なからそらより花のちりくるは雲のあなたは春にやあるらむ
通釈 冬ながら空より花の散り来るは雲のあなたは春にやあるらん

歌番号三三一
雪乃木尓布利可々礼利个留遠与女留    徒良由幾
雪の木にふりかゝれりけるをよめる    つらゆき

和歌 布由子毛利思日加計奴遠己乃万与利花止見留万天雪曽布利个留
読下 ふゆこもり思ひかけぬをこのまより花と見るまて雪そふりける
通釈 冬ごもり思ひかけぬを木の間より花と見るまで雪ぞ降りける

歌番号三三二
也末止乃久尓々万可礼利个留時尓由幾乃不利个留遠見天与女留   坂上己礼乃利
やまとのくにゝまかれりける時にゆきのふりけるを見てよめる   坂上これのり

和歌 安佐本良遣安利安計乃月止見留万天尓与之乃々左止尓布礼留之良由幾
読下 あさほらけありあけの月と見るまてによしのゝさとにふれるしらゆき
通釈 朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪

歌番号三三三
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 遣奴可宇部尓又毛布利之遣春霞多知奈者美雪万礼尓己曽見女
読下 けぬかうへに又もふりしけ春霞たちなはみ雪まれにこそ見め
通釈 消ぬが上にまたも降りしけ春霞立ちなばみ雪まれにこそ見め

歌番号三三四
和歌 梅花曽礼止毛見衣寸久方乃安末幾留雪乃奈部天礼々八
読下 梅花それとも見えす久方のあまきる雪のなへてれゝは
通釈 梅の花それとも見えず久方の天霧る雪のなべて降れれば

己乃哥八安留人乃以者久柿本人万呂可哥也
この哥はある人のいはく柿本人まろか哥也

歌番号三三五
梅花尓由幾乃布礼留遠与免留    小野多可武良乃朝臣
梅花にゆきのふれるをよめる    小野たかむらの朝臣

和歌 花乃色者雪尓満之里天見衣寸止毛加遠多尓々保部人乃之留部久
読下 花の色は雪にましりて見えすともかをたにゝほへ人のしるへく
通釈 花の色は雪に混じりて見えずとも香をだに匂へ人の知るべく

歌番号三三六
雪乃宇知乃梅花遠与女留    幾乃川良由幾
雪のうちの梅花をよめる    きのつらゆき

和歌 梅乃可乃布利遠个留雪尓満可日世者多礼可己止/\和幾天於良末之
読下 梅のかのふりをける雪にまかひせはたれかこと/\わきておらまし
通釈 梅の香の降り置ける雪にまがひせば誰れかことごと分きて折らまし

歌番号三三七
由幾乃布利个留遠見天与女留    幾乃止毛乃利
ゆきのふりけるを見てよめる    きのとものり

和歌 雪布礼者木己止尓花曽左幾尓个留以川礼遠梅止和幾天於良万之
読下 雪ふれは木ことに花そさきにけるいつれを梅とわきておらまし
通釈 雪降れば木ごとに花ぞ咲きにけるいづれを梅とわきて折らまし

歌番号三三八
物部万可利个留人遠万知天志八寸乃川己毛利尓与女留    美川子
物へまかりける人をまちてしはすのつこもりによめる    みつね

和歌 和可末多奴年者幾奴礼止冬草乃加礼尓之人者遠止川礼毛世寸
読下 わかまたぬ年はきぬれと冬草のかれにし人はをとつれもせす
通釈 我が待たぬ年は来ぬれど冬草のかれにし人は訪れもせず

歌番号三三九
年乃者天尓与女留    在原毛止可多
年のはてによめる    在原もとかた

和歌 安良多満乃年乃遠者知尓奈留己止尓雪可和可身毛布利満左利徒々
読下 あらたまの年のをはりになることに雪もわか身もふりまさりつゝ
通釈 あらたまの年の終りになるごとに雪も我が身も古りまさりつつ

歌番号三四〇
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    与三人之良寸
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    よみ人しらす

和歌 雪布利天年乃久礼奴留時己曽川為尓毛美知奴松毛見衣个礼
読下 雪ふりて年のくれぬる時こそつゐにもみちぬ松も見えけれ
通釈 雪降りて年の暮れぬる時こそつひにもみぢぬ松も見えけれ

歌番号三四一
年乃者天尓与女留    者留美知乃徒良幾
年のはてによめる    はるみちのつらき

和歌 昨日止以飛个不止久良之天安寸可々者流天者也幾月日奈利个利
読下 昨日といひけふとくらしてあすかゝは流てはやき月日なりけり
通釈 昨日と言ひ今日と暮らして飛鳥河流れて早き月日なりけり

歌番号三四二
哥多天万川礼止於保世良礼之時尓与美天多天万川礼留    幾乃川良由幾
哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれる    きのつらゆき

和歌 由久年乃於之久毛安留哉万寸可々美見留可計左部尓久礼奴止思部者
読下 ゆく年のおしくもある哉ますかゝみ見るかけさへにくれぬと思へは
通釈 行く年の惜しくもあるかなます鏡見る影さへに暮れぬと思へば



古今和歌集巻第七
賀哥

歌番号三四三
題之良寸    与美人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 和可君者千世尓也知与尓左々礼以之乃以者本止奈利天己計乃武寸万天
読下 わか君は千世にやちよにさゝれいしのいはほとなりてこけのむすまて
通釈 我が君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで

歌番号三四四
和歌 渡津海乃浜乃万佐己遠加曽部徒々君可知止世乃安利可寸尓世武
読下 渡つ海の浜のまさこをかそへつゝ君かちとせのありかすにせむ
通釈 わたつ海の浜の真砂をかぞへつつ君が千歳のあり数にせむ

歌番号三四五
和歌 志本乃山左之天乃以曽尓寸武千鳥幾美可三世遠者也知与止曽奈久
読下 しほの山さしてのいそにすむ千鳥きみかみ世をはやちよとそなく
通釈 しほの山さしでの磯に住む千鳥君が御代をば八千代とぞ鳴く

歌番号三四六
和歌 和可与者飛君可也知与尓止利曽部天止々女遠幾天者思以天尓世与
読下 わかよはひ君かやちよにとりそへてとゝめおきては思いてにせよ
通釈 我が齢君が八千代に取りそへて留め置きては思ひ出でにせよ

歌番号三四七
仁和乃御時僧正遍昭尓七十賀多万日个留時乃御哥
仁和の御時僧正遍昭に七十賀たまひける時の御哥

和歌 加久之徒々止尓毛可久尓毛奈可良部天君可也知与尓安不与之毛可那
読下 かくしつゝとにもかくにもなからへて君かやちよにあふよしもかな
通釈 かくしつつとにもかくにも永らへて君が八千代に会ふよしもがな

歌番号三四八
仁和乃美可止乃美己尓於者之末之个留時尓御遠八乃也曽知乃賀尓之呂可祢遠徒恵尓
仁和のみかとのみこにおはしましける時に御をはのやそちの賀にしろかねをつゑに

川久礼利个留遠見天加乃御遠者尓加者利天与三个留    僧正部无世宇
つくれりけるを見てかの御をはにかはりてよみける    僧正へんせう

和歌 知者也布留神也幾利个武徒久可良尓知止世乃坂毛己衣奴部良也
読下 ちはやふる神やきりけむつくからにちとせの坂もこえぬへら也
通釈 ちはやぶる神や伐りけむ突くからに千歳の坂も越えぬべらなり

歌番号三四九
保利可者乃於保以末宇知幾三乃四十賀九条乃家尓天
ほりかはのおほいまうちきみの四十賀九条の家にて

志个留時尓与女留    在原業平朝臣
しける時によめる    在原業平朝臣

和歌 佐久良花知利可比久毛礼於以良久乃己武止以不奈留道万可不可尓
読下 さくら花ちりかひくもれおいらくのこむといふなる道まかふかに
通釈 桜花散りかひ曇れ老いらくの来むといふなる道まがふがに

歌番号三五〇
左多止幾乃美己乃遠者乃与曽知乃賀遠大井尓天之个留日与女留   幾乃己礼遠可
さたときのみこのをはのよそちの賀を大井にてしける日よめる   きのこれをか

和歌 亀乃尾乃山乃以者祢遠止女天於川留多幾乃白玉千世乃可寸可毛
読下 亀の尾の山のいはねをとめておつるたきの白玉千世のかすかも
通釈 亀の尾の山の岩根を尋めて落つる滝の白玉千代の数かも

歌番号三五一
佐多也寸乃美己乃幾左以乃宮乃五十乃賀多天万川利个留御屏風尓
さたやすのみこのきさいの宮の五十の賀たてまつりける御屏風に

佐久良乃花乃知留之多仁人乃花見多留加多加个留遠与女留  布知八良乃於幾可世
さくらの花のちるしたに人の花見たるかたかけるをよめる  ふちはらのおきかせ

和歌 以堂川良尓寸久寸月日者於毛本衣天花見天久良寸春曽寸久奈幾
読下 いたつらにすくす月日はおもほえて花見てくらす春そすくなき
通釈 いたづらに過ぐす月日は思ほえで花見て暮らす春ぞ少なき

歌番号三五二
毛止也寸乃美己乃七十乃賀乃宇之呂乃屏風尓与美天加幾个留   幾乃川良由幾
もとやすのみこの七十の賀のうしろの屏風によみてかきける   きのつらゆき

和歌 春久礼盤也止尓末川左久梅花君可知止世乃加左之止曽見留
読下 春くれはやとにまつさく梅花君かちとせのかさしとそ見る
通釈 春来れば宿にまづ咲く梅の花君が千歳のかざしとぞ見る

歌番号三五三
曽世以法之
そせい法し

和歌 以尓之部尓安里幾安良寸者志良祢止毛知止世乃多女之君尓者之女武
読下 いにしへにありきあらすはしらねともちとせのためし君にはしめむ
通釈 いにしへにありきあらずは知らねども千歳のためし君に始めむ

歌番号三五四
和歌 布之天於毛飛於幾天可曽不留与呂川与者神曽之留良武和可幾三乃多女
読下 ふしておもひおきてかそふるよろつよは神そしるらむわかきみのため
通釈 臥して思ひ起きてかぞふる万代は神ぞ知るらん我が君のため

歌番号三五五
藤原三善可六十賀尓与三个留    在原之計者留
藤原三善か六十賀によみける    在原しけはる

和歌 鶴亀毛知止世乃々知者志良奈久尓安可奴心尓万可世者天々武
読下 鶴亀もちとせのゝちはしらなくにあかぬ心にまかせはてゝむ
通釈 鶴亀も千歳の後は知らなくにあかぬ心に任せ果ててむ

己乃哥者安留人在原乃止幾者留可止毛以不
この哥はある人在原のときはるかともいふ

歌番号三五六
与之美祢乃川祢奈利可与曽知乃賀尓武寸女尓加者利天与三侍个留  曽世以法之
よしみねのつねなりかよそちの賀にむすめにかはりてよみ侍ける  そせい法し

和歌 与呂徒世遠松尓曽君遠以者日川留知止世乃可計尓寸万武止思部八
読下 よろつ世を松にそ君をいはひつるちとせのかけにすまむと思へは
通釈 万代を松にぞ君を祝ひつる千歳の蔭に住まむと思へば

歌番号三五七
内侍乃可美乃右大将布知八良乃朝臣乃四十賀之个留時尓四季乃恵可个
内侍のかみの右大将ふちはらの朝臣の四十賀しける時に四季のゑかけ

宇之呂乃屏風尓加幾多利个留宇多
うしろの屏風にかきたりけるうた

和歌 加寸可乃尓和可奈徒美川々与呂徒世遠以者武心者神曽志留覧
読下 かすかのにわかなつみつゝよろつ世をいはふ心は神そしる覧
通釈 春日野に若菜摘みつつ万代を祝ふ心は神ぞ知るらむ

歌番号三五八
和歌 山堂可美久毛井尓見由留佐久良花心乃行天於良奴日曽奈幾
読下 山たかみくもゐに見ゆるさくら花心の行ておらぬ日そなき
通釈 山高み雲居に見ゆる桜花心の行きて居らぬ日ぞなき




歌番号三五九
和歌 免徒良之幾己恵奈良奈久尓郭公己々良乃年遠安可寸毛安留哉
読下 めつらしきこゑならなくに郭公こゝらの年をあかすもある哉
通釈 めづらしき声ならなくに郭公ここらの年をあかずもあるかな




歌番号三六〇
和歌 住乃江乃松遠秋風吹可良尓己恵宇知曽不留於幾川白浪
読下 住の江の松を秋風吹からにこゑうちそふるおきつ白浪
通釈 住の江の松を秋風吹くからに声うち添ふる沖つ白浪

歌番号三六一
和歌 千鳥奈久左保乃河幾利多知奴良之山乃己乃八毛色万佐利由久
読下 千鳥なくさほの河きりたちぬらし山のこのはも色まさりゆく
通釈 千鳥鳴く佐保の河霧立ちぬらし山の木の葉も色まさり行く

歌番号三六二
和歌 秋久礼止色毛加者良奴止幾者山与曽乃毛美知遠風曽可之个留
読下 秋くれと色もかはらぬときは山よそのもみちを風そかしける
通釈 秋来れど色も変らぬ常盤山よその紅葉を風ぞ貸しける




歌番号三六三
和歌 白雪乃布利之久時者三与之乃々山之多風尓花曽知利个留
読下 白雪のふりしく時はみよしのゝ山した風に花そちりける
通釈 白雪の降りしく時はみ吉野の山下風に花ぞ散りける

歌番号三六四
春宮乃武万礼多万部利个留時尓万以利天与女留   典侍藤原与留可乃朝臣
春宮のむまれたまへりける時にまいりてよめる   典侍藤原よるかの朝臣

和歌 峯堂可幾加寸加乃山尓以川留日者久毛留時奈久天良寸部良奈利
読下 峯たかきかすかの山にいつる日はくもる時なくてらすへらなり
通釈 峰高き春日の山に出づる日は曇る時なく照らすべらなり



古今和歌集巻第八
離別哥

歌番号三六五
題之良寸    在原行平朝臣
題しらす    在原行平朝臣

和歌 立和可礼以奈者乃山乃峯尓於不留松止之幾可者今加部利己武
読下 立わかれいなはの山の峯におふる松としきかは今かへりこむ
通釈 立ち別れ因幡の山の峰に生ふる松とし聞かば今帰り来む

歌番号三六六
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 寸可累奈久秋乃者幾八良安左多知天旅行人遠以川止可万多武
読下 すかるなく秋のはきはらあさたちて旅行人をいつとかまたむ
通釈 すがる鳴く秋の萩原朝立ちて旅行く人をいつとか待たむ

歌番号三六七
和歌 限奈幾雲井乃与曽尓和可留止毛人遠心尓遠久良左武也八
読下 限なき雲ゐのよそにわかるとも人を心におくらさむやは
通釈 限りなき雲居のよそに別るとも人を心に遅らさむやは

歌番号三六八
遠乃々知不留可美知乃久乃寸个尓万可利个留時尓者々乃与女留
をのゝちふるかみちのくのすけにまかりける時にはゝのよめる

和歌 堂良知祢乃於也乃万毛利止安日曽不留心許者世幾奈止々女曽
読下 たらちねのおやのまもりとあひそふる心許はせきなとゝめそ
通釈 たらちねの親の守りとあひ添ふる心ばかりは塞きな留めそ

歌番号三六九
左多止幾乃美己乃家尓天布知八良乃幾与不可安不三乃寸个尓万可利个留時尓
さたときのみこの家にてふちはらのきよふかあふみのすけにまかりける時に

武万乃者奈武計之个留夜与女留    幾乃止之佐多
むまのはなむけしける夜よめる    きのとしさた

和歌 遣不和可礼安寸者安不美止於毛部止毛夜也布遣奴覧袖乃川由个幾
読下 けふわかれあすはあふみとおもへとも夜やふけぬ覧袖のつゆけき
通釈 今日別れ明日は近江と思へども夜や更けぬらむ袖の露けき

歌番号三七〇
己之部万可利个留人尓与美天川可八之个留
こしへまかりける人によみてつかはしける

和歌 加部累山安利止者幾計止春霞立別奈者己飛之可留部之
読下 かへる山ありとはきけと春霞立別なはこひしかるへし
通釈 かへる山ありとは聞けど春霞立ち別れなば恋しかるべし

歌番号三七一
人乃武万乃者奈武計尓天与女留    幾乃徒良由幾
人のむまのはなむけにてよめる    きのつらゆき

和歌 於之武可良己比之幾物遠白雲乃多知奈武乃知者奈尓心地世武
読下 おしむからこひしき物を白雲のたちなむのちはなに心地せむ
通釈 惜しむから恋しきものを白雲の立ちなむ後は何心地せむ

歌番号三七二
止毛多知乃人乃久尓部万可利个留尓与女留    在原之計者留
ともたちの人のくにへまかりけるによめる    在原しけはる

和歌 和可礼天者本止遠部多川止於毛部者也加川見奈可良尓加祢天己日之幾
読下 わかれてはほとをへたつとおもへはやかつ見なからにかねてこひしき
通釈 別れてはほどを隔つと思へばやかつ見ながらにかねて恋しき

歌番号三七三
安徒万乃方部万可利个留人尓与美天川可八之个留   以可己乃安川由幾
あつまの方へまかりける人によみてつかはしける   いかこのあつゆき

和歌 於毛部止毛身遠之和个祢者女尓見衣奴心遠君尓多久部天曽也留
読下 おもへとも身をしわけねはめに見えぬ心を君にたくへてそやる
通釈 思へども身をし分けねば目に見えぬ心を君にたぐへてぞやる

歌番号三七四
安不左可尓天人遠和可礼个留時尓与女留    奈尓者乃与呂徒遠
あふさかにて人をわかれける時によめる    なにはのよろつを

和歌 相坂乃関之末左之幾物奈良者安可寸和可留々君遠止々女与
読下 相坂の関しまさしき物ならはあかすわかるゝ君をとゝめよ
通釈 逢坂の関し正しき物ならばあかず別るる君を留めよ

歌番号三七五
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 唐衣堂川日者幾可之安左川由乃遠幾天之由个者計奴部幾物遠
読下 唐衣たつ日はきかしあさつゆのをきてしゆけはけぬへき物を
通釈 唐衣たつ日は聞かじ朝露の置きてし行けば消ぬべきものを

歌番号三七六
己乃宇多者安留人徒可左遠多万者利天安多良之幾女尓川幾天止之部天寸三个留人遠
このうたはある人つかさをたまはりてあたらしきめにつきてとしへてすみける人を

寸天々多々安寸奈武多川止許以部利个留時尓止毛可宇毛以者天与美天川可八之个留
すてゝたゝあすなむたつと許いへりける時にともかうもいはてよみてつかはしける

飛多知部万可利个留時尓布知八良乃幾美止之尓与美天川可八之个累    寵
ひたちへまかりける時にふちはらのきみとしによみてつかはしける    寵

和歌 安佐奈个尓見部幾々美止之多乃万祢八思日多知奴留草枕奈利
読下 あさなけに見へきゝみとしたのまねは思ひたちぬる草枕なり
通釈 朝なけに見べき君とし頼まねば思ひ立ちぬる草枕なり

歌番号三七七
幾乃武祢左多可安徒末部万可利个留時尓人乃家尓也止利天暁以天多天止天
きのむねさたかあつまへまかりける時に人の家にやとりて暁いてたつとて

万加利申之个礼者女乃与美天以多世利个留    与三人之良須
まかり申しけれは女のよみていたせりける    よみ人しらす

和歌 衣曽志良奴今心見与以乃知安良者我也和寸留々人也止八奴止
読下 えそしらぬ今心見よいのちあらは我やわするゝ人やとはぬと
通釈 えぞ知らぬ今心見よ命あらば我や忘るる人や訪はぬと

歌番号三七八
安飛之里天侍个留人乃安川万乃方部万可利个留遠々久留止天与女留  布可也不
あひしりて侍ける人のあつまの方へまかりけるをゝくるとてよめる  ふかやふ

和歌 雲井尓毛加与不心乃遠久礼子八和可留止人尓見由許也
読下 雲井にもかよふ心のをくれねはわかると人に見ゆ許也
通釈 雲居にも通ふ心の遅れねば別ると人に見ゆばかりなり

歌番号三七九
止毛乃安徒末部万可利个留時尓与女留    与之三祢乃飛天遠可
とものあつまへまかりける時によめる    よしみねのひてをか

和歌 白雲乃己奈多可奈多尓立和可礼心遠奴左止久多久多日可奈
読下 白雲のこなたかなたに立わかれ心をぬさとくたくたひかな
通釈 白雲のこなたかなたに立ち別れ心を幣とくだく旅かな

歌番号三八〇
美知乃久尓部万可利个留人尓与美天川可八之个累    徒良由幾
みちのくにへまかりける人によみてつかはしける    つらゆき

和歌 志良久毛能也部尓可左奈留遠知尓天毛於毛者武人尓心部多川奈
読下 しらくものやへにかさなるをちにてもおもはむ人に心へたつな
通釈 白雲の八重に重なる遠方にても思はむ人に心隔つな

歌番号三八一
人遠和可礼个留時尓与美个留
人をわかれける時によみける

和歌 和可礼天不事者以呂尓毛安良奈久尓心尓之美天和日之可留良武
読下 わかれてふ事はいろにもあらなくに心にしみてわひしかるらむ
通釈 別れてふ事は色にもあらなくに心に染みて侘びしかるらむ

歌番号三八二
安比之礼利个留人乃己之乃久尓々万可利天止之部天京尓万宇天幾天
あひしれりける人のこしのくにゝまかりてとしへて京にまうてきて

又可部利个留時尓与女留    凡河内美川祢
又かへりける時によめる    凡河内みつね

和歌 加部留山奈尓曽者安利天安留可比八幾天毛止万良奴名尓己曽安利个礼
読下 かへる山なにそはありてあるかひはきてもとまらぬ名にこそありけれ
通釈 かへる山何ぞはありてあるかひも来てもとまらぬ名にこそありけれ

歌番号三八三
己之乃久尓部万可利个留人尓与美天川可八之个留
こしのくにへまかりける人によみてつかはしける

和歌 与曽尓能美己比也和多良武之良山乃雪見留部久毛安良奴和可身者
読下 よそにのみこひやわたらむしら山の雪見るへくもあらぬわか身は
通釈 よそにのみ恋ひやわたらむ白山の雪見るべくもあらぬ我が身は

歌番号三八四
遠止八乃山乃保止利尓天人遠和可留止天与女留    徒良由幾
をとはの山のほとりにて人をわかるとてよめる    つらゆき

和歌 遠止者山己多可久奈幾天郭公君可別遠於之武部良也
読下 をとは山こたかくなきて郭公君か別をおしむへら也
通釈 音羽山木高く鳴きて郭公君が別れを惜しむべらなり

歌番号三八五
藤原乃々知加个可加良毛乃々川可日尓奈可月乃徒己毛利可多尓万可利个留仁
藤原のゝちかけかからものゝつかひになか月のつこもりかたにまかりけるに

宇部乃遠乃己止毛左个多宇日个留川以天尓与女留   布知八良乃可祢毛知
うへのをのこともさけたうひけるついてによめる   ふちはらのかねもち

和歌 毛呂止毛尓奈幾天止々女与蛬秋乃和可礼者於之久也八安良奴
読下 もろともになきてとゝめよ蛬秋のわかれはおしくやはあらぬ
通釈 もろともに鳴きて留めよきりぎりす秋の別れは惜しくやはあらぬ

歌番号三八六
平毛止乃利
平もとのり

和歌 秋霧乃止毛尓多知以天々和可礼奈者波礼奴思日尓恋也渡武
読下 秋霧のともにたちいてゝわかれなははれぬ思ひに恋や渡む
通釈 秋霧の友に立ち出でて別れなば晴れぬ思ひに恋ひやわたらむ

歌番号三八七
源乃左祢可徒久之部由安美武止天万可利个留尓山左幾尓天
源のさねかつくしへゆあみむとてまかりけるに山さきにて

和可礼於之美个留所尓天与女留    志呂女
わかれおしみける所にてよめる    しろめ

和歌 伊乃知多尓心尓加奈不物奈良者奈尓可別乃加奈之可良末之
読下 いのちたに心にかなふ物ならはなにか別のかなしからまし
通釈 命だに心にかなふ物ならば何か別れの悲しからまし

歌番号三八八
山左幾与利神奈比乃毛利万天遠久利尓人/\万可利天加部利可天尓之天
山さきより神なひのもりまてをくりに人/\まかりてかへりかてにして

和可礼於之三个留尓与女留    源左祢
わかれおしみけるによめる 源さね

和歌 人也利乃道奈良奈久尓於保可多者以幾宇之止以日天以左帰奈武
読下 人やりの道ならなくにおほかたはいきうしといひていさ帰なむ
通釈 人やりの道ならなくにおほかたは行き憂しと言ひていざ帰りなむ

歌番号三八九
今者己礼与利加部利祢止左祢可以比个留於利尓与三个留   藤原加祢毛知
今はこれよりかへりねとさねかいひけるおりによみける   藤原かねもち

和歌 志多者礼天幾尓之心乃身尓之安礼者帰左万尓八道毛之良礼寸
読下 したはれてきにし心の身にしあれは帰さまには道もしられす
通釈 慕はれて来にし心の身にしあれば帰るさまには道も知られず

歌番号三九〇
藤原乃己礼遠可々武左之乃寸个尓万可利个留時尓遠久利尓
藤原のこれをかゝむさしのすけにまかりける時にをくりに

安不左可遠己由止天与三遣留    徒良由幾
あふさかをこゆとてよみける    つらゆき

和歌 加徒己衣天和可礼毛由久可安不佐可者人多乃女奈留名尓己曽安利个礼
読下 かつこえてわかれもゆくかあふさかは人たのめなる名にこそありけれ
通釈 かつ越えて別れも行くか逢坂は人頼めなる名にこそありけれ

歌番号三九一
於保衣乃知不留可己之部万可利个留武万乃者奈武計尓与女留  藤原加祢寸个乃朝臣
おほえのちふるかこしへまかりけるむまのはなむけによめる  藤原かねすけの朝臣

和歌 君可由久己之乃志良山之良祢止毛雪乃万尓/\安止者多川祢武
読下 君かゆくこしのしら山しらねとも雪のまに/\あとはたつねむ
通釈 君が行く越の白山知らねども雪のまにまに跡は尋ねむ

歌番号三九二
人乃花山尓末宇天幾天由不左利川可多加部利奈無止之个留時尓与女留  僧正遍昭
人の花山にまうてきてゆふさりつかたかへりなむとしける時によめる  僧正遍昭

和歌 由不久礼乃末可幾者山止見衣奈々武与留者己衣之止也止利止留部久
読下 ゆふくれのまかきは山と見えなゝむよるはこえしとやとりとるへく
通釈 夕暮れの籬は山と見えななむ夜は越えじと宿りとるべく

歌番号三九三
山尓乃保利天加部利末宇天幾天人/\和可礼个留川以天尓与女留   幽仙法師
山にのほりてかへりまうてきて人/\わかれけるついてによめる   幽仙法師

和歌 別遠者山乃佐久良尓万可世天武止女武止女之八花乃万尓/\
読下 別をは山のさくらにまかせてむとめむとめしは花のまに/\
通釈 別れをば山の桜に任せてむ止めむ止めじは花のまにまに

歌番号三九四
宇里武為无乃美己乃舎利会尓山尓乃本利天加部利个留尓
うりむゐんのみこの舎利会に山にのほりてかへりけるに

佐久良乃花乃毛止尓天与女留    僧正部无世宇
さくらの花のもとにてよめる    僧正へんせう

和歌 山可世尓佐久良布幾万幾美多礼奈武花乃万幾礼尓堂知止万留部久
読下 山かせにさくらふきまきみたれなむ花のまきれにたちとまるへく
通釈 山風に桜吹きまき乱れなむ花の紛れに立ち止るべく

歌番号三九五
幽仙法師
幽仙法師

和歌 己止奈良波君止万留部久尓本者南加部寸八花乃宇幾尓也八安良奴
読下 ことならは君とまるへくにほは南かへすは花のうきにやはあらぬ
通釈 ことならば君止るべく匂はなん帰すは花の憂きにやはあらぬ

歌番号三九六
仁和乃美可止美己尓於者之末之个留時尓布留乃多幾御覧之尓於波之万之天
仁和のみかとみこにおはしましける時にふるのたき御覧しにおはしまして

可部利多万日个留尓与女留    兼芸法之
かへりたまひけるによめる    兼芸法し

和歌 安可寸之天和可留々涙瀧尓曽不水万左留止也之毛者見留覧
読下 あかすしてわかるゝ涙瀧にそふ水まさるとやしもは見る覧
通釈 あかずして別るる涙滝にそふ水まさるとや下は見るらん

歌番号三九七
加武奈利乃川保尓女之多利个留日於保美幾奈止多宇部天安女乃以多久
かむなりのつほにめしたりける日おほみきなとたうへてあめのいたく

布利个礼者由不左利万天侍天利以天个留於里尓左可月遠止利天   徒良由幾
ふりけれはゆふさりまて侍てりいてけるおりにさか月をとりて   つらゆき

和歌 秋者幾乃花遠者雨尓奴良世止毛君遠者万之天於之止己曽於毛部
読下 秋はきの花をは雨にぬらせとも君をはましておしとこそおもへ
通釈 秋萩の花をば雨に濡らせども君をばまして惜しとこそ思へ

歌番号三九八
止与免利个留可部之    兼覧王
とよめりけるかへし    兼覧王

和歌 於之武良武人乃心遠志良奴万尓秋乃時雨止身曽布利尓个留
読下 おしむらむ人の心をしらぬまに秋の時雨と身そふりにける
通釈 惜しむらむ人の心を知らぬ間に秋の時雨と身ぞふりにける

歌番号三九九
加祢美乃於保幾三尓者之女天物可多利之天和可礼个留時尓与女留   美川祢
かねみのおほきみにはしめて物かたりしてわかれける時によめる   みつね

和歌 和可留礼止宇礼之久毛安留可己与日与利安比見奴左幾尓奈尓遠己日末之
読下 わかるれとうれしくもあるかこよひよりあひ見ぬさきになにをこひまし
通釈 別るれどうれしくもあるか今宵よりあひ見ぬさきに何を恋ひまし

歌番号四〇〇
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 安可須之天和可留々曽天乃志良多万遠君可々多三止川々美天曽行
読下 あかすしてわかるゝそてのしらたまを君かゝたみとつゝみてそ行
通釈 あかずして別るる袖の白玉を君が形見と包みてぞ行く

歌番号四〇一
和歌 限奈久思不涙尓曽本知奴留袖者可和波可之安八武日万天尓
読下 限なく思ふ涙にそほちぬる袖はかははかしあはむ日まてに
通釈 限りなく思ふ涙にそほちぬる袖は乾かじ逢はむ日までに

歌番号四〇二
和歌 加幾久良之己止八布良南春雨尓奴礼幾奴幾世天君遠止々女武
読下 かきくらしことはふら南春雨にぬれきぬきせて君をとゝめむ
通釈 かきくらしことは降らなん春雨に濡衣着せて君を留めむ

歌番号四〇三
和歌 志為天行人遠止々女武桜花以川礼遠道止迷万天知礼
読下 しゐて行人をとゝめむ桜花いつれを道と迷まてちれ
通釈 しひて行く人を留めむ桜花いづれを道とまどふまで散れ

歌番号四〇四
志可乃山己衣尓天以之井乃毛止尓天毛乃以日个累人乃
しかの山こえにていしゐのもとにてものいひける人の

和可礼个留於利尓与女留    徒良由幾
わかれけるおりによめる    つらゆき

和歌 武寸不天乃志川久尓々己留山乃井乃安可天毛人尓和可礼奴留可奈
読下 むすふてのしつくにゝこる山の井のあかても人にわかれぬるかな
通釈 結ぶ手の滴に濁る山の井のあかでも人に別れぬるかな

歌番号四〇五
美知尓安部利个留人乃久留万尓毛乃遠以比川幾天
みちにあへりける人のくるまにものをいひつきて

和可礼个留所尓天与女留    止毛乃利
わかれける所にてよめる    とものり

和歌 志多乃於飛乃美知者可多/\和可留止毛行女久利天毛安者武止曽思
読下 したのおひのみちはかた/\わかるとも行めくりてもあはむとそ思
通釈 下の帯の道は方々別るとも行き巡りても逢はむとぞ思ふ



古今和歌集巻第九
羈旅哥

歌番号四〇六
毛呂己之尓天月遠見天与美个留    安倍仲麿
もろこしにて月を見てよみける    安倍仲麿

和歌 安万乃原布利左計見礼者加寸可奈留美可左乃山尓以天之月加毛
読下 あまの原ふりさけ見れはかすかなるみかさの山にいてし月かも
通釈 天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも

己乃哥者武可之奈可万呂遠毛呂己之尓毛乃奈良波之尓徒可八之多利个留尓
この哥はむかしなかまろをもろこしにものならはしにつかはしたりけるに

安万多乃止之遠部天衣加部利末宇天己左利个留遠己乃久尓与利又徒可日万可利
あまたのとしをへてえかへりまうてこさりけるをこのくにより又つかひまかり

以多利个留尓多久日天万宇天幾奈武止天以天多知个留尓女以之宇止以不所乃
いたりけるにたくひてまうてきなむとていてたちけるにめいしうといふ所の

宇美部尓天加乃久尓乃人武万乃者奈武計志个利与留尓奈利天月乃以止於毛之呂久
うみへにてかのくにの人むまのはなむけしけりよるになりて月のいとおもしろく

左之以天多利个留遠見天与女留止奈武加多利徒多不累
さしいてたりけるを見てよめるとなむかたりつたふる

歌番号四〇七
於幾乃久尓々奈可佐礼个留時尓舟尓乃利天以天多川止天
おきのくにゝなかされける時に舟にのりていてたつとて

京奈留人乃毛止尓川可八之个留    小野多可武良乃朝臣
京なる人のもとにつかはしける    小野たかむらの朝臣

和歌 和多乃波良也曽之万加計天己幾以天奴止人尓者川个与安万乃川利舟
読下 わたのはらやそしまかけてこきいてぬと人にはつけよあまのつり舟
通釈 わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣舟

歌番号四〇八
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 都以天々今日美可乃原以川美河加者風左武之衣可世山
読下 都いてゝ今日みかの原いつみ河かは風さむし衣かせ山
通釈 都出でて今日瓶の原泉河川風寒し衣かせ山

歌番号四〇九
和歌 保乃/\止明石乃浦乃朝霧尓島加久礼行舟遠之曽思
読下 ほの/\と明石の浦の朝霧に島かくれ行舟をしそ思
通釈 ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れ行く舟をしぞ思ふ

己乃宇多者安留人乃以者久柿本人麿可哥也
このうたはある人のいはく柿本人麿か哥也

歌番号四一〇
安徒万乃方部友止寸留人飛止利布多利以左奈日天以幾个利
あつまの方へ友とする人ひとりふたりいさなひていきけり

美可者乃久尓也徒者之止以不所尓以多利个留尓曽乃河乃保止利尓
みかはのくにやつはしといふ所にいたりけるにその河のほとりに

加幾川者多以止於毛之呂久左个利个留遠見天木乃可个尓於利為天
かきつはたいとおもしろくさけりけるを見て木のかけにおりゐて

加幾川者多止以不以川毛之遠久乃可之良尓寸部天多日乃心遠
かきつはたといふいつもしをくのかしらにすへてたひの心を

与万武止天与女留    在原業平朝臣
よまむとてよめる    在原業平朝臣

和歌 唐衣幾川々奈礼尓之川万之安礼者波留/\幾奴留太日遠之曽思
読下 唐衣きつゝなれにしつましあれははる/\きぬるたひをしそ思
通釈 唐衣着つつなれにしつましあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ

歌番号四一一
武左之乃久尓止之毛川不左乃久尓止乃中尓安留寸美多河乃本止利尓以多利天
むさしのくにとしもつふさのくにとの中にあるすみた河のほとりにいたりて

美也己乃以止己日之宇於保衣个礼者志者之河乃保止利尓於利為天思日也礼者
みやこのいとこひしうおほえけれはしはし河のほとりにおりゐて思ひやれは

加幾利奈久止遠久毛幾尓个留可那止思日和比天奈可女遠留尓
かきりなくとをくもきにけるかなと思ひわひてなかめをるに

和多之毛利者也舟尓乃礼日久礼奴止以比个礼八舟尓乃利天和多良武止寸留尓
わたしもりはや舟にのれ日くれぬといひけれは舟にのりてわたらむとするに

美奈人毛乃和比之久天京尓於毛不人奈久之毛安良寸
みな人ものわひしくて京におもふ人なくしもあらす

左累於利尓志呂幾止利乃者之止安之止安可幾河乃保止利尓安曽比个利
さるおりにしろきとりのはしとあしとあかき河のほとりにあそひけり

京尓者見衣奴止利奈利个礼盤三奈人見之良寸和多之毛利尓己礼者奈尓
京には見えぬとりなりけれはみな人見しらすわたしもりにこれはなに

止利曽止々比个礼波己礼奈武美也己止利止以日个留遠幾々天与女留
とりそとゝひけれはこれなむみやことりといひけるをきゝてよめる

和歌 名尓之於者々以左事止者武宮己止利和可思不人者安利也奈之也止
読下 名にしおはゝいさ事とはむ宮ことりわか思ふ人はありやなしやと
通釈 名にし負はばいざ言問はむ都鳥我が思ふ人はありやなしやと

歌番号四一二
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 北部行加利曽奈久奈留川礼天己之加寸者多良天曽可部留部良奈留
読下 北へ行かりそなくなるつれてこしかすはたらてそかへるへらなる
通釈 北へ行く雁ぞ鳴くなる連れて来し数は足らでぞ帰るべらなる

歌番号四一三
己乃宇多者安留人於止己女毛呂止毛尓人乃久尓部万可利个利
このうたはある人おとこ女もろともに人のくにへまかりけり

於止己万可利以多利天寸奈者知身万可利尓个礼者女比止利京部加部利个留美知尓
おとこまかりいたりてすなはち身まかりにけれは女ひとり京へかへりけるみちに

加部留可利乃奈幾个留遠幾々天与女留止奈武以不
かへるかりのなきけるをきゝてよめるとなむいふ

安徒万乃方与利京部万宇天久止天美知尓天与女留    於止
あつまの方より京へまうてくとてみちにてよめる    おと

和歌 山加久寸春乃霞曽宇良女之幾以川礼美也己乃左可日奈留覧
読下 山かくす春の霞そうらめしきいつれみやこのさかひなる覧
通釈 山隠す春の霞ぞ恨めしきいづれ都のさかひなるらむ

歌番号四一四
己之乃久尓部万可利个留時志良山遠見天与女留    美川祢
こしのくにへまかりける時しら山を見てよめる    みつね

和歌 幾衣者川留時之奈个礼者己之知奈留白山乃名八雪尓曽安利个留
読下 きえはつる時しなけれはこしちなる白山の名は雪にそありける
通釈 消えはつる時しなければ越路なる白山の名は雪にぞありける

歌番号四一五
安徒末部万可利个留時美知尓天与女留    徒良由幾
あつまへまかりける時みちにてよめる    つらゆき

和歌 以止尓与留物奈良奈久尓和可礼知乃心本曽久毛於毛本由留哉
読下 いとによる物ならなくにわかれちの心ほそくもおもほゆる哉
通釈 糸による物ならなくに別路の心細くも思ほゆるかな

歌番号四一六
加飛乃久尓部万可利个留時美知尓天与女留    美川子
かひのくにへまかりける時みちにてよめる    みつね

和歌 夜遠左武美遠久者川霜遠者良日川々草乃枕尓安万多々日祢奴
読下 夜をさむみをくはつ霜をはらひつゝ草の枕にあまたゝひねぬ
通釈 夜を寒み置く初霜を払ひつつ草の枕にあまた旅寝ぬ

歌番号四一七
堂知万乃久尓乃由部万可利个留時尓布多三乃宇良止以不所尓
たちまのくにのゆへまかりける時にふたみのうらといふ所に

止万利天由不左利乃加礼以比堂宇部个留尓止毛尓安利个留人/\乃
とまりてゆふさりのかれいひたうへけるにともにありける人/\の

宇多与三个留徒以天尓与女留    布知八良乃加祢寸計
うたよみけるついてによめる    ふちはらのかねすけ

和歌 由不徒久与於保川可奈幾遠玉匣布多三乃浦八曙天己曽見女
読下 ゆふつくよおほつかなきを玉匣ふたみの浦は曙てこそ見め
通釈 夕づく夜おぼつかなきを玉匣二見浦は明けてこそ見め

歌番号四一八
己礼堂可乃美己乃止毛尓加利尓万可利个留時尓安末乃河止以不所乃河乃保止利尓
これたかのみこのともにかりにまかりける時にあまの河といふ所の河のほとりに

於利為天左計奈止乃美个留川以天尓美己乃以比个良久加里之天
おりゐてさけなとのみけるついてにみこのいひけらくかりして

安万乃可八良尓以多留止以不心遠与三天左可川幾者左世止以日个礼八与女留
あまのかはらにいたるといふ心をよみてさかつきはさせといひけれはよめる

在原奈利比良乃朝臣
在原なりひらの朝臣

和歌 加里久良之堂奈者多川女尓也止可良武安万乃加八良尓我者幾尓个利
読下 かりくらしたなはたつめにやとからむあまのかはらに我はきにけり
通釈 狩り暮らし棚機女に宿借らむ天の河原に我は来にけり

歌番号四一九
美己々乃宇多遠返々与美川々返之衣世寸奈利尓个礼八止毛尓侍天与女留
みこゝのうたを返ゝよみつゝ返しえせすなりにけれはともに侍てよめる

幾乃安利川祢
きのありつね

和歌 飛止々世尓比止多日幾万寸君万天八也止可寸人毛安良之止曽思
読下 ひとゝせにひとたひきます君まてはやとかす人もあらしとそ思
通釈 一年に一度来ます君待てば宿貸す人もあらじとぞ思ふ

歌番号四二〇
朱雀院乃奈良尓於八之末之多利个留時尓多武計山尓天与三个留
朱雀院のならにおはしましたりける時にたむけ山にてよみける

寸可八良乃朝臣
すかはらの朝臣

和歌 己乃多比者奴左毛止利安部須堂武計山紅葉乃錦神乃末尓/\
読下 このたひはぬさもとりあへすたむけ山紅葉の錦神のまに/\
通釈 このたびは幣もとりあへず手向山紅葉の錦神のまにまに

歌番号四二一
素性法師
素性法師

和歌 堂武計尓者川々利乃袖毛幾留部幾尓毛美知尓安个留神也加部左武
読下 たむけにはつゝりの袖もきるへきにもみちにあける神やかへさむ
通釈 手向けにはつづりの袖も着るべきに紅葉にあける神や返さむ

廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認 古今和歌集巻第十及び巻第十一

$
0
0
廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認
-藤原定家筆 古今和歌集 字母研究を使ってー
古今和歌集巻第十及び巻第十一



古今和歌集巻第十
物名

歌番号四二二
宇久飛寸    藤原止之由幾乃朝臣
うくひす    藤原としゆきの朝臣

和歌 心可良花乃志川久尓曽本知川々宇久飛須止乃美鳥乃奈久良武
読下 心から花のしつくにそほちつゝうくひすとのみ鳥のなくらむ
通釈 心から花の滴にそほちつつ憂く干ずとのみ鳥の鳴くらむ

歌番号四二三
保止々幾須
ほとゝきす

和歌 久部幾保止々幾寸幾奴礼也万知和日天奈久奈留己恵乃人遠止与武留
読下 くへきほとゝきすきぬれやまちわひてなくなるこゑの人をとよむる
通釈 来べきほど時過ぎぬれや待ちわびて鳴くなる声の人をとよむる

歌番号四二四
宇徒世三    在原之計者累
うつせみ    在原しけはる

和歌 浪乃宇川世美礼者多万曽美多礼个留比呂八々曽天尓者可奈可良武也
読下 浪のうつせみれはたまそみたれけるひろはゝそてにはかなからむや
通釈 浪の打つ瀬見れば珠ぞ乱れける拾はば袖にはかなからむや

歌番号四二五
返之    壬生忠岑
返し    壬生忠岑

和歌 堂毛止与利者奈礼天玉遠川々万女也己礼南曽礼止宇川世見武可之
読下 たもとよりはなれて玉をつゝまめやこれ南それとうつせ見むかし
通釈 袂より離れて珠を包まめやこれなんそれと移せ見むかし

歌番号四二六
宇女    与三人之良寸
うめ    よみ人しらす

和歌 安奈宇女尓川祢奈留部久毛見衣奴可那己日之可留部幾加者尓本日川々
読下 あなうめにつねなるへくも見えぬかなこひしかるへきかはにほひつゝ
通釈 あな憂目に常なるべくも見えぬかな恋しかるべきかは匂ひつつ

歌番号四二七
加尓者佐久良    川良由幾
かにはさくら    つらゆき

和歌 加徒遣止毛浪乃奈可尓八佐久良礼天風吹己止尓宇幾志川武多万
読下 かつけとも浪のなかにはさくられて風吹ことにうきしつむたま
通釈 かづけども浪のなかには探られて風吹くごとに浮き沈む珠

歌番号四二八
寸毛々乃者那
すもゝのはな

和歌 今以久可春之奈个礼者宇久比寸毛々乃者奈可女天思部良也
読下 今いくか春しなけれはうくひすもゝのはなかめて思へら也
通釈 今いくか春しなければ鴬も物はながめて思ふべらなり

歌番号四二九
加良毛々乃者奈     布可也不
からもゝのはな     ふかやふ

和歌 安不可良毛々乃者奈遠己曽加奈之个礼和可礼武事遠加祢天思部八
読下 あふからもゝのはなをこそかなしけれわかれむ事をかねて思へは
通釈 逢ふからも物はなほこそ悲しけれ別れむ事をかねて思へば

歌番号四三〇
多知者奈    遠乃々之計可計
たちはな    をのゝしけかけ

和歌 葦引乃山多知者奈礼行雲乃也止利左多女奴世尓己曽有个礼
読下 葦引の山たちはなれ行雲のやとりさためぬ世にこそ有けれ
通釈 あしひきの山立ち離れ行く雲の宿り定めぬ夜にこそありけれ

歌番号四三一
遠可多万乃木    止毛乃利
をかたまの木    とものり

和歌 三与之乃々与之乃々多幾尓宇可比以川留安和遠可多万乃幾由止見川良武
読下 みよしのゝよしのゝたきにうかひいつるあわをかたまのきゆと見つらむ
通釈 み吉野の吉野の滝に浮かび出づる泡をか玉の消ゆと見つらむ

歌番号四三二
也末可幾乃木    与三人之良寸
やまかきの木    よみ人しらす

和歌 秋者幾奴以末也末可幾乃幾利/\寸与奈/\奈可武風乃左武左尓
読下 秋はきぬいまやまかきのきり/\すよな/\なかむ風のさむさに
通釈 秋は来ぬ今や籬のきりぎりす夜な夜な鳴かむ風の寒さに

歌番号四三三
安不比可川良
あふひかつら

和歌 加久許安不日乃万礼尓奈留人遠以可々川良之止於毛八左留部幾
読下 かく許あふひのまれになる人をいかゝつらしとおもはさるへき
通釈 かくばかり逢ふ日のまれになる人をいかがつらしと思はざるべき

歌番号四三四
和歌 人女由部乃知尓安不日乃者留个久者和可川良幾尓也思日奈佐礼武
読下 人めゆへのちにあふひのはるけくはわかつらきにや思ひなされむ
通釈 人めゆゑ後に逢ふ日のはるけくは我がつらきにや思ひなされむ

歌番号四三五
久多尓    僧正部无世宇
くたに    僧正へんせう

和歌 知利奴礼者乃知者安久多尓奈留花遠思日之良寸毛万止不天不可奈
読下 ちりぬれはのちはあくたになる花を思ひしらすもまとふてふかな
通釈 散りぬれば後はあくたになる花を思ひ知らずも迷ふてふかな

歌番号四三六
左宇比    川良由幾
さうひ    つらゆき

和歌 我者計左宇比尓曽見川留花乃色遠安多奈留物止以不部可利个利
読下 我はけさうひにそ見つる花の色をあたなる物といふへかりけり
通釈 我は今朝初ひにぞ見つる花の色をあだなる物と言ふべかりけり

歌番号四三七
遠三奈部之    止毛乃利
をみなへし    とものり

和歌 白露遠玉尓奴久也止佐々可尓乃花尓毛葉尓毛以止遠三奈部之
読下 白露を玉にぬくやとさゝかにの花にも葉にもいとをみなへし
通釈 白露を玉に貫くやとささがにの花にも葉にも糸を皆へし

歌番号四三八
和歌 安左露遠和計曽本知川々花見武止今曽乃山遠三奈部之利奴留
読下 あさ露をわけそほちつゝ花見むと今その山をみなへしりぬる
通釈 朝露を分けそほちつつ花見むと今ぞ野山をみな経知りぬる

歌番号四三九
朱雀院乃遠三奈部之安八世乃時尓遠三奈部之止以不以川毛之遠
朱雀院のをみなへしあはせの時にをみなへしといふいつもしを

久乃可之良尓遠幾天与女留    徒良由幾
くのかしらにをきてよめる    つらゆき

和歌 遠久良山三祢多知奈良之奈久之可乃部尓个武秋遠志留人曽奈幾
読下 をくら山みねたちならしなくしかのへにけむ秋をしる人そなき
通釈 小倉山峰立ちならし鳴く鹿の経にけむ秋を知る人ぞなき

歌番号四四〇
幾知可宇乃花    止毛乃利
きちかうの花    とものり

和歌 秋知可宇乃者奈利尓个利白露乃遠个留久左八毛色可八利由久
読下 秋ちかうのはなりにけり白露のをけるくさはも色かはりゆく
通釈 秋近う野はなりにけり白露の置ける草葉も色変り行く

歌番号四四一
志遠尓    与三人之良寸
しをに    よみ人しらす

和歌 布利者部天以左布留左止乃花見武止己之遠尓本比曽宇川呂日尓个留
読下 ふりはへていさふるさとの花見むとこしをにほひそうつろひにける
通釈 ふりはへていざ古里の花見むと来しを匂ひぞ移ろひにける

歌番号四四二
里宇多武乃者那    止毛乃利
りうたむのはな    とものり

和歌 和可也止乃花布三之多久止利宇多武乃者奈个礼者也己々尓之毛久留
読下 わかやとの花ふみしたくとりうたむのはなけれはやこゝにしもくる
通釈 我が宿の花踏み散らす鳥うたむ野はなければやここにしも来る

歌番号四四三
於者奈    与三人之良寸
おはな    よみ人しらす

和歌 安利止見天堂乃武曽可多幾宇川世三乃世遠者奈之止也思日奈之天武
読下 ありと見てたのむそかたきうつせみの世をはなしとや思ひなしてむ
通釈 ありと見て頼むぞかたき空蝉の世をばなしとや思ひなしてむ

歌番号四四四
遣尓己之    也多部乃名実
けにこし    やたへの名実

和歌 宇知川个尓己之止也花乃色遠見武遠久白露乃曽武留者可利遠
読下 うちつけにこしとや花の色を見むをく白露のそむるはかりを
通釈 うちつけに濃しとや花の色を見む置く白露の染むるばかりを

歌番号四四五
二条乃后春宮乃美也寸无所止申之个留時尓女止尓个川利花左世利个留遠
二条の后春宮のみやすん所と申しける時にめとにけつり花させりけるを

与万世多万日个留    文屋也寸比天
よませたまひける    文屋やすひて

和歌 花乃木尓安良左良女止毛左幾尓个利布利尓之己乃美奈留止幾毛可那
読下 花の木にあらさらめともさきにけりふりにしこのみなるときもかな
通釈 花の木にあらざらめども咲きにけりふりにし木の実なる時もがな

歌番号四四六
志乃不久左    幾乃止之左多
しのふくさ    きのとしさた

和歌 山多可美川祢尓嵐乃吹左止八尓本日毛安部寸花曽知利个留
読下 山たかみつねに嵐の吹さとはにほひもあへす花そちりける
通釈 山高み常に嵐の吹く里は匂ひもあへず花ぞ散りける

歌番号四四七
也末之    平安川由幾
やまし    平あつゆき

和歌 郭公三祢乃久毛尓也万之里尓之安利止八幾計止見留与之毛奈幾
読下 郭公みねのくもにやましりにしありとはきけと見るよしもなき
通釈 郭公峰の雲にやまじりにしありとは聞けど見るよしもなき

歌番号四四八
加良者幾    与三人之良寸
からはき    よみ人しらす

和歌 空蝉乃加良者木己止尓止々武礼止多万乃由久恵遠見奴曽加奈之幾
読下 空蝉のからは木ことにとゝむれとたまのゆくゑを見ぬそかなしき
通釈 空蝉の殻は木ごとに留むれど魂の行方を見ぬぞ悲しき

歌番号四四九
加者奈久左    布可也不
かはなくさ    ふかやふ

和歌 宇者多満乃夢尓奈尓可八奈久左末武宇川々尓多尓毛安可奴心八
読下 うはたまの夢になにかはなくさまむうつゝにたにもあかぬ心は
通釈 うばたまの夢に何かは慰まむうつつにだにもあかぬ心を

歌番号四五〇
佐可利己計    多可武己乃止之八留
さかりこけ    たかむこのとしはる

和歌 花乃色者多々比止左可利己計礼止毛返々曽川由八曽女个留
読下 花の色はたゝひとさかりこけれとも返ゝそつゆはそめける
通釈 花の色はただ一盛り濃けれども返す返すぞ露は染めける

歌番号四五一
尓可太計    志計者留
にかたけ    しけはる

和歌 以乃知止天川由遠多乃武尓加多个礼者物和比之良尓奈久乃部乃武之
読下 いのちとてつゆをたのむにかたけれは物わひしらになくのへのむし
通釈 命とて露を頼むにかたければ物侘びしらに鳴く野辺の虫

歌番号四五二
加者多計    加个乃利乃於保幾三
かはたけ    かけのりのおほきみ

和歌 左夜不計天奈可者多計由久久方乃月布幾可部世秋乃山風
読下 さ夜ふけてなかはたけゆく久方の月ふきかへせ秋の山風
通釈 さ夜更けて半ばたけ行く久方の月吹き返せ秋の山風

歌番号四五三
和良比    真世以保宇之
わらひ    真せいほうし

和歌 煙多知毛由止毛見衣奴草乃者遠多礼可和良日止奈川計曽女个武
読下 煙たちもゆとも見えぬ草のはをたれかわらひとなつけそめけむ
通釈 煙立ち燃ゆとも見えぬ草の葉を誰れか藁火と名付けそめけむ

歌番号四五四
佐々 末川 比者 者世遠者    幾乃女乃止
さゝ まつ ひは はせをは    きのめのと

和歌 以左々免尓時末川万尓曽日者部奴留心者世遠者人尓見衣川々
読下 いさゝめに時まつまにそひはへぬる心はせをは人に見えつゝ
通釈 いささめに時待つ間にぞ日は経ぬる心ばせをば人に見えつつ

歌番号四五五
奈之 奈川女 久留美    兵衛
なし なつめ くるみ    兵衛

和歌 安知幾奈之奈个幾奈川女曽宇幾事尓安日久留身遠八寸天奴毛乃可良
読下 あちきなしなけきなつめそうき事にあひくる身をはすてぬものから
通釈 あぢきなし嘆きな詰めそ憂き事に会ひ来る身をば捨てぬものから

歌番号四五六
加良己止々以不所尓天春乃多知个留日与女留    安倍清行朝臣
からことゝいふ所にて春のたちける日よめる    安倍清行朝臣

和歌 浪乃遠止乃計左可良己止尓幾己由留者春乃之良部也改留良武
読下 浪のをとのけさからことにきこゆるは春のしらへや改るらむ
通釈 浪の音の今朝からことに聞こゆるは春の調べや改まるらむ

歌番号四五七
以可々左幾    兼覧王
いかゝさき    兼覧王

和歌 加知尓安多留浪乃之川久遠春奈礼者以可々左幾知留花止見左良武
読下 かちにあたる浪のしつくを春なれはいかゝさきちる花と見さらむ
通釈 舵に当たる浪の滴を春なればいかが先散る花と見ざらむ

歌番号四五八
加良左幾    安本乃川祢三
からさき    あほのつねみ

和歌 加乃方尓以川可良左幾尓和多利个武浪地者安止毛乃己良左利个利
読下 かの方にいつからさきにわたりけむ浪ちはあとものこらさりけり
通釈 かの方にいつから先に渡りけむ浪路は跡も残らざりけり

歌番号四五九
伊勢
伊勢

和歌 浪乃花於幾可良左幾天知利久女利水乃春止者風也奈留良武
読下 浪の花おきからさきてちりくめり水の春とは風やなるらむ
通釈 浪の花沖から咲きて散り来めり水の春とは風やなるらん

歌番号四六〇
加美也可波    川良由幾
かみやかは    つらゆき

和歌 宇者多満乃和可久呂可美也加八留良武鏡乃影尓布礼留之良由幾
読下 うはたまのわかくろかみやかはるらむ鏡の影にふれるしらゆき
通釈 うばたまの我が黒髪や変はるらん鏡の影に降れる白雪

歌番号四六一
与止可者
よとかは

和歌 安之比幾乃山部尓遠礼者白雲乃以可尓世与止可八留々時奈幾
読下 あしひきの山へにをれは白雲のいかにせよとかはるゝ時なき
通釈 あしひきの山辺にをれば白雲のいかにせよとか晴るる時なき

歌番号四六二
加多乃    多々三祢
かたの    たゝみね

和歌 夏草乃宇部者之个礼留奴万水乃由久可多乃奈幾和可心可那
読下 夏草のうへはしけれるぬま水のゆくかたのなきわか心かな
通釈 夏草の上は茂れる沼水の行方のなき我が心かな

歌番号四六三
加徒良乃美也    源保止己寸
かつらのみや    源ほとこす

和歌 秋久礼者月乃可川良乃美也八奈留飛可利遠花止知良寸者可利遠
読下 秋くれは月のかつらのみやはなるひかりを花とちらすはかりを
通釈 秋来れば月の桂の実やはなる光を花と散らすばかりを

歌番号四六四
百和香    与三人之良須
百和香    よみ人しらす

和歌 花己止尓安可寸知良之々風奈礼者以久曽者久和可宇之止可者思
読下 花ことにあかすちらしゝ風なれはいくそはくわかうしとかは思
通釈 花ごとにあかず散らしし風なればいくそばく我が憂しとかは思ふ

歌番号四六五
寸美奈可之    志計者留
すみなかし    しけはる

和歌 春加寸美奈可之加与日知奈可利世八秋久留可利者加部良左良万之
読下 春かすみなかしかよひちなかりせは秋くるかりはかへらさらまし
通釈 春霞中し通ひ路なかりせば秋来る雁は帰らざらまし

歌番号四六六
遠幾比    美也己乃与之可
をきひ    みやこのよしか

和歌 流以川留方多尓見衣奴涙河於幾飛武時也曽己八之良礼武
読下 流いつる方たに見えぬ涙河おきひむ時やそこはしられむ
通釈 流れ出づる方だに見えぬ涙河沖干む時や底は知られむ

歌番号四六七
知万幾    大江千里
ちまき    大江千里

和歌 乃知万幾乃遠久礼天於不留奈部奈礼止安多尓八奈良奴堂乃三止曽幾久
読下 のちまきのをくれておふるなへなれとあたにはならぬたのみとそきく
通釈 後蒔きの遅れて生ふる苗なれどあだにはならぬ田の実とぞ聞く

歌番号四六八
波遠者之女累遠者天尓天奈可女遠可个天時乃宇多与女止
はをはしめるをはてにてなかめをかけて時のうたよめと

人乃以比个礼八与三个留    僧正聖宝
人のいひけれはよみける    僧正聖宝

和歌 花乃奈可女尓安久也止天和計由个者心曽止毛尓知利奴部良奈留
読下 花のなかめにあくやとてわけゆけは心そともにちりぬへらなる
通釈 花のなか目にあくやとて分け行けば心ぞともに散りぬべらなる



古今和歌集巻第十一
恋哥一

歌番号四六九
題之良寸    読人之良寸
題しらす    読人しらす

和歌 郭公奈久也左月乃安也女久左安也女毛志良奴己日毛寸留哉
読下 郭公なくやさ月のあやめくさあやめもしらぬこひもする哉
通釈 郭公鳴くや五月の菖蒲草あやめも知らぬ恋もするかな

歌番号四七〇
素性法師
素性法師

和歌 遠止尓乃美幾久乃白露与留者於幾天飛留者思日尓安部寸遣奴部之
読下 をとにのみきくの白露よるはおきてひるは思ひにあへすけぬへし
通釈 音にのみ菊の白露夜は起きて昼は思ひにあへず消ぬべし

歌番号四七一
紀貫之
紀貫之

和歌 吉野河以者浪堂可久行水乃者也久曽人遠思曽女天之
読下 吉野河いは浪たかく行水のはやくそ人を思そめてし
通釈 吉野河岩浪高く行く水の早くぞ人を思ひそめてし

歌番号四七二
藤原勝臣
藤原勝臣

和歌 白浪乃安止奈幾方尓行舟毛風曽多与利乃志留部奈利个留
読下 白浪のあとなき方に行舟も風そたよりのしるへなりける
通釈 白浪の跡なき方に行く舟も風ぞ頼りのしるべなりける

歌番号四七三
在原元方
在原元方

和歌 遠止者山遠止尓幾々川々相坂乃関乃己奈多尓年遠不留哉
読下 をとは山おとにきゝつゝ相坂の関のこなたに年をふる哉
通釈 音羽山音に聞きつつ逢坂の関のこなたに年をふるかな

歌番号四七四
和歌 立帰利安者礼止曽思与曽尓天毛人尓心遠於幾川白浪
読下 立帰りあはれとそ思よそにても人に心をおきつ白浪
通釈 立ち帰りあはれとぞ思ふよそにても人に心を沖つ白浪

歌番号四七五
徒良由幾
つらゆき

和歌 世中者加久己曽有个礼吹風乃女尓見奴人毛己比之可利个利
読下 世中はかくこそ有けれ吹風のめに見ぬ人もこひしかりけり
通釈 世の中はかくこそありけれ吹く風の目に見ぬ人も恋しかりけり

歌番号四七六
右近乃武万者乃飛遠利乃日武可日尓多天多利个留久留万乃志多寸多礼与利
右近のむまはのひをりの日むかひにたてたりけるくるまのしたすたれより

女乃可本乃保乃可尓見衣个礼者与武天川八之个留    在原業平朝臣
女のかほのほのかに見えけれはよむてつはしける    在原業平朝臣

和歌 見寸毛安良寸見毛世奴人乃己飛之久者安也奈久計不也奈可女久良左武
読下 見すもあらす見もせぬ人のこひしくはあやなくけふやなかめくらさむ
通釈 見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなく今日やながめ暮らさむ

歌番号四七七
返之    与三人之良寸
返し    よみ人しらす

和歌 志累之良奴奈尓可安也奈久和幾天以者武思日乃美己曽之留部奈利个礼
読下 しるしらぬなにかあやなくわきていはむ思ひのみこそしるへなりけれ
通釈 知る知らぬ何かあやなく分きて言はむ思ひのみこそしるべなりけれ

歌番号四七八
加寸可乃万川利尓万可礼利个留時尓物見尓以天多利个留女乃毛止尓
かすかのまつりにまかれりける時に物見にいてたりける女のもとに

家遠多川祢天川可八世利个留    美不乃多々美祢
家をたつねてつかはせりける    みふのたゝみね

和歌 加寸可乃々由幾万遠和計天於比以天久留草乃八川可尓見衣之幾三八毛
読下 かすかのゝゆきまをわけておひいてくる草のはつかに見えしきみはも
通釈 春日野の雪間を分けて生ひ出で来る草のはつかに見えし君はも

歌番号四七九
人乃花徒美之个留所尓万可利天曽己奈利个留人乃毛止尓
人の花つみしける所にまかりてそこなりける人のもとに

乃知尓与美天川可八之个留    川良由幾
のちによみてつかはしける    つらゆき

和歌 山佐久良霞乃万与利保乃可尓毛見天之人己曽己日之可利个礼
読下 山さくら霞のまよりほのかにも見てし人こそこひしかりけれ
通釈 山桜霞の間よりほのかにも見てし人こそ恋しかりけれ

歌番号四八〇
題之良寸    毛止可多
題しらす    もとかた

和歌 多与利尓毛安良奴於毛日乃安也之幾者心遠人尓川久留奈利个利
読下 たよりにもあらぬおもひのあやしきは心を人につくるなりけり
通釈 便りにもあらぬ思ひのあやしきは心を人につくるなりけり

歌番号四八一
凡河内美川祢
凡河内みつね

和歌 者川可利乃者川可尓己恵遠幾々之与利中曽良尓乃三物遠思哉
読下 はつかりのはつかにこゑをきゝしより中そらにのみ物を思哉
通釈 初雁のはつかに声を聞きしより中空にのみ物を思ふかな

歌番号四八二
徒良由幾
つらゆき

和歌 逢事者久毛井者留可尓奈留神乃遠止尓幾々徒々己日渡哉
読下 逢事はくもゐはるかになる神のをとにきゝつゝこひ渡哉
通釈 逢ふことは雲居はるかに鳴る神の音に聞きつつ恋ひ渡るかな

歌番号四八三
読人之良寸
読人しらす

和歌 加多以止遠己奈多加奈多尓与利加計天安八寸八奈尓遠多万乃遠尓世武
読下 かたいとをこなたかなたによりかけてあはすはなにをたまのをにせむ
通釈 片糸をこなたかなたによりかけて会はずは何を玉の緒にせむ

歌番号四八四
和歌 夕久礼者雲乃者多天尓物曽思安末川曽良奈留人遠己不止天
読下 夕くれは雲のはたてに物そ思あまつそらなる人をこふとて
通釈 夕暮れは雲のはたてに物ぞ思ふ天つ空なる人を恋ふとて

歌番号四八五
和歌 加利己毛乃思日見多礼天我己不止以毛之留良女也人之川計寸八
読下 かりこもの思ひみたれて我こふといもしるらめや人しつけすは
通釈 刈り薦の思ひ乱れて我が恋ふと妹知るらめや人し告げずは

歌番号四八六
和歌 徒礼毛奈幾人遠也祢多久志良川由乃於久止八奈个幾奴止者之乃八武
読下 つれもなき人をやねたくしらつゆのおくとはなけきぬとはしのはむ
通釈 つれもなき人をやねたく白露の起くとは嘆き寝とはしのばむ

歌番号四八七
和歌 知者也不留加毛乃社乃由不多寸幾比止日毛君遠可計奴日者奈之
読下 ちはやふるかもの社のゆふたすきひと日も君をかけぬ日はなし
通釈 ちはやぶる賀茂の社の木綿だすき一日も君をかけぬ日はなし

歌番号四八八
和歌 和可己比者武奈之幾曽良尓見知奴良之思日也礼止毛由久方毛奈之
読下 わかこひはむなしきそらにみちぬらし思ひやれともゆく方もなし
通釈 我が恋はむなしき空に満ちぬらし思ひやれども行く方もなし

歌番号四八九
和歌 寸累可奈留堂己乃浦浪多々奴日者安礼止毛君遠己日奴日八奈之
読下 するかなるたこの浦浪たゝぬひはあれとも君をこひぬ日はなし
通釈 駿河なる田子の浦浪立たぬ日はあれども君を恋ひぬ日はなし

歌番号四九〇
和歌 由不川久夜左寸也遠可部乃松乃者乃以川止毛和可奴己日毛寸留哉
読下 ゆふつく夜さすやをかへの松のはのいつともわかぬこひもする哉
通釈 夕づく夜さすや岡辺の松の葉のいつとも分かぬ恋もするかな

歌番号四九一
和歌 葦引乃山之多水乃己可久礼天多幾川心遠世幾曽可祢川留
読下 葦引の山した水のこかくれてたきつ心をせきそかねつる
通釈 あしひきの山下水の木隠れてたぎつ心を塞きぞかねつる

歌番号四九二
和歌 吉野河以者幾利止於之行水乃遠止尓八多天之己日八之奴止毛
読下 吉野河いはきりとおし行水のをとにはたてしこひはしぬとも
通釈 吉野河岩切り通しゆく水の音には立てじ恋は死ぬとも

歌番号四九三
和歌 堂幾川世乃奈可尓毛与止八安利天不遠奈止和可己日乃不知世止毛奈幾
読下 たきつせのなかにもよとはありてふをなとわかこひのふちせともなき
通釈 たぎつ瀬の中にも淀はありてふをなど我が恋の淵瀬ともなき

歌番号四九四
和歌 山高美志多行水乃志多尓乃美流天己比武己日八之奴止毛
読下 山高みした行水のしたにのみ流てこひむこひはしぬとも
通釈 山高み下行く水の下にのみ流れて恋ひむ恋ひは死ぬとも

歌番号四九五
和歌 思以川留止幾者乃山乃以者川々之以者祢八己曽安礼己日之幾物遠
読下 思いつるときはの山のいはつゝしいはねはこそあれこひしき物を
通釈 思ひ出づる常盤の山の岩つつじ言はねばこそあれ恋ひしきものを

歌番号四九六
和歌 人之礼寸於毛部者久留之紅乃寸恵川武花乃以呂尓以天奈武
読下 人しれすおもへはくるし紅のすゑつむ花のいろにいてなむ
通釈 人知しれず思へば苦し紅の末摘花の色に出でなむ

歌番号四九七
和歌 秋乃野乃於者奈尓万之利左久花乃以呂尓也己比武安不与之遠奈三
読下 秋の野のおはなにましりさく花のいろにやこひむあふよしをなみ
通釈 秋の野の尾花に混じり咲く花の色にや恋ひむ逢ふよしをなみ

歌番号四九八
和歌 和可曽乃々梅乃保川衣尓鶯乃祢尓奈幾奴部幾己日毛寸留哉
読下 わかそのゝ梅のほつえに鶯のねになきぬへきこひもする哉
通釈 我が園の梅のほつ枝に鴬の音に鳴きぬべき恋もするかな

歌番号四九九
和歌 安之飛幾乃山郭公和可己止也君尓己比川々以祢可天尓寸留
読下 あしひきの山郭公わかことや君にこひつゝいねかてにする
通釈 あしひきの山郭公我がごとや君に恋ひつつ寝ねがてにする

歌番号五〇〇
和歌 夏奈礼者也止尓布寸不留可也利火乃以川万天和可身志多毛衣遠世武
読下 夏なれはやとにふすふるかやり火のいつまてわか身したもえをせむ
通釈 夏なれば宿にふすぶる蚊遣火のいつまで我が身下燃えをせむ

歌番号五〇一
和歌 恋世之止見多良之河尓世之美曽幾神八宇計寸曽奈利尓計良之毛
読下 恋せしとみたらし河にせしみそき神はうけすそなりにけらしも
通釈 恋せじと御手洗河にせし禊神は受けずぞなりにけらしも

歌番号五〇二
和歌 安者礼天不事多尓奈久八奈尓遠可八恋乃美多礼乃川可祢遠尓世武
読下 あはれてふ事たになくはなにをかは恋のみたれのつかねをにせむ
通釈 あはれてふ言だになくは何をかは恋の乱れの束緒をにせむ

歌番号五〇三
和歌 於毛不尓八忍留事曽末計尓个留色尓者以天之止於毛日之物遠
読下 おもふには忍る事そまけにける色にはいてしとおもひし物を
通釈 思ふには忍ぶる事ぞ負けにける色には出でじと思ひしものを

歌番号五〇四
和歌 和可己比遠人志留良女也敷妙乃枕乃美己曽志良八之留良女
読下 わかこひを人しるらめや敷妙の枕のみこそしらはしるらめ
通釈 我が恋を人知るらめやしきたへの枕のみこそ知らば知るらめ

歌番号五〇五
和歌 安左地不乃遠乃々之乃原志乃不止毛人志留良女也以不人奈之尓
読下 あさちふのをのゝしの原しのふとも人しるらめやいふ人なしに
通釈 浅茅生の小野の篠原忍ぶとも人知るらめや言ふ人なしに

歌番号五〇六
和歌 人之礼奴思日也奈曽止安之可幾乃万知可个礼止毛安不与之乃奈幾
読下 人しれぬ思ひやなそとあしかきのまちかけれともあふよしのなき
通釈 人知れぬ思ひやなぞと葦垣のま近けれども逢ふよしのなき

歌番号五〇七
和歌 思不止毛己不止毛安者武物奈礼也由不天毛多由久止久留之多日毛
読下 思ふともこふともあはむ物なれやゆふてもたゆくとくるしたひも
通釈 思ふとも恋ふとも逢はむものなれや結ふ手もたゆく解くる下紐

歌番号五〇八
和歌 以天我遠人奈止可女曽於保舟乃由多乃由多尓思己呂曽
読下 いて我を人なとかめそおほ舟のゆたのゆたに思ころそ
通釈 いで我を人なとがめそ大舟のゆたのたゆたに物思ふころぞ

歌番号五〇九
和歌 伊勢乃海尓徒利寸留安万乃宇計奈礼也心比止川遠定加祢川留
読下 伊勢の海につりするあまのうけなれや心ひとつを定かねつる
通釈 伊勢の海に釣する海人の浮けなれや心一つを定めかねつる

歌番号五一〇
和歌 以世乃宇三乃安万乃川利奈八打者部天久留之止乃美也思渡良武
読下 いせのうみのあまのつりなは打はへてくるしとのみや思渡らむ
通釈 伊勢の海の海人の釣縄うちはへて苦しとのみや思ひ渡らむ

歌番号五一一
和歌 涙河何美奈可美遠尋釼物思時乃和可身奈利个利
読下 涙河何みなかみを尋釼物思時のわか身なりけり
通釈 涙河何水上を尋ねけむ物思ふ時の我が身なりけり

歌番号五一二
和歌 堂祢之安礼者以者尓毛松者於日尓个利恋遠之己比八安八佐良女也者
読下 たねしあれはいはにも松はおひにけり恋をしこひはあはさらめやは
通釈 種しあれば岩にも松は生ひにけり恋をし恋ひば逢はざらめやも

歌番号五一三
和歌 安左奈/\立河霧乃曽良尓乃美宇幾天思日乃安留世奈利个利
読下 あさな/\立河霧のそらにのみうきて思ひのある世なりけり
通釈 朝な朝な立つ河霧の空にのみ浮きて思ひのある世なりけり

歌番号五一四
和歌 和寸良累々時之奈个礼者安之多川乃思美多礼天祢遠乃三曽奈久
読下 わすらるゝ時しなけれはあしたつの思みたれてねをのみそなく
通釈 忘らるる時しなければ葦田鶴の思ひ乱れて音をのみぞ鳴く

歌番号五一五
和歌 唐衣飛毛由不久礼尓奈留時者返々曽人八己日之幾
読下 唐衣ひもゆふくれになる時は返ゝそ人はこひしき
通釈 唐衣日も夕暮れになる時は返す返すぞ人は恋しき

歌番号五一六
和歌 与為/\尓枕左多女武方毛奈之以可尓祢之夜可夢尓見衣釼
読下 よゐ/\に枕さためむ方もなしいかにねし夜か夢に見え釼
通釈 宵々に枕定めむ方もなしいかに寝し夜か夢に見えけむ

歌番号五一七
和歌 恋之幾尓命遠可不留物奈良者志尓八也寸久曽安留部可利个留
読下 恋しきに命をかふる物ならはしにはやすくそあるへかりける
通釈 恋しきに命をかふる物ならば死にはやすくぞあるべかりける

歌番号五一八
和歌 人乃身毛奈良波之物遠安八寸之天以左心見武己日也之奴留止
読下 人の身もならはし物をあはすしていさ心見むこひやしぬると
通釈 人の身もならはしものを逢はずしていざ心見む恋ひや死ぬると

歌番号五一九
和歌 忍礼者苦幾物遠人之礼寸思不蝶事誰尓加多良武
読下 忍れは苦き物を人しれす思ふ蝶事誰にかたらむ
通釈 忍ぶれば苦しきものを人知れす思ふてふ事たれにかたらむ

歌番号五二〇
和歌 己武世尓毛者也成奈々武目乃前尓川礼奈幾人遠昔止於毛者武
読下 こむ世にもはや成なゝむ目の前につれなき人を昔とおもはむ
通釈 来む世にも早なりななむ目の前につれなき人を昔と思はむ

歌番号五二一
和歌 徒礼毛奈幾人遠己不止天山比己乃己多部寸留万天奈个幾川留哉
読下 つれもなき人をこふとて山ひこのこたへするまてなけきつる哉
通釈 つれもなき人を恋ふとて山彦の答へするまで嘆きつるかな

歌番号五二二
和歌 由久水尓加寸可久与利毛者可奈幾八於毛八奴人遠思奈利个利
読下 ゆく水にかすかくよりもはかなきはおもはぬ人を思なりけり
通釈 行く水に数かくよりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり

歌番号五二三
和歌 人遠思心者我尓安良祢者也身乃迷多尓志良礼左留覧
読下 人を思心は我にあらねはや身の迷たにしられさる覧
通釈 人を思ふ心は我にあらねばや身のまどふだに知られざるらむ

歌番号五二四
和歌 思也累佐可比者累可尓奈利也寸留万止不夢地尓安不人乃奈幾
読下 思やるさかひはるかになりやするまとふ夢ちにあふ人のなき
通釈 思ひやる境はるかになりやするまどふ夢路に逢ふ人のなき

歌番号五二五
和歌 夢乃内尓安飛見武事遠多乃美川々久良世留与為八祢武方毛奈之
読下 夢の内にあひ見む事をたのみつゝくらせるよゐはねむ方もなし
通釈 夢のうちに逢ひ見むことを頼みつつ暮らせる宵は寝む方もなし

歌番号五二六
和歌 己飛之祢止寸留和左奈良之武者多満乃与留八寸可良尓夢尓見川々
読下 こひしねとするわさならしむはたまのよるはすからに夢に見つゝ
通釈 恋ひ死ねとするわざならしむばたまの夜はすがらに夢に見えつつ

歌番号五二七
和歌 涙河枕奈可留々宇幾祢尓八夢毛佐多可尓見衣寸曽安利个留
読下 涙河枕なかるゝうきねには夢もさたかに見えすそありける
通釈 涙河枕流るる浮寝には夢も定かに見えずぞありける

歌番号五二八
和歌 恋寸礼者和可身者影止成尓个利佐利止天人尓曽八奴物由部
読下 恋すれはわか身は影と成にけりさりとて人にそはぬ物ゆへ
通釈 恋すれば我が身は影となりにけりさりとて人に添はぬものゆゑ

歌番号五二九
和歌 篝火尓安良奴和可身乃奈曽毛加久涙乃河尓宇幾天毛由覧
読下 篝火にあらぬわか身のなそもかく涙の河にうきてもゆ覧
通釈 篝火にあらぬ我が身のなぞもかく涙の河に浮きて燃ゆらん

歌番号五三〇
和歌 加々利火乃影止奈留身乃和比之幾八流天之多尓毛由留奈利个利
読下 かゝり火の影となる身のわひしきは流てしたにもゆるなりけり
通釈 篝火の影となる身の侘びしきは流れて下に燃ゆるなりけり

歌番号五三一
和歌 者也幾世尓見留女於日世八和可袖乃涙乃河尓宇部万之物遠
読下 はやきせに見るめおひせはわか袖の涙の河にうへまし物を
通釈 早き瀬にみるめ生ひせば我が袖の涙の河に植ゑましものを

歌番号五三二
和歌 於幾部尓毛与良奴多万毛乃浪乃宇部尓見多礼天乃三也己日渡南
読下 おきへにもよらぬたまもの浪のうへにみたれてのみやこひ渡南
通釈 沖辺にも寄らぬ玉藻の浪の上に乱れてのみや恋ひわたりなむ

歌番号五三三
和歌 安之可毛乃佐者久入江乃白浪乃志良寸也人遠加久己日武止八
読下 あしかものさはく入江の白浪のしらすや人をかくこひむとは
通釈 葦鴨の騒ぐ入江の白浪の知らずや人をかく恋ひむとは

歌番号五三四
和歌 人之礼奴思日遠川祢尓寸留可奈留布之乃山己曽和可身奈利个礼
読下 人しれぬ思ひをつねにするかなるふしの山こそわか身なりけれ
通釈 人知れぬ思ひを常に駿河なる富士の山こそ我が身なりけれ

歌番号五三五
和歌 止布止利乃己恵毛幾己衣奴奥山乃布可幾心遠人八之良南
読下 とふとりのこゑもきこえぬ奥山のふかき心を人はしら南
通釈 飛ぶ鳥の声も聞こえぬ奥山の深き心を人は知らなむ

歌番号五三六
和歌 相坂乃由不川个止利毛和可己止久人也己日之幾祢乃三奈久覧
読下 相坂のゆふつけとりもわかことく人やこひしきねのみなく覧
通釈 逢坂の木綿つけ鳥も我がごとく人や恋しき音のみ鳴くらん

歌番号五三七
和歌 相坂乃関尓奈可留々以者之水以者天心尓思己曽寸礼
読下 相坂の関になかるゝいはし水いはて心に思こそすれ
通釈 逢坂の関に流るる岩清水言はで心に思ひこそすれ

歌番号五三八
和歌 宇幾草乃宇部者之个礼留布地奈礼也深幾心遠志留人乃奈幾
読下 うき草のうへはしけれるふちなれや深き心をしる人のなき
通釈 浮草の上は茂れる淵なれや深き心を知る人のなき

歌番号五三九
和歌 打和比天与八々武声尓山比己乃己多部奴山八安良之止曽思
読下 打わひてよはゝむ声に山ひこのこたへぬ山はあらしとそ思
通釈 うち侘びて呼ばはむ声に山彦の答へぬ山はあらじとぞ思ふ

歌番号五四〇
和歌 心加部寸留物尓毛可々多己日八久留之幾物止人尓之良世武
読下 心かへする物にもかゝたこひはくるしき物と人にしらせむ
通釈 心変へするものにもが片恋は苦しきものと人に知らせむ

歌番号五四一
和歌 与曽尓之天己布礼者久留之以礼比毛乃於奈之心尓以左武寸日天武
読下 よそにしてこふれはくるしいれひものおなし心にいさむすひてむ
通釈 よそにして恋ふれば苦し入れ紐の同じ心にいざ結びてむ

歌番号五四二
和歌 春多天者幾由留氷乃能己利奈久君可心者我尓止計奈武
読下 春たてはきゆる氷ののこりなく君か心は我にとけなむ
通釈 春立てば消ゆる氷の残りなく君が心は我に解けなん

歌番号五四三
和歌 安遣多天者蝉乃於利者部奈幾久良之与留八保多留乃毛衣己曽和多礼
読下 あけたては蝉のおりはへなきくらしよるはほたるのもえこそわたれ
通釈 明けたてば蝉のをりはへ鳴きくらし夜は蛍の燃えこそわたれ

歌番号五四四
和歌 夏虫乃身遠以多川良尓奈寸己止毛比止川思日尓与利天奈利个利
読下 夏虫の身をいたつらになすこともひとつ思ひによりてなりけり
通釈 夏虫の身をいたづらになすことも一つ思ひによりてなりけり

歌番号五四五
和歌 由不左礼者以止々比可多幾和可曽天尓秋乃川由左部遠幾曽八川々
読下 ゆふされはいとゝひかたきわかそてに秋のつゆさへをきそはりつゝ
通釈 夕さればいとど干がたき我が袖に秋の露さへ置きそはりつつ

歌番号五四六
和歌 以徒止天毛己飛之可良寸八安良祢止毛秋乃由不部八安也之可利个利
読下 いつとてもこひしからすはあらねとも秋のゆふへはあやしかりけり
通釈 いつとても恋しからずはあらねども秋の夕べはあやしかりけり

歌番号五四七
和歌 秋乃田乃保尓己曽人遠己比佐良女奈止可心尓忘之毛世武
読下 秋の田のほにこそ人をこひさらめなとか心に忘しもせむ
通釈 秋の田の穂にこそ人を恋ひざらめなどか心に忘れしもせむ

歌番号五四八
和歌 安幾乃多乃本乃宇部遠天良寸以奈川万乃飛可利乃末尓毛我也和寸留々
読下 あきのたのほのうへをてらすいなつまのひかりのまにも我やわするゝ
通釈 秋の田の穂の上を照らす稲妻の光の間にも我や忘るる

歌番号五四九
和歌 人女毛留我加者安也奈花寸々幾奈止可本尓以天々己比寸之毛安良武
読下 人めもる我かはあやな花すゝきなとかほにいてゝこひすしもあらむ
通釈 人目守る我れかはあやな花薄などか穂に出でて恋ひずしもあらむ

歌番号五五〇
和歌 安者雪乃多万礼者可天尓久多計川々和可物思日乃之个幾己呂可那
読下 あは雪のたまれはかてにくたけつゝわか物思ひのしけきころかな
通釈 淡雪のたまればかてに砕けつつ我が物思ひのしげきころかな

歌番号五五一
和歌 奥山乃菅乃祢之乃幾布留雪乃遣奴止可以者武己日乃之个幾尓
読下 奥山の菅のねしのきふる雪のけぬとかいはむこひのしけきに
通釈 奥山の菅の根しのぎ降る雪の消ぬとか言はむ恋のしげきに

廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認 古今和歌集巻第十二及び巻第十三

$
0
0
廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認
-藤原定家筆 古今和歌集 字母研究を使ってー
古今和歌集巻第十二及び巻第十三



古今和歌集巻第十二
恋哥二

歌番号五五二
題之良須    小野小町
題しらす    小野小町

和歌 思徒々奴礼者也人乃見衣川覧夢止志利世者佐女佐良万之遠
読下 思つゝぬれはや人の見えつ覧夢としりせはさめさらましを
通釈 思ひつつ寝ればや人の見えつらん夢と知りせば覚めざらましを

歌番号五五三
和歌 宇多々祢尓恋之幾飛止遠見天之与利夢天布物八憑曽女天幾
読下 うたゝねに恋しきひとを見てしより夢てふ物は憑そめてき
通釈 うたた寝に恋しき人を見てしより夢てふ物は頼みそめてき

歌番号五五四
和歌 以止世免天己飛之起時者武者玉乃与留乃衣遠返之天曽幾留
読下 いとせめてこひしき時はむは玉のよるの衣を返してそきる
通釈 いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣を返してぞ着る

歌番号五五五
素性法師
素性法師

和歌 秋風乃身尓佐武个礼者川礼毛奈幾人遠曽多乃武久留々夜己止尓
読下 秋風の身にさむけれはつれもなき人をそたのむくるゝ夜ことに
通釈 秋風の身に寒ければつれもなき人をぞ頼む暮るる夜ごとに

歌番号五五六
志毛徒以川毛天良尓人乃和左之个留日真世以法之乃太宇之尓天以部利个留事遠
しもついつもてらに人のわさしける日真せい法しのたうしにていへりける事を

哥尓与三天遠乃々己末知可毛止尓川可八之个留    安部乃幾与由幾乃朝臣
哥によみてをのゝこまちかもとにつかはしける    あへのきよゆきの朝臣

和歌 徒々免止毛袖尓堂万良奴白玉者人遠見奴女乃涙奈利个利
読下 つゝめとも袖にたまらぬ白玉は人を見ぬめの涙なりけり
通釈 つつめども袖にたまらぬ白玉は人を見ぬめの涙なりけり

歌番号五五七
返之    己万知
返し    こまち

和歌 遠呂可奈留涙曽々天尓玉者奈寸我八世幾安部寸太幾川世奈礼八
読下 をろかなる涙そゝてに玉はなす我はせきあへすたきつせなれは
通釈 おろかなる涙ぞ袖に玉はなす我は塞きあへずたぎつ瀬なれば

歌番号五五八
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    藤原止之由幾乃朝臣
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    藤原としゆきの朝臣

和歌 恋和比天打知奴留中尓行加与不夢乃多々地者宇川々奈良奈武
読下 恋わひて打ちぬる中に行かよふ夢のたゝちはうつゝならなむ
通釈 恋ひわびてうち寝るなかに行きかよふ夢の直路はうつつならなん

歌番号五五九
和歌 住乃江乃岸尓与留浪与留左部也由女乃可与日地人女与久覧
読下 住の江の岸による浪よるさへやゆめのかよひち人めよく覧
通釈 住の江の岸に寄る浪夜さへや夢の通路人目よくらむ

歌番号五六〇
遠乃々与之幾
をのゝよしき

和歌 和可己飛者美山加久礼乃草奈礼也志个左万左礼止志留人乃奈幾
読下 わかこひはみ山かくれの草なれやしけさまされとしる人のなき
通釈 我が恋は深山隠れの草なれや繁さまされど知る人のなき

歌番号五六一
紀止毛乃利
紀とものり

和歌 夜為乃万毛者可那久見由留夏虫尓迷万左礼留己比毛寸留哉
読下 夜ゐのまもはかなく見ゆる夏虫に迷まされるこひもする哉
通釈 宵の間もはかなく見ゆる夏虫にまどひまされる恋もするかな

歌番号五六二
和歌 由不左礼者蛍与利計尓毛由礼止毛飛可利見祢八也人乃川礼奈幾
読下 ゆふされは蛍よりけにもゆれともひかり見ねはや人のつれなき
通釈 夕されば蛍よりけに燃ゆれども光見ねばや人のつれなき

歌番号五六三
和歌 左々乃者尓遠久霜与利毛飛止利奴留和可衣手曽左衣万佐利个留
読下 さゝのはにをく霜よりもひとりぬるわか衣手そさえまさりける
通釈 笹の葉に置く霜よりも一人寝る我が衣手ぞさえまさりける

歌番号五六四
和歌 和可也止乃菊乃加幾祢尓遠久之毛乃幾衣可部利天曽己日之可利遣留
読下 わかやとの菊のかきねにをくしものきえかへりてそこひしかりける
通釈 我が宿の菊の垣根に置く霜の消えかへりてぞ恋しかりける

歌番号五六五
和歌 河乃世尓奈比久多万毛乃美可久礼天人尓志良礼奴己比毛寸留哉
読下 河のせになひくたまものみかくれて人にしられぬこひもする哉
通釈 河の瀬になびく玉藻の水隠くれて人に知られぬ恋もするかな

歌番号五六六
美不乃多々美祢
みふのたゝみね

和歌 加幾久良之布留白雪乃志多幾衣尓幾衣天物思己呂尓毛安留哉
読下 かきくらしふる白雪のしたきえにきえて物思ころにもある哉
通釈 かき暮らし降る白雪の下消えに消えて物思ふころにもあるかな

歌番号五六七
藤原於幾可世
藤原おきかせ

和歌 君己不留涙乃止己尓見知奴礼者美遠川久之止曽我者奈利奴留
読下 君こふる涙のとこにみちぬれはみをつくしとそ我はなりぬる
通釈 君恋ふる涙の床に満ちぬればみをつくしとぞ我はなりける

歌番号五六八
和歌 志奴留以乃知以幾毛也寸留止心見尓玉乃遠許安者武止以者奈武
読下 しぬるいのちいきもやすると心見に玉のを許あはむといはなむ
通釈 死ぬる命生きもやすると心見に玉の緒ばかり逢はむと言はなむ

歌番号五六九
和歌 和飛奴礼者志比天和寸礼武止思部止毛夢止以不物曽人多乃女奈留
読下 わひぬれはしひてわすれむと思へとも夢といふ物そ人たのめなる
通釈 侘びぬればしひて忘れむと思へども夢といふものぞ人頼めなる

歌番号五七〇
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 王利奈久毛祢天毛佐免天毛己比之幾可心遠以川知也良八和寸礼武
読下 わりなくもねてもさめてもこひしきか心をいつちやらはわすれむ
通釈 わりなくも寝ても覚めても恋しきか心をいづちやらば忘れむ

歌番号五七一
和歌 恋之幾尓和飛天多万之比迷奈八武奈之幾可良乃奈尓也乃己覧
読下 恋しきにわひてたましひ迷なはむなしきからのなにやのこ覧
通釈 恋しきに侘びて魂まどひなば空しきからの名にや残らむ

歌番号五七二
紀川良由幾
紀つらゆき

和歌 君己不留涙之奈久者唐衣武祢乃安多利者色毛衣奈末之
読下 君こふる涙しなくは唐衣むねのあたりは色もえなまし
通釈 君恋ふる涙しなくは唐衣胸のあたりは色燃えなまし

歌番号五七三
題之良寸
題しらす

和歌 世止々毛尓流天曽行涙河冬毛己本良奴美奈和奈利个利
読下 世とゝもに流てそ行涙河冬もこほらぬみなわなりけり
通釈 世とともに流れてぞ行く涙河冬も凍らぬ水泡なりけり

歌番号五七四
和歌 夢地尓毛川由也遠久覧与毛寸可良加与部留袖乃比知天可八可奴
読下 夢ちにもつゆやをく覧よもすからかよへる袖のひちてかはかぬ
通釈 夢路にも露や置く覧らんよもすがら通へる袖のひちて乾かぬ

歌番号五七五
曽世以法之
そせい法し

和歌 者可奈久天夢尓毛人遠見川留夜者朝乃止己曽於幾宇加利个留
読下 はかなくて夢にも人を見つる夜は朝のとこそおきうかりける
通釈 はかなくて夢にも人を見つる夜は朝の床ぞ起き憂かりける

歌番号五七六
藤原堂々不左
藤原たゝふさ

和歌 以徒者利乃涙奈利世者唐衣志乃日尓袖者志本良佐良末之
読下 いつはりの涙なりせは唐衣しのひに袖はしほらさらまし
通釈 いつはりの涙なりせば唐衣忍びに袖はしぼらざらまし

歌番号五七七
大江千里
大江千里

和歌 祢尓奈幾天飛知尓之加止毛春左女尓奴礼尓之袖止々八々己多部武
読下 ねになきてひちにしかとも春さめにぬれにし袖とゝはゝこたへむ
通釈 音に泣きてひちにしかども春雨に濡れにし袖と問はば答へむ

歌番号五七八
止之由幾乃朝臣
としゆきの朝臣

和歌 和可己止久物也加奈之幾郭公時曽止毛奈久与多々奈久覧
読下 わかことく物やかなしき郭公時そともなくよたゝなく覧
通釈 我がごとく物や悲しき郭公時ぞともなく夜ただ鳴くらん

歌番号五七九
徒良由幾
つらゆき

和歌 佐月山己寸恵遠多可美郭公奈久祢曽良奈留己日毛寸留哉
読下 さ月山こすゑをたかみ郭公なくねそらなるこひもする哉
通釈 五月山梢を高み郭公鳴く音そらなる恋もするかな

歌番号五八〇
凡河内美川祢
凡河内みつね

和歌 秋幾利乃者留々時奈幾心尓者多知為乃曽良毛於毛保衣奈久尓
読下 秋きりのはるゝ時なき心にはたちゐのそらもおもほえなくに
通釈 秋霧の晴るる時なき心には立ちゐの空も思ほえなくに

歌番号五八一
清原布可也不
清原ふかやふ

和歌 虫乃己止声尓堂天々者奈可祢止毛涙乃美己曽志多尓奈可留礼
読下 虫のこと声にたてゝはなかねとも涙のみこそしたになかるれ
通釈 虫のごと声に立てては鳴かねども涙のみこそ下に流るれ

歌番号五八二
己礼左多乃美己乃家乃哥合乃宇多    与美人之良寸
これさたのみこの家の哥合のうた    よみ人しらす

和歌 秋奈礼者山止与武末天奈久之可尓我於止良女也飛止利奴留与八
読下 秋なれは山とよむまてなくしかに我おとらめやひとりぬるよは
通釈 秋なれば山とよむまで鳴く鹿に我劣らめや一人寝る夜は

歌番号五八三
題之良寸    徒良由幾
題しらす    つらゆき

和歌 秋乃々尓美多礼天左个留花乃色乃知久左尓物遠思己呂哉
読下 秋のゝにみたれてさける花の色のちくさに物を思ころ哉
通釈 秋の野に乱れて咲ける花の色の千草に物を思ふころかな

歌番号五八四
美川祢
みつね

和歌 飛止利之天物遠於毛部者秋乃与乃以奈八乃曽与止以不人乃奈幾
読下 ひとりして物をおもへは秋のよのいなはのそよといふ人のなき
通釈 一人して物を思へば秋の田の稲葉のそよと言ふ人のなき

歌番号五八五
布可也不
ふかやふ

和歌 人遠思心者加利尓安良祢止毛久毛為尓乃美毛奈幾和多留哉
読下 人を思心はかりにあらねともくもゐにのみもなきわたる哉
通釈 人を思ふ心ばかりにあらねども雲居にのみも鳴き渡るかな哉

歌番号五八六
堂々美祢
たゝみね

和歌 秋風尓加幾奈寸己止乃己恵尓左部者可奈久人乃己飛之可留覧
読下 秋風にかきなすことのこゑにさへはかなく人のこひしかる覧
通釈 秋風にかきなす琴の声にさへはかなく人の恋しかるらむ

歌番号五八七
川良由幾
つらゆき

和歌 末己毛可留与止乃左者水雨布礼者川祢与利己止尓万佐留和可己日
読下 まこもかるよとのさは水雨ふれはつねよりことにまさるわかこひ
通釈 真薦刈る淀の沢水雨降れば常よりことにまさる我が恋

歌番号五八八
也末止尓侍个留人尓川可八之个留
やまとに侍ける人につかはしける

和歌 己衣奴万者与之乃々山乃佐久良花人川天尓乃美幾々和多留哉
読下 こえぬまはよしのゝ山のさくら花人つてにのみきゝわたる哉
通釈 越えぬ間は吉野の山の桜花人づてにのみ聞きわたるかな

歌番号五八九
也与飛者可利尓物乃多宇比个留人乃毛止尓又人万可利川々
やよひはかりに物のたうひける人のもとに又人まかりつゝ

世宇曽己寸止幾々天川可者之个留
せうそこすときゝてつかはしける

和歌 露奈良奴心遠花尓遠幾曽女天風吹己止尓物思曽川久
読下 露ならぬ心を花にをきそめて風吹ことに物思そつく
通釈 露ならぬ心を花に置きそめて風吹くごとに物思ひぞつく

歌番号五九〇
題之良寸    坂上己礼乃利
題しらす    坂上これのり

和歌 和可己比尓久良不乃山乃左久良花万奈久知留止毛加寸者万左良之
読下 わかこひにくらふの山のさくら花まなくちるともかすはまさらし
通釈 我が恋に暗部の山の桜花間なく散るとも数はまさらじ

歌番号五九一
武祢遠可乃於保与利
むねをかのおほより

和歌 冬河乃宇部者己保礼留我奈礼也志多尓奈可礼天己比和多留良武
読下 冬河のうへはこほれる我なれやしたになかれてこひわたるらむ
通釈 冬河の上は凍れる我なれや下に流れて恋ひわたるらん

歌番号五九二
堂々美祢
たゝみね

和歌 堂幾川世尓祢左之止々女奴宇幾草乃宇幾多留己比毛我八寸留哉
読下 たきつせにねさしとゝめぬうき草のうきたるこひも我はする哉
通釈 たぎつ瀬に根ざしとどめぬ浮草の浮きたる恋も我はするかな

歌番号五九三
止毛乃利
とものり

和歌 夜為/\尓奴幾天和可奴留加利衣加計天於毛八奴時乃万毛奈之
読下 夜ゐ/\にぬきてわかぬるかり衣かけておもはぬ時のまもなし
通釈 宵々に脱ぎて我が寝る狩衣かけて思はぬ時の間もなし

歌番号五九四
和歌 安徒万地乃左也乃中山中/\尓奈尓之可人遠思日曽女个武
読下 あつまちのさやの中山中/\になにしか人を思ひそめけむ
通釈 東路の小夜の中山なかなかに何しか人を思ひそめけむ

歌番号五九五
和歌 志幾多部乃枕乃之多尓海者安礼止人遠見留女八於日寸曽有个留
読下 しきたへの枕のしたに海はあれと人を見るめはおひすそ有ける
通釈 しきたへの枕の下に海はあれど人を見るめは生ひずぞありける

歌番号五九六
和歌 年遠部天幾衣奴於毛日八有奈可良与留乃多毛止八猶己本利个利
読下 年をへてきえぬおもひは有なからよるのたもとは猶こほりけり
通釈 年を経て消えぬ思ひはありながら夜の袂はなほ凍りけり

歌番号五九七
徒良由幾
つらゆき

和歌 和可己比者志良奴山地尓安良奈久尓迷心曽和日之可利个留
読下 わかこひはしらぬ山ちにあらなくに迷心そわひしかりける
通釈 我が恋は知らぬ山路にあらなくにまどふ心ぞ侘びしかりける

歌番号五九八
和歌 紅乃布利以天川々奈久涙尓八多毛止乃美己曽色万左利个礼
読下 紅のふりいてつゝなく涙にはたもとのみこそ色まさりけれ
通釈 紅のふり出でつつ泣く涙には袂のみこそ色まさりけれ

歌番号五九九
和歌 白玉止見衣之涙毛年不礼者加良紅尓宇川呂日尓个利
読下 白玉と見えし涙も年ふれはから紅にうつろひにけり
通釈 白玉と見えし涙も年経れば唐紅に移ろひにけり

歌番号六〇〇
美川祢
みつね

和歌 夏虫遠奈尓可以比釼心可良我毛思日尓毛衣奴部良也
読下 夏虫をなにかいひ釼心から我も思ひにもえぬへら也
通釈 夏虫を何か言ひけむ心から我も思ひに燃えぬべらなり

歌番号六〇一
堂々見祢
たゝみね

和歌 風布遣者峯尓和可留々白雲乃多衣天川礼奈幾君可心可
読下 風ふけは峯にわかるゝ白雲のたえてつれなき君か心か
通釈 風吹けば峰に別るる白雲の絶えてつれなき君が心か

歌番号六〇二
和歌 月影尓和可身遠加不留物奈良者川礼奈幾人毛安八礼止也見武
読下 月影にわか身をかふる物ならはつれなき人もあはれとや見む
通釈 月影に我が身を変ふる物ならばつれなき人もあはれとや見む

歌番号六〇三
布可也不
ふかやふ

和歌 己飛之奈者堂可名者多々之世中乃川祢奈幾物止以日者奈寸止毛
読下 こひしなはたか名はたゝし世中のつねなき物といひはなすとも
通釈 恋ひ死なば誰が名は立たじ世の中の常なき物と言ひはなすとも

歌番号六〇四
徒良由幾
つらゆき

和歌 徒乃久尓乃奈尓者乃安之乃女毛見留尓志个幾和可己日人志留良女也
読下 つのくにのなにはのあしのめもはるにしけきわかこひ人しるらめや
通釈 津の国の難波の葦の芽もはるに繁き我が恋人知るらめや

歌番号六〇五
和歌 手毛布礼天月日部尓个留志良万弓於幾布之与留者以己曽祢良礼子
読下 手もふれて月日へにけるしらま弓おきふしよるはいこそねられね
通釈 手も触れで月日経にける白檀弓起き臥し夜は寝こそ寝られね

歌番号六〇六
和歌 人之礼奴思日乃見己曽和日之个礼和可歎遠者我乃見曽之留
読下 人しれぬ思ひのみこそわひしけれわか歎をは我のみそしる
通釈 人知れぬ思ひのみこそ侘びしけれ我が嘆きをば我のみぞ知る

歌番号六〇七
止毛乃利
とものり

和歌 事尓以天々以者奴許曽美奈世河志多尓可与日天己比之幾毛乃遠
読下 事にいてゝいはぬ許そみなせ河したにかよひてこひしきものを
通釈 言に出でて言はぬばかりぞ水無瀬川下に通ひて恋しきものを

歌番号六〇八
美川祢
みつね

和歌 君遠乃美思日祢尓祢之夢奈礼八和可心可良見川留奈利个利
読下 君をのみ思ひねにねし夢なれはわか心から見つるなりけり
通釈 君をのみ思ひ寝に寝し夢なれば我が心から見つるなりけり

歌番号六〇九
堂々美祢
たゝみね

和歌 以乃知尓毛万佐利天於之久安留物者見者天奴由女乃佐武留奈利个利
読下 いのちにもまさりておしくある物は見はてぬゆめのさむるなりけり
通釈 命にもまさりて惜しくあるものは見果てぬ夢の覚むるなりけり

歌番号六一〇
者留美知乃川良幾
はるみちのつらき

和歌 梓弓飛計者本末和可方尓与留己曽万佐礼己日乃心八
読下 梓弓ひけは本末わか方によるこそまされこひの心は
通釈 梓弓引けば本末我が方に寄るこそまされ恋の心は

歌番号六一一
美川祢
みつね

和歌 和可己比者由久衣毛志良寸者天毛奈之逢遠限止思許曽
読下 わかこひはゆくゑもしらすはてもなし逢を限と思許そ
通釈 我が恋は行方も知らず果てもなし逢ふを限りと思ふばかりぞ

歌番号六一二
和歌 我乃美曽加奈之可利个留飛己本之毛安者天寸久世留年之奈个礼八
読下 我のみそかなしかりけるひこほしもあはてすくせる年しなけれは
通釈 我のみぞ悲しかりける彦星も逢はで過ぐせる年しなければ

歌番号六一三
布可也不
ふかやふ

和歌 今者々也己飛之奈末之遠安比見武止多乃女之事曽以乃知奈利个累
読下 今はゝやこひしなましをあひ見むとたのめし事そいのちなりける
通釈 今ははや恋ひ死なましをあひ見むと頼めし事ぞ命なりける

歌番号六一四
美川祢
みつね

和歌 堂乃免川々安者天年布留以徒者利尓己里奴心遠人者志良奈武
読下 たのめつゝあはて年ふるいつはりにこりぬ心を人はしらなむ
通釈 頼めつつ逢はで年経るいつはりに懲りぬ心を人は知らなむ

歌番号六一五
止毛乃利
とものり

和歌 伊乃知也者奈尓曽者川由乃安多物遠安布尓之可部者於之可良奈久仁
読下 いのちやはなにそはつゆのあた物をあふにしかへはおしからなくに
通釈 命やは何ぞは露のあだ物を逢ふにし変へば惜しからなくに



古今和歌集巻第十三
恋哥三

歌番号六一六
也与比乃徒以多知与利志乃飛尓人尓毛乃良以飛天乃知尓雨乃曽本不利个留尓
やよひのついたちよりしのひに人にものらいひてのちに雨のそほふりけるに

与美天徒可者之个留    在原業平朝臣
よみてつかはしける    在原業平朝臣

和歌 於幾毛世須祢毛世天与留遠安可之天者春乃物止天奈可免久良之川
読下 おきもせすねもせてよるをあかしては春の物とてなかめくらしつ
通釈 起きもせず寝もせで夜を明かしては春の物とてながめ暮らしつ

歌番号六一七
奈利比良乃朝臣乃家尓侍个留女乃毛止尓与美天川可八之个留  止之由幾乃朝臣
なりひらの朝臣の家に侍ける女のもとによみてつかはしける  としゆきの朝臣

和歌 徒礼/\乃奈可女尓万左留涙河袖乃美奴礼天安不与之毛奈之
読下 つれ/\のなかめにまさる涙河袖のみぬれてあふよしもなし
通釈 つれづれのながめにまさる涙河袖のみ濡れて逢ふよしもなし

歌番号六一八
加乃女尓加者利天返之尓与女留    奈利比良乃朝臣
かの女にかはりて返しによめる    なりひらの朝臣

和歌 安左美己曽袖者飛川良女涙河身左部流留止幾可八多乃万武
読下 あさみこそ袖はひつらめ涙河身さへ流るときかはたのまむ
通釈 浅みこそ袖はひつらめ涙河身さへ流ると聞かば頼まむ

歌番号六一九
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 与累部浪身遠己曽止遠久部多天川礼心者君可影止奈利尓幾
読下 よるへ浪身をこそとをくへたてつれ心は君か影となりにき
通釈 寄るべなみ身をこそ遠く隔てつれ心は君が影となりにき

歌番号六二〇
和歌 以多川良尓行天者幾奴留物由部尓見末久保之左尓以左奈八礼川々
読下 いたつらに行てはきぬる物ゆへに見まくほしさにいさなはれつゝ
通釈 いたづらに行きては来ぬる物ゆゑに見まくほしさに誘はれつつ

歌番号六二一
和歌 安者奴夜乃布留白雪止川毛利奈八我左部友尓計奴部幾物遠
読下 あはぬ夜のふる白雪とつもりなは我さへ友にけぬへき物を
通釈 逢はぬ夜の降る白雪と積もりなば我さへともに消ぬべきものを

己乃哥物安留人乃以者久柿本人麿可哥也
この哥はある人のいはく柿本人麿か哥也

歌番号六二二
奈利比良乃朝臣
なりひらの朝臣

和歌 秋乃々尓左々和遣之安左乃袖与利毛安者天己之与曽飛知万左利个留
読下 秋のゝにさゝわけしあさの袖よりもあはてこしよそひちまさりける
通釈 秋の野に笹分けし朝の袖よりも逢はで来し夜ぞひちまさりける

歌番号六二三
遠乃々己万知
をのゝこまち

和歌 見累女奈幾和可身遠宇良止志良祢八也加礼奈天安万乃安之多由久々留
読下 見るめなきわか身をうらとしらねはやかれなてあまのあしたゆくゝる
通釈 見るめなき我が身を浦と知らねばや離れなで海人の足たゆく来る

歌番号六二四
源武祢由幾乃朝臣
源むねゆきの朝臣

和歌 安者寸之天己与飛安計奈者春乃日乃長久也人川良之止思者武
読下 あはすしてこよひあけなは春の日の長くや人つらしと思はむ
通釈 逢はずして今宵明けなば春の日の長くや人をつらしと思はむ

歌番号六二五
美不乃多々三祢
みふのたゝみね

和歌 有安遣乃川礼奈久見衣之別与利暁許宇幾物八奈之
読下 有あけのつれなく見えし別より暁許うき物はなし
通釈 有明けのつれなく見えし別れより暁ばかり憂き物はなし

歌番号六二六
在原元方
在原元方

和歌 逢事乃奈幾左尓之与留浪奈礼者怨天乃美曽立帰个留
読下 逢事のなきさにしよる浪なれは怨てのみそ立帰ける
通釈 逢ふ事の渚にし寄る浪なれば浦見てのみぞ立ち帰りける

歌番号六二七
与三人之良須
よみ人しらす

和歌 加祢天与利風尓左幾多川浪奈礼也逢事奈幾尓万多幾立覧
読下 かねてより風にさきたつ浪なれや逢事なきにまたき立覧
通釈 かねてより風に先立つ浪なれや逢ふ事なきにまだき立つらむ

歌番号六二八
多々美祢
たゝみね

和歌 美知乃久尓有止以不奈留奈止利河奈幾奈止利天八久留之可利个利
読下 みちのくに有といふなるなとり河なきなとりてはくるしかりけり
通釈 陸奥に有りと言ふなる名取河無き名取りては苦しかりけり

歌番号六二九
美者留乃安利寸計
みはるのありすけ

和歌 安也奈久天末多幾奈幾奈乃多川多河和多良天也万武物奈良奈久二
読下 あやなくてまたきなきなのたつた河わたらてやまむ物ならなくに
通釈 あやなくてまだき無き名の龍田河渡らでやまむ物ならなくに

歌番号六三〇
毛止可多
もとかた

和歌 人者以左我者奈幾奈乃於之个礼者昔毛今毛之良寸止遠以者武
読下 人はいさ我はなきなのおしけれは昔も今もしらすとをいはむ
通釈 人はいさ我は無き名の惜しければ昔も今も知らずとを言はむ

歌番号六三一
与三人之良須
よみ人しらす

和歌 己里寸万尓又毛奈幾奈者多知奴部之人尓久可良奴世尓之寸万部八
読下 こりすまに又もなきなはたちぬへし人にくからぬ世にしすまへは
通釈 懲りずまに又も無き名は立ちぬべし人憎からぬ世にし住まへば

歌番号六三二
飛武可之乃五条和多利尓人遠志利遠幾天万可利加与日个利志乃日奈留所奈利个礼盤
ひむかしの五条わたりに人をしりをきてまかりかよひけりしのひなる所なりけれは

加止与利之毛衣以良天加幾乃久川礼与利加与日个留遠堂比加左奈利个礼者
かとよりしもえいらてかきのくつれよりかよひけるをたひかさなりけれは

安累之幾々川个天加乃美知尓夜己止尓人遠布世天万毛良寸礼者以幾个礼止
あるしきゝつけてかのみちに夜ことに人をふせてまもらすれはいきけれと

衣安者天乃三加部利天与美天也利个留    奈利比良乃朝臣
えあはてのみかへりてよみてやりける    なりひらの朝臣

和歌 飛止之礼奴和可々与日知乃関守者与日/\己止尓宇知毛祢奈々武
読下 ひとしれぬわかゝよひちの関守はよひ/\ことにうちもねなゝむ
通釈 人知れぬ我が通路の関守は宵々ごとにうちも寝ななむ

歌番号六三三
題之良寸    徒良由幾
題しらす    つらゆき

和歌 志乃不礼止己比之幾時者安之比幾乃山与利月乃以天々己曽久礼
読下 しのふれとこひしき時はあしひきの山より月のいてゝこそくれ
通釈 忍ぶれど恋しき時はあしひきの山より月の出でてこそ来れ

歌番号六三四
与三人之良須
よみ人しらす

和歌 己飛/\天万礼尓己与日曽相坂乃由不川个鳥者奈可寸毛安良奈武
読下 こひ/\てまれにこよひそ相坂のゆふつけ鳥はなかすもあらなむ
通釈 恋ひ恋ひてまれに今宵ぞ逢坂の木綿つけ鳥は鳴かずもあらなん

歌番号六三五
遠乃々己万知
をのゝこまち

和歌 秋乃夜毛名乃美奈利个利安不止以部者事曽止毛奈久安計奴留毛乃遠
読下 秋の夜も名のみなりけりあふといへは事そともなくあけぬるものを
通釈 秋の夜も名のみなりけり逢ふと言へばことぞともなく明けぬるものを

歌番号六三六
凡河内美川祢
凡河内みつね

和歌 奈可之止毛思日曽者天奴昔与利逢人可良乃秋乃与奈礼八
読下 なかしとも思ひそはてぬ昔より逢人からの秋のよなれは
通釈 長しとも思ひぞはてぬ昔より逢ふ人からの秋の夜なれば

歌番号六三七
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 志乃々免乃保可良/\止安計由个者遠乃可幾奴/\奈留曽可奈之幾
読下 しのゝめのほから/\とあけゆけはをのかきぬ/\なるそかなしき
通釈 しののめのほがらほがらと明け行けば己がきぬぎぬなるぞ悲しき

歌番号六三八
藤原国経朝臣
藤原国経朝臣

和歌 曙奴止天今者乃心徒久可良尓奈止以日之良奴思曽不良武
読下 曙ぬとて今はの心つくからになといひしらぬ思そふらむ
通釈 明けぬとて今はの心つくからになど言ひ知らぬ思ひ添ふらむ

歌番号六三九
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    止之由幾乃朝臣
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    としゆきの朝臣

和歌 安遣奴止天加部留道尓者以幾多礼天雨毛涙毛布利曽本知川々
読下 あけぬとてかへる道にはこきたれて雨も涙もふりそほちつゝ
通釈 明けぬとて帰る道にはこきたれて雨も涙も降りそほちつつ

歌番号六四〇
題之良寸    寵
題しらす    寵

和歌 志乃々女乃別遠々之美我曽万川鳥与利左幾尓鳴八之女川留
読下 しのゝめの別をゝしみ我そまつ鳥よりさきに鳴はしめつる
通釈 しののめの別れを惜しみ我ぞまづ鳥より先に泣き始めつる

歌番号六四一
与美人之良寸
よみ人しらす

和歌 保止々幾須夢可宇川々可安左川由乃於幾天別之暁乃己恵
読下 ほとゝきす夢かうつゝかあさつゆのおきて別し暁のこゑ
通釈 郭公夢かうつつか朝露の起きて別れし暁の声

歌番号六四二
和歌 玉匣安計者君可奈多知奴部美夜不可久己之遠人見个武可毛
読下 玉匣あけは君かなたちぬへみ夜ふかくこしを人見けむかも
通釈 玉匣開けば君が名立ちぬべみ夜深く来しを人見けむかも

歌番号六四三
大江千里
大江千里

和歌 遣左者之毛於幾釼方毛志良左利川思以川留曽幾恵天加奈之幾
読下 けさはしもおき釼方もしらさりつ思いつるそきえてかなしき
通釈 今朝は霜起きけむ方も知らざりつ思ひ出づるぞ消えて悲しき

歌番号六四四
人尓安比天安之多尓与美天川可八之个留    奈利比良乃朝臣
人にあひてあしたによみてつかはしける    なりひらの朝臣

和歌 祢奴留夜乃夢遠者可奈三万止呂女者以也者可奈尓毛奈利万左留哉
読下 ねぬる夜の夢をはかなみまとろめはいやはかなにもなりまさる哉
通釈 寝ぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな

歌番号六四五
業平朝臣乃伊勢乃久尓々万可利多利个留時斎宮奈利个留人尓
業平朝臣の伊勢のくにゝまかりたりける時斎宮なりける人に

以止美曽可尓安日天又乃安之多尓人也留寸部奈久天思日遠奈个留阿比多仁
いとみそかにあひて又のあしたに人やるすへなくて思ひをりけるあひたに

女乃毛止与利遠己世多利个累    与三人之良寸
女のもとよりをこせたりける    よみ人しらす

和歌 幾美也己之我也行个武於毛本衣寸夢可宇川々可祢天可左女天加
読下 きみやこし我や行けむおもほえす夢かうつゝかねてかさめてか
通釈 君や来し我や行きけん思ほえず夢かうつつか寝てか覚めてか

歌番号六四六
返之    奈利比良乃朝臣
返し    なりひらの朝臣

和歌 加幾久良寸心乃也美尓迷尓幾夢宇川々止者世人左多女与
読下 かきくらす心のやみに迷にき夢うつゝとは世人さためよ
通釈 かき暮らす心の闇にまどひにき夢うつつとは世人定めよ

歌番号六四七
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 武者多満乃也美乃宇川々者佐多可奈留夢尓以久良毛万佐良左利个利
読下 むはたまのやみのうつゝはさたかなる夢にいくらもまさらさりけり
通釈 むばたまの闇のうつつはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり

歌番号六四八
和歌 佐夜布遣天安万乃止渡月影尓安可寸毛君遠安日見川留哉
読下 さ夜ふけてあまのと渡月影にあかすも君をあひ見つる哉
通釈 さ夜更けて天の門渡る月影にあかずも君をあひ見つるかな

歌番号六四九
和歌 君可名毛和可奈毛堂天之奈尓八奈留美川止毛以不奈安日幾止毛以者之
読下 君か名もわかなもたてしなにはなるみつともいふなあひきともいはし
通釈 君か名も我が名も立てじ難波なる見つとも言ふな逢ひきとも言はじ

歌番号六五〇
和歌 名止利河勢々乃武毛礼木安良八礼者如何世武止可安日見曽女計武
読下 名とり河せゝのむもれ木あらはれは如何せむとかあひ見そめけむ
通釈 名取河瀬々の埋もれ木現ればいかにせむとかあひ見そめけむ

歌番号六五一
和歌 吉野河水乃心者々也久止毛多幾乃遠止尓八多天之止曽思
読下 吉野河水の心はゝやくともたきのをとにはたてしとそ思
通釈 吉野河水の心は早くとも滝の音には立てじとぞ思ふ

歌番号六五二
和歌 己飛之久者志多尓遠於毛部紫乃祢寸利乃衣色尓以川奈由女
読下 こひしくはしたにをおもへ紫のねすりの衣色にいつなゆめ
通釈 恋しくはしたにを思へ紫の根摺りの衣色に出づなゆめ

歌番号六五三
遠乃々者留可世
をのゝはるかせ

和歌 花寸々幾保尓以天々己飛者名遠々之美志多由不比毛乃武寸本々礼川々
読下 花すゝきほにいてゝこひは名をゝしみしたゆふひものむすほゝれつゝ
通釈 花薄穂に出でて恋は名を惜しみ下結ふ紐の結ぼほれつつ

歌番号六五四
堂知者那乃幾与幾可志乃比尓安日之礼利个留女乃毛止与利
たちはなのきよきかしのひにあひしれりける女のもとより

遠己世多利个留    与三人之良寸
をこせたりける    よみ人しらす

和歌 思不止知飛止利/\可己比之奈者多礼尓与曽部天不知衣幾武
読下 思ふとちひとり/\かこひしなはたれによそへてふち衣きむ
通釈 思ふどち一人一人が恋ひ死なば誰れによそへて藤衣着む

歌番号六五五
返之    太知八奈乃幾与木
返し    たちはなのきよ木

和歌 奈幾己留涙尓袖乃曽本知奈者奴幾可部可天良与留己曽八幾女
読下 なきこふ涙に袖のそほちなはぬきかへかてらよるこそはきめ
通釈 泣き恋ふる涙に袖のそほちなば脱ぎ替へがてら夜こそは着め

歌番号六五六
題之良寸    己万知
題しらす    こまち

和歌 宇徒々尓者佐毛己曽安良女夢尓左部人女遠与久止見留可和飛之左
読下 うつゝにはさもこそあらめ夢にさへ人めをよくと見るかわひしさ
通釈 うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人目をよくと見るが侘びしさ

歌番号六五七
和歌 限奈幾思日乃末々尓与留毛己武由女知遠左部尓人八止可女之
読下 限なき思ひのまゝによるもこむゆめちをさへに人はとかめし
通釈 限りなき思ひのままに夜も来む夢路をさへに人はとがめじ

歌番号六五八
和歌 夢地尓者安之毛也寸女寸加与部止毛宇川々尓比止女見之己止者安良寸
読下 夢ちにはあしもやすめすかよへともうつゝにひとめ見しことはあらす
通釈 夢路には足も休めず通へどもうつつに一目見しごとはあらず

歌番号六五九
与三人之良須
よみ人しらす

和歌 於毛部止毛人女徒々美乃堂可个礼者河止見奈可良衣己曽和多良祢
読下 おもへとも人めつゝみのたかけれは河と見なからえこそわたらね
通釈 思へども人目つつみの高ければ河と見ながらえこそ渡らね

歌番号六六〇
和歌 堂幾川世乃者也幾心遠奈尓之可毛人女川々美乃世幾止々武覧
読下 たきつせのはやき心をなにしかも人めつゝみのせきとゝむ覧
通釈 たぎつ瀬の早き心を何しかも人目つつみのせきとどむらん

歌番号六六一
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    幾乃止毛乃利
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    きのとものり

和歌 紅乃色尓者以天之加久礼奴乃志多尓可与日天己日八之奴止毛
読下 紅の色にはいてしかくれぬのしたにかよひてこひはしぬとも
通釈 紅の色には出でじ隠れ沼の下にかよひて恋は死ぬとも

歌番号六六二
題之良須    美川祢
題しらす    みつね

和歌 冬乃池尓寸武尓本鳥乃川礼毛奈久曽己尓加与不止人尓之良寸奈
読下 冬の池にすむにほ鳥のつれもなくそこにかよふと人にしらすな
通釈 冬の池に住む鳰鳥のつれもなく底にかよふと人に知らすな

歌番号六六三
和歌 佐々乃者尓遠久者川之毛乃夜遠左武美之美八川久止毛色尓以天女也
読下 さゝのはにをくはつしもの夜をさむみしみはつくとも色にいてめや
通釈 笹の葉に置く初霜の夜を寒みしみはつくとも色に出でめやは

歌番号六六四
読人之良寸
読人しらす

和歌 山之奈乃遠止八乃山乃遠止尓多仁人乃之留部久和可己日女可毛
読下 山しなのをとはの山のをとにたに人のしるへくわかこひめかも
通釈 山科の音羽山の音にだに人の知るべく我が恋ひめかも

己乃哥安留人安不三乃宇祢女乃止奈武申寸
この哥ある人あふみのうねめのとなむ申す

歌番号六六五
清原布可也不
清原ふかやふ

和歌 美徒之本乃流飛留万遠安日可多三々留女乃浦尓与留遠己曽万天
読下 みつしほの流ひるまをあひかたみゝるめの浦によるをこそまて
通釈 満つ潮の流れ干る間を逢ひがたみ見るめの浦に寄るをこそ待て

歌番号六六六
平貞文
平貞文

和歌 白河乃志良寸止毛以者之曽己幾与三流天世々尓寸万武止思部八
読下 白河のしらすともいはしそこきよみ流て世ゝにすまむと思へは
通釈 白河の知らずとも言はじ底清み流れて世々に澄まむと思へば

歌番号六六七
止毛乃利
とものり

和歌 志多尓乃美己不礼八久留之玉乃遠乃多衣天美多礼武人奈止可女曽
読下 したにのみこふれはくるし玉のをのたえてみたれむ人なとかめそ
通釈 下にのみ恋ふれば苦し玉の緒の絶えて乱れむ人なとがめそ

歌番号六六八
和歌 和可己比遠志乃日加祢天八安之比幾乃山橘乃色尓以天奴部之
読下 わかこひをしのひかねてはあしひきの山橘の色にいてぬへし
通釈 我が恋を忍びかねてはあしひきの山橘の色に出でぬべし

歌番号六六九
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 於保可多者和可名毛美奈止己幾以天奈武世遠宇三部多仁見留女寸久奈之
読下 おほかたはわか名もみなとこきいてなむ世をうみへたに見るめすくなし
通釈 おほかたは我が名も水門漕ぎ出でなむ世をうみべたに見るめ少なし

歌番号六七〇
平貞文
平貞文

和歌 枕与利又志留人毛奈幾己日遠涙世幾安部寸毛良之川留哉
読下 枕より又しる人もなきこひを涙せきあへすもらしつる哉
通釈 枕よりまた知る人もなき恋を涙せきあへず漏らしつるかな

歌番号六七一
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 風布遣者浪打岸乃松奈礼也祢尓安良八礼天奈幾奴部良也
読下 風ふけは浪打岸の松なれやねにあらはれてなきぬへら也
通釈 風吹けば浪打つ岸の松なれや根にあらはれて泣きぬべらなり

己乃宇多者安留人乃以者久加幾乃毛止乃人万呂加奈利
このうたはある人のいはくかきのもとの人まろかなり

歌番号六七二
和歌 池尓寸武名遠々之鳥乃水遠安左美加久留止寸礼止安良者礼尓个利
読下 池にすむ名をゝし鳥の水をあさみかくるとすれとあらはれにけり
通釈 池に住む名を鴛鴦の水を浅み隠るとすれど現はれにけり

歌番号六七三
和歌 逢事者玉乃緒許名乃多川者吉野乃河乃多幾川世乃己止
読下 逢事は玉の緒許名のたつは吉野の河のたきつせのこと
通釈 逢ふことは玉の緒ばかり名の立つは吉野の河のたぎつ瀬のごと

歌番号六七四
和歌 武良止利乃堂知尓之和可名今更尓己止奈之不止毛志留之安良女也
読下 むらとりのたちにしわか名今更にことなしふともしるしあらめや
通釈 群鳥の立ちにし我が名今さらに事なしぶともしるしあらめや

歌番号六七五
和歌 君尓与利和可奈者花尓春霞野尓毛山尓毛多知美知尓个利
読下 君によりわかなは花に春霞野にも山にもたちみちにけり
通釈 君により我が名は花に春霞野にも山にも立ち満ちにけり

歌番号六七六
伊勢
伊勢

和歌 志累止以部者枕多尓世天祢之物遠知利奈良奴奈乃曽良尓多川良武
読下 しるといへは枕たにせてねし物をちりならぬなのそらにたつらむ
通釈 知ると言へば枕だにせで寝しものを塵ならぬ名の空に立つらむ

廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認 古今和歌集巻第十四及び巻第十五

$
0
0
廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認
-藤原定家筆 古今和歌集 字母研究を使ってー
古今和歌集巻第十四及び巻第十五



古今和歌集巻第十四
恋哥四

歌番号六七七
題之良須    与美人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 美知乃久乃安左可乃奴万乃花可川美加川見留人尓己日也和多良武
読下 みちのくのあさかのぬまの花かつみかつ見る人にこひやわたらむ
通釈 陸奥の安積の沼の花かつみかつ見る人に恋ひやわたらむ

歌番号六七八
和歌 安飛見寸者己比之幾己止毛奈可良末之遠止尓曽人遠幾久部可利个留
読下 あひ見すはこひしきこともなからましをとにそ人をきくへかりける
通釈 あひ見ずは恋しき事もなからまし音にぞ人を聞くべかりける

歌番号六七九
徒良由幾
つらゆき

和歌 伊曽乃神布留乃奈可道中/\尓見寸八己比之止思八万之也八
読下 いその神ふるのなか道中/\に見すはこひしと思はましやは
通釈 石上布留の中道なかなかに見ずは恋しと思はましやは

歌番号六八〇
布知八良乃多々由幾
ふちはらのたゝゆき

和歌 君天部者見万礼見寸万礼布之乃祢乃女川良之計奈久毛由留和可己日
読下 君てへは見まれ見すまれふしのねのめつらしけなくもゆるわかこひ
通釈 君といへば見まれ見ずまれ富士の嶺の珍しげなく燃ゆる我が恋

歌番号六八一
伊勢
伊勢

和歌 夢尓多尓見由止者見衣之安左奈/\和可於毛可个尓者川留身奈礼八
読下 夢にたに見ゆとは見えしあさな/\わかおもかけにはつる身なれは
通釈 夢にだに見ゆとは見えじ朝な朝な我が面影に恥づる身なれば

歌番号六八二
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 伊之万行水乃白浪立帰利加久己曽八見女安可寸毛安留哉
読下 いしま行水の白浪立帰りかくこそは見めあかすもある哉
通釈 石間行く水の白浪立ち帰りかくこそは見めあかずもあるかな

歌番号六八三
和歌 伊世乃安万能安左奈由不奈尓加徒久天不見留女尓人遠安久与之毛哉
読下 いせのあまのあさなゆふなにかつくてふ見るめに人をあくよしも哉
通釈 伊勢の海人の朝な夕なにかづくてふ見るめに人をあくよしもがな

歌番号六八四
止毛乃利
とものり

和歌 春霞堂奈比久山乃佐久良花見礼止毛安可奴君尓毛安留可那
読下 春霞たなひく山のさくら花見れともあかぬ君にもあるかな
通釈 春霞たなびく山の桜花見れどもあかぬ君にもあるかな

歌番号六八五
布可也不
ふかやふ

和歌 心遠曽和利奈幾物止思日奴留見留物可良也己比之可留部幾
読下 心をそわりなき物と思ひぬる見る物からやこひしかるへき
通釈 心をぞわりなき物と思ひぬる見る物からや恋しかるべき

歌番号六八六
凡河内美川祢
凡河内みつね

和歌 可礼者天部乃知遠者志良天夏草乃深久毛人乃於毛本由留哉
読下 かれはてむのちをはしらて夏草の深くも人のおもほゆる哉
通釈 かれはてむ後をば知らで夏草の深くも人の思ほゆるかな

歌番号六八七
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 安寸可々波布知者世尓奈留世奈利止毛思曽女天武人者和寸礼之
読下 あすかゝはふちはせになる世なりとも思そめてむ人はわすれし
通釈 飛鳥河淵は瀬になる世なりとも思ひそめてむ人は忘れじ

歌番号六八八
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多
寛平御時きさいの宮の哥合のうた

和歌 思天不事乃者乃美也秋遠部天色毛加八良奴物尓八安留覧
読下 思てふ事のはのみや秋をへて色もかはらぬ物にはある覧
通釈 思ふてふ言の葉のみや秋を経て色も変はらぬ物にはあるらん

歌番号六八九
題之良須
題しらす

和歌 佐武之呂尓衣加多之幾己与日毛也我遠末川覧宇知乃者之比女
読下 さむしろに衣かたしきこよひもや我をまつ覧うちのはしひめ
通釈 さむしろに衣片敷き今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫

歌番号六九〇
又者宇知乃多万比免
又はうちのたまひめ

和歌 君也己武我也由可武乃以左与日尓万幾乃以多止毛左々寸祢尓个利
読下 君やこむ我やゆかむのいさよひにまきのいたともさゝすねにけり
通釈 君や来む我や行かむのいさよひに槙の板戸も鎖さず寝にけり

歌番号六九一
曽世以本宇之
そせいほうし

和歌 今己武止以飛之許尓長月乃安利安計乃月遠万知以天川留哉
読下 今こむといひし許に長月のありあけの月をまちいてつる哉
通釈 今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな

歌番号六九二
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 月夜与之与々之止人尓川遣也良八己天不尓々多利万多寸之毛安良須
読下 月夜よしよゝしと人につけやらはこてふにゝたりまたすしもあらす
通釈 月夜よし夜よしと人に告げやらば来てふに似たり待たずしもあらず

歌番号六九三
和歌 君己寸者祢也部毛以良之己紫和可毛止由日尓志毛者遠久止毛
読下 君こすはねやへもいらしこ紫わかもとゆひにしもはをくとも
通釈 君来ずは寝屋へもいらじ濃紫わが元結に霜は置くとも

歌番号六九四
和歌 宮木乃々毛止安良乃己者幾川由遠々毛美風遠末川己止幾美遠己曽万天
読下 宮木のゝもとあらのこはきつゆをゝもみ風をまつこときみをこそまて
通釈 宮城野の本荒の小萩露を重み風を待つごと君をこそ待て

歌番号六九五
和歌 安奈己比之今毛見天之可山可川乃加幾本尓左个留山止奈天之己
読下 あなこひし今も見てしか山かつのかきほにさける山となてしこ
通釈 あな恋し今も見てしか山がつの垣ほに咲ける大和撫子

歌番号六九六
和歌 徒乃久尓乃奈尓八於毛者寸山之呂乃止者尓安比見武己止遠乃美己曽
読下 つのくにのなにはおもはす山しろのとはにあひ見むことをのみこそ
通釈 津国の名には思はず山城のとはにあひ見む事をのみこそ

歌番号六九七
徒良由幾
つらゆき

和歌 志幾之満也々万止尓八安良奴唐衣己呂毛部寸之天安不与之毛哉
読下 しきしまやゝまとにはあらぬ唐衣ころもへすしてあふよしも哉
通釈 敷島の大和にはあらぬ唐衣ころも経ずして逢ふよしもがな

歌番号六九八
布可也不
ふかやふ

和歌 己飛之止者堂可奈川个々武己止奈良武志奴止曽多々尓以不部加利个留
読下 こひしとはたかなつけゝむことならむしぬとそたゝにいふへかりける
通釈 恋しとは誰が名づけけむ事ならむ死ぬとぞただに言ふべかりける

歌番号六九九
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 三吉野々於保可八乃部乃藤波乃奈美尓於毛者々和可己飛女也八
読下 三吉野ゝおほかはのへの藤波のなみにおもはゝわかこひめやは
通釈 み吉野の大河のへの藤波の並に思はば我が恋ひめやは

歌番号七〇〇
和歌 加久己比武物止者我毛思尓幾心乃宇良曽万佐之可利个累
読下 かくこひむ物とは我も思にき心のうらそまさしかりける
通釈 かく恋ひむものとは我も思ひにき心のうらぞまさしかりける

歌番号七〇一
和歌 安満乃波良布美止々呂可之奈留神毛思不奈可遠者左久留毛乃可波
読下 あまのはらふみとゝろかしなる神も思ふなかをはさくるものかは
通釈 天の原踏みとどろかし鳴る神も思ふ仲をば裂くるものかは

歌番号七〇二
和歌 梓弓飛幾乃々徒々良寸恵川為尓和可思不人尓事乃志計々武
読下 梓弓ひきのゝつゝらすゑつゐにわか思ふ人に事のしけゝむ
通釈 梓弓ひき野のつづら末つひに我が思ふ人に事のしげけむ

歌番号七〇三
己乃哥八安留人安女乃美可止乃安不三乃宇祢女尓多万日个留止奈武申寸
この哥はある人あめのみかとのあふみのうねめにたまひけるとなむ申す

和歌 夏飛幾乃天比幾乃以止遠久利可部之事志計久止毛多衣武止思不奈
読下 夏ひきのてひきのいとをくりかへし事しけくともたえむと思ふな
通釈 夏引きの手引きの糸を繰り返し事しげくとも絶えむと思ふな

歌番号七〇四
己乃哥八返之尓与美天多天万川利个留止奈武
この哥は返しによみてたてまつりけるとなむ

和歌 佐止人乃事者夏乃々志計久止毛加礼行幾三尓安八佐良女也八
読下 さと人の事は夏のゝしけくともかれ行きみにあはさらめやは
通釈 里人の事は夏野の繁くともかれゆく君に逢はざらめやは

歌番号七〇五
藤原敏行朝臣乃奈利比良乃朝臣乃家奈利个留女遠安比之里天布美川可八世利个留
藤原敏行朝臣のなりひらの朝臣の家なりける女をあひしりてふみつかはせりける

己止者尓以末々宇天久安女乃布利个留遠奈武見和川良比侍止以部利个留遠幾々天
ことはにいまゝうてくあめのふりけるをなむ見わつらひ侍といへりけるをきゝて

加乃女尓加者利天与女利个留    在原業平朝臣
かの女にかはりてよめりける    在原業平朝臣

和歌 加寸/\尓於毛比於毛者寸止比可多美身遠之留雨者布利曽万左礼留
読下 かす/\におもひおもはすとひかたみ身をしる雨はふりそまされる
通釈 数々に思ひ思はず問ひがたみ身を知る雨は降りぞまされる

歌番号七〇六
安留女乃奈利比良乃朝臣遠止己呂左多女寸阿利幾寸止於毛日天
ある女のなりひらの朝臣をところさためすありきすとおもひて

与美天川可八之个留    与美人之良寸
よみてつかはしける    よみ人しらす

和歌 於保奴左乃飛久天安万多尓奈利奴礼者於毛部止衣己曽堂乃万左利个礼
読下 おほぬさのひくてあまたになりぬれはおもへとえこそたのまさりけれ
通釈 大幣の引くてあまたになりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ

歌番号七〇七
返之    奈利比良乃朝臣
返し    なりひらの朝臣

和歌 於本奴左止名尓己曽多天礼奈可礼天毛川為尓与留世八安利天不毛乃遠
読下 おほぬさと名にこそたてれなかれてもつゐによるせはありてふものを
通釈 大幣と名にこそ立てれ流れてもつひに寄る瀬はありてふものを

歌番号七〇八
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 寸満乃安万乃志本也久煙風遠以多美於毛八奴方尓多奈日幾尓个利
読下 すまのあまのしほやく煙風をいたみおもはぬ方にたなひきにけり
通釈 須磨の海人の塩焼く煙風をいたみ思はぬ方にたなびきにけり

歌番号七〇九
和歌 堂万可川良者不木安万多尓奈利奴礼者多衣奴心乃宇礼之計毛奈之
読下 たまかつらはふ木あまたになりぬれはたえぬ心のうれしけもなし
通釈 玉かづらはふ木あまたになりぬれば絶えぬ心のうれしげもなし

歌番号七一〇
和歌 堂可佐止尓夜可礼遠志天可郭公多々己々尓之毛祢多留己恵寸留
読下 たかさとに夜かれをしてか郭公たゝこゝにしもねたるこゑする
通釈 誰が里に夜離れをしてか郭公ただここにしも寝たる声する

歌番号七一一
和歌 以天人者事乃美曽与幾月草乃宇川之心者以呂己止尓之天
読下 いて人は事のみそよき月草のうつし心はいろことにして
通釈 いで人は事のみぞよき月草のうつし心は色ことにして

歌番号七一二
和歌 伊川者利乃奈幾世奈利世者以可許人乃己止乃八宇礼之可良末之
読下 いつはりのなき世なりせはいか許人のことのはうれしからまし
通釈 いつはりのなき世なりせばいかばかり人の言の葉うれしからまし

歌番号七一三
和歌 以川者利止思物可良今佐良尓堂可末己止遠可我者多乃万武
読下 いつはりと思物から今さらにたかまことをか我はたのまむ
通釈 いつはりと思ふものから今さらに誰がまことをか我は頼まむ

歌番号七一四
素性法師
素性法師

和歌 秋風尓山乃己乃者乃宇川呂部者人乃心毛以可々止曽思
読下 秋風に山のこのはのうつろへは人の心もいかゝとそ思
通釈 秋風に山の木の葉の移ろへば人の心もいかがとぞ思ふ

歌番号七一五
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    止毛乃利
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    とものり

和歌 蝉乃己恵幾計者加奈之奈夏衣宇寸久也人乃奈良武止思部八
読下 蝉のこゑきけはかなしな夏衣うすくや人のならむと思へは
通釈 蝉の声聞けば悲しな夏衣薄くや人のならむと思へば

歌番号七一六
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 空蝉乃世乃人己止乃志个々礼者王寸礼奴毛乃々加礼奴部良也
読下 空蝉の世の人ことのしけゝれはわすれぬものゝかれぬへら也
通釈 空蝉の世の人言のしげければ忘れぬものの離れぬべらなり

歌番号七一七
和歌 安可天己曽於毛者武奈可八々奈礼奈女曽遠多尓乃止乃和寸礼加多三尓
読下 あかてこそおもはむなかはゝなれなめそをたにのちのわすれかたみに
通釈 あかでこそ思はむ仲は離れなめそをだに後の忘れがたみに

歌番号七一八
和歌 忘奈武止思心乃徒久可良尓有之与利計尓万川曽己日之幾
読下 忘なむと思心のつくからに有しよりけにまつそこひしき
通釈 忘れなむと思ふ心のつくからにありしよりけにまづぞ恋しき

歌番号七一九
和歌 和寸礼南我遠宇良武奈郭公人乃秋尓八安者武止毛世寸
読下 わすれ南我をうらむな郭公人の秋にはあはむともせす
通釈 忘れなん我を恨むな郭公人の秋には逢はむともせず

歌番号七二〇
和歌 堂衣寸由久安寸可乃河乃与止美奈者心安留止也人乃於毛者武
読下 たえすゆくあすかの河のよとみなは心あるとや人のおもはむ
通釈 絶えず行く飛鳥の河のよどみなば心あるとや人の思はむ

己乃哥安留人乃以者久奈可止三乃安川万人可宇多也
この哥ある人のいはくなかとみのあつま人かうた也

歌番号七二一
和歌 与止河乃与止武止人者見留良女止流天布可幾心安留毛乃遠
読下 よと河のよとむと人は見るらめと流てふかき心あるものを
通釈 淀河のよどむと人は見るらめど流れて深き心あるものを

歌番号七二二
曽世以法之
そせい法し

和歌 曽己飛奈幾布知也者左者久山河乃安左幾世尓己曽安多奈美者多天
読下 そこひなきふちやはさはく山河のあさきせにこそあたなみはたて
通釈 底ひなき淵やは騒ぐ山河の浅き瀬にこそあだ浪は立て

歌番号七二三
与美人之良寸
よみ人しらす

和歌 紅乃者川花曽女乃色布可久思之心我和寸礼女也
読下 紅のはつ花そめの色ふかく思し心我わすれめや
通釈 紅の初花染めの色深く思ひし心我忘れめや

歌番号七二四
河原左大臣
河原左大臣

和歌 美知乃久乃志乃不毛知寸利堂礼由部尓美多礼武止思我奈良奈久尓
読下 みちのくのしのふもちすりたれゆへにみたれむと思我ならなくに
通釈 陸奥のしのぶもぢずり誰れゆゑに乱れむと思ふ我ならなくに

歌番号七二五
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 於毛不与利以可尓世与止可秋風尓奈比久安左知乃色己止尓奈留
読下 おもふよりいかにせよとか秋風になひくあさちの色ことになる
通釈 思ふよりいかにせよとか秋風になびく浅茅の色ことになる

歌番号七二六
和歌 千々乃色尓宇川呂不良女止志良奈久尓心之秋乃毛三知奈良祢八
読下 千ゝの色にうつろふらめとしらなくに心し秋のもみちならねは
通釈 千々の色に移ろふらめど知らなくに心し秋のもみぢならねば

歌番号七二七
小野小町
小野小町

和歌 安満乃寸武佐止乃志留部尓安良奈久尓怨武止乃美人乃以不覧
読下 あまのすむさとのしるへにあらなくに怨むとのみ人のいふ覧
通釈 海人の住む里のしるべにあらなくに浦見むとのみ人の言ふらむ

歌番号七二八
志毛川計乃遠武祢
しもつけのをむね

和歌 久毛利日乃影止之奈礼留我奈礼者女尓己曽見衣祢身遠者者奈礼寸
読下 くもり日の影としなれる我なれはめにこそ見えね身をははなれす
通釈 曇り日の影としなれる我なれば目にこそ見えね身をば離れず

歌番号七二九
川良由幾
つらゆき

和歌 色毛奈幾心遠人尓曽女之与利宇川呂者武止八於毛本衣奈久尓」ウ
読下 色もなき心を人にそめしよりうつろはむとはおもほえなくに
通釈 色もなき心を人に染めしより移ろはむとは思ほえなくに

歌番号七三〇
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 女川良之幾人遠見武止也志可毛世奴和可志多比毛乃止計和多留良武
読下 めつらしき人を見むとやしかもせぬわかしたひものとけわたるらむ
通釈 めづらしき人を見むとやしかもせぬ我が下紐の解けわたるらむ

歌番号七三一
和歌 加遣呂不乃曽礼可安良奴可春雨乃布留日止奈礼者曽天曽奴礼奴留
読下 かけろふのそれかあらぬか春雨のふる日となれはそてそぬれぬる
通釈 かげろふのそれかあらぬか春雨の降る日となれば袖ぞ濡れぬる

歌番号七三二
和歌 保利江己久堂奈々之遠舟己幾可部利於奈之人尓也己比和多利奈武
読下 ほり江こくたなゝしを舟こきかへりおなし人にやこひわたりなむ
通釈 堀江漕ぐ棚無し小舟漕ぎ返り同じ人にや恋ひわたりなむ

歌番号七三三
徒良由幾
つらゆき

和歌 以尓之部尓猶立帰心哉己比之幾己止尓物和寸礼世天
読下 いにしへに猶立帰心哉こひしきことに物わすれせて
通釈 いにしへになほ立ち帰る心かな恋しきことに物忘れせで

歌番号七三四
伊勢
伊勢

和歌 和多川美止安礼尓之止己遠今便尓波良八々曽天也安和止宇幾奈武
読下 わたつみとあれにしとこを今便にはらはゝそてやあわとうきなむ
通釈 わたつみとあれにし床を今さらに払はば袖や泡と浮きなむ

歌番号七三五
人遠志乃比尓安比之里天安比可多久安利个礼八曽乃家乃安多利遠万可利安利幾个留於利尓
人をしのひにあひしりてあひかたくありけれはその家のあたりをまかりありきけるおりに

加利乃奈久遠幾々天与美天徒可八之个留    大伴久呂奴之
かりのなくをきゝてよみてつかはしける    大伴くろぬし

和歌 思以天々己飛之幾時者々川可利乃奈幾天和多留止人之留良女也
読下 思いてゝこひしき時はゝつかりのなきてわたると人しるらめや
通釈 思ひ出でて恋しき時は初雁の鳴きて渡ると人知るらめや

歌番号七三六
右乃於保以末宇知幾美寸万寸奈利尓个礼者加乃武可之遠己世多利个留布三止毛遠
右のおほいまうちきみすますなりにけれはかのむかしをこせたりけるふみともを

止利安徒女天返寸止天与美天遠久利个留    典侍藤原与留可乃朝臣
とりあつめて返すとてよみてをくりける    典侍藤原よるかの朝臣

和歌 堂乃免己之事乃者今者加部之天武和可身布留礼者遠幾止己呂奈之
読下 たのめこし事のは今はかへしてむわか身ふるれはをきところなし
通釈 頼めこし言の葉は今は返してむ我が身古るれば置き所なし

歌番号七三七
返之    近院乃右乃於保以末宇知幾三
返し    近院の右のおほいまうちきみ

和歌 今者止天加部寸事乃者飛呂日遠幾天遠乃可物可良加多美止也見武
読下 今はとてかへす事のはひろひをきてをのか物からかたみとや見む
通釈 今はとて返す言の葉拾ひ置きて己が物から形見とや見む

歌番号七三八
題之良寸    与留可乃朝臣
題しらす    よるかの朝臣

和歌 堂万本己乃道者川祢尓毛万止者南人遠止不止毛我可止於毛者武
読下 たまほこの道はつねにもまとは南人をとふとも我かとおもはむ
通釈 玉桙の道は常にもまどはなん人を問ふとも我かと思はむ

歌番号七三九
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 満天止以者々祢天毛由可南志日天行己万乃安之於礼末部乃多奈八之
読下 まてといはゝねてもゆか南しひて行こまのあしおれまへのたなはし
通釈 待てと言はば寝ても行かなんしひて行く駒の足折れ前の棚橋

歌番号七四〇
中納言源乃々保留乃朝臣乃安不三乃寸計尓侍个留時与美天也礼利个留   閑院
中納言源のゝほるの朝臣のあふみのすけに侍ける時よみてやれりける   閑院

和歌 相坂乃由不川个鳥尓安良八己曽君可由幾々遠奈久/\毛見女
読下 相坂のゆふつけ鳥にあらはこそ君かゆきゝをなく/\も見め
通釈 逢坂の木綿つけ鳥にあらばこそ君が行き来を鳴く鳴くも見め

歌番号七四一
題之良寸    伊勢
題しらす    伊勢

和歌 布留左止尓安良奴物可良和可多女尓人乃心乃安礼天見由良武
読下 ふるさとにあらぬ物からわかために人の心のあれて見ゆらむ
通釈 古里にあらぬものから我がために人の心の荒れて見ゆらむ

歌番号七四二



和歌 山可徒乃加幾本尓者部留安越川々良人者久礼止毛己止川天毛奈之
読下 山かつのかきほにはへるあをつゝら人はくれともことつてもなし
通釈 山がつの垣ほにはへる青つづら人は来れども言づてもなし

歌番号七四三
佐可為乃比止左祢
さかゐのひとさね

和歌 於保曽良波己比之幾人乃加多美可八物思己止尓奈可女良留良武
読下 おほそらはこひしき人のかたみかは物思ことになかめらるらむ
通釈 大空は恋しき人の形見かは物思ふごとにながめらるらむ

歌番号七四四
読人之良寸
読人しらす

和歌 安不万天乃加多美毛我者奈尓世武尓見天毛心乃奈久佐万奈久二
読下 あふまてのかたみも我はなにせむに見ても心のなくさまなくに
通釈 逢ふまでの形見も我は何せむに見ても心の慰まなくに

歌番号七四五
於也乃末毛利个留人乃武寸女尓以止之乃日尓安比天毛乃良以比个留安比多尓
おやのまもりける人のむすめにいとしのひにあひてものらいひけるあひたに

於也乃与布止以比个礼八伊曽幾可部留止天毛遠奈武奴幾遠幾天以利尓个留
おやのよふといひけれはいそきかへるとてもをなむぬきをきていりにける

曽乃々知毛遠可部寸止天与女留    於幾可世
そのゝちもをかへすとてよめる    おきかせ

和歌 安不末天乃加多美止天己曽止々女个女涙尓浮毛久川奈利个利
読下 あふまてのかたみとてこそとゝめけめ涙に浮もくつなりけり
通釈 逢ふまでの形見とてこそ留めけめ涙に浮かぶ藻屑なりけり

歌番号七四六
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 加多美己曽今者安多奈礼己礼奈久者和寸留々時毛安良末之毛乃遠
読下 かたみこそ今はあたなれこれなくはわするゝ時もあらましものを
通釈 形見こそ今はあだなれこれなくは忘るる時もあらましものを



古今和歌集巻第十五
恋哥五

歌番号七四七
五条乃幾左以乃宮乃仁之乃太以尓寸美个留人仁本以尓者安良天毛乃以比和多利个留遠
五条のきさいの宮のにしのたいにすみける人にほいにはあらてものいひわたりけるを

武月乃止遠可安万利尓奈武保可部加久礼尓个留安利所八幾々个礼止衣物毛以者天
む月のとをかあまりになむほかへかくれにけるあり所はきゝけれとえ物もいはて

又乃止之乃者留武女乃花左可利尓月乃於毛之呂可利个留夜己曽遠己飛天
又のとしのはるむめの花さかりに月のおもしろかりける夜こそをこひて

加乃尓之乃多以尓以幾天月乃可多不久末天安者良奈留以多之幾尓布世利天与女留
かのにしのたいにいきて月のかたふくまてあはらなるいたしきにふせりてよめる

在原業平朝臣
在原業平朝臣

和歌 月也安良奴春也昔乃春奈良奴和可身飛止川者毛止乃身尓之天
読下 月やあらぬ春や昔の春ならぬわか身ひとつはもとの身にして
通釈 月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身一つは本の身にして

歌番号七四八
題之良寸    藤原奈可比良乃朝臣
題しらす    藤原なかひらの朝臣

和歌 花寸々幾我己曽志多尓思之可保尓以天々人尓武寸八礼尓个利
読下 花すゝき我こそしたに思しかほにいてゝ人にむすはれにけり
通釈 花薄我こそ下に思ひしか穂に出でて人に結ばれにけり

歌番号七四九
藤原加祢寸計乃朝臣
藤原かねすけの朝臣

和歌 与曽尓能美幾可万之物遠々止者河渡止奈之尓見奈礼曽女个武
読下 よそにのみきかまし物をゝとは河渡となしに見なれそめけむ
通釈 よそにのみ聞かましものを音羽河渡るとなしに身なれそめけむ

歌番号七五〇
凡河内美川子
凡河内みつね

和歌 和可己止久我遠於毛者武人毛哉佐天毛也宇幾止世遠心見無
読下 わかことく我をおもはむ人も哉さてもやうきと世を心見む
通釈 我がごとく我を思はむ人もがなさてもや憂きと世を心見む

歌番号七五一
毛止可多
もとかた

和歌 久方乃安末川曽良尓毛寸万奈久尓人者与曽尓曽思部良奈留
読下 久方のあまつそらにもすまなくに人はよそにそ思へらなる
通釈 久方の天つ空にも住まなくに人はよそにぞ思ふべらなる

歌番号七五二
与美比止之良寸
よみひとしらす

和歌 見天毛又万多毛見末久乃保之个礼者奈留々遠人者以止不部良也
読下 見ても又またも見まくのほしけれはなるゝを人はいとふへら也
通釈 見ても又またも見まくの欲しければなるるを人は厭ふべらなり

歌番号七五三
幾乃止毛乃利
きのとものり

和歌 雲毛奈久奈幾多留安左乃我奈礼也以止者礼天乃美世遠者部奴良武
読下 雲もなくなきたるあさの我なれやいとはれてのみ世をはへぬらむ
通釈 雲もなく凪ぎたる朝の我なれや厭はれてのみ世をば経ぬらむ

歌番号七五四
与美人之良寸
よみ人しらす

和歌 花可多美女奈良不人乃安万多安礼者和寸良礼奴覧加寸奈良奴身八
読下 花かたみめならふ人のあまたあれはわすられぬ覧かすならぬ身は
通釈 花がたみめならぶ人のあまたあれば忘られぬらん数ならぬ身は

歌番号七五五
和歌 宇幾女能美於比天流留浦奈礼者加利尓乃美己曽安万者与留良女
読下 うきめのみおひて流る浦なれはかりにのみこそあまはよるらめ
通釈 浮きめのみ生ひて流るる浦なれば刈りにのみこそ海人は寄るらめ

歌番号七五六
伊勢
伊勢

和歌 安比尓安日天物思己呂乃和可袖尓也止留月左部奴留々可本奈留
読下 あひにあひて物思ころのわか袖にやとる月さへぬるゝかほなる
通釈 逢ひに逢ひて物思ふころの我が袖に宿る月さへ濡るる顔なる

歌番号七五七
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 秋奈良天遠久白露者祢左女寸留和可多枕乃之川久奈利个利
読下 秋ならてをく白露はねさめするわかた枕のしつくなりけり
通釈 秋ならで置く白露は寝覚めする我が手枕の滴なりけり

歌番号七五八
和歌 寸万乃安万乃志本也幾衣於左遠安良美末止遠尓安礼也君可幾万左奴
読下 すまのあまのしほやき衣おさをあらみまとをにあれや君かきまさぬ
通釈 須磨の海人の塩焼き衣をさを粗み間遠にあれや君が来まさぬ

歌番号七五九
和歌 山之呂乃与止乃和可己毛加利尓多尓己奴人多乃武我曽者可奈幾
読下 山しろのよとのわかこもかりにたにこぬ人たのむ我そはかなき
通釈 山城の淀の若菰刈りにだに来ぬ人頼む我ぞはかなき

歌番号七六〇
和歌 安飛見祢者己比己曽万左礼美奈世河奈尓々布可女天思曽女个武
読下 あひ見ねはこひこそまされみなせ河なにゝふかめて思そめけむ
通釈 あひ見ねば恋こそまされ水無瀬川何に深めて思ひそめけむ

歌番号七六一
和歌 暁乃志幾乃者祢可幾毛々者可幾君可己奴夜者我曽可寸可久
読下 暁のしきのはねかきもゝはかき君かこぬ夜は我そかすかく
通釈 暁の鴫の羽がき百羽がき君が来ぬ夜は我ぞかずかく

歌番号七六二
和歌 玉加川良今者堂由止也吹風乃遠止尓毛人乃幾己衣左留覧
読下 玉かつら今はたゆとや吹風のをとにも人のきこ江さる覧
通釈 玉かづら今は絶ゆとや吹く風の音にも人の聞こえざるらん

歌番号七六三
和歌 和可袖尓末多幾時雨乃布利奴留者君可心尓秋也幾奴良武
読下 わか袖にまたき時雨のふりぬるは君か心に秋やきぬらむ
通釈 我が袖にまだき時雨の降りぬるは君が心に秋や来ぬらむ

歌番号七六四
和歌 山乃井乃浅幾心毛於毛者奴尓影許乃美人乃見由良無
読下 山の井の浅き心もおもはぬに影許のみ人の見ゆらむ
通釈 山の井の浅き心も思はぬを影ばかりのみ人の見ゆらむ

歌番号七六五
和歌 忘草堂祢止良万之遠逢事能以止可久可多幾物止之利世八
読下 忘草たねとらましを逢事のいとかくかたき物としりせは
通釈 忘草種採らましを逢ふことのいとかくかたき物と知りせば

歌番号七六六
和歌 己布礼鞆逢夜乃奈幾者忘草夢地尓左部也於日志个留覧
読下 こふれ鞆逢夜のなきは忘草夢ちにさへやおひしける覧
通釈 恋ふれども逢ふ夜のなきは忘草夢路にさへや生ひ茂るらむ

歌番号七六七
和歌 夢尓多仁安不事可多久奈利由久者我也以遠祢奴人也和寸留々
読下 夢にたにあふ事かたくなりゆくは我やいをねぬ人やわするゝ
通釈 夢にだに逢ふことかたくなりゆくは我や寝を寝ぬ人や忘るる

歌番号七六八
遣武計以法之
けむけい法し

和歌 毛呂己之毛夢尓見之可八知可々利幾於毛者奴中曽者留个可利遣留
読下 もろこしも夢に見しかはちかゝりきおもはぬ中そはるけかりける
通釈 唐土も夢に見しかば近かりき思はぬ仲ぞはるけかりける

歌番号七六九
佐多乃々保留
さたのゝほる

和歌 獨能美奈可免布留也乃川万奈礼者人遠忍乃草曽於日个留
読下 独のみなかめふるやのつまなれは人を忍の草そおひける
通釈 一人のみながめ古屋のつまなれば人を忍の草ぞ生ひける

歌番号七七〇
僧正部无世宇
僧正へんせう

和歌 和可也止者道毛奈幾万天安礼尓个利川礼奈幾人遠松止世之万尓
読下 わかやとは道もなきまてあれにけりつれなき人を松とせしまに
通釈 我が宿は道もなきまで荒れにけりつれなき人を待つとせしまに

歌番号七七一
和歌 今己武止以飛天和可礼之朝与利思日久良之乃祢遠乃美曽奈久
読下 今こむといひてわかれし朝より思ひくらしのねをのみそなく
通釈 今来むと言ひて別れし朝より思ひ暮らしの音をのみぞ泣く

歌番号七七二
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 己免也止者思物可良飛久良之乃奈久由不久礼八多知万多礼川々
読下 こめやとは思物からひくらしのなくゆふくれはたちまたれつゝ
通釈 来めやとは思ふものからひぐらしの鳴く夕暮れは立ち待たれつつ

歌番号七七三
和歌 今之波止和比尓之物遠佐々可尓乃衣尓可々利我遠多乃武留
読下 今しはとわひにし物をさゝかにの衣にかゝり我をたのむる
通釈 今しはと侘びにしものをささがにの衣にかかり我を頼むる

歌番号七七四
和歌 以末者己之止思物可良忘川々末多留々事乃万多毛也万奴可
読下 いまはこしと思物から忘つゝまたるゝ事のまたもやまぬか
通釈 今は来じと思ふものから忘れつつ待たるる事のまだもやまぬか

歌番号七七五
和歌 月与尓者己奴人末多留加幾久毛利雨毛不良奈武和日川々毛祢武
読下 月よにはこぬ人またるかきくもり雨もふらなむわひつゝもねむ
通釈 月夜には来ぬ人待たるかき曇り雨も降らなん侘びつつも寝む

歌番号七七六
和歌 宇部天以尓之秋田可留万天見衣己祢者計左者川可利乃祢尓曽奈幾奴留
読下 うへていにし秋田かるまて見えこねはけさはつかりのねにそなきぬる
通釈 植ゑて往にし秋田刈るまで見え来ねば今朝初雁の音にぞ鳴きぬる

歌番号七七七
和歌 己奴人遠松由不久礼乃秋風者以可尓布遣者可和日之可留覧
読下 こぬ人を松ゆふくれの秋風はいかにふけはかわひしかる覧
通釈 来ぬ人を待つ夕暮れの秋風はいかに吹けばか侘びしかるらむ

歌番号七七八
和歌 飛左之久毛奈利尓个留哉寸美乃衣乃松者久留之幾物尓曽安利个留
読下 ひさしくもなりにける哉すみのえの松はくるしき物にそありける
通釈 久しくもなりにけるかな住の江の松は苦しき物にぞありける

歌番号七七九
加祢三乃於保幾三
かねみのおほきみ

和歌 住乃江乃松本止比左二奈利奴礼者安之多川乃祢二奈可奴日八奈之
読下 住の江の松ほとひさになりぬれはあしたつのねになかぬ日はなし
通釈 住の江の松ほど久になりぬれば葦田鶴の音に鳴かぬ日はなし

歌番号七八〇
仲平朝臣安飛之里天侍个留遠加礼方尓奈利尓个礼者知々可也万止乃可美尓
仲平朝臣あひしりて侍けるをかれ方になりにけれはちゝかやまとのかみに

侍个留毛止部万可留止天与美天徒可八之个留    伊勢
侍けるもとへまかるとてよみてつかはしける    伊勢

和歌 三和乃山以可尓万知見武年布止毛堂川奴留人毛安良之止思部八
読下 みわの山いかにまち見む年ふともたつぬる人もあらしと思へは
通釈 三輪の山いかに待ち見む年経とも尋ぬる人もあらじと思へば

歌番号七八一
題之良寸    雲林院乃美己
題しらす    雲林院のみこ

和歌 吹万与不野風遠左武美秋者幾乃宇川利毛行可人乃心乃
読下 吹まよふ野風をさむみ秋はきのうつりも行か人の心の
通釈 吹きまよふ野風を寒み秋萩の移りも行くか人の心の

歌番号七八二
遠乃々己万知
をのゝこまち

和歌 今者止天和可身時雨尓布利奴礼者事乃波左部尓宇川呂日尓个利
読下 今はとてわか身時雨にふりぬれは事のはさへにうつろひにけり
通釈 今はとて我が身時雨に古りぬれば言の葉さへに移ろひにけり

歌番号七八三
返之    小野左多幾
返し    小野さたき

和歌 人遠思心乃己乃波尓安良八己曽風乃末尓/\知利毛美多礼女
読下 人を思心のこのはにあらはこそ風のまに/\ちりもみたれめ
通釈 人を思ふ心の木の葉にあらばこそ風のまにまに散りも乱れめ

歌番号七八四
業平朝臣幾乃安利川祢可武寸女尓寸美个留遠宇良武留己止安利天志八之乃安日多
業平朝臣きのありつねかむすめにすみけるをうらむることありてしはしのあひた

飛留八幾天由不左利者加部利乃美之个礼八与美天川可八之个留
ひるはきてゆふさりはかへりのみしけれはよみてつかはしける

和歌 安満雲乃与曽尓毛人乃奈利由久可佐寸可尓女尓八見由留物可良
読下 あま雲のよそにも人のなりゆくかさすかにめには見ゆる物から
通釈 天雲のよそにも人のなり行くかさすがに目には見ゆるものから

歌番号七八五
返之    奈利比良乃朝臣
返し    なりひらの朝臣

和歌 由幾可部利曽良尓乃美之天布留事者和可為留山乃風者也三奈利
読下 ゆきかへりそらにのみしてふる事はわかゐる山の風はやみなり
通釈 行き帰り空にのみして経ることは我が居る山の風早みなり

歌番号七八六
題之良寸    加計乃利乃於保幾三
題しらす    かけのりのおほきみ

和歌 唐衣奈礼者身尓己曽万川八礼女加計天乃美也八己比武止思之
読下 唐衣なれは身にこそまつはれめかけてのみやはこひむと思し
通釈 唐衣なれば身にこそまつはれめかけてのみやは恋ひむと思ひし

歌番号七八七
止毛乃利
とものり

和歌 秋風者身遠和遣天之毛布可奈久尓人乃心乃曽良尓奈留良武
読下 秋風は身をわけてしもふかなくに人の心のそらになるらむ
通釈 秋風は身を分けてしも吹かなくに人の心の空になるらむ

歌番号七八八
源宗于朝臣
源宗于朝臣

和歌 徒礼毛祢久奈利由久人乃事乃者曽秋与利左幾乃毛三知奈利个留
読下 つれもなくなりゆく人の事のはそ秋よりさきのもみちなりける
通釈 つれもなくなりゆく人の言の葉ぞ秋より先の紅葉なりける

歌番号七八九
心地曽己奈部利个留己呂安比之利天侍个留人乃止八天己々知遠己多利天乃知
心地そこなへりけるころあひしりて侍ける人のとはてこゝちをこたりてのち

止不良部利个礼八与美天徒可者之个留    兵衛
とふらへりけれはよみてつかはしける    兵衛

和歌 志天乃山布毛止遠見天曽加部利尓之徒良幾人与利万川己衣之止天
読下 しての山ふもとを見てそかへりにしつらき人よりまつこえしとて
通釈 死出の山麓を見てぞ帰りにしつらき人よりまづ越えじとて

歌番号七九〇
安比之礼利个留人乃也宇也久加礼可多尓奈利个留安飛多尓
あひしれりける人のやうやくかれかたになりけるあひたに

也計多留知乃者尓布美遠左之天川可八世利个留    己万知可安祢
やけたるちのはにふみをさしてつかはせりける    こまちかあね

和歌 時寸幾天可礼由久遠乃々安左地尓八今者思日曽多衣寸毛衣个留
読下 時すきてかれゆくをのゝあさちには今は思ひそたえすもえける
通釈 時過ぎて離れゆく小野の浅茅には今は思ひぞ絶えず燃えける

歌番号七九一
物於毛日个累己呂毛乃部万可利个留美知尓野火乃毛衣个留遠見天与女留  伊勢
物おもひけるころものへまかりけるみちに野火のもえけるを見てよめる  伊勢

和歌 冬可礼乃々部止和可身遠思日世八毛衣天毛春遠万多万之物遠
読下 冬かれのゝへとわか身を思ひせはもえても春をまたまし物を
通釈 冬枯れの野辺と我が身を思ひせば燃えても春を待たましものを

歌番号七九二
題之良寸    止毛乃利
題しらす    とものり

和歌 水乃安和乃幾衣天宇幾身遠以比奈可良流天猶毛多乃万留々哉
読下 水のあわのきえてうき身といひなから流て猶もたのまるゝ哉
通釈 水の泡の消えで憂き身と言ひながら流れてなほも頼まるるかな

歌番号七九三
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 美奈世河有天行水奈久者己曽川為尓和可身遠多衣奴止思八女
読下 みなせ河有て行水なくはこそつゐにわか身をたえぬと思はめ
通釈 水無瀬川ありて行く水なくはこそつひに我が身を絶えぬと思はめ

歌番号七九四
美川祢
みつね

和歌 吉野河与之也人己曽徒良可良女者也久以比天之事八和寸礼之
読下 吉野河よしや人こそつらからめはやくいひてし事はわすれし
通釈 吉野川よしや人こそつらからめ早く言ひてし事は忘れじ

歌番号七九五
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 世中乃人乃心者花曽女乃宇川呂日也寸幾色尓曽安利个留
読下 世中の人の心は花そめのうつろひやすき色にそありける
通釈 世の中の人の心は花染めの移ろひやすき色にぞありける

歌番号七九六
和歌 心己曽宇多天尓久个礼曽女左良八宇川呂不事毛於之可良万之也
読下 心こそうたてにくけれそめさらはうつろふ事もおしからましや
通釈 心こそうたて憎けれ染めざらば移ろふ事も惜しからましや

歌番号七九七
小野小町
小野小町

和歌 色見衣天宇川呂不物八世中乃人乃心乃花尓曽有个留
読下 色見えてうつろふ物は世中の人の心の花にそ有ける
通釈 色見えで移ろふ物は世の中の人の心の花にぞありける

歌番号七九八
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 我能美也世遠宇久日寸止奈幾和日武人乃心乃花止知利奈八
読下 我のみや世をうくひすとなきわひむ人の心の花とちりなは
通釈 我のみや世を鴬と鳴き侘びむ人の心の花と散りなば

歌番号七九九
曽世以法之
そせい法し

和歌 思不止毛加礼南人遠以可々世武安可寸知利奴留花止己曽見女
読下 思ふともかれ南人をいかゝせむあかすちりぬる花とこそ見め
通釈 思ふとも離れなむ人をいかがせむあかず散りぬる花とこそ見め

歌番号八〇〇
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 今者止天君可々礼奈八和可也止乃花遠者飛止利見天也之乃者武
読下 今はとて君かゝれなはわかやとの花をはひとり見てやしのはむ
通釈 今はとて君が離れなば我が宿の花をば一人見てや忍ばむ

歌番号八〇一
武祢由幾乃朝臣
むねゆきの朝臣

和歌 忘草加礼毛也寸留止川礼毛奈幾人乃心尓之毛八遠可奈無
読下 忘草かれもやするとつれもなき人の心にしもはをかなむ
通釈 忘草枯れもやするとつれもなき人の心に霜は置かなむ

歌番号八〇二
寛平御時御屏風尓哥可々世給个留時与美天加幾个留    曽世以法之
寛平御時御屏風に哥かゝせ給ける時よみてかきける    そせい法し

和歌 忘草奈尓遠可多祢止思之八川礼奈幾人乃心奈利个利
読下 忘草なにをかたねと思しはつれなき人の心なりけり
通釈 忘草何をか種と思ひしはつれなき人の心なりけり

歌番号八〇三
題之良寸
題しらす

和歌 秋乃田乃以祢天不事毛加計奈久尓何遠宇之止可人乃可留良武
読下 秋の田のいねてふ事もかけなくに何をうしとか人のかるらむ
通釈 秋の田の稲てふこともかけなくに何を憂しとか人の刈るらむ

歌番号八〇四
幾乃川良由幾
きのつらゆき

和歌 者川可利乃奈幾己曽和多礼世中乃人乃心乃秋之宇个礼八
読下 はつかりのなきこそわたれ世中の人の心の秋しうけれは
通釈 初雁の鳴きこそ渡れ世の中の人の心の秋し憂ければ

歌番号八〇五
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 安者礼止毛宇之止毛物遠思時奈止可涙乃以止奈可留良武
読下 あはれともうしとも物を思時なとか涙のいとなかるらむ
通釈 あはれとも憂しとも物を思ふ時などか涙のいと流るらん

歌番号八〇六
和歌 身遠宇之止思不尓幾衣奴物奈礼者加久天毛部奴留与尓己曽有个礼
読下 身をうしと思ふにきえぬ物なれはかくてもへぬるよにこそ有けれ
通釈 身を憂しと思ふに消えぬ物なればかくても経ぬる世にこそありけれ

歌番号八〇七
典侍藤原直子朝臣
典侍藤原直子朝臣

和歌 安末乃可留毛尓寸武々之乃我可良止祢遠己曽奈可女世遠者宇良見之
読下 あまのかるもにすむゝしの我からとねをこそなかめ世をはうらみし
通釈 海人の刈る藻に住む虫の我からと音をこそ泣かめ世をば恨みじ

歌番号八〇八
以奈波
いなは

和歌 阿比見奴毛宇幾毛和可身乃可良衣思志良寸毛止久留比毛哉
読下 あひ見ぬもうきもわか身のから衣思しらすもとくるひも哉
通釈 あひ見ぬも憂きも我が身の唐衣思ひ知らずも解くる紐かな

歌番号八〇九
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    寸可乃々多々遠武
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    すかのゝたゝをむ

和歌 徒礼奈幾遠今者己飛之止於毛部止毛心与者久毛於川留涙可
読下 つれなきを今はこひしとおもへとも心よはくもおつる涙か
通釈 つれなきを今は恋しと思へども心弱くも落つる涙か

歌番号八一〇
題之良寸    伊勢
題しらす    伊勢

和歌 人之礼寸多衣奈末之可八和飛川々毛奈幾名曽止多尓以者万之毛乃遠
読下 人しれすたえなましかはわひつゝもなき名そとたにいはましものを
通釈 人知れず絶えなましかば侘びつつも無き名ぞとだに言はましものを

歌番号八一一
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 曽礼遠多尓思事止天和可也止遠見幾止奈以日曽人乃幾可久尓
読下 それをたに思事とてわかやとを見きとないひそ人のきかくに
通釈 それをだに思ふ事とて我が宿を見きとな言ひそ人の聞かくに

歌番号八一二
和歌 逢事乃毛八良多衣奴留時尓己曽人乃己比之幾己止毛之利个礼
読下 逢事のもはらたえぬる時にこそ人のこひしきこともしりけれ
通釈 逢ふことのもはら絶えぬる時にこそ人の恋しき事も知りけれ

歌番号八一三
和歌 和比者川留時左部物乃悲幾八伊川己遠之乃不涙奈留良武
読下 わひはつる時さへ物の悲きはいつこをしのふ涙なるらむ
通釈 侘び果つる時さへ物の悲しきはいづこを忍ぶ涙なるらむ

歌番号八一四
藤原於幾可世
藤原おきかせ

和歌 怨天毛奈幾天毛以者武方曽奈幾加々美尓見由留影奈良寸之天
読下 怨てもなきてもいはむ方そなきかゝみに見ゆる影ならすして
通釈 恨みても泣きても言はむ方ぞなき鏡に見ゆる影ならずして

歌番号八一五
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 夕左礼者人奈幾止己遠打者良日奈个可武多女止奈礼留和可三可
読下 夕されは人なきとこを打はらひなけかむためとなれるわかみか
通釈 夕されば人なき床をうち払ひ嘆かむためとなれる我が身か

歌番号八一六
和歌 和多川美乃和可身己寸浪立返利安万乃寸武天不宇良美川留哉
読下 わたつみのわか身こす浪立返りあまのすむてふうらみつる哉
通釈 わたつみの我が身越す浪立ち返り海人の住むてふ浦見つるかな

歌番号八一七
和歌 安良遠田遠安良寸幾可部之/\天毛人乃心遠見天己曽也万女
読下 あらを田をあらすきかへし/\ても人の心を見てこそやまめ
通釈 新小田を粗すき返し返しても人の心を見てこそやまめ

歌番号八一八
和歌 有曽海乃浜乃末左己止多乃女之八忘留事乃加寸尓曽有个留
読下 有そ海の浜のまさことたのめしは忘る事のかすにそ有ける
通釈 有磯海の浜の真砂と頼めしは忘るる事の数にぞありける

歌番号八一九
和歌 葦辺与利雲井遠左之天行雁乃以也止遠左可留和可身加奈之毛
読下 葦辺より雲井をさして行雁のいやとをさかるわか身かなしも
通釈 葦辺より雲居をさして行く雁のいや遠ざかる我が身悲しも

歌番号八二〇
和歌 志久礼天々毛美川留与利毛事乃者乃心乃秋尓安不曽和日之幾
読下 しくれつゝもみつるよりも事のはの心の秋にあふそわひしき
通釈 時雨れつつもみづるよりも言の葉の心の秋に逢ふぞ侘びしき

歌番号八二一
和歌 秋風乃布幾止布幾奴留武左之乃八奈部天草八乃色可八利个利
読下 秋風のふきとふきぬるむさしのはなへて草はの色かはりけり
通釈 秋風の吹きと吹きぬる武蔵野はなべて草葉の色変はりけり

歌番号八二二
小町
小町

和歌 安幾可世尓安不堂乃美己曽加奈之个礼和可身武奈之久奈利奴止思部八
読下 あきかせにあふたのみこそかなしけれわか身むなしくなりぬと思へは
通釈 秋風にあふ田の実こそ悲しけれ我が身むなしくなりぬと思へば

歌番号八二三
平貞文
平貞文

和歌 秋風乃吹宇良可部寸久寸乃八乃宇良美天毛猶宇良女之幾哉
読下 秋風の吹うらかへすくすのはのうらみても猶うらめしき哉
通釈 秋風の吹き裏返す葛の葉のうらみてもなほ恨めしきかな

歌番号八二四
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 安幾止以部者与曽尓曽幾々之安多人乃我遠布留世留名尓己曽有个礼
読下 あきといへはよそにそきゝしあた人の我をふるせる名にこそ有けれ
通釈 秋と言へばよそにぞ聞きしあだ人の我を古せる名にこそありけれ

歌番号八二五
和歌 和寸良累々身遠宇地者之乃中多衣天人毛可与八奴年曽部尓个留
読下 わすらるゝ身をうちはしの中たえて人もかよはぬ年そへにける
通釈 忘らるる身を宇治橋の中絶えて人も通はぬ年ぞ経にける

歌番号八二六
又八己奈多可奈多尓人毛可与八寸    坂上己礼乃利
又はこなたかなたに人もかよはす    坂上これのり

和歌 安不事遠奈可良乃者之乃奈可良部天己日渡万尓年曽部尓个留
読下 あふ事をなからのはしのなからへてこひ渡まに年そへにける
通釈 逢ふことを長柄の橋のながらへて恋ひわたる間に年ぞ経にける

歌番号八二七
止毛乃利
とものり

和歌 宇幾奈可良遣奴累安和止毛奈利奈々武流天止多尓太乃万礼奴身八
読下 うきなからけぬるあわともなりなゝむ流てとたにたのまれぬ身は
通釈 浮きながら消ぬる泡ともなりななむ流れてとだに頼まれぬ身は

歌番号八二八
読人之良寸
読人しらす

和歌 流天者妹背乃山乃奈可尓於川累与之乃々河乃也之也世中
読下 流ては妹背の山のなかにおつるよしのゝ河のよしや世中
通釈 流れては妹背の山の中に落つる吉野の河のよしや世の中

廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認 古今和歌集巻第十六及び巻第十七

$
0
0
廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認
-藤原定家筆 古今和歌集 字母研究を使ってー
古今和歌集巻第十六及び巻第十七



古今和歌集巻第十六
哀傷哥

歌番号八二九
以毛宇止乃身万可利个留時与見个留    小野堂可武良乃朝臣
いもうとの身まかりける時よみける    小野たかむらの朝臣

和歌 奈久涙雨止布良武和多利河水万佐利奈八加部利久留可仁
読下 なく涙雨とふらむわたり河水まさりなはかへりくるかに
通釈 泣く涙雨と降らなん渡河水まさりなば帰り来るがに

歌番号八三〇
佐幾乃於保幾於本以万宇知幾美遠志良可八乃之由也安多利尓
さきのおほきおほいまうちきみをしらかはの之由也あたりに

遠久利个留夜与女留    曽世以法之
をくりける夜よめる    そせい法し

和歌 知乃涙於知天曽堂幾川白河者君可世万天乃名尓己曽有个礼
読下 ちの涙おちてそたきつ白河は君か世まての名にこそ有けれ
通釈 血の涙落ちてぞたぎつ白河は君が世までの名にこそありけれ

歌番号八三一
保利加者乃於保幾於本以末宇知君身万可利尓个留時尓深草乃山尓
ほりかはのおほきおほいまうち君身まかりにける時に深草の山に

於左女天个留乃知尓与三个留    僧都勝延
おさめてけるのちによみける    僧都勝延

和歌 空蝉者加良遠見川々毛奈久左女徒深草乃山煙多尓多天
読下 空蝉はからを見つゝもなくさめつ深草の山煙たにたて
通釈 空蝉はか殻を見つつも慰めつ深草の山煙だに立て

歌番号八三二
加武川計乃美祢遠
かむつけのみねを

和歌 布可久左乃々部乃桜之心安良八己止之許八寸美曽女尓左計
読下 ふかくさのゝへの桜し心あらはことし許はすみそめにさけ
通釈 深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染に咲け

歌番号八三三
藤原敏行朝臣乃身万可利尓个留時尓与美天加乃家尓川可八之个留  幾乃止毛乃利
藤原敏行朝臣の身まかりにける時によみてかの家につかはしける  きのとものり

和歌 祢天毛見由祢天毛見衣个利於保可多者空蝉乃世曽夢尓八有个留
読下 ねても見ゆねても見えけりおほかたは空蝉の世そ夢には有ける
通釈 寝ても見ゆ寝でも見えけりおほかたはうつせみの世ぞ夢にはありける

歌番号八三四
安比之乃利个留人乃身万可利尓个礼八与女留    紀川良由幾
あひしれりける人の身まかりにけれはよめる    紀つらゆき

和歌 夢止己曽以布部可利个礼世中尓右川々安留物止思个留哉
読下 夢とこそいふへかりけれ世中にうつゝある物と思ける哉
通釈 夢とこそ言ふべかりけれ世の中にうつつある物と思ひけるかな

歌番号八三五
安日之礼利遣累人乃美満可利尓个留時尓与女留    美不乃多々美祢
あひしれりける人のみまかりにける時によめる    みふのたゝみね

和歌 奴累可宇知尓見留遠乃美也八夢止以者武者可奈幾世遠毛宇川々止者見寸
読下 ぬるかうちに見るをのみやは夢といはむはかなき世をもうつゝとは見す
通釈 寝るがうちに見るをのみやは夢と言はむはかなき世をもうつつとは見ず

歌番号八三六
安祢乃身万可利尓个留時尓与女留
あねの身まかりにける時によめる

和歌 勢遠世計者布知止奈利天毛与止美个利和可礼遠止武留之可良美曽奈幾
読下 せをせけはふちとなりてもよとみけりわかれをとむるしからみそなき
通釈 瀬を塞けば淵となりても淀みけり別れを止むるしがらみぞなき

歌番号八三七
藤原忠房可武可之安日之里天侍个留人乃身万可利尓个留時尓
藤原忠房かむかしあひしりて侍ける人の身まかりにける時に

止不良日尓川可八寸止天与女留    閑院
とふらひにつかはすとてよめる    閑院

和歌 佐幾多々奴久日乃也知多日加奈之幾者奈可留々水乃加部利己奴也
読下 さきたゝぬくひのやちたひかなしきはなかるゝ水のかへりこぬ也
通釈 先立たぬ悔いの八千たび悲しきは流るる水の帰り来ぬなり

歌番号八三八
幾乃止毛乃利可身万可利尓个留時与女留    徒良由幾
きのとものりか身まかりにける時よめる    つらゆき

和歌 安寸之良奴和可身止於毛部止久礼奴万乃个不八人己曽加奈之加利个礼
読下 あすしらぬわか身とおもへとくれぬまのけふは人こそかなしかりけれ
通釈 明日知らぬ我が身と思へど暮れぬ間の今日は人こそ悲しかりけれ

歌番号八三九
堂々見祢
たゝみね

和歌 時之毛安礼秋也者人乃和可留部幾安留遠見留多尓己日之幾毛乃遠
読下 時しもあれ秋やは人のわかるへきあるを見るたにこひしきものを
通釈 時しもあれ秋やは人の別るべきあるを見るだに恋しきものを

歌番号八四〇
者々可於毛比尓天与女留    凡河内美川祢
はゝかおもひにてよめる    凡河内みつね

和歌 神奈月時雨尓奴留々毛美知八々多々和比人乃多毛止奈利个利
読下 神な月時雨にぬるゝもみちはゝたゝわひ人のたもとなりけり
通釈 神無月時雨に濡るるもみぢ葉はただ侘び人の袂なりけり

歌番号八四一
知々可於毛比尓天与女留    多々見祢
ちゝかおもひにてよめる    たゝみね

和歌 布知衣者川累々以止者和比人乃涙乃玉乃遠止曽奈利个留
読下 ふち衣はつるゝいとはわひ人の涙の玉のをとそなりける
通釈 藤衣はつるる糸は侘び人の涙の玉の緒とぞなりける

歌番号八四二
於毛比尓侍个留止之乃秋山天良部万可利个留美知尓天与女留    徒良由幾
おもひに侍けるとしの秋山てらへまかりけるみちにてよめる    つらゆき

和歌 安左露乃於久天乃山田加利曽女尓宇幾世中遠思日奴留哉
読下 あさ露のおくての山田かりそめにうき世中を思ひぬる哉
通釈 朝露のおくての山田かりそめに憂き世の中を思ひぬるかな

歌番号八四三
於毛比尓侍个留人遠止不良日尓万可利天与女留    堂々三祢
おもひに侍ける人をとふらひにまかりてよめる    たゝみね

和歌 寸美曽女乃君可多毛止者雲奈礼也多衣寸涙乃雨止乃美不留
読下 すみそめの君かたもとは雲なれやたえす涙の雨とのみふる
通釈 墨染の君が袂は雲なれや絶えず涙の雨とのみ降る

歌番号八四四
女乃於也乃於毛日尓天山天良尓侍个留遠安留人乃
女のおやのおもひにて山てらに侍けるをある人の

止不良比川可八世利个礼八返事尓与女累    与美人之良寸
とふらひつかはせりけれは返事によめる    よみ人しらす

和歌 安之比幾乃山部尓今八寸三曽女乃衣乃袖者飛留時毛奈之
読下 あしひきの山へに今はすみそめの衣の袖はひる時もなし
通釈 あしひきの山辺に今は墨染の衣の袖は干る時もなし

歌番号八四五
諒闇乃年池乃保止利乃花遠見天与女留    堂可武良乃朝臣
諒闇の年池のほとりの花を見てよめる    たかむらの朝臣

和歌 水乃於毛尓志川久花乃色左也可尓毛君可美可个乃於毛本由留哉
読下 水のおもにしつく花の色さやかにも君かみかけのおもほゆる哉
通釈 水の面にしづく花の色さやかにも君がみ影の思ほゆるかな

歌番号八四六
深草乃美可止乃御国忌乃日与女留    文屋也寸比天
深草のみかとの御国忌の日よめる    文屋やすひて

和歌 草布可幾霞乃谷尓影可久之天留日乃久礼之个不尓也八安良奴
読下 草ふかき霞の谷に影かくしてるひのくれしけふにやはあらぬ
通釈 草深き霞の谷に影隠し照る日の暮れし今日にやはあらぬ

歌番号八四七
布可久左乃美可止乃御時尓蔵人頭尓天与留比留奈礼川可宇万川利个留遠
ふかくさのみかとの御時に蔵人頭にてよるひるなれつかうまつりけるを

諒闇尓奈利尓个礼者佐良尓世尓毛末之良寸之天比衣乃山尓乃本利天
諒闇になりにけれはさらに世にもましらすしてひえの山にのほりて

加之良於呂之天个利曽乃又乃止之美奈比止御布久奴幾天安留者加宇不利多万者利奈止
かしらおろしてけりその又のとしみなひと御ふくぬきてあるはかうふりたまはりなと

与呂己比个留遠幾々天与女留    僧正偏昭
よろこひけるをきゝてよめる    僧正偏昭

和歌 美奈人者花乃衣尓奈利奴奈利己計乃多毛止与加者幾多尓世与
読下 みな人は花の衣になりぬなりこけのたもとよかはきたにせよ
通釈 みな人は花の衣になりぬなり苔の袂よ乾きだにせよ

歌番号八四八
河原乃於保以末宇知幾三乃身万可利天乃秋加乃家乃保止利遠万可利个留尓毛美知乃以呂
河原のおほいまうちきみの身まかりての秋かの家のほとりをまかりけるにもみちのいろ

末多布可久毛奈良左利个留遠見天与美天以礼多利个留   近院右乃於保以末宇知幾三
またふかくもならさりけるを見てよみていれたりける   近院右のおほいまうちきみ

和歌 宇知川个尓左比之久毛安留可毛美知八者奴之奈幾也止者色奈可利个利
読下 うちつけにさひしくもあるかもみちはもぬしなきやとは色なかりけり
通釈 うちつけに寂しくもあるかもみぢ葉も主なき宿は色なかりけり

歌番号八四九
藤原堂可川祢乃朝臣乃身万可利天乃又乃止之乃夏保止々幾須乃
藤原たかつねの朝臣の身まかりての又のとしの夏ほとゝきすの

奈幾个留遠幾々天与女留    徒良由幾
なきけるをきゝてよめる    つらゆき

和歌 郭公計左奈久己恵尓於止呂計者君遠別之時尓曽安利个留
読下 郭公けさなくこゑにおとろけは君を別し時にそありける
通釈 郭公今朝鳴く声におどろけば君を別れし時にぞありける

歌番号八五〇
佐久良遠宇部天安利个留尓也宇也久花左幾奴部幾時尓加乃雨部个留人
さくらをうへてありけるにやうやく花さきぬへき時にかのうへける人

身万可利尓个礼八曽乃花遠見天与女留    幾乃毛知由幾
身まかりにけれはその花を見てよめる    きのもちゆき

和歌 花与利毛人己曽安多尓奈利尓个礼以川礼遠左幾尓己比武止可見之
読下 花よりも人こそあたになりにけれいつれをさきにこひむとか見し
通釈 花よりも人こそあだになりにけれいづれを先に恋ひむとか見し

歌番号八五一
安留之身万可利尓个留人乃家乃梅花遠見天与女累    徒良由幾
あるし身まかりにける人の家の梅花を見てよめる    つらゆき

和歌 色毛加毛昔乃己左尓々保部止毛宇部个武人乃影曽己日之幾
読下 色もかも昔のこさにゝほへともうへけむ人の影そこひしき
通釈 色も香も昔の濃さに匂へども植ゑけむ人の影ぞ恋しき

歌番号八五二
河原乃左乃於保以末宇知幾三乃身万可利天乃々知加乃家尓万可利天安利个留
河原の左のおほいまうちきみの身まかりてのゝちかの家にまかりてありける

尓志本可万止以不所乃左末遠徒久礼利个留遠見天与女留
にしほかもといふ所のさまをつくれりけるを見てよめる

和歌 君万左天煙多衣尓之々保可万乃浦左日之久毛見衣渡可奈
読下 君まさて煙たえにしゝほかまの浦さひしくも見え渡かな
通釈 君まさで煙絶えにし塩釜の浦寂しくも見えわたるかな

歌番号八五三
藤原乃止之毛止乃朝臣乃右近中将尓天寸三侍个留佐宇之乃身万可利天乃知
藤原のとしもとの朝臣の右近中将にてすみ侍けるさうしの身まかりてのち

人毛寸万寸奈利尓个留遠秋乃夜不个天毛乃与利末宇天幾个累徒以天尓
人もすますなりにけるを秋の夜ふけてものよりまうてきけるついてに

見以礼个礼者毛止安利之世无左以毛以止之个久安礼多利个留遠見天者也久
見いれけれはもとありしせんさいもいとしけくあれたりけるを見てはやく

曽己尓侍个礼者武可之遠思也利天与美个留    美八留乃安利寸計
そこに侍けれはむかしを思やりてよみける    みはるのありすけ

和歌 幾美可宇部之比止武良寸々幾虫乃祢乃志个幾乃部止毛奈利尓个留哉
読下 きみかうへしひとむらすゝき虫のねのしけきのへともなりにける哉
通釈 君が植ゑし一群薄虫の音のしげき野辺ともなりにけるかな

歌番号八五四
己礼多可乃美己乃知々乃侍利个武時尓与女利个武宇多止毛止己比个礼者
これたかのみこのちゝの侍りけむ時によめりけむうたともとこひけれは

加幾天遠久利个留於久尓与美天可个利个留    止毛乃利
かきてをくりけるおくによみてかけりける    とものり

和歌 己止奈良八事乃波左部毛幾衣奈々武見礼者涙乃多幾万佐利个利
読下 ことならは事のはさへもきえなゝむ見れは涙のたきまさりけり
通釈 ことならば言の葉さへも消えななむ見れば涙のたぎまさりけり

歌番号八五五
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 奈幾人乃也止尓加与者々郭公加計天祢尓乃美奈久止川个奈武
読下 なき人のやとにかよはゝ郭公かけてねにのみなくとつけなむ
通釈 なき人の宿に通はば郭公かけて音にのみ鳴くと告げなん

歌番号八五六
和歌 誰見与止花左个留覧白雲乃多川乃止者也久奈利尓之物遠
読下 誰見よと花さける覧白雲のたつのとはやくなりにし物を
通釈 誰れ見よと花咲けるらん白雲の立つ野と早くなりにしものを

歌番号八五七
式部卿乃美己閑院乃五乃美己尓寸見和多利个留遠以久者久毛安良天
式部卿のみこ閑院の五のみこにすみわたりけるをいくはくもあらて

女美己乃身万可利尓个留時尓加乃美己寸見个留帳乃可多比良乃飛毛尓
女みこの身まかりにける時にかのみこすみける帳のかたひらのひもに

布三遠由比川計多利个留遠止利天見礼者武可之乃天尓天己乃宇多遠奈武
ふみをゆひつけたりけるをとりて見れはむかしのてにてこのうたをなむ

加幾川个多利个留
かきつけたりける

和歌 加寸/\尓我遠和寸礼奴物奈良八山乃霞遠安八礼止者見与
読下 かす/\に我をわすれぬ物ならは山の霞をあはれとは見よ
通釈 かずかずに我を忘れぬものならば山の霞をあはれとは見よ

歌番号八五八
於止己乃人乃久尓々万可礼利个留万尓女尓者可尓也万日遠之天
おとこの人のくにゝまかれりけるまに女にはかにやまひをして

以止与者久奈利尓个留時与三遠幾天身万可利尓个留    与美人之良寸
いとよはくなりにける時よみをきて身まかりにける    よみ人しらす

和歌 己恵遠多尓幾可天和可留々太万与利毛奈幾止己尓祢武君曽可奈之幾
読下 こゑをたにきかてわかるゝたまよりもなきとこにねむ君そかなしき
通釈 声をだに聞かで別るる魂よりもなき床に寝む君ぞ悲しき

歌番号八五九
也末比尓和川良日侍个留秋心地乃多乃毛之計奈久於保衣个礼盤与美天
やまひにわつらひ侍ける秋心地のたのもしけなくおほえけれはよみて

人乃毛止尓川可八之个留    大江千里
人のもとにつかはしける    大江千里

和歌 毛美知者遠風尓万可世天見留与利毛者可奈幾物八伊乃知奈利个利
読下 もみちはを風にまかせて見るよりもはかなき物はいのちなりけり
通釈 もみぢ葉を風にまかせて見るよりもはかなき物は命なりけり

歌番号八六〇
身万可利奈武止天与女留    藤原己礼毛止
身まかりなむとてよめる    藤原これもと

和歌 徒由遠奈止安多奈留物止思个武和可身毛草尓遠可奴許遠
読下 つゆをなとあたなる物と思けむわか身も草にをかぬ許を
通釈 露をなどあだなる物と思ひけむ我が身も草に置かぬばかりを

歌番号八六一
也末日之天与者久奈利尓个留時与女留    奈利比良乃朝臣
やまひしてよはくなりにける時よめる    なりひらの朝臣

和歌 徒為尓由久美知止者可祢天幾々之可止幾乃不个不止八於毛者左利之遠
読下 つゐにゆくみちとはかねてきゝしかときのふけふとはおもはさりしを
通釈 つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを

歌番号八六二
加飛乃久尓々安比之利天侍个留人止不良者武止天万可利个留遠美知中尓天
かひのくにゝあひしりて侍ける人とふらはむとてまかりけるをみち中にて

尓者可尓也万日遠之天以末/\止奈利尓个礼八与美天京尓毛天万可利天
にはかにやまひをしていま/\となりにけれはよみて京にもてまかりて

母尓見世与止以比天人尓川計侍个留宇多    在原之計者累
母に見せよといひて人につけ侍けるうた    在原しけはる

和歌 加利曽免乃由幾可比知止曽思己之今八加幾利乃加止天奈利个利
読下 かりそめのゆきかひちとそ思こし今はかきりのかとてなりけり
通釈 かりそめの行きかひ路とぞ思ひ来し今は限りの門出なりけり



古今和歌集巻第十七
雑哥上

歌番号八六三
題之良寸        与三人之良寸
題しらす        よみ人しらす

和歌 和可宇部尓露曽遠久奈留安万乃河止和多留舟乃加以乃志徒久可
読下 わかうへに露そをくなるあまの河とわたる舟のかいのしつくか
通釈 我が上に露ぞ置くなる天の河門わたる舟の櫂の雫か

歌番号八六四
和歌 思不止知万止為世留夜者唐錦多々万久於之幾物尓曽安利遣留
読下 思ふとちまとゐせる夜は唐錦たゝまくおしき物にそありける
通釈 思ふどち円居せる夜は唐錦たたまく惜しきものにぞありける

歌番号八六五
和歌 宇礼之幾遠奈尓々川々末武唐衣多毛止由多可尓多天止以者万之遠
読下 うれしきをなにゝつゝまむ唐衣たもとゆたかにたてといはましを
通釈 うれしきを何に包まむ唐衣袂豊かに裁てと言はましを

歌番号八六六
和歌 限奈幾君可多女尓止於累花者止幾之毛和可奴物尓曽有个留
読下 限なき君かためにとおる花はときしもわかぬ物にそ有ける
通釈 限りなき君がためにと折る花は時しも分かぬ物にぞありける

安留人乃以者久己乃哥者左幾乃於本以末宇知君乃也
ある人のいはくこの哥はさきのおほいまうち君の也

歌番号八六七
和歌 紫乃飛止毛止由部尓武左之乃々草者美奈可良安者礼止曽見留
読下 紫のひともとゆへにむさしのゝ草はみなからあはれとそ見る
通釈 紫の一本ゆゑに武蔵野の草は見ながらあはれとぞ見る

歌番号八六八
女乃於止宇止遠毛天侍个留人尓宇部乃幾奴遠々久留止天
めのおとうとをもて侍ける人にうへのきぬをゝくるとて

与美天也利个留    奈利比良乃朝臣
よみてやりける    なりひらの朝臣

和歌 紫乃色己幾時者女毛者留尓野奈留草木曽和可礼左利个留
読下 紫の色こき時はめもはるに野なる草木そわかれさりける
通釈 紫の色濃き時は目もはるに野なる草木ぞ別れざりける

歌番号八六九
大納言布知八良乃久尓川祢乃朝臣乃宰相与利中納言尓奈利个留時
大納言ふちはらのくにつねの朝臣の宰相より中納言になりける時

曽女奴宇部乃幾奴安也遠々久留止天与女留    近院右乃於保以末宇知幾三
そめぬうへのきぬあやをゝくるとてよめる    近院右のおほいまうちきみ

和歌 色奈之止人也見留覧昔与利布可幾心尓曽女天之毛乃遠
読下 色なしと人や見る覧昔よりふかき心にそめてしものを
通釈 色なしと人や見るらむ昔より深き心に染めてしもおのを

歌番号八七〇
以曽乃可美乃奈武末川可宮徒可部毛世天以曽乃神止以不所尓
いそのかみのなむまつか宮つかへもせていその神といふ所に

己毛利侍个留遠尓者可尓加宇不利多末者礼利个礼者与呂己日以日
こもり侍けるをにはかにかうふりたまはれりけれはよろこひいひ

川可者寸止天与三天川可八之个留    布留乃以万美知
つかはすとてよみてつかはしける    ふるのいまみち

和歌 日乃飛可利也布之和可祢八伊曽乃神布利尓之佐止尓花毛左幾个利
読下 日のひかりやふしわかねはいその神ふりにしさとに花もさきけり
通釈 日の光薮し分かねば石上古りにし里に花も咲きけり

歌番号八七一
二条乃幾左幾乃末多東宮乃美也寸无止己呂止申个留時尓
二条のきさきのまた東宮のみやすんところと申ける時に

於保者良乃尓末宇天多万日个留日与女留    奈利比良乃朝臣
おほはらのにまうてたまひける日よめる    なりひらの朝臣

和歌 於保者良也遠之保乃山毛遣布己曽八神世乃事毛思以川良免
読下 おほはらやをしほの山もけふこそは神世の事も思いつらめ
通釈 大原や小塩の山も今日こそは神世の事も思ひ出づらめ

歌番号八七二
五節乃末比々女遠見天与女留    与之三祢乃武祢左多
五節のまひゝめを見てよめる    よしみねのむねさた

和歌 安満川可世雲乃可与日知吹止知与遠止免乃寸可多志波之止々女武
読下 あまつかせ雲のかよひち吹とちよをとめのすかたしはしとゝめむ
通釈 天つ風雲の通路吹き閉ぢよ乙女の姿しばし留めむ

歌番号八七三
五世知乃安之多尓加武左之乃多万能於知多利个留遠見天
五せちのあしたにかむさしのたまのおちたりけるを見て

堂可奈良武止々不良日天与女留    河原乃左乃於保以末宇知幾三
たかならむとゝふらひてよめる    河原の左のおほいまうちきみ

和歌 奴之也堂礼止部止志良玉以者奈久尓佐良者奈部天也安者礼止於毛八武
読下 ぬしやたれとへとしら玉いはなくにさらはなへてやあはれとおもはむ
通釈 主や誰れ問へど白玉言はなくにさらばなべてやあはれと思はむ

歌番号八七四
寛平御時宇部乃左不良飛尓侍个留遠乃己止毛加免遠毛多世天幾左以乃宮乃御方尓
寛平御時うへのさふらひに侍けるをのこともかめをもたせてきさいの宮の御方に

於保美幾乃於呂之止起己衣尓多天万川利多利个留遠久良人止毛和良日天加女遠
おほみきのおろしときこえにたてまつりたりけるをくら人ともわらひてかめを

於末部尓毛天以天々止毛可久毛以者寸奈利尓个礼者徒可日乃加部利幾天左奈武
おまへにもていてゝともかくもいはすなりにけれはつかひのかへりきてさなむ

安利川留止以日个礼八久良人能奈可尓遠久利个留    止之由幾乃朝臣
ありつるといひけれはくら人のなかにをくりける    としゆきの朝臣

和歌 玉堂礼乃己可免也以川良己与呂幾乃以曽乃浪和計於幾尓以天二个利
読下 玉たれのこかめやいつらこよろきのいその浪わけおきにいてにけり
通釈 玉垂れの小瓶やいづらこよろぎの磯の浪分け沖に出でにけり

歌番号八七五
女止毛乃見天和良日个礼者与女留    遣武个以本宇之
女ともの見てわらひけれはよめる    けむけいほうし

和歌 加多知己曽美山可久礼乃久知木奈礼心者花尓奈左八奈利奈武
読下 かたちこそみ山かくれのくち木なれ心は花になさはなりなむ
通釈 かたちこそ深山隠れの朽木なれ心は花になさばなりなん

歌番号八七六
方堂可部尓人乃家尓万可礼利个留時尓安留之乃幾奴遠幾世多利个留遠
方たかへに人の家にまかれりける時にあるしのきぬをきせたりけるを

安之多尓加部寸止天与美个留    幾乃止毛乃利
あしたにかへすとてよみける    きのとものり

和歌 蝉乃者乃与留乃衣者宇寸个礼止宇川利加己久毛尓保日奴留哉
読下 蝉のはのよるの衣はうすけれとうつりかこくもにほひぬる哉
通釈 蝉の羽の夜の衣は薄けれど移り香濃くも匂ひぬるかな

歌番号八七七
題之良寸    与美人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 遠曽久以徒累月尓毛安留哉葦引乃山乃安奈多毛於之武部良也
読下 をそくいつる月にもある哉葦引の山のあなたもおしむへら也
通釈 遅く出づる月にもあるかなあしひきの山のあなたも惜しむべらなり

歌番号八七八
和歌 和可心奈久佐女加祢川佐良之奈也遠者寸天山尓天留月遠見天
読下 わか心なくさめかねつさらしなやをはすて山にてる月を見て
通釈 我が心慰さめかねつ更級や姨捨山に照る月を見て

歌番号八七九
奈利比良乃朝臣
なりひらの朝臣

和歌 於保可多者月遠毛女天之己礼曽己乃徒毛礼八人乃於以止奈留毛乃
読下 おほかたは月をもめてしこれそこのつもれは人のおいとなるもの
通釈 おほかたは月をも賞でじこれぞこの積もれば人の老いとなるもの

歌番号八八〇
月於毛之呂之止天凡河内躬恒可末宇天幾多利个留尓与女留    幾乃川良由幾
月おもしろしとて凡河内躬恒かまうてきたりけるによめる    きのつらゆき

和歌 加徒見礼盤宇止久毛安留哉月影乃以多良奴左止毛安良之止思部八
読下 かつ見れはうとくもある哉月影のいたらぬさともあらしと思へは
通釈 かつ見れば疎くもあるかな月影のいたらぬ里もあらじと思へば

歌番号八八一
池尓月乃見衣个留遠与免留
池に月の見えけるをよめる

和歌 布多川奈幾物止思之遠美奈曽己尓山乃者奈良天以川留月可遣
読下 ふたつなき物と思しをみなそこに山のはならていつる月かけ
通釈 二つなき物と思ひしを水底に山の端ならで出づる月影

歌番号八八二
題之良須    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 安満乃河雲乃美於尓天者也个礼者飛可利止々女寸月曽奈可留々
読下 あまの河雲のみおにてはやけれはひかりとゝめす月そなかるゝ
通釈 天の河雲の水脈にて早ければ光留めず月ぞ流るる

歌番号八八三
和歌 阿可寸之天月能加久留々山本八安奈多於毛天曽己日之可利个留
読下 あかすして月のかくるゝ山本はあなたおもてそこひしかりける
通釈 あかずして月の隠るる山本はあなたおもてぞ恋しかりける

歌番号八八四
己礼堂可乃美己乃加利之个留止毛尓末可利天也止利尓可部利天夜比止与
これたかのみこのかりしけるともにまかりてやとりにかへりて夜ひとよ

左个遠乃美物可多利遠之个留尓十一日乃月毛加久礼奈武止之个留於利尓
さけをのみ物かたりをしけるに十一日の月もかくれなむとしけるをりに

美己恵日天宇知部以里奈武止之个礼八与三侍个留    奈利比良乃朝臣
みこゑひてうちへいりなむとしけれはよみ侍ける    なりひらの朝臣

和歌 安可那久尓末多幾毛月乃加久留々可山乃者尓个天以礼寸毛安良奈武
読下 あかなくにまたきも月のかくるゝか山のはにけていれすもあらなむ
通釈 あかなくにまだきも月の隠るるか山の端逃げて入れずもあらなむ

歌番号八八五
田武良乃美可止乃御時尓斎院尓侍个留安幾良計以己乃美己遠
田むらのみかとの御時に斎院に侍けるあきらけいこのみこを

者々安也万知安利止以比天斎院遠加部良礼武止之个留遠
はゝあやまちありといひて斎院をかへられむとしけるを

曽乃己止也見尓个礼八与女留    安万敬信
そのことやみにけれはよめる    あま敬信

和歌 於保曽良遠帝里由久月之幾与个礼者雲加久世止毛飛可利遣奈久尓
読下 おほそらをてりゆく月しきよけれは雲かくせともひかりけなくに
通釈 大空を照り行く月し清ければ雲隠せども光消なくに

歌番号八八六
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 以曽乃神布累可良遠乃々毛止可之波本乃心者和寸良礼奈久尓
読下 いその神ふるからをのゝもとかしは本の心はわすられなくに
通釈 石上ふるから小野のもと柏本の心は忘られなくに

歌番号八八七
和歌 伊尓之部乃野中乃志水奴留个礼止本乃心遠志留人曽久武
読下 いにしへの野中のし水ぬるけれと本の心をしる人そくむ
通釈 いにしへの野中の清水ぬるけれど本の心を知る人ぞ汲む

歌番号八八八
和歌 以仁志部能志徒乃遠多末幾以也之幾毛与幾毛左可利八有之物也
読下 いにしへのしつのをたまきいやしきもよきもさかりは有し物也
通釈 いにしへの倭文の苧環卑しきも良きも盛りはありしものなり

歌番号八八九
和歌 今己曽安礼我毛昔者於止己山左可由久時毛有己之毛乃遠
読下 今こそあれ我も昔はおとこ山さかゆく時も有こしものを
通釈 今こそあれ我も昔は男山栄行く時もありこしものを

歌番号八九〇
和歌 世中尓布利奴留物者徒乃久尓乃奈可良乃波之乃我止奈利个利
読下 世中にふりぬる物はつのくにのなからのはしと我となりけり
通釈 世の中にふりぬる物は津国の長柄の橋と我となりけり

歌番号八九一
和歌 佐々乃者尓布利川武雪乃宇礼遠々毛美本久多知由久和可左可利者毛
読下 さゝのはにふりつむ雪のうれをゝもみ本くたちゆくわかさかりはも
通釈 笹の葉に降り積む雪の末を重み本くたち行く我が盛りはも

歌番号八九二
和歌 於保安良幾乃毛利乃志多草於以奴礼者駒毛寸左女寸加留人毛奈之
読下 おほあらきのもりのした草おいぬれは駒もすさめすかる人もなし
通釈 大荒木の森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし

又八左久良安左乃遠不乃之多久左於以奴礼八
又はさくらあさのをふのしたくさおいぬれは

歌番号八九三
和歌 加曽布礼者止万良奴物遠年止以日天己止之者以多久於以曽之尓个留
読下 かそふれはとまらぬ物を年といひてことしはいたくおいそしにける
通釈 数ふれば止まらぬものを年と言ひて今年はいたく老いぞしにける

歌番号八九四
和歌 遠之天留也奈尓八乃水尓也久之本乃加良久毛我者於以尓个留哉
読下 をしてるやなにはの水にやくしほのからくも我はおいにける哉
通釈 おしてるや難波の水にやく塩のからくも我は老いにけるかな

又者於本止毛乃美川乃者万部尓
又はおほとものみつのはまへに

歌番号八九五
和歌 於以良久乃己武止志利世八加止佐之天奈之止己多部天安者左良万之遠
読下 おいらくのこむとしりせはかとさしてなしとこたへてあはさらましを
通釈 老いらくの来むと知りせば門さしてなしと答へて逢はざらましを

己乃美川乃哥八昔安利个留美多利乃於幾奈乃与女留止奈武
このみつの哥は昔ありけるみたりのおきなのよめるとなむ

歌番号八九六
和歌 佐可左満尓年毛由可奈武止利毛安部寸々久留与者日也止毛尓加部留止
読下 さかさまに年もゆかなむとりもあへすゝくるよはひやともにかへると
通釈 さかさまに年も行かなん取りもあへず過ぐる齢やともに帰ると

歌番号八九七
和歌 止利止武累物尓之安良祢八年月遠安八礼安奈宇止寸久之川留哉
読下 とりとむる物にしあらねは年月をあはれあなうとすくしつる哉
通釈 取りとむる物にしあらねば年月をあはれあな憂と過ぐしつるかな

歌番号八九八
和歌 止々女安部寸武部毛止之止者以者礼个利志可毛川礼奈久寸久留与八日可
読下 とゝめあへすむへもとしとはいはれけりしかもつれなくすくるよはひか
通釈 留めあへずむべも年とは言はれけりしかもつれなく過ぐる齢か

歌番号八九九
和歌 鏡山以左立与利天見天由可武年部奴留身八於以也之奴留止
読下 鏡山いさ立よりて見てゆかむ年へぬる身はおいやしぬると
通釈 鏡山いざ立ち寄りて見て行かむ年経ぬる身は老いやしぬると

歌番号九〇〇
己乃哥八安留人乃以者久於保止毛乃久呂奴之可也業平朝臣乃者々乃美己
この哥はある人のいはくおほとものくろぬしか也業平朝臣のはゝのみこ

長岡尓寸見侍个留時尓奈利比良宮川可部寸止天
長岡にすみ侍ける時になりひら宮つかへすとて

時/\毛衣万可利止不良者寸侍个礼者志者寸許尓者々乃美己乃毛止与利
時/\もえまかりとふらはす侍けれはしはす許にはゝのみこのもとより

止美乃事止天布美遠毛天末宇天幾多利安遣天見礼者己止八々奈久天安利个留宇多
とみの事とてふみをもてまうてきたりあけて見れはことはゝなくてありけるうた

和歌 老奴礼者佐良奴別毛安利止以部者以与/\見万久保之幾君哉
読下 老ぬれはさらぬ別もありといへはいよ/\見まくほしき君哉
通釈 老いぬればさらぬ別れもありと言へばいよいよ見まくほしき君かな

歌番号九〇一
返之    奈利比良乃朝臣
返し    なりひらの朝臣

和歌 世中尓左良奴別乃奈久毛哉千世毛止奈計久人乃己乃多女
読下 世中にさらぬ別のなくも哉千世もとなけく人のこのため
通釈 世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もと嘆く人の子のため

歌番号九〇二
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    在原武祢也奈
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    在原むねやな

和歌 白雪乃也部布利志个留加部留山加部累/\毛於以尓个留哉
読下 白雪のやへふりしけるかへる山かへる/\もおいにける哉
通釈 白雪の八重降りしけるかへる山かへるがへるも老いにけるかな

歌番号九〇三
於奈之御時乃宇部乃左不良比尓天遠乃己止毛尓於本美幾多万日天於本見
おなし御時のうへのさふらひにてをのこともにおほみきたまひておほみ

安曽比安利个留徒以天尓川可宇万川礼留    止之由幾乃朝臣
あそひありけるついてにつかうまつれる    としゆきの朝臣

和歌 於以奴止天奈止可和可身遠世女幾个武於以寸八个不尓安者万之毛乃可
読下 おいぬとてなとかわか身をせめきけむおいすはけふにあはましものか
通釈 老いぬとてなどか我が身を責めきけむ老いずは今日に逢はましものか

歌番号九〇四
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 知者也布留宇治乃橋守奈礼遠之曽安八礼止八思年乃部奴礼八
読下 ちはやふる宇治の橋守なれをしそあはれとは思年のへぬれは
通釈 ちはやぶる宇治の橋守なれをしぞあはれとは思ふ年の経ぬれば

歌番号九〇五
和歌 我見天毛飛左之久成奴住乃江乃岸乃姫松以久与部奴覧
読下 我見てもひさしく成ぬ住の江の岸の姫松いくよへぬ覧
通釈 我見ても久しくなりぬ住の江の岸の姫松いく世経らん

歌番号九〇六
和歌 住吉乃岸乃飛女松人奈良波以久世可部之止々八末之物遠
読下 住吉の岸のひめ松人ならはいく世かへしとゝはまし物を
通釈 住吉の岸の姫松人ならばいく世か経しと問はましものを

歌番号九〇七
和歌 梓弓以曽部乃己松堂可世尓可与呂川世可祢天多祢遠万幾个武
読下 梓弓いそへのこ松たか世にかよろつ世かねてたねをまきけむ
通釈 梓弓磯辺の小松誰が世にかよろづ世かねて種をまきけむ

己乃哥八安留人乃以者久柿本人麿可也
この哥はある人のいはく柿本人麿か也

歌番号九〇八
和歌 加久之徒々世遠也川久佐武高砂乃於乃部尓多天留松奈良奈久二
読下 かくしつゝ世をやつくさむ高砂のおのへにたてる松ならなくに
通釈 かくしつつ世をや尽くさむ高砂の尾上に立てる松ならなくに

歌番号九〇九
藤原於幾可世
藤原おきかせ

和歌 誰遠可毛志留人尓世武高砂乃松毛昔乃友奈良奈久二
読下 誰をかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに
通釈 誰れをかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに

歌番号九一〇
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 和多川海乃於幾川之本安日尓宇可不安和乃幾衣奴物可良与留方毛奈之
読下 わたつ海のおきつしほあひにうかふあわのきえぬ物からよる方もなし
通釈 わたつ海の沖つ潮合に浮かぶ泡の消えぬものから寄る方もなし

歌番号九一一
和歌 王堂徒海乃加左之尓左世留白砂乃浪毛天由部流淡路之万山
読下 わたつ海のかさしにさせる白砂の浪もてゆへる淡路しま山
通釈 わたつ海のかざしにさせる白砂の浪もて結へる淡路島山

歌番号九一二
和歌 和太乃原与世久累浪乃志者/\毛見末久乃本之幾玉津島可毛
読下 わたの原よせくる浪のしは/\も見まくのほしき玉津島かも
通釈 わたの原寄せ来る浪のしばしばも見まくのほしき玉津島かも

歌番号九一三
和歌 奈尓者可多志本見知久良之安万衣堂美乃々島尓堂川奈幾渡
読下 なにはかたしほみちくらしあま衣たみのゝ島にたつなき渡
通釈 難波潟潮満ち来らし海人衣田蓑島に田鶴鳴きわたる

歌番号九一四
貫之可以川美乃久尓々侍个留時尓也末止与利己衣末宇天幾天
貫之かいつみのくにゝ侍ける時にやまとよりこえまうてきて

与美天川可八之个留    藤原堂々不左
よみてつかはしける    藤原たゝふさ

和歌 君遠思日於幾川乃者万尓奈久多川乃尋久礼者曽安利止多尓幾久
読下 君を思ひおきつのはまになくたつの尋くれはそありとたにきく
通釈 君を思ひおきつの浜に鳴く田鶴の尋ね来ればぞありとだに聞く

歌番号九一五
返之    川良由幾
返し    つらゆき

和歌 於幾川浪堂可之乃者万乃浜松乃名尓己曽君遠万知和多利川礼
読下 おきつ浪たかしのはまの浜松の名にこそ君をまちわたりつれ
通釈 沖つ浪高しの浜の浜松の名にこそ君を待ちわたりつれ

歌番号九一六
奈尓者尓万可礼利个留時与女留
なにはにまかれりける時よめる

和歌 奈尓者可多於不留多万毛遠加利曽女乃安万止曽我者奈利奴部良奈留
読下 なにはかたおふるたまもをかりそめのあまとそ我はなりぬへらなる
通釈 難波潟生ふる玉藻をかりそめの海人とぞ我はなりぬべらなる

歌番号九一七
安飛之礼利个留人乃住吉尓末宇天个留仁与美天徒可八之个留   美不乃多々美祢
あひしれりける人の住吉にまうてけるによみてつかはしける   みふのたゝみね

和歌 寸見与之止安満者川久止毛奈可為寸奈人忘草於不止以不奈利
読下 すみよしとあまはつくともなかゐすな人忘草おふといふなり
通釈 住吉と海人は告ぐとも長居すな人忘草生ふと言ふなり

歌番号九一八
奈尓者部万可利个留時堂美乃々之満尓天雨尓安日天与女留    徒良由幾
なにはへまかりける時たみのゝしまにて雨にあひてよめる    つらゆき

和歌 安免尓与利堂美乃々島遠个不由个止名尓八加久礼奴物尓曽有个留
読下 あめによりたみのゝ島をけふゆけと名にはかくれぬ物にそ有ける
通釈 雨により田蓑島を今日行けど名には隠れぬ物にぞありける

歌番号九一九
法皇仁之河尓於者之末之多利个留日徒留寸尓堂天利止以不己止遠
法皇にし河におはしましたりける日つるすにたてりといふことを

題尓天与万世多万日个留
題にてよませたまひける

和歌 安之多川乃堂天留河辺遠吹風尓与世天可部良奴浪可止曽見留
読下 あしたつのたてる河辺を吹風によせてかへらぬ浪かとそ見る
通釈 葦田鶴の立てる河辺を吹く風に寄せて帰らぬ浪かとぞ見る

歌番号九二〇
中務乃美己乃家乃池尓舟遠川久利天於呂之者之女天安曽比个留日
中務のみこの家の池に舟をつくりておろしはしめてあそひける日

法皇御覧之尓於波之末之多利个利由不左利川可多加部利於者之万左武止
法皇御覧しにおはしましたりけりゆふさりつかたかへりおはしまさむと

之个留於利尓与三天多天万川利个留    伊勢
しけるおりによみてたてまつりける    伊勢

和歌 水乃宇部尓宇可部留舟乃君奈良八己々曽止万利止以者万之物遠
読下 水のうへにうかへる舟の君ならはこゝそとまりといはまし物を
通釈 水の上に浮かべる舟の君ならばここぞ泊りと言はましものを

歌番号九二一
加良己止々以不所尓天与女留    真世以本宇之
からことゝいふ所にてよめる    真せいほうし

和歌 宮己万天飛々幾加与部留加良己止八浪乃遠寸个天風曽比幾个留
読下 宮こまてひゝきかよへるからことは浪のをすけて風そひきける
通釈 都まで響き通へるからことは浪の緒すげて風ぞ弾きける

歌番号九二二
奴乃比幾乃堂幾尓天与女留    在原行平朝臣
ぬのひきのたきにてよめる    在原行平朝臣

和歌 己幾知良寸瀧乃白玉飛呂日遠幾天世乃宇幾時乃涙尓曽可累
読下 こきちらす瀧の白玉ひろひをきて世のうき時の涙にそかる
通釈 こき散らす滝の白玉拾ひ置きて世の憂き時の涙にぞかる

歌番号九二三
布引乃瀧乃本尓天人/\安川万利天哥与美个留時尓与免留   奈利比良乃朝臣
布引の瀧の本にて人/\あつまりて哥よみける時によめる   なりひらの朝臣

和歌 奴幾見多累人己曽安留良之白玉乃末奈久毛知留可袖乃世八幾尓
読下 ぬきみたる人こそあるらし白玉のまなくもちるか袖のせはきに
通釈 抜き見たる人こそあるらし白玉のまなくも散るか袖の狭きに

歌番号九二四
与之乃々多幾遠見天与女留    承均法師
よしのゝたきを見てよめる    承均法師

和歌 堂可多女尓飛幾天佐良世留雨奴乃奈礼也世遠部天見礼止々留人毛奈幾
読下 たかためにひきてさらせる雨ぬのなれや世をへて見れとゝる人もなき
通釈 誰がために引きてさらせる布なれや世を経て見れど取る人もなき

歌番号九二五
題之良寸    神多以法之
題しらす    神たい法し

和歌 幾与多幾乃世々乃之良以止久利多女天山和个衣遠和天幾万之遠
読下 きよたきのせゝのしらいとくりためて山わけ衣をりてきましを
通釈 清滝の瀬々の白糸繰りためて山わけ衣織りて着ましを

歌番号九二六
龍門尓末宇天々多幾乃毛止尓天与女留    伊勢
龍門にまうてゝたきのもとにてよめる    伊勢

和歌 堂知奴者奴幾奴幾之人毛奈幾物遠奈尓山姫乃奴乃左良寸良武
読下 たちぬはぬきぬきし人もなき物をなに山姫のぬのさらすらむ
通釈 裁ち縫はぬ衣着し人もなきものを何山姫の布晒すらむ

歌番号九二七
朱雀院乃美可止奴乃比幾乃多幾御覧世武止天
朱雀院のみかとぬのひきのたき御覧せむとて

布无月乃奈奴可乃日於八之末之天安利个留時尓左布良布人/\尓
ふん月のなぬかの日おはしましてありける時にさふらふ人/\に

哥与万世多万日个留尓与女留    堂知八奈乃奈可毛利
哥よませたまひけるによめる    たちはなのなかもり

和歌 奴之奈久天佐良世留奴乃遠多奈者多尓和可心止也个不八可左末之
読下 ぬしなくてさらせるぬのをたなはたにわか心とやけふはかさまし
通釈 主なくて晒せる布を棚機に我が心とや今日はかさまし

歌番号九二八
飛衣乃山奈留遠止八乃多幾遠見天与女留    太々美祢
ひえの山なるをとはのたきを見てよめる    たゝみね

和歌 於知多幾川多幾乃美奈可美止之川毛利於以尓个良之奈久呂幾寸知奈之
読下 おちたきつたきのみなかみとしつもりおいにけらしなくろきすちなし
通釈 落ちたぎつ滝の水神年積もり老いにけらしな黒き筋なし

歌番号九二九
於奈之多幾遠与女留    美川祢
おなしたきをよめる    みつね

和歌 風布遣止所毛佐良奴白雲者与遠部天於川留水尓曽有个留
読下 風ふけと所もさらぬ白雲はよをへておつる水にそ有ける
通釈 風吹けど所もさらぬ白雲は世を経て落つる水にぞありける

歌番号九三〇
田武良乃御時尓女房乃左不良日尓天御屏風乃恵御覧之个留尓
田むらの御時に女房のさふらひにて御屏風のゑ御覧しけるに

太幾於知多利个留所於毛之呂之己礼遠題尓天宇多与免止左布良不人尓
たきおちたりける所おもしろしこれを題にてうたよめとさふらふ人に

於保世良礼个礼八与女累    三条乃町
おほせられけれはよめる    三条の町

和歌 於毛比世久心乃内乃多幾奈礼也於川止八見礼止遠止乃幾己江奴
読下 おもひせく心の内のたきなれやおつとは見れとをとのきこえ江ぬ
通釈 思ひせく心の内の滝なれや落つとは見れど音の聞こえぬ

歌番号九三一
屏風乃恵奈留花遠与女留    徒良由幾
屏風のゑなる花をよめる    つらゆき

和歌 佐幾曽免之時与利乃知者宇知波部天世者春奈礼也色乃川祢奈留
読下 さきそめし時よりのちはうちはへて世は春なれや色のつねなる
通釈 咲きそめし時より後はうちはへて世は春なれや色の常なる

歌番号九三二
屏風乃恵尓与美安八世天加幾个留    坂上己礼乃利
屏風のゑによみあはせてかきける    坂上これのり

和歌 加利天保寸山田乃以祢乃己幾多礼天奈幾己曽和多礼秋乃宇个礼盤
読下 かりてほす山田のいねのこきたれてなきこそわたれ秋のうけれは
通釈 刈りて干す山田の稲のこきたれて鳴きこそわたれ秋の憂ければ

廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認 古今和歌集巻第十八

$
0
0
廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認
-藤原定家筆 古今和歌集 字母研究を使ってー
古今和歌集巻第十八



古今和歌集巻第十八
雑哥下

歌番号九三三
題之良寸    読人之良寸
題しらす    読人しらす

和歌 世中者奈尓可川祢奈留安寸可々波幾乃不乃布知曽个不者世尓奈留
読下 世中はなにかつねなるあすかゝはきのふのふちそけふはせになる
通釈 世の中は何か常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬になる

歌番号九三四
和歌 以久世之毛安良之和可身遠奈曽毛加久安末乃可留毛尓思美多留々
読下 いく世しもあらしわか身をなそもかくあまのかるもに思みたるゝ
通釈 いく世しもあらじ我が身をなぞもかく海人の刈る藻に思ひ乱るる

歌番号九三五
和歌 雁乃久留峯乃朝霧者礼寸乃美思日川幾世奴世中乃宇    
読下 雁のくる峯の朝霧はれすのみ思ひつきせぬ世中のう
通釈 雁の来る峰の朝霧晴れずのみ思ひ尽きせぬ世の中の憂さ

歌番号九三六
小野堂可武良乃朝臣
小野たかむらの朝臣

和歌 志可利止天曽武可礼奈久尓事之安礼八万川奈个可礼奴安奈宇世中
読下 しかりとてそむかれなくに事しあれはまつなけかれぬあなう世中
通釈 しかりとて背かれなくに事しあればまづ嘆かれぬあな憂世の中

歌番号九三七
加比乃加美尓侍个留時京部万可利乃本利个留人尓川可八之个留   遠乃々左多幾
かひのかみに侍ける時京へまかりのほりける人につかはしける   をのゝさたき

和歌 宮己人以可々止々波々山堂可三者礼奴久毛為尓和不止己多部与
読下 宮こ人いかゝとゝはゝ山たかみはれぬくもゐにわふとこたへよ
通釈 都人いかがと問はば山高み晴れぬ雲居に侘ぶと答へよ

歌番号九三八
文屋乃也寸比天美可八乃曽宇尓奈利天安可多見尓八衣以天多々之也止
文屋のやすひてみかはのそうになりてあかた見にはえいてたゝしやと

以日也礼利个留返事尓与女留    小野小町
いひやれりける返事によめる    小野小町

和歌 和飛奴礼者身遠宇幾草乃祢遠多衣天左曽不水安良波以奈武止曽思
読下 わひぬれは身をうき草のねをたえてさそふ水あらはいなむとそ思
通釈 侘びぬれば身を浮草の根を絶えて誘ふ水あらば往なむとぞ思ふ

歌番号九三九
題之良寸
題しらす

和歌 安者礼天不事己曽宇多天世中遠思者奈礼奴本多之奈利个礼
読下 あはれてふ事こそうたて世中を思はなれぬほたしなりけれ
通釈 あはれてふ事こそうたて世の中を思ひ離れぬほだしなりけれ

歌番号九四〇
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 阿波連帝不事乃波己止尓遠久川由八昔遠己不留涙奈利个利
読下 あはれてふ事のはことにをくつゆは昔をこふる涙なりけり
通釈 あはれてふ言の葉ごとに置く露は昔を恋ふる涙なりけり

歌番号九四一
和歌 世中乃宇幾毛川良幾毛徒遣奈久尓万川之留物八奈美多奈利个利
読下 世中のうきもつらきもつけなくにまつしる物はなみたなりけり
通釈 世の中の憂きもつらきも告げなくにまづ知る物は涙なりけり

歌番号九四二
和歌 世中者夢可宇川々可宇川々止毛夢止毛志良寸有天奈个礼八
読下 世中は夢かうつゝかうつゝとも夢ともしらす有てなけれは
通釈 世の中は夢かうつつかうつつとも夢とも知らずありてなければ

歌番号九四三
和歌 与乃奈可尓以川良和可身乃安利天奈志安者礼止也以者武安奈宇止也以者武
読下 よのなかにいつらわか身のありてなしあはれとやいはむあなうとやいはむ
通釈 世の中にいづら我が身のありてなしあはれとや言はむあな憂とや言はむ

歌番号九四四
和歌 山里者物乃惨慄幾事己曽安礼世乃宇幾与利八寸見与可利个利
読下 山里は物の惨慄き事こそあれ世のうきよりはすみよかりけり
通釈 山里は物の侘びしき事こそあれ世の憂きよりは住みよかりけり

歌番号九四五
己礼多可乃美己
これたかのみこ

和歌 白雲乃多衣寸多奈比久岑尓多尓寸女八寸三奴留世尓己曽有个礼
読下 白雲のたえすたなひく岑にたにすめはすみぬる世にこそ有けれ
通釈 白雲の絶えずたなびく峰にだに住めば住みぬる世にこそ有ありけれ

歌番号九四六
布留乃以末美知
ふるのいまみち

和歌 志利尓个武幾々天毛以止部世中者浪乃左八幾尓風曽之久女留
読下 しりにけむきゝてもいとへ世中は浪のさはきに風そしくめる
通釈 知りにけむ聞きても厭へ世の中は浪の騒ぎに風ぞしくめる

歌番号九四七
曽世以
そせい

和歌 以川己尓可世遠以止者武心己曽能尓毛山尓毛万止不部良奈礼
読下 いつこにか世をいとはむ心こそのにも山にもまとふへらなれ
通釈 いづくにか世をば厭はむ心こそ野にも山にもまどふべらなれ

歌番号九四八
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 世中者昔与利也者宇可利个武和可身比止川乃多美尓奈礼留可
読下 世中は昔よりやはうかりけむわか身ひとつのためになれるか
通釈 世の中は昔よりやは憂かりけむ我が身一つのためになれるか

歌番号九四九
和歌 世中遠以止不山部乃草木止也安奈宇乃花乃色尓以天尓个武
読下 世中をいとふ山への草木とやあなうの花の色にいてにけむ
通釈 世の中を厭ふ山辺の草木とやあな卯の花の色に出でにけむ

歌番号九五〇
和歌 三与之乃々山乃安奈多尓也止毛哉世乃宇幾時乃加久礼可尓世武
読下 みよしのゝ山のあなたにやとも哉世のうき時のかくれかにせむ
通釈 み吉野の山のあなたに宿もがな世の憂き時の隠れがにせむ

歌番号九五一
和歌 世尓布礼者宇左己曽万佐礼三与之乃々以者乃可个美知布三奈良之天無
読下 世にふれはうさこそまされみよしのゝいはのかけみちふみならしてむ
通釈 世に経れば憂さこそまされみ吉野の岩のかけ道踏みならしてむ

歌番号九五二
和歌 以可奈覧巌乃中尓寸万者可八世乃宇幾事乃幾己江己佐良武
読下 いかな覧巌の中にすまはかは世のうき事のきこ江こさらむ
通釈 いかならん巌の中に住まばかは世の憂き事の聞こえ来ざらん

歌番号九五三
和歌 葦引乃山乃末尓/\加久礼南宇幾世中者安留可比毛奈之
読下 葦引の山のまに/\かくれ南うき世中はあるかひもなし
通釈 あしひきの山のまにまに隠れなん憂き世の中はあるかひもなし

歌番号九五四
和歌 世中乃宇計久尓安幾奴奥山乃己乃波尓不礼留雪也計奈末之
読下 世中のうけくにあきぬ奥山のこのはにふれる雪やけなまし
通釈 世の中の憂けくに飽きぬ奥山の木の葉に降れる雪や消なまし

歌番号九五五
於奈之毛之奈幾宇多    毛乃々部乃与之奈
おなしもしなきうた    ものゝへのよしな

和歌 与乃宇幾女見衣奴山地部以良武尓八於毛不人己曽保多之奈利个礼
読下 よのうきめ見えぬ山ちへいらむにはおもふ人こそほたしなりけれ
通釈 世の憂きめ見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ

歌番号九五六
山乃保宇之乃毛止部徒可八之个留    凡河内美川祢
山のほうしのもとへつかはしける    凡河内みつね

和歌 世遠寸天々山尓以留人山尓天毛猶宇幾時者以川知由久覧
読下 世をすてゝ山にいる人山にても猶うき時はいつちゆく覧
通釈 世を捨てて山に入る人山にてもなほ憂き時はいづち行くらむ

歌番号九五七
物思个留時以止幾奈幾己遠見天与女留
物思ける時いときなきこを見てよめる

和歌 今更尓奈尓於比以川覧竹乃己乃宇幾布之々計幾世止八志良寸也
読下 今更になにおひいつ覧竹のこのうきふしゝけき世とはしらすや
通釈 世を捨てて山に入る人山にてもなほ憂き時はいづち行くらむ

歌番号九五八
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 世尓布礼者事乃者之个幾久礼竹乃宇幾不之己止尓鶯曽奈久
読下 世にふれは事のはしけきくれ竹のうきふしことに鴬そなく
通釈 世に経れば言の葉しげき呉竹の憂き節ごとに鴬ぞ鳴く

歌番号九五九
和歌 木仁毛安良寸草尓毛安良奴竹乃与乃者之尓和可身八奈利奴部良也
読下 木にもあらす草にもあらぬ竹のよのはしにわか身はなりぬへら也
通釈 木にもあらず草にもあらぬ竹のよのはしに我が身はなりぬべらなり

安留人乃以者久高津乃美己乃哥也
ある人のいはく高津のみこの哥也

歌番号九六〇
和歌 和可身可良宇幾世中止奈川个川々人乃多女左部加奈之可留良武
読下 わか身からうき世中となつけつゝ人のためさへかなしかるらむ
通釈 我が身から憂き世の中と名づけつつ人のためさへ悲しかるらむ

歌番号九六一
於幾乃久尓々奈可佐礼天侍个留時尓与女留    堂可武良乃朝臣
おきのくにゝなかされて侍ける時によめる    たかむらの朝臣

和歌 思幾也飛奈乃和可礼尓於止呂部天安満乃奈者多幾以左利世武止八
読下 思きやひなのわかれにおとろへてあまのなはたきいさりせむとは
通釈 思ひきやひなの別れに衰へて海人の縄たき漁りせむとは

歌番号九六二
田武良乃御時尓事尓安多利天徒乃久尓乃寸万止以不所仁己毛利侍个留尓
田むらの御時に事にあたりてつのくにのすまといふ所にこもり侍けるに

宮乃宇知尓侍个留人尓川可八之个留    在原行平朝臣
宮のうちに侍ける人につかはしける    在原行平朝臣

和歌 和久良者尓止不人安良八寸万乃浦尓毛之本多礼川々和不止己多部与
読下 わくらはにとふ人あらはすまの浦にもしほたれつゝわふとこたへよ
通釈 わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩垂れつつ侘ぶと答へよ

歌番号九六三
左近将監止个天侍个留時尓女乃止不良日尓遠己世多利个留返事尓
左近将監とけて侍ける時に女のとふらひにをこせたりける返事に

与三天川可八之个留    遠乃々者留可世
よみてつかはしける    をのゝはるかせ

和歌 安末比己乃遠止川礼之止曽今八思我可人可止身遠多止留与二
読下 あまひこのをとつれしとそ今は思我か人かと身をたとるよに
通釈 天彦の訪づれじとぞ今は思ふ我か人かと身をたどる世に

歌番号九六四
徒可左止計天侍个留時与女留    平左多不无
つかさとけて侍ける時よめる    平さたふん

和歌 宇幾世尓八加止左世利止毛見衣奈久尓奈止可和可身乃以天可天尓寸留
読下 うき世にはかとさせりとも見えなくになとかわか身のいてかてにする
通釈 憂き世には門させりとも見えなくになどか我が身の出でがてにする

歌番号九六五
和歌 有者天奴以乃知万川万乃保止許宇幾己止之計久於毛八寸毛哉
読下 有はてぬいのちまつまのほと許うきことしけくおもはすも哉
通釈 ありはてぬ命待つ間のほどばかり憂きことしげく思はずもがな

歌番号九六六
美己乃宮乃多知者幾尓侍个留遠宮川可部徒可宇万川良寸止天止个天
みこの宮のたちはきに侍けるを宮つかへつかうまつらすとてとけて

侍个留時尓与女留    美也知乃幾与幾
侍ける時によめる    みやちのきよき

和歌 徒久者祢乃己乃本己止尓立曽与留春乃美山乃加計遠己日川々
読下 つくはねのこの本ことに立そよる春のみ山のかけをこひつゝ
通釈 筑波嶺の木のもとごとに立ちぞ寄る春のみ山の蔭を恋ひつつ

歌番号九六七
時奈利个留人乃尓者可尓時奈久奈利天奈計久遠見天
時なりける人のにはかに時なくなりてなけくを見て

美川可良乃奈个幾毛奈久与呂己日毛奈幾己止遠思天与女留    清原深養父
みつからのなけきもなくよろこひもなきことを思てよめる    清原深養父

和歌 飛可利奈幾谷尓者春毛与曽奈礼者左幾天止久知留物思日毛奈之
読下 ひかりなき谷には春もよそなれはさきてとくちる物思ひもなし
通釈 光なき谷には春もよそなれば咲きてとく散る物思ひもなし

歌番号九六八
加徒良尓侍个留時尓七条乃中宮乃止者世給部利个留御返事尓
かつらに侍ける時に七条の中宮のとはせ給へりける御返事に

多天万川礼利个留    伊勢
たてまつれりける    伊勢

和歌 久方乃中尓於比多留左止奈礼者飛可利遠乃美曽多乃武部良奈留
読下 久方の中におひたるさとなれはひかりをのみそたのむへらなる
通釈 久方の中に生ひたる里なれば光をのみぞ頼むべらなる

歌番号九六九
紀乃止之佐多可阿波乃寸个尓万可利个留時尓武万乃者奈武計世武止天
紀のとしさたか阿波のすけにまかりける時にむまのはなむけせむとて

个不止以比遠久礼利个留時尓己々加之己尓万可利安利幾天夜布久留末天
けふといひをくれりける時にこゝかしこにまかりありきて夜ふくるまて

見衣左利个礼八川可八之个留    奈利比良乃朝臣
見えさりけれはつかはしける    なりひらの朝臣

和歌 今曽志留久累之幾物止人末多武左止遠八加礼寸止不部可利个利
読下 今そしるくるしき物と人またむさとをはかれすとふへかりけり
通釈 今ぞ知る苦しき物と人待たむ里をば離れず訪ふべかりけり

歌番号九七〇
惟喬乃美己乃毛止尓末可利加与日个留遠加之良於呂之天遠乃止以不所尓侍个留尓
惟喬のみこのもとにまかりかよひけるをかしらおろしてをのといふ所に侍けるに

正月尓止不良八武止天万可利多利个留尓飛衣乃山乃布毛止奈利个礼八
正月にとふらはむとてまかりたりけるにひえの山のふもとなりけれは

雪以止布可々利个利志日天加乃武呂尓万可利以多利天於可三遣留尓
雪いとふかゝりけりしひてかのむろにまかりいたりておかみけるに

川礼/\止之天以止物可奈之久天加部利末宇天幾天与美天遠久利个留
つれ/\としていと物かなしくてかへりまうてきてよみてをくりける

和歌 和寸礼天者夢可止曽思於毛比幾也雪布美和計天君遠見武止八
読下 わすれては夢かとそ思おもひきや雪ふみわけて君を見むとは
通釈 忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪踏み分けて君を見むとは

歌番号九七一
深草乃左止尓寸見侍天京部末宇天久止天曽己奈利个留人尓与美天遠久利个留
深草のさとにすみ侍て京へまうてくとてそこなりける人によみてをくりける

和歌 年遠部天寸美己之佐止遠以天々以奈者以止々深草乃止也奈利奈武
読下 年をへてすみこしさとをいてゝいなはいとゝ深草のとやなりなむ
通釈 年を経て住みこし里を出でていなばいとど深草の野とやなりなん

歌番号九七二
返之    与美人之良寸
返し    よみ人しらす

和歌 野止奈良波宇川良止奈幾天年者部武加利尓多尓也八君可己左良武
読下 野とならはうつらとなきて年はへむかりにたにやは君かこさらむ
通釈 野とならば鶉と鳴きて年は経む狩りにだにやは君は来ざらむ

歌番号九七三
題之良須
題しらす

和歌 我遠君奈尓者乃浦尓有之可八宇幾女遠美川乃安万止奈利尓幾
読下 我を君なにはの浦に有しかはうきめをみつのあまとなりにき
通釈 我を君難波の浦にありしかば憂きめを三津の尼となりにき

歌番号九七四
己乃哥八安留人武可之於止己安利个留遠宇奈乃於止己止者寸奈利尓个礼八奈尓八奈留
この哥はある人むかしおとこありけるをうなのおとことはすなりにけれはなにはなる

美川乃天良尓万可利天安万尓奈利天与美天於止己尓川可八世利个留止奈武以部留返之
みつのてらにまかりてあまになりてよみておとこにつかはせりけるとなむいへる返し

和歌 奈尓者可多宇良武部幾万毛於毛保衣寸以川己遠見川乃安万止可者奈留
読下 なにはかたうらむへきまもおもほえすいつこをみつのあまとかはなる
通釈 難波潟恨むべき間も思ほえずいづこを三津の尼とかはなる

歌番号九七五
和歌 今更尓止不部幾人毛於毛保衣寸也部武久良之天加止左世利天部
読人 今更にとふへき人もおもほえすやへむくらしてかとさせりてへ
通釈 今さらに訪ふべき人も思ほえず八重葎して門させりてへ

歌番号九七六
止毛多知乃比左之宇万宇天己左利个留毛止尓与美天川可八之个留    美川祢
ともたちのひさしうまうてこさりけるもとによみてつかはしける    みつね

和歌 水乃於毛尓於不留左月乃宇幾草乃宇幾事安礼也祢遠多衣天己奴
読下 水のおもにおふるさ月のうき草のうき事あれやねをたえてこぬ
通釈 水の面に生ふる五月の浮草の憂きことあれや根を絶えて来ぬ

歌番号九七七
人遠止者天飛左之宇安利个留於利尓安日宇良美个礼八与女留
人をとはてひさしうありけるおりにあひうらみけれはよめる

和歌 身遠寸天々由幾也之尓个武思不与利外奈留物八心奈利个利
読下 身をすてゝゆきやしにけむ思ふより外なる物は心なりけり
通釈 身を捨てて行きやしにけむ思よりほかなる物は心なりけり

歌番号九七八
武祢遠可乃於保与利可己之与利末宇天幾多利个留時尓雪乃布利个留遠見天
むねをかのおほよりかこしよりまうてきたりける時に雪のふりけるを見て

遠乃可於毛比八己乃由幾能己止久奈武川毛礼留止以日个留於利尓与女留
をのかおもひはこのゆきのことくなむつもれるといひけるおりによめる

和歌 君可思日雪止川毛良八多乃万礼寸春与利乃知八安良之止於毛部八
読下 君か思ひ雪とつもらはたのまれす春よりのちはあらしとおもへは
通釈 君が思ひ雪と積もらば頼まれず春より後はあらじと思へば

歌番号九七九
返之    宗岳大頼
返し    宗岳大頼

和歌 君遠乃美思日己之地乃志良山者以川可者雪乃幾由留時安留
読下 君をのみ思ひこしちのしら山はいつかは雪のきゆる時ある
通釈 君をのみ思ひ越路の白山はいつかは雪の消ゆる時ある

歌番号九八〇
己之奈利个留人尓川可八之个留    幾乃川良由幾
こしなりける人につかはしける    きのつらゆき

和歌 思也累己之乃白山志良祢止毛比止夜毛夢尓己衣奴与曽奈幾
読下 思やるこしの白山しらねともひと夜も夢にこえぬよそなき
通釈 思ひやる越の白山知らねども一夜も夢に越えぬ夜ぞなき

歌番号九八一
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 以佐己々尓和可世者部奈武菅原也伏見乃里乃安礼万久毛於之
読下 いさこゝにわか世はへなむ菅原や伏見の里のあれまくもおし
通釈 いざここに我が世は経なむ菅原や伏見の里の荒れまくも惜し

歌番号九八二
和歌 和可以保八三和乃山毛止己比之久八止不良日幾万世寸幾多天留可止
読下 わかいほはみわの山もとこひしくはとふらひきませすきたてるかと
通釈 我が庵わは三輪の山本恋しくは訪らひ来ませ杉立てる門

歌番号九八三
幾世无保宇之
きせんほうし

和歌 王可伊本者宮己乃多川美志可曽寸武世遠宇地山止人者以不也
読下 わかいほは宮このたつみしかそすむ世をうち山と人はいふ也
通釈 我が庵は都の巽しかぞ住む世を宇治山と人は言ふなり

歌番号九八四
与美人之良寸
よみ人しらす

和歌 安礼尓个利安者礼以久与乃也止奈礼也寸三釼人乃遠止川礼毛世奴
読下 あれにけりあはれいくよのやとなれやすみ釼人のをとつれもせぬ
通釈 荒れにけりあはれいく世の宿なれや住みけむ人の訪れもせぬ

歌番号九八五
奈良部万可利个留時尓安礼多留家尓女乃琴比幾个留遠幾々天
ならへまかりける時にあれたる家に女の琴ひきけるをきゝて

与美天以礼多利个留    与之三祢乃武祢左多
よみていれたりける    よしみねのむねさた

和歌 和比々止乃寸武部幾也止々見留奈部尓歎久者々留己止乃祢曽寸留
読下 わひゝとのすむへきやとゝ見るなへに歎くはゝることのねそする
通釈 侘び人の住むべき宿と見るなへに嘆き加はる琴の音ぞする

歌番号九八六
者川世尓末宇川留道尓奈良乃京尓也止礼利个留時与女留    二条
はつせにまうつる道にならの京にやとれりける時よめる    二条

和歌 人布留寸左止遠以止日天己之可止毛奈良乃宮己毛宇幾奈々利个利
読下 人ふるすさとをいとひてこしかともならの宮こもうきなゝりけり
通釈 人ふるす里を厭ひて来しかども奈良の都も憂き名なりけり

歌番号九八七
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 世中者以川礼可佐之天和可奈良武行止末留遠曽也止々佐多武留
読下 世中はいつれかさしてわかならむ行とまるをそやとゝさたむる
通釈 世の中はいづれかさして我がならむ行き止るをぞ宿と定むる

歌番号九八八
和歌 相坂乃嵐乃可世者左武个礼止由久恵之良祢和日川々曽奴留
読下 相坂の嵐のかせはさむけれとゆくゑしらねはわひつゝそぬる
通釈 逢坂の嵐の風は寒けれど行方知らねば侘びつつぞ寝る

歌番号九八九
和歌 風乃宇部尓安利可佐多女奴知利乃身八由久恵毛志良寸奈利奴部良也
読下 風のうへにありかさためぬちりの身はゆくゑもしらすなりぬへら也
通釈 風の上にありか定めぬ塵の身は行方も知らずなりぬべらなり

歌番号九九〇
家遠宇里天与女留    伊勢
家をうりてよめる    伊勢

和歌 安寸可々八布知尓毛安良奴和可也止毛世尓加者利由久物尓曽有个留
読下 すかゝはふちにもあらぬわかやともせにかはりゆく物にそ有ける
通釈 飛鳥川淵にもあらぬ我が宿も瀬に変り行く物にぞありける

歌番号九九一
徒久之尓侍个留時尓末可利加与比川々己宇知个累人乃毛止尓
つくしに侍ける時にまかりかよひつゝこうちける人のもとに

京尓加部利末宇天幾天川可八之个留    幾乃止毛乃利
京にかへりまうてきてつかはしける    きのとものり

和歌 布累佐止者見之己止毛安良寸於乃々衣乃久知之所曽己日之可利个留
読下 ふるさとは見しこともあらすおのゝえのくちし所そこひしかりける
通釈 古里は見しごともあらず斧の柄の朽ちし所ぞ恋しかりける

歌番号九九二
女止毛多知止物可多利之天和可礼天乃知尓川可八之个留    美知乃久
女ともたちと物かたりしてわかれてのちにつかはしける    みちのく

和歌 安可佐利之袖乃奈可尓也以利尓个武和可多万之日乃奈幾心知寸留
読下 あかさりし袖のなかにやいりにけむわかたましひのなき心ちする
通釈 あかざりし袖のなかにや入りにけむ我が魂のなき心地する

歌番号九九三
寛平御時尓毛呂己之乃者宇官尓女左礼天侍个留時尓東宮乃左不良日尓天
寛平御時にもろこしのはう官にめされて侍ける時に東宮のさふらひにて

遠乃己止毛左計堂宇部个留川以天尓与三侍个留    布知八良乃多々不左
をのこともさけたうへけるついてによみ侍ける    ふちはらのたゝふさ

和歌 奈与竹乃与奈可幾宇部尓者川之毛乃於幾為天物遠思己呂哉
読下 なよ竹のよなかきうへにはつしものおきゐて物を思ころ哉
通釈 なよ竹の夜長き上に初霜の起きゐて物を思ふころかな

歌番号九九四
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 風布个者於幾川白浪堂川多山与者尓也君可飛止利己由覧
読下 風ふけはおきつ白浪たつた山よはにや君かひとりこゆ覧
通釈 風吹けば沖つ白浪竜田山夜半にや君が一人越ゆらん

歌番号九九五
安留人己乃哥者武可之也末止乃久尓奈利个留人乃武寸女尓安留人寸美和多利遣里
ある人この哥はむかしやまとのくになりける人のむすめにある人すみわたりけり

己乃女於也毛奈久奈利天家毛和留久奈利由久安比多尓己乃於止己加宇知乃久尓々
この女おやもなくなりて家もわるくなりゆくあひたにこのおとこかうちのくにゝ

人遠安日志利天加与比川々加礼也宇尓乃美奈利由幾个利左利个礼止毛川良計奈留
人をあひしりてかよひつゝかれやうにのみなりゆきけりさりけれともつらけなる

个之幾毛見衣天加宇知部以久己止尓於止己乃心乃己止久尓之徒々以多之
けしきも見えてかうちへいくことにおとこの心のことくにしつゝいたし

也利个礼八安也之止思日天毛之奈幾万尓己止心毛也安留止宇多可日天月乃
やりけれはあやしと思ひてもしなきまにこと心もやあるとうたかひて月の

於毛之呂加利个留夜加宇知部以久万祢尓天世无左以乃奈可尓加久礼天見个礼八
おもしろかりける夜かうちへいくまねにてせんさいのなかにかくれて見けれは

夜布久留末天己止遠加幾奈良之川々宇知奈个幾天己乃哥遠与美天祢尓个礼八
夜ふくるまてことをかきならしつゝうちなけきてこの哥をよみてねにけれは

己礼遠幾々天曽礼与利又保可部毛万可良寸奈利尓个利止奈武以日川多部多留
これをきゝてそれより又ほかへもまからすなりにけりとなむいひつたへたる

和歌 堂可美曽幾由布川計鳥可唐衣堂川多乃山尓於利八部天奈久
読下 たかみそきゆふつけ鳥か唐衣たつたの山におりはへてなく
通釈 誰がみそぎ木綿つけ鳥か唐衣竜田の山にをりはへて鳴く

歌番号九九六
和歌 和寸良礼武時之乃部止曽浜千鳥由久恵毛志良奴安止遠止々武留
読下 わすられむ時しのへとそ浜千鳥ゆくゑもしらぬあとをとゝむる
通釈 忘られむ時偲べとぞ浜千鳥行方も知らぬ跡を留むる

歌番号九九七
貞観御時万葉集者以川者可利川久礼留曽止々者世給个礼八
貞観御時万葉集はいつはかりつくれるそとゝはせ給けれは

与美天多天万川利个留    文屋安利寸恵
よみてたてまつりける    文屋ありすゑ

和歌 神奈月時雨布利遠个留奈良乃八乃奈尓於不宮乃布留己止曽己礼
読下 神な月時雨ふりをけるならのはのなにおふ宮のふることそこれ
通釈 神無月時雨降り置ける楢の葉の名に負ふ宮の古る事ぞこれ

歌番号九九八
寛平御時哥多天万川利个留川以天尓多天万川利个留    大江千里
寛平御時哥たてまつりけるついてにたてまつりける    大江千里

和歌 安之堂川乃飛止利遠久礼天奈久己恵者雲乃宇部万天幾己衣川可奈武
読下 あしたつのひとりをくれてなくこゑは雲のうへまてきこえつかなむ
通釈 葦田鶴の一人遅れて鳴く声は雲の上まで聞こえ継がなむ

歌番号九九九
布知八良乃加知遠武
ふちはらのかちをむ

和歌 飛止之礼寸思不心者春霞多知以天々幾美可女尓毛見衣奈武
読下 ひとしれす思ふ心は春霞たちいてゝきみかめにも見えなむ
通釈 人知れず思ふ心は春霞立ち出でて君が目にも見えなむ

歌番号一〇〇〇
哥免之个留時尓堂天末川留止天与美天於久尓可幾川个天多天万川利个留  伊勢
哥めしける時にたてまつるとてよみておくにかきつけてたてまつりける  伊勢

和歌 山河乃遠止尓乃美幾久毛々之幾遠身遠者也奈可良見留与之毛哉
読下 山河のをとにのみきくもゝしきを身をはやなから見るよしも哉
通釈 山川の音にのみ聞く百敷を身をはやながら見るよしもがな

廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認 古今和歌集巻第十九及び巻第二十

$
0
0
廣瀬本万葉集に先だって、藤原定家の「古今和歌集」筆写態度の確認
-藤原定家筆 古今和歌集 字母研究を使ってー
古今和歌集巻第十九及び巻第二十



古今和歌集巻第十九
雑躰
短哥

歌番号一〇〇一
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 安不己止乃 末礼奈留以呂尓 於毛日曽女 和可身八川祢尓
読下 あふことの まれなるいろに おもひそめ わか身はつねに
通釈 逢ふことの 稀なる色に   思ひそめ  我が身は常に

阿万久毛能 者留々時奈久 布之乃祢乃 毛衣川々止波仁
あまくもの はるゝ時なく ふしのねの もえつゝとはに
天雲の   晴るる時なく 富士の嶺の 燃えつつ永久に

於毛部止毛 阿不己止可多之 奈尓之可毛 人遠宇良見無
おもへとも あふことかたし なにしかも 人をうらみむ
思へども  逢ふことかたし 何しかも  人を恨みむ

和多川三乃 於幾遠布可女天 於毛日天之 於毛日者以万八
わたつみの おきをふかめて おもひてし おもひはいまは
わたつみの 沖を深めて   思ひてし  思ひは今は

以多川良尓 奈利奴部良奈利 由久水乃 堂由留時奈久
いたつらに なりぬへらなり ゆく水の たゆる時なく
いたづらに なりぬべらなり 行く水の 絶ゆる時なく

加久奈和尓 於毛日見多礼天 布留由幾乃 計奈八計奴部久
かくなわに おもひみたれて ふるゆきの けなはけぬへく
かくなわに 思ひ乱れて   降る雪の  消なば消ぬべく

於毛部止毛 衣不乃身奈礼八 奈遠也万寸 於毛日八布可之
おもへとも えふの身なれは なをやます おもひはふかし
思へども  閻浮の身なれば なほ止まず 思ひは深し

安之比幾乃 山之多水乃 己可久礼天 多幾川心遠
あしひきの 山した水の こかくれて たきつ心を
あしひきの 山下水の  木隠れて  たぎつ心を

堂礼尓可毛 安比加多良波武 以呂尓以天八 人志利奴部三
たれにかも あひかたらはむ いろにいては 人しりぬへみ
誰れにかも あひ語らはむ  色に出でば  人知りぬべみ

寸美曽女乃 由不部尓奈礼八 飛止利為天 安八礼/\止
すみそめの ゆふへになれは ひとりゐて あはれ/\と
染めの   夕べになれば  一人居て  あはれあはれと

奈个幾安万利 世武寸部奈美尓 仁者尓以天々 多知也寸良部八
なけきあまり せむすへなみに にはにいてゝ たちやすらへは
嘆きあまり  せむすべなみに 庭に出でて  ちやすらへば

志呂多部乃 衣乃曽天仁 遠久川由乃 計奈八計奴部久
しろたへの 衣のそてに をくつゆの けなはけぬへく
白妙の   衣の袖に  置く露の  消なば消ぬべく

於毛部止毛 奈遠奈个可礼奴 者留可寸三 与曽尓毛人尓
おもへとも なをなけかれぬ はるかすみ よそにも人に
思へども  なほ嘆かれぬ  春霞    よそにも人に

安者武止於毛部八
あはむとおもへは
逢はむと思へば

歌番号一〇〇二
布留宇多々天万川利之時乃毛久呂久乃曽乃奈可宇多    徒良由幾
ふるうたゝてまつりし時のもくろくのそのなかうた    つらゆき

和歌 知者也布留 神乃美与々利 久礼竹乃 世々尓毛多衣寸
読下 ちはやふる 神のみよゝり くれ竹の 世ゝにもたえす
通釈 ちはやぶる 神の御世より 呉竹の  世々にも絶えず

安末比己乃 遠止八乃山乃 者留可寸三 思見多礼天
あまひこの をとはの山の はるかすみ 思ひみたれて
天彦の   音羽の山の  春霞    思ひ乱れて

佐美多礼乃 曽良毛止々呂尓 左与不計天 山本止々幾須
さみたれの そらもとゝろに さよふけて 山ほとゝきす
五月雨の  空もとどろに  小夜更けて 山郭公

奈久己止仁 堂礼毛祢左女天 加良尓之幾 堂川多乃山乃
なくことに たれもねさめて からにしき たつたの山の
鳴くごとに 誰れも寝覚めて 唐錦    竜田の山の

毛美知八遠 見天乃美之乃不 神奈月 志久礼/\天
もみちはを 見てのみしのふ 神な月 しくれ/\て
もみぢ葉を 見てのみ偲ぶ  神無月 時雨しぐれて

冬乃夜乃 庭毛者多礼尓 不留由幾乃 猶幾衣可部利
冬の夜の 庭もはたれに ふるゆきの 猶きえかへり
冬の夜の 庭もはだれに 降る雪の なほ消えかへり

年己止仁 時尓川个川々 安八礼天不 己止遠以日川々
年ことに 時につけつゝ あはれてふ ことをいひつゝ
年ごとに 時につけつつ あはれてふ ことを言ひつつ

幾美遠乃美 知与尓止以者不 世乃人乃 於毛日寸留可乃
きみをのみ ちよにといはふ 世の人の おもひするかの
君をのみ  千代にと祝ふ  世の人の 思ひ駿河の

布之乃祢能 毛由留思日毛 安可寸之天 和可留々奈三多
ふしのねの もゆる思ひも あかすして わかるゝなみた
富士の嶺の 燃ゆる思ひも あかずして 別るる涙

藤衣 遠礼留心毛 也知久左乃 己止乃波己止仁
藤衣 をれる心も やちくさの ことのはことに
藤衣 織れる心も 八千草の  言の葉ごとに

寸部良幾乃 於保世可之己美 万幾/\乃 中尓川久寸止
すへらきの おほせかしこみ まき/\の 中につくすと
すべらきの 仰せかしこみ  巻々の   中につくすと

以世乃海乃 宇良乃志本可比 飛呂日安川女 止礼利止寸礼止
いせの海の うらのしほかひ ひろひあつめ とれりとすれと
伊勢の海の 浦の潮貝    拾ひ集め   取れりとすれど

多万乃遠乃 美之可幾心 思安部須 猶安良多万乃
たまのをの みしかき心 思あへす 猶あらたまの
玉の緒の  短き心   思ひあへず なほあら玉の

年遠部天 大宮尓乃美 比左可多乃比 留与留和可寸
年をへて 大宮にのみ ひさかたの ひるよるわかす
年を経て 大宮にのみ ひさかたの 昼夜分かず

徒可不止天 加部利見毛世奴 和可也止乃 志乃不久左於不留
つかふとて かへり見もせぬ わかやとの しのふくさおふる
仕ふとて  顧みもせぬ   我が宿の  忍草生ふる

以多万安良三 布留春左女乃 毛利也之奴良武
いたまあらみ ふる春さめの もりやしぬらむ
板間粗み   降る春雨の  漏りやしぬらむ

歌番号一〇〇三
布留宇多尓久者部天多天万川礼留奈可宇多    壬生忠岑
ふるうたにくはへてたてまつれるなかうた    壬生忠岑

和歌 久礼竹乃 世々乃布留己止 奈可利世八 伊可本乃奴万乃
読下 くれ竹の 世ゝのふること なかりせは いかほのぬまの
通釈 呉竹の  世々の古る言  なかりせば 伊香保の沼の

以可尓之天 思不心遠 乃者部万之 安者礼武可之部
いかにして 思ふ心を のはへまし あはれむかしへ
いかにして 思ふ心を のばへまし あはれ昔へ

安利幾天不 人末呂己曽八 宇礼之个礼 身者之毛奈可良
ありきてふ 人まろこそは うれしけれ 身はしもなから
ありきてふ 人麿こそは  うれしけれ 身は下ながら

己止乃波遠 安末川曽良万天 幾己江安計 寸恵乃与万天乃
ことのはを あまつそらまて きこ江あけ すゑのよまての
言の葉を  天つ空まで   聞こえ上げ 末の世までの

安止々奈之 今毛於保世乃 久多礼留八 知利尓川个止也
あとゝなし 今もおほせの くたれるは ちりにつけとや
跡となし  今も仰せの  下れるは  塵に継げとや

知利乃身尓 川毛礼留事遠 止者留良武 己礼遠於毛部八
ちりの身に つもれる事を とはるらむ これをおもへは
塵の身に  積もれる事を 問はるらむ これを思へば

遣多毛乃々 久毛尓保衣个武 心地之天 知々乃奈左个毛
けたものゝ くもにほえけむ 心地して ちゝのなさけも
けだものの 雲に吠えけむ  心地して 千々のなさけも

於毛保衣寸 飛止川心曽 保己良之幾 加久波安礼止毛
おもほえす ひとつ心そ ほこらしき かくはあれとも
思ほえず  一つ心ぞ  誇らしき  かくはあれども

天累飛可利 知可幾万毛利乃 身奈利之遠 多礼可八秋乃
てるひかり ちかきまもりの 身なりしを たれかは秋の
照る光   近き衛りの   身なりしを 誰れかは秋の

久留方尓 安左武幾以天々 美可幾与利 止乃部毛留身乃
くる方に あさむきいてゝ みかきより とのへもる身の
来る方に 欺き出でて   御垣より  外重守る身の

美可幾毛利 於佐/\之久毛 於毛保衣寸 己々乃可佐祢乃
みかきもり おさ/\しくも おもほえす こゝのかさねの
御垣守   長々しくも   思ほえず  九重ねの

奈可尓天者 安良之乃風毛 幾可佐利幾 今八乃山之
なかにては あらしの風も きかさりき 今はの山し
中にては  嵐の風も   聞かざりき 今は野山し

知可个礼八 春八霞尓 多奈比可礼 夏八宇川世三
ちかけれは 春は霞に たなひかれ 夏はうつせみ
近ければ  春は霞に たなびかれ 夏はうつせみ

奈幾久良之 秋者時雨仁 袖遠可之 冬者之毛尓曽
なきくらし 秋は時雨に 袖をかし 冬はしもにそ
鳴き暮らし 秋は時雨に 袖をかし 冬は霜にぞ

世免良留々 加々留和日之幾 身奈可良仁 川毛礼留止之遠
せめらるゝ かゝるわひしき 身なからに つもれるとしを
責めらるる かかる侘びしき 身ながらに 積もれる年を

志留世礼八 以川々乃武川尓 奈利尓个利 己礼尓曽八礼留
しるせれは いつゝのむつに なりにけり これにそはれる
記せれば  五つの六つに  なりにけり これに添はれる

和多久之乃 於以乃可寸左部 也与个礼八 身者以也之久天
わたくしの おいのかすさへ やよけれは 身はいやしくて
私の    老いの数さへ  やよければ 身は卑しくて

年多可幾 己止乃久留之左 加久之川々 奈可良乃八之乃
年たかき ことのくるしさ かくしつゝ なからのはしの
年高き  ことの苦しさ  かくしつつ 長柄の橋の

奈可良部天 奈尓者乃宇良仁 堂川浪乃 浪乃之和尓也
なからへて なにはのうらに たつ浪の 浪のしわにや
ながらへて 難波の浦に   立つ浪の 浪の皺にや

於保々礼武 佐寸可尓以乃知 於之个礼八 己之乃久尓奈留
おほゝれむ さすかにいのち おしけれは こしのくになる
おぼほれむ さすがに命   惜しければ 越の国なる

志良山乃 加之良八之呂久 奈利奴止毛 遠止八乃多幾能
しら山の かしらはしろく なりぬとも をとはのたきの
白山の  頭は白く    なりぬとも 音羽の滝の

遠止尓幾久 於以寸之奈寸乃 久寸利可毛 君可也知与遠
をとにきく おいすしなすの くすりかも 君かやちよを
音に聞く  老いず死なずの 薬もが 君が八千代を

和可衣川々見武
わかえつゝ見む
若えつつ見む

歌番号一〇〇四
和歌 君可世尓安不左可山乃以者之水己可久礼多利止思日个留哉
読下 君か世にあふさか山のいはし水こかくれたりと思ひける哉
通釈 君が世に逢坂山の岩清水木隠れたりと思ひけるかな

歌番号一〇〇五
冬乃奈可宇多    凡河内躬恒
冬のなかうた    凡河内躬恒

和歌 知者也布留 神奈月止也 遣左与利八 久毛利毛安部寸
読下 ちはやふる 神な月とや けさよりは くもりもあへす
通釈 ちはやぶる 神無月とや 今朝よりは 曇りもあへず

者川時雨 紅葉止々毛尓 布留左止乃 与之乃々山乃
はつ時雨 紅葉とゝもに ふるさとの よしのゝ山の
初時雨  紅葉と共に  古里の   吉野の山の

山安良之毛 佐武久日己止仁 奈利由个八 多末乃遠止个天
山あらしも さむく日ことに なりゆけは たまのをとけて
山嵐も   寒く日ごとに  なりゆけば 玉の緒とけて

己幾知良之 安良礼見多礼天 志毛氷 以也可多万礼留
こきちらし あられみたれて しも氷 いやかたまれる
こき散らし あられ乱れて  霜氷  いや固まれる

尓者乃於毛尓 武良/\見由留 冬草乃 宇部尓布利之久
にはのおもに むら/\見ゆる 冬草の うへにふりしく
庭の面に   むらむら見ゆる 冬草の 上に降りしく

白雪乃 徒毛利/\天 安良多万能 止之遠安万多毛
白雪の つもり/\て あらたまの としをあまたも
白雪の 積もり積もりて あら玉の 年をあまたも

寸久之川留哉
すくしつる哉
過ぐしつるかな

歌番号一〇〇六
七条乃幾左幾宇世多万日尓个留乃知尓与三个留    伊勢
七条のきさきうせたまひにけるのちによみける    伊勢

和歌 於幾川奈美 安礼乃美万左留 宮乃宇知八 止之部天寸三之
読下 おきつなみ あれのみまさる 宮のうちは としへてすみし
通釈 沖つ浪 荒れのみまさる 宮の内は 年経て住みし

以世乃安万毛 舟奈可之多留 心地之天 与良武方奈久
いせのあまも 舟なかしたる 心地して よらむ方なく
伊勢の海人も 舟流したる 心地して 寄らむ方なく

加奈之幾尓 涙乃色乃 久礼奈為八 我良可奈可乃
かなしきに 涙の色の くれなゐは 我らかなかの
悲しきに 涙の色の 紅は 我らがなかの

時雨尓天 秋乃毛美知止 人/\者 遠乃可知利/\
時雨にて 秋のもみちと 人/\は をのかちり/\
時雨にて 秋の紅葉と  人びとは 己が散り散り

和可礼奈八 堂乃武可个奈久 奈利八天々 止末留物止八
わかれなは たのむかけなく なりはてゝ とまる物とは
別れなば  頼む蔭なく   なりはてて 止まる物とは

花寸々幾 幾美奈幾庭尓 武礼多知天 曽良遠万祢可者
花すゝき きみなき庭に むれたちて そらをまねかは
花薄   君なき庭に  群れ立ちて 空を招かば

者川可利乃 奈幾渡利川々 与曽尓己曽見女
はつかりの なき渡りつゝ よそにこそ見め
初雁の   鳴き渡りつつ よそにこそ見め

旋頭哥
旋頭哥

歌番号一〇〇七
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 宇知和多寸 遠知方人尓 物末宇寸 和礼曽乃曽己仁
読下 うちわたす をち方人に 物まうす われそのそこに
通釈 うち渡す  遠方人に  もの申す 我れそのそこに

之呂久左个留者 奈尓乃花曽毛
しろくさけるは なにの花そも
白く咲けるは  何の花ぞも

歌番号一〇〇八
返之
返し

和歌 春左礼盤 乃部尓末川佐久 見礼止安可奴 花末比奈之尓
読下 春されは のへにまつさく 見れとあかぬ 花まひなしに
通釈 春されば 野辺にまづ咲く 見れどあかぬ 花まひなしに

堂々奈乃留部幾 花乃奈々礼也
たゝなのるへき 花のなゝれや
ただ名のるべき 花の名なれや

歌番号一〇〇九
題之良須
題しらす

和歌 者川世河 布留可者乃部尓 布多毛止安留寸幾 年遠部天
読下 はつせ河 ふるかはのへに ふたもとあるすき 年をへて
通釈 初瀬川  古川野辺に   二本ある杉    年を経て

又毛安比見武 不多毛止安留寸幾
又もあひ見む ふたもとあるすき
又もあひ見む 二本ある杉

歌番号一〇一〇
徒良由支
つらゆき

和歌 幾美可左寸 美可左乃山乃 毛三知八乃以呂 神奈月
読下 きみかさす みかさの山の もみちはのいろ 神な月
通釈 君がさす  三笠の山の  もみぢ葉の色  神無月

志久礼乃安女乃 曽女留奈利个利
しくれのあめの そめるなりけり
時雨の雨の   染めるなりけり

誹諧哥
誹諧哥

歌番号一〇一一
題志良寸    与三人之良須
題しらす    み人しらす

和歌 梅花見尓己曽幾川礼鶯乃人久/\止以止比之毛遠留
読下 梅花見にこそきつれ鴬の人く/\といとひしもをる
通釈 梅花見にこそ来つれ鴬のひとくひとくと厭ひしもをる

歌番号一〇一二
素性法師
素性法師

和歌 山吹乃花色衣奴之也多礼止部止己多部寸久知奈之尓之天
読下 山吹の花色衣ぬしやたれとへとこたへすくちなしにして
通釈 山吹の花色衣主や誰れ問へど答へずくちなしにして

歌番号一〇一三
藤原敏行朝臣
藤原敏行朝臣

和歌 以久者久乃田遠川久礼者可郭公志天乃多遠左遠安左奈/\与不
読下 いくはくの田をつくれはか郭公してのたをさをあさな/\よふ
通釈 いくばくの田を作ればか郭公死出の田長を朝な朝な呼ぶ

歌番号一〇一四
七月六日多奈八多乃心遠与三个留    藤原加祢寸个乃朝臣
七月六日たなはたの心をよみける    藤原かねすけの朝臣

和歌 伊川之可止末多久心遠者幾尓安个天安万乃可八良遠个不也和多良武
読下 いつしかとまたく心をはきにあけてあまのかはらをけふやわたらむ
通釈 いつしかとまたぐ心をはぎにあげて天の川原を今日や渡らむ

歌番号一〇一五
題之良寸    凡河内美川祢
題しらす    凡河内みつね

和歌 武川己止毛末多徒幾奈久尓安遣奴女利以川良八秋乃奈可之天不与八
読下 むつこともまたつきなくにあけぬめりいつらは秋のなかしてふよは
通釈 睦言もまだ尽きなくに明けぬめりいづらは秋の長してふ夜は

歌番号一〇一六
僧正部无世宇
僧正へんせう

和歌 秋乃々尓奈万女幾多天留遠三奈部之安奈可之可満之花毛比止時
読下 秋のゝになまめきたてるをみなへしあなかしかまし花もひと時
通釈 秋の野になまめき立てる女郎花あなかしがまし花も一時

歌番号一〇一七
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 安幾久礼者乃部尓多者留々女郎花以川礼乃人可川末天見留部幾
読下 あきくれはのへにたはるゝ女郎花いつれの人かつまて見るへき
通釈 秋来れば野辺にたはるる女郎花いづれの人か摘まで見るべき

歌番号一〇一八
和歌 秋幾利乃者礼天久毛礼八遠三奈部之花乃寸可多曽見衣可久礼寸留
読下 秋きりのはれてくもれはをみなへし花のすかたそ見えかくれする
通釈 秋霧の晴れて曇れば女郎花花の姿ぞ見え隠れする

歌番号一〇一九
和歌 花止見天於良武止寸礼八遠三奈部之宇多々安留左万乃名尓己曽有个礼
読下 花と見ておらむとすれはをみなへしうたゝあるさまの名にこそ有けれ
通釈 花と見て折らむとすれば女郎花うたたあるさまの名にこそありけれ

歌番号一〇二〇
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    在原武祢也奈
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    在原むねやな

和歌 秋風尓保己呂日奴良之布知者可万川々利左世天不蟋蟀奈久
読下 秋風にほころひぬらしふちはかまつゝりさせてふ蟋蟀なく
通釈 秋風にほころびぬらし藤袴つづりさせてふきりぎりす鳴く

歌番号一〇二一
安寸者留多々武止之个留日止奈利乃家乃可多与利風乃雪遠
あすはるたゝむとしける日となりの家のかたより風の雪を

布幾己之个留遠見天曽乃止奈利部与美天川可八之遣累    清原布可也不
ふきこしけるを見てそのとなりへよみてつかはしける    清原ふかやふ

和歌 冬奈可良春乃隣乃知可个礼者奈可々幾与利曽花八知利个留
読下 冬なから春の隣のちかけれはなかゝきよりそ花はちりける
通釈 冬ながら春の隣の近ければ中垣よりぞ花は散りける

歌番号一〇二二
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 以曽乃神布利尓之己比乃神左日天多々留尓我者以曽祢可祢川留
読下 いその神ふりにしこひの神さひてたゝるに我はいそねかねつる
通釈 石上古りにし恋の神さびてたたるに我は寝ぞねかねつる

歌番号一〇二三
和歌 枕与利安止与利己比乃世女久礼者世武方奈美曽止己奈可尓遠留
読下 枕よりあとよりこひのせめくれはせむ方なみそとこなかにをる
通釈 枕よりあとより恋のせめくればせむ方なみぞ床中にをる

歌番号一〇二四
和歌 己飛之幾可方毛方己曽有止幾計多礼遠礼止毛奈幾心知哉
読下 こひしきか方も方こそ有ときけたれをれともなき心ち哉
通釈 恋しきが方もかたこそありと聞け立てれをれどもなき心地かな

歌番号一〇二五
和歌 安里奴也止心見可天良安飛見祢八堂者不礼尓久幾万天曽己日之幾
読下 ありぬやと心見かてらあひ見ねはたはふれにくきまてそこひしき
通釈 ありぬやと心見がてらあひ見ねばたはぶれにくきまでぞ恋しき

歌番号一〇二六
和歌 美々奈之乃山乃久知奈之衣天之哉思日乃色乃之多曽女尓世武
読下 みゝなしの山のくちなしえてし哉思ひの色のしたそめにせむ
通釈 耳成の山のくちなし得てしがな思ひの色の下染めにせむ

歌番号一〇二七
和歌 葦引乃山田乃曽保川遠乃礼左部我於本之天不宇礼八之幾己止
読下 葦引の山田のそほつをのれさへ我おほしてふうれはしきこと
通釈 あしひきの山田のそほづ己さへ我おほしてふ憂はしきこと

歌番号一〇二八
幾乃女乃止
きのめのと

和歌 布之乃祢乃奈良奴於毛比尓毛衣八毛衣神多尓个多奴武奈之个不利遠
読下 ふしのねのならぬおもひにもえはもえ神たにけたぬむなしけふりを
通釈 富士の嶺のならぬ思ひに燃えば燃え神だに消たぬ空し煙を

歌番号一〇二九
幾乃安利止毛
きのありとも

和歌 安飛見末久星八加寸奈久有奈可良人尓月奈三迷己曽寸礼
読下 あひ見まく星はかすなく有なから人に月なみ迷こそすれ
通釈 あひ見まくほしは数なくありながら人に月なみまどひこそすれ

歌番号地〇三〇
小野小町
小野小町

和歌 人尓安者武月乃奈幾尓八思日遠幾天武祢者之利火尓心也計遠利
読下 人にあはむ月のなきには思ひをきてむねはしり火に心やけをり
通釈 人に逢はむ月のなきには思ひ置きて胸走り火に心焼けをり

歌番号一〇三一
寛平御時幾左以乃宮乃哥合乃宇多    藤原於幾可世
寛平御時きさいの宮の哥合のうた    藤原おきかせ

和歌 春霞多奈比久乃部乃和可奈尓毛奈利見天之哉人毛川武也止
読下 春霞たなひくのへのわかなにもなり見てし哉人もつむやと
通釈 春霞たなびく野辺の若菜にもなり見てしがな人も摘むやと

歌番号一〇三二
題之良寸    与三人之良須
題しらす    よみ人しらす

和歌 於毛部止毛猶宇止万礼奴春霞加々良奴山毛安良之止於毛部八
読下 おもへとも猶うとまれぬ春霞かゝらぬ山もあらしとおもへは
通釈 思へどもなほ疎まれぬ春霞かからぬ山もあらじと思へば

歌番号一〇三三
平貞文
平貞文

和歌 春乃野々志个幾草者乃川末己日仁止比多川幾之乃本呂々止曽奈久
読下 春の野ゝしけき草はのつまこひにとひたつきしのほろゝとそなく
通釈 春の野の繁き草葉の妻恋ひに飛び立つ雉子のほろろとぞ鳴く

歌番号一〇三四
幾乃与之比止
きのよしひと

和歌 秋乃々尓徒万奈幾之可乃年遠部天奈曽和可己日乃加比与止曽奈久
読下 秋のゝにつまなきしかの年をへてなそわかこひのかひよとそなく
通釈 秋の野に妻なき鹿の年を経てなぞ我が恋のかひよとぞ鳴く

歌番号一〇三五
美川子
みつね

和歌 蝉乃羽乃比止部尓宇寸幾夏衣奈礼八与利奈武物尓也八安良奴
読下 蝉の羽のひとへにうすき夏衣なれはよりなむ物にやはあらぬ
通釈 蝉の羽のひとへに薄き夏衣なればよりなむ物にやはあらぬ

歌番号一〇三六
堂々美祢
たゝみね

和歌 加久礼奴乃志多与利於不留祢奴奈八乃祢奴奈八多天之久留奈以止日曽
読下 かくれぬのしたよりおふるねぬなはのねぬなはたてしくるないとひそ
通釈 隠れ沼の下より生ふるねぬなはの寝ぬ名は立てじ来るな厭ひそ

歌番号一〇三七
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 己止奈良八思者寸止也八伊日者天奴奈曽世中乃多万多寸幾奈留
読下 ことならは思はすとやはいひはてぬなそ世中のたまたすきなる
通釈 ことならば思はずとやは言ひはてぬなぞ世の中の玉だすきなる

歌番号一〇三八
和歌 於毛不天不人乃心乃久末己止尓多知可久礼川々見留与之毛哉
読下 おもふてふ人の心のくまことにたちかくれつゝ見るよしも哉
通釈 思ふてふ人の心の隈ごとに立ち隠れつつ見るよしもがな

歌番号一〇三九
和歌 思部止毛於毛八寸止乃美以不奈礼者以奈也於毛者之思不可日奈之
読下 思へともおもはすとのみいふなれはいなやおもはし思ふかひなし
通釈 思へども思はずとのみ言ふなれば否や思はじ思ふかひなし

歌番号一〇四〇
和歌 我遠乃美思不止以者々安留部幾遠以天也心八於保奴左尓之天
読下 我をのみ思ふといはゝあるへきをいてや心はおほぬさにして
通釈 我をのみ思ふと言はばあるべきをいでや心は大幣にして

歌番号一〇四一
和歌 和礼遠思不人遠於毛八奴武久日尓也和可思不人乃我遠於毛八奴
読下 われを思ふ人をおもはぬむくひにやわか思ふ人の我をおもはぬ
通釈 我を思ふ人を思はぬむくいにや我が思ふ人の我を思はぬ

歌番号一〇四二
深養父
深養父

和歌 思日个武人遠曽止毛尓於毛者末之万左之也武久日奈可利个利也八
読下 思ひけむ人をそともにおもはましまさしやむくひなかりけりやは
通釈 思ひけむ人をぞともに思はまし正しやむくいなかりけりやは

歌番号一〇四三
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 以天々由可武人遠止々女武与之奈幾尓止奈利乃方尓者奈毛比奴哉
読下 いてゝゆかむ人をとゝめむよしなきにとなりの方にはなもひぬ哉
通釈 出でて行かむ人を留めむよしなきに隣の方に鼻もひぬかな

歌番号一〇四四
和歌 紅尓曽女之心毛堂乃万礼寸人遠安久尓八宇川留天不奈利
読下 紅にそめし心もたのまれす人をあくにはうつるてふなり
通釈 紅に染めし心も頼まれず人をあくには移るてふなり

歌番号一〇四五
和歌 以止者留々和可身八々留乃己万奈礼也乃可日可天良尓者那知寸天川々
読下 いとはるゝわか身はゝるのこまなれやのかひかてらにはなちすてつゝ
通釈 厭はるる我が身は春の駒なれや野飼ひがてらに放ち捨てつつ

歌番号一〇四六
和歌 鶯乃己曽乃也止利乃布留寸止也我尓八人乃川礼奈可留覧
読下 鴬のこそのやとりのふるすとや我には人のつれなかる覧
通釈 鴬の去年の宿りの古巣とや我には人のつれなかるらん

歌番号一〇四七
和歌 佐可之良尓夏者人万祢左々乃八乃左也久之毛与遠和可比止利奴留
読下 さかしらに夏は人まねさゝのはのさやくしもよをわかひとりぬる
通釈 さかしらに夏は人まね笹の葉のさやぐ霜夜を我が一人寝る

歌番号一〇四八
平中興
平中興

和歌 逢事乃今者々川可尓奈利奴礼者夜布可々良天八月奈可利个利
読下 逢事の今はゝつかになりぬれは夜ふかゝらては月なかりけり
通釈 逢ふことの今ははつかになりぬれば夜深からでは月なかりけり

歌番号一〇四九
左乃於保以末宇知幾三
左のおほいまうちきみ

和歌 毛呂己之乃与之乃々山尓己毛留止毛遠久礼武止思我奈良奈久仁
読下 もろこしのよしのゝ山にこもるともをくれむと思我ならなくに
通釈 唐土の吉野の山に籠もるとも遅れむと思ふ我ならなくに

歌番号一〇五〇
奈可幾
なかき

和歌 雲者礼奴安左万乃山乃安左末之也人乃心遠見天己曽也万女
読下 雲はれぬあさまの山のあさましや人の心を見てこそやまめ
通釈 雲晴れぬ浅間の山のあさましや人の心を見てこそ止まめ

歌番号一〇五一
伊勢
伊勢

和歌 奈尓者奈留奈可良乃者之毛川久留奈利今八和可身遠奈尓々多止部武
読下 なにはなるなからのはしもつくるなり今はわか身をなにゝたとへむ
通釈 難波なる長柄の橋も尽くるなり今は我が身を何にたとへむ

歌番号一〇五二
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 万免奈礼止奈尓曽八与計久加留可也乃見多礼天安礼止安之計久毛奈之
読下 まめなれとなにそはよけくかるかやのみたれてあれとあしけくもなし
通釈 まめなれど何ぞなは良けく刈る萱の乱れてあれど悪しけくもなし

歌番号一〇五三
於幾可世
おきかせ

和歌 奈尓可曽乃名乃立事乃於之可良武之利天万止不八我比止利可八
読下 なにかその名の立事のおしからむしりてまとふは我ひとりかは
通釈 何かその名の立つことの惜しからむ知りてまどふは我一人かは

歌番号一〇五四
以止己奈利个留於止己尓与曽部天人乃以日个礼八    久曽
いとこなりけるおとこによそへて人のいひけれは    くそ

和歌 与曽奈可良和可身尓以止乃与留止以部者多々以川八利尓寸久許也
読下 よそなからわか身にいとのよるといへはたゝいつはりにすく許也
通釈 よそながら我が身に糸のよると言へばただ偽りに過ぐばかりなり

歌番号一〇五五
題之良寸    左奴幾
題しらす    さぬき

和歌 祢幾事遠左乃美幾々計武也之呂己曽者天八奈个幾乃毛利止奈留良女
読下 ねき事をさのみきゝけむやしろこそはてはなけきのもりとなるらめ
通釈 ねぎ言をさのみ聞きけむ社こそはては嘆きの森となるらめ

歌番号一〇五六
大輔
大輔

和歌 奈計幾己留山止之多可久奈利奴礼者川良川恵乃美曽万川々可礼个留
読下 なけきこる山としたかくなりぬれはつらつゑのみそまつゝかれける
通釈 投げ木こる山とし高くなりぬればつらづゑのみぞまづ突かれける

歌番号一〇五七
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 奈計幾遠八己利乃美川美天安之比幾乃山乃可日奈久奈利奴部良也
読下 なけきをはこりのみつみてあしひきの山のかひなくなりぬへら也
通釈 投げ木をばこりのみ積みてあしひきの山のかひなくなりぬべらなり

歌番号一〇五八
和歌 人己不累事遠々毛尓止仁奈日毛天安不己奈幾己曽和日之可利个礼
読下 人こふる事をゝもにとになひもてあふこなきこそわひしかりけれ
通釈 人恋ふる事を重荷と担ひもてあふごなきこそ侘びしかりけれ

歌番号一〇五九
和歌 夜為乃末尓以天々以利奴留美可月乃和礼天物思己呂尓毛安留哉
読下 夜ゐのまにいてゝいりぬるみか月のわれて物思ころにもある哉
通釈 宵の間に出でて入りぬる三日月のわれて物思ふころにもあるかな

歌番号一〇六〇
和歌 曽部尓止天止寸礼者可々利加久寸礼八安奈以比之良寸安不左幾留左二
読下 そへにとてとすれはかゝりかくすれはあないひしらすあふさきるさに
通釈 そゑにとてとすればかかりかくすればあな言ひ知らずあふさきるさに

歌番号一〇六一
和歌 世中乃宇幾多比己止尓身遠奈个者布可幾谷己曽安左久奈利奈免
読下 世中のうきたひことに身をなけはふかき谷こそあさくなりなめ
通釈 世の中の憂き度ごとに身を投げば深き谷こそ浅くなりなめ

歌番号一〇六二
在原元方
在原元方

和歌 与乃奈可者以可尓久留之止思覧己々良乃人尓宇良美良留礼八
読下 よのなかはいかにくるしと思覧こゝらの人にうらみらるれは
通釈 世の中はいかに苦しと思ふらんここらの人に恨みらるれば

歌番号一〇六三
与三人之良寸
よみ人しらす

和歌 奈尓遠之天身乃以多川良尓於以奴覧年乃於毛者武事曽也左之幾
読下 なにをして身のいたつらにおいぬ覧年のおもはむ事そやさしき
通釈 何をして身のいたづらに老いぬらむ年の思はむ事ぞやさしき

歌番号一〇六四
於幾可世
おきかせ

和歌 身者寸天徒心遠多尓毛波不良左之川為尓者以可々奈留止之累部久
読下 身はすてつ心をたにもはふらさしつゐにはいかゝなるとしるへく
通釈 身は捨てつ心をだにもはふらさじつひにはいかがなると知るべく

歌番号一〇六五
千左止
千さと

和歌 白雪乃友尓和可身八布利奴礼止心者幾衣奴物尓曽安利个留
読下 白雪の友にわか身はふりぬれと心はきえぬ物にそありける
通釈 白雪のともに我が身は古りぬれど心は消えぬ物にぞありける

歌番号一〇六六
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 梅花佐幾天乃々知乃身奈礼者也寸幾物止乃美人乃以不覧
読下 梅花さきてのゝちの身なれはやすき物とのみ人のいふ覧
通釈 梅の花咲きての後の身なればやすき物とのみ人の言ふらん

歌番号一〇六七
法星仁之河尓於八之末之多利个留日左累山乃可比尓左个不止以不己止遠
法星にし河におはしましたりける日さる山のかひにさけふといふことを

題尓天与万世多万宇个留    美川祢
題にてよませたまうける    みつね

和歌 和飛之良尓満之良奈々幾曽安之比幾乃山乃可比安留个不尓也八安良奴
読下 わひしらにましらなゝきそあしひきの山のかひあるけふにやはあらぬ
通釈 侘びしらに猿な鳴きそあしひきの山の峡ある今日にやはあらぬ

歌番号一〇六八
題之良寸    与三人之良寸
題しらす    よみ人しらす

和歌 世遠以止日己乃毛止己止尓多知与利天宇川布之曽女乃安左乃幾奴奈利
読下 世をいとひこのもとことにたちよりてうつふしそめのあさのきぬなり
通釈 世を厭ひ木の下ごとに立ち寄りてうつぶし染めの麻の衣なり



古今和歌集巻第二十
大哥所御哥

於保奈本比乃宇多
おほなほひのうた

歌番号一〇六九
和歌 安多良之幾年乃始尓加久之己曽知止世遠可祢天多乃之幾遠川女
読下 あたらしき年の始にかくしこそちとせをかねてたのしきをつめ
通釈 新しき年の始めにかくしこそ千歳をかねてたのしきを積め

日本紀尓八川可部万川良女与呂川与万天二
日本紀にはつかへまつらめよろつよまてに

歌番号一〇七〇
布留幾也万止末比乃宇多
ふるきやまとまひのうた

和歌 志毛止由不加川良幾山尓布留雪乃万奈久時奈久於毛本由留哉
読下 しもとゆふかつらき山にふる雪のまなく時なくおもほゆる哉
通釈 しもとゆふ葛城山に降る雪の間なく時なく思ほゆるかな

歌番号一〇七一
安不美布利
あふみふり

和歌 近江与利安左多知久礼八宇祢乃々尓多川曽奈久奈留安計奴己乃与八
読下 近江よりあさたちくれはうねのゝにたつそなくなるあけぬこのよは
通釈 近江より朝立ち来ればうねの野に田鶴ぞ鳴くなる明けぬこの世は

歌番号一〇七二
美川久幾布利
みつくきふり

和歌 水久幾乃遠可乃也可多尓以毛止安礼止祢天乃安左个乃之毛乃布利者毛
読下 水くきのをかのやかたにいもとあれとねてのあさけのしものふりはも
通釈 水茎の岡の屋形に妹と我れと寝ての朝けの霜の降りはも

歌番号一〇七三
志者川山布利
しはつ山ふり

和歌 之者川山宇知以天々見礼八加左由日乃志万己幾加久留多奈々之遠不祢
読下 しはつ山うちいてゝ見れはかさゆひのしまこきかくるたなゝしをふね
通釈 しはつ山うち出でて見れば笠ゆひの島漕ぎ隠る棚無し小舟

神安曽比乃宇多
神あそひのうた

歌番号一〇七四
止利毛乃々宇多
とりものゝうた

和歌 神可幾乃美武呂乃山乃左可幾者々神乃見末部尓之个利安日尓遣利
読下 神かきのみむろの山のさかきはゝ神のみまへにしけりあひにけり
通釈 神垣の三室の山の榊葉は神の御前に繁りあひにけり

歌番号一〇七五
和歌 志毛也多日遠个止加礼世奴左可幾者乃多知左可由部幾神乃幾祢可毛
読下 しもやたひをけとかれせぬさかきはのたちさかゆへき神のきねかも
通釈 霜八度置けど枯れせぬ榊葉の立ち栄ゆべき神のきねかも

歌番号一〇七六
和歌 満幾毛久乃安奈之乃山乃山人止人毛見留可尓山可川良世与
読下 まきもくのあなしの山の山人と人も見るかに山かつらせよ
通釈 巻向の穴師の山の山人と人も見るがに山かづらせよ

歌番号一〇七七
和歌 美山尓者安良礼布留良之止也万奈留末左幾乃可川良以呂川幾尓个利
読下 み山にはあられふるらしとやまなるまさきのかつらいろつきにけり
通釈 深山には霰降るらし外山なるまさきの葛色づきにけり

歌番号一〇七八
和歌 見知乃久乃安多知乃万由美和可比可者寸恵左部与利己志乃日/\尓
読下 みちのくのあたちのまゆみわかひかはすゑさへよりこしのひ/\に
通釈 陸奥の安達のまゆみ我が引かば末さへ寄り来しのびしのびに

歌番号一〇七九
和歌 和可己止乃以多為乃之水左止々遠美人之久万祢八美久左於日尓个利
読下 わかゝとのいたゐのし水さとゝをみ人しくまねはみくさおひにけり
通釈 我が門の板井の清水里遠み人し汲まねば水草生ひにけり

歌番号一〇八〇
飛累女乃宇多
ひるめのうた

和歌 佐々乃久万飛乃久満河尓己万止女天志波之水可部加計遠多尓見武
読下 さゝのくまひのくま河にこまとめてしはし水かへかけをたに見む
通釈 笹の隈桧の隈川に駒止めてしばし水飼へ影をだに見む

歌番号一〇八一
加部之毛乃々宇多
かへしものゝうた

和歌 安遠也幾遠加多以止尓与利天鶯乃奴不部不笠八梅乃花可左
読下 あをやきをかたいとによりて鴬のぬふてふ笠は梅の花かさ
通釈 青柳を片糸によりて鴬の縫ふてふ笠は梅の花笠

歌番号一〇八二
和歌 満可祢布久幾比乃中山於比尓世留本曽多尓河乃遠止乃左也个左
読下 まかねふくきひの中山おひにせるほそたに河のをとのさやけさ
通釈 まがねふく吉備の中山帯にせる細谷川の音のさやけさ

己乃哥八承和乃御部乃幾日乃久尓乃哥
この哥は承和の御へのきひのくにの哥

歌番号一〇八三
和歌 美作也久女乃左良山佐良/\尓和可奈八多天之与呂川与万天二
読下 美作やくめのさら山さら/\にわかなはたてしよろつよまてに
通釈 美作や久米の佐良山さらさらに我が名は立てじよろづ世までに

己礼八美可可川乃於乃御部乃三万佐可乃久尓乃宇多
これはみかかつのおの御へのみまさかのくにのうた

歌番号一〇八四
和歌 美乃々久尓関乃布知河堂衣寸之天君尓川可部武与呂川与万天尓
読下 みのゝくに関のふち河たえすして君につかへむよろつよまてに
通釈 美濃の国関の淵河絶えずして君に仕へむよろづ代までに

己礼八元慶乃御部乃美乃々宇多
これは元慶の御へのみのゝうた

歌番号一〇八五
和歌 幾美可世八限毛安良之奈可者万乃末左己乃可寸八与美川久寸止毛
読下 きみか世は限もあらしなかはまのまさこのかすはよみつくすとも
通釈 君が代は限りもあらじ長浜の真砂の数はよみ尽くすとも

己礼八仁和乃御部乃以世乃久尓乃哥
これは仁和の御へのいせのくにの哥

歌番号一〇八六
大伴久呂奴之
大伴くろぬし

和歌 近江乃也加々美乃山遠多天多礼八加祢天曽見由留君可知止世八
読下 近江のやかゝみの山をたてたれはかねてそ見ゆる君かちとせは
通釈 近江のや鏡の山をたてたればかねてぞ見ゆる君が千歳は

己礼八今上乃御部乃安不三乃宇多
これは今上の御へのあふみのうた

東哥
東哥

美知乃久乃宇多
みちのくのうた

歌番号一〇八七
和歌 安不久満尓霧立久毛利安計奴止毛君遠者也良之末天八寸部奈之
読下 あふくまに霧立くもりあけぬとも君をはやらしまてはすへなし
通釈 阿武隈に霧立ち曇り明けぬとも君をばやらじ待てばすべなし

歌番号一〇八八
和歌 美知乃久者以川久八安礼止之本可万乃浦己久舟乃川奈天可奈之毛
読下 みちのくはいつくはあれとしほかまの浦こく舟のつなてかなしも
通釈 陸奥はいづくはあれど塩釜の浦漕ぐ舟の綱手かなしも

歌番号一〇八九
和歌 和可世己遠宮己尓也利天志本可万乃末可幾乃之万乃松曽己日之幾
読下 わかせこを宮こにやりてしほかまのまかきのしまの松そこひしき
通釈 我が背子を都にやりて塩釜のまがきの島の待つぞ恋しき

歌番号一〇九〇
和歌 於久呂左幾美川乃己之満乃人奈良八宮己乃川止尓以左止以者万之遠
読下 おくろさきみつのこしまの人ならは宮このつとにいさといはましを
通釈 おぐろ崎みつの小島の人ならば都のつとにいざと言はましを

歌番号一〇九一
和歌 美左不良比見可左止申世宮木乃々己乃之多川由者安女尓万左礼利
読下 みさふらひみかさと申せ宮木のゝこのしたつゆはあめにまされり
通釈 みさぶらひ御笠とまうせ宮城野の木の下露は雨にまされり

歌番号一〇九二
和歌 毛可美河乃本礼者久多留以奈舟乃以奈尓八安良寸己乃月許
読下 もかみ河のほれはくたるいな舟のいなにはあらすこの月許
通釈 最上河上れば下る稲舟のいなにはあらずこの月ばかり

歌番号一〇九三
和歌 君遠々幾天安多之心遠和可毛多八寸恵乃松山浪毛己衣奈武
読下 君をゝきてあたし心をわかもたはすゑの松山浪もこえなむ
通釈 君を置きてあだし心を我が持たば末の松山浪も越えなむ


左可美宇多
さかみうた

歌番号一〇九四
和歌 己与呂幾乃以曽多知奈良之以曽奈川武女左之奴良寸奈於幾尓遠礼浪
読下 こよろきのいそたちならしいそなつむめさしぬらすなおきにをれ浪
通釈 こよろぎの磯たちならし磯菜摘むめざし濡らすな沖にをれ浪


飛多知宇多
ひたちうた

歌番号一〇九五
和歌 徒久者祢乃己乃毛加乃毛尓影八安礼止君可美可个尓万寸加遣者奈之
読下 つくはねのこのもかのもに影はあれと君かみかけにますかけはなし
通釈 筑波嶺のこのもかのもに影はあれど君が御影にます影はなし

歌番号一〇九六
和歌 川久波祢乃峯乃毛美知八於知川毛利之留毛志良奴毛奈部天加奈之毛
読下 つくはねの峯のもみちはおちつもりしるもしらぬもなへてかなしも
通釈 筑波嶺の峰のもみぢ葉落ち積もり知るも知らぬもなべてかなしも


加飛宇多
かひうた

歌番号一〇九七
和歌 加飛可祢遠左也尓毛見之可遣々礼奈久与己本利布世留佐也乃中山
読下 かひかねをさやにも見しかけゝれなくよこほりふせるさやの中山
通釈 甲斐が嶺をさやにも見しかけけれなく横ほり臥せる小夜の中山

歌番号一〇九八
和歌 可比加子遠祢己之山己之吹風遠人尓毛可毛也事川天也良武
読下 かひかねをねこし山こし吹風を人にもかもや事つてやらむ
通釈 甲斐が嶺をねこじ山越し吹く風を人にもがもや言伝てやらむ


伊勢宇多
伊勢うた

歌番号一〇九九
和歌 於不乃宇良仁加多衣左之於保比奈留奈之乃奈利毛奈良寸毛祢天可多良波武
読下 おふのうらにかたえさしおほひなるなしのなりもならすもねてかたらはむ
通釈 おふの浦に片枝さしおほひなる梨のなりもならずも寝て語らはむ


冬乃賀茂乃末川利乃宇多
冬の賀茂のまつりのうた

歌番号一一〇〇
藤原敏行朝臣
藤原敏行朝臣

和歌 知者也布累加毛乃也之呂乃飛免己万川与呂徒世不止毛以呂者可波良之
読下 ちはやふるかものやしろのひめこまつよろつ世ふともいろはかはらし
通釈 ちはやぶる賀茂の社の姫小松よろづ世経とも色は変らじ



家々称証本之本乍書入以墨滅哥

巻第十 物名部

歌番号一一〇一
飛久良之        川良由幾
ひくらし        つらゆき

和歌 曽万人者宮木比久良之安之比幾乃山乃山比己与日止与武奈利
読下 そま人は宮木ひくらしあしひきの山の山ひこよひとよむなり
通釈 そま人は宮木引くらしあしひきの山の山彦呼びとよむなり

在郭公下 空蝉上
在郭公下 空蝉上

歌番号一一〇二
勝臣
勝臣

和歌 加遣利天毛奈尓遠可多万乃幾天毛見武加良八本乃本止奈利尓之毛乃遠
読下 かけりてもなにをかたまのきても見むからはほのほとなりにしものを
通釈 かけりても何をか魂の来ても見む殻は炎となりにしものを

遠可多万乃木 友則下
をかたまの木 友則下

歌番号一一〇三
久礼乃於毛川良由幾
くれのおもつらゆき

和歌 己之時止己日川々遠礼八由不久礼乃於毛可个尓乃三見衣和多留哉
読下 こし時とこひつゝをれはゆふくれのおもかけにのみ見えわたる哉
通釈 来し時と恋ひつつをれば夕暮れの面影にのみ見えわたるがな

忍草 利貞下  遠幾乃井 三也己之満
忍草 利貞下  をきの井 みやこしま

歌番号一一〇四
遠乃々己万知
をのゝこまち

和歌 越幾乃井天身遠也久与利毛加奈之幾者宮己之満部乃和可礼奈利个利
読下 をきのゐて身をやくよりもかなしきは宮こしまへのわかれなりけり
通釈 をきのゐて身を焼くよりもかなしきはみやこ島への別れなりけり

加良己止 清行下
からこと 清行下

歌番号一一〇五
曽女止乃安者多  安也毛知
そめとのあはた  あやもち

和歌 宇幾女遠八与曽女止乃美曽乃可礼由久雲乃安者多川山乃不毛止尓
読下 うきめをはよそめとのみそのかれゆく雲のあはたつ山のふもとに
通釈 憂きめをばよそ目とのみぞ逃れ行く雲のあはたつ山の麓に

己乃宇多水乃尾乃美可止乃曽女止乃与利安者多部宇川利多万宇个留時尓与女留
このうた水の尾のみかとのそめとのよりあはたへうつりたまうける時によめる

桂宮下
桂宮下



巻第十一

歌番号一一〇六
奥菅乃根之乃幾布留雪下
奥菅の根しのきふる雪下

和歌 个不人遠己不留心者大井河奈可留々水尓於止良佐利个利
読下 けふ人をこふる心は大井河なかるゝ水におとらさりけり
通釈 今日人を恋ふる心は大井川流るる水に劣らざりけり

歌番号一一〇七
和歌 和幾毛己尓安不左可山乃之乃寸々幾本尓八伊天寸毛己比和多留可那
わきもこにあふさか山のしのすゝきほにはいてすもこひわたるかな
通釈 我妹子に逢坂山のしのすすき穂には出でずも恋ひわたるかな


巻第十三

歌番号一一〇八
己比之久八之多尓遠思部紫乃下
こひしくはしたにを思へ紫の下

和歌 以奴可美乃止己乃山奈留奈止利河以左止己多部与和可奈毛良寸奈
読下 いぬかみのとこの山なるなとり河いさとこたへよわかなもらすな
通釈 犬上のとこの山なる名取川いさと答へよ我が名漏らすな

己乃哥安留人安女乃美可止乃安不三乃宇祢女尓多万部留止
この哥ある人あめのみかとのあふみのうねめにたまへると

歌番号一一〇九
返之    宇祢女乃多天万川礼留
返し    うねめのたてまつれる

和歌 山之奈乃遠止八乃多幾乃遠止尓乃美人乃之留部久和可己日女也毛
読下 山しなのをとはのたきのをとにのみ人のしるへくわかこひめやも
通釈 山科の音羽の滝の音にだに人の知るべく我が恋ひめやも


巻第十四

歌番号一一一〇
思天不己止乃者乃三也秋遠部天下曽止本利比女乃比止利為天
思てふことのはのみや秋をへて下そとほりひめのひとりゐて

美可止遠己比多天万川利天
みかとをこひたてまつりて

和歌 和可世己可久部幾与為也佐々可尓乃久毛乃不留万比加祢天之留之毛
読下 わかせこかくへきよゐ也さゝかにのくものふるまひかねてしるしも
通釈 我が背子が来べき宵なりささがにの蜘蛛の振る舞ひかねてしるしも

深養父己比之止八多可奈川計々武己止奈良武下
深養父こひしとはたかなつけゝむことならむ下

歌番号一一一一
川良由幾
つらゆき

和歌 美知之良八川美尓毛由可武寸三乃衣乃岸尓於不天不己日和寸礼久左
読下 みちしらはつみにもゆかむすみのえの岸におふてふこひわすれくさ
通釈 道知らば摘みにも行かむ住の江の岸に生ふてふ恋忘れ草


再読、今日のみそひと歌 金

$
0
0
再読、今日のみそひと歌 金

集歌31 左散難弥乃 志我能大和太 興杼六友 昔人尓 亦母相目八毛
訓読 ささなみの志賀の大わだ淀(よど)むとも昔の人にまた逢はめやも
私訳 楽波の志賀の大和田の水が淀むように、淀む思い出に立ち返って、昔の大津宮の大宮人に再び会うことが出来るでしょうか。

集歌32 古 人尓和礼有哉 樂浪乃 故京乎 見者悲寸
訓読 古(いにしへ)し人に吾(わ)れあれや楽浪(ささなみ)の故(ふるき)京(みやこ)を見れば悲しき
私訳 もう、古い時代の人間に私はなったのだろうか。この楽浪の故き都の様子を見ると悲しくなる。

集歌33 樂浪乃 國都美神乃 浦佐備而 荒有京 見者悲毛
訓読 楽浪(ささなみ)の国つ御神(みかみ)の心(うら)さびに荒れたる京(みやこ)見れば悲しも
私訳 楽浪の国を守る国つ御神の神威も衰えてしまったので、この荒廃した都を見ると悲しくなる。

集歌34 白浪乃 濱松之枝乃 手向草 幾代左右二賀 年乃經去良武
訓読 白波の浜松し枝(え)の手向(たむ)け草幾代さへにか年の経(へ)ぬらむ
私訳 白浪のうち寄せる浜辺にある松の枝に懸かる手向の幣(ぬさ)よ。あれからどれほどの年月が経ったのでしょう。

集歌35 此也是能 倭尓四手者 我戀流 木路尓有云 名二負勢能山
訓読 これやこの大和にしては我が恋ふる紀路(きぢ)にありといふ名に負ふ背の山
私訳 これがその大和の都にあって私が眺めることを焦がれていた、紀道にあると云われていた有名な背の山なのですね。

万葉雑記 色眼鏡 百八一 今週のみそひと歌を振り返る その一

$
0
0
万葉雑記 色眼鏡 百八一 今週のみそひと歌を振り返る その一

 今週、紹介した集歌10から12までの組歌三首には標題と左注が付けられています。歌の鑑賞では万葉集編集者が付けた標題を無視することも出来ませんし、山上憶良が編んだ類聚歌林が伝存していたと思われる平安時代初期までに付けられた左注もまた併せて鑑賞する必要があります。当然、標題は編集者のもので、左注は校註者のものですから、優先順序は標題にあります。
 一般にこの歌三首は斉明天皇四年(658)十月から斉明天皇五年正月まで滞在した紀温湯への御幸で詠われたものと推定します。そうした時、標題の「中皇命」とは誰かと云う問題があり、A案では斉明天皇、B案では孝徳天皇の皇后間人皇女です。
 ここで、重要な補足情報として、斉明天皇は即位前において宝皇女と呼ばれ舒明天皇の皇后で、舒明天皇の崩御の後天皇位を継いでいますから、建前では未亡人です。また、間人皇女は宝皇女の御子で孝徳天皇の皇后でしたが、その孝徳天皇は白雉五年(654)に崩御されています。つまり、斉明天皇四年時点では、前皇后間人皇女もまた未亡人なのです。
 おさらいのため、集歌10から12までの歌を紹介します。

中皇命、徃于紀温泉之時御謌
標訓 中(なかつ)皇命(すめらみこと)の、紀温泉(きのゆ)より徃へりましし時の御(かた)りし歌
集歌10 君之齒母 吾代毛所知哉 磐代乃 岡之草根乎 去来結手名
訓読 君し代も吾が代もそ知るや磐代(いはしろ)の岡し草根(くさね)をいざ結びてな
私訳 貴方の生きた時代も、私が生きる時代をも、きっと、全てを知っているのか、その神が宿る磐代よ。その磐代の岡に生える草を、さあ、旅の無事を祈って結びましょう。
裏訳 貴方の口は私の和毛の生えるところを知っていますか。さあ、岩代の岡で、和毛の生えるところを重ね合わせ、抱きあいましょう。

集歌11 吾勢子波 借廬作良須 草無者 小松下乃 草乎苅核
訓読 吾が背子は仮廬(かりほ)作らす草(くさ)無くは小松が下の草を刈らさね
私訳 私の愛しい貴方が仮の宿をお作りになる。もし、その庵の床に敷く草が無いならば、小松の下の草をお刈りなさい。
裏訳 私の愛しい貴方が仮の宿寝をなさるらしい。もし、その仮の宿の床で抱く女性が無いならば、小松の若芽のような年若い女性、この私を抱きなさい。

集歌12 吾欲之 野嶋波見世追 底深伎 阿胡根能浦乃 珠曽不拾
訓読 吾(あ)が欲(ほ)りし野島は見せつ底(そこ)深き阿胡根(あこね)の浦の珠ぞ拾(ひり)はぬ
私訳 私が見たいと思っていた野島を見せてくれました。でも、貴方は海の底の深い阿胡根の浦にある美しい真珠を採ってはいません。
裏訳 私が見たいと思っていた貴方の野島(同音で蛇島=男根)を見せてくれました。でもまだ、貴方は海の底の深い阿胡根の浦にある美しい真珠(=女性陰核)を愛でてくれません。
注意 隋唐時代の発音を示す宋本廣韻によると中国中古音では「野(jĭa/ ʑi̯wo)」と「蛇(jǐe/ dʑʰi̯a)」とは近似の音韻で、「野島」を「ノシマ」とする近代発音とは遠い関係があります。他方、三輪山神話に示すように古代、蛇は男性のシンボルです。

右、檢山上憶良大夫類聚歌林曰、天皇御製謌云々。
注訓 右は、山上憶良大夫の類聚歌林を檢(かむが)がふるに曰はく「天皇(すめらみこと)の御(かた)りて製(つく)らしし謌、云々」といへり。

 さて、紀温湯の御幸の時、皇位継承に関わる重大事件がありました。それが有馬皇子の反逆の疑惑事件です。歴史では蘇我赤兄の屋敷で斉明天皇の統治を痛烈に非難し、それが謀反とされ、斉明天皇四年十一月十一日に紀伊の藤白坂で絞殺されています。斉明天皇は女帝でしたので、男帝の皇位継承は重要な政治項目であり、この時点の有力候補としては葛城皇子(俗称、中大兄、即位して天智天皇)とこの殺された有馬皇子でした。およそ、紹介した組歌三首が詠われた、直前、そのような重大な政変が発生していたのです。
 標題と時系列からしますと、そのような重大な政変が起きた直後、紀温湯から飛鳥への帰還の道中での歌です。歌に詠われる野島は現在の和歌山県御坊市名田町野島と推定され、阿胡根の浦は可能性として御坊市の日高川河口付近と思われます。一方、有馬皇子が殺された藤白坂は現在の海南市藤白と比定され、飛鳥への帰京では御坊市名田町野島からすると翌日通過するような場所となります。歌は、そのような日程での夜の宴会歌なのです。

 歌で使われる漢字は、「小松下乃 草乎苅核」の表記が示すように夜の宴会歌に相応しく男女の夜の営みを暗示させます。すると、多くの不思議を感じませんか。その不思議の一つ目として、標題に「中皇命、徃于紀温泉之時御謌」とありますから、歌の内容からして未亡人である天皇または前皇后が、意向を告げて歌を詠わせるようなものでしょうか。立場からしますと、女帝自ら臣下を楽しませるために私を抱きなさいと云うような卑猥な歌を詠うでしょうか。二つ目として、これらの歌が詠われたのが斉明天皇四年暮です。そのような時代に、これほどに短歌形式の整った歌が詠われたのでしょうか。歌の表記形式は常体歌に分類され、およそ、晩期藤原京から前期平城京時代以降に主流となるような表記形式を持っています。時代と歌形式の整合が取れるでしょうか。三つ目には、この三首組歌は物語性を持っており、集歌10の歌では旅行く貴人に里の女が夜の誘いを掛け、次に集歌11の歌ではこの私を抱きなさいとけしかけ、最後、三首目では夜床での愛撫の様子を比喩します。確かにバレ歌ですが、そこには高度な物語性が窺えます。このような物語性を持つ歌が孝徳天皇から斉明天皇の時代に存在したのでしょう。少なくとも天武天皇の時代、柿本人麻呂時代まで待つ必要があるのではないでしょうか。
 このようにこの組歌三首を鑑賞しますと、不思議、不思議が次々と湧いて来るのです。

 弊ブログではこの組歌三首は、孝徳天皇の皇后間人皇女に因む歌、つまり、中皇命とは前皇后間人皇女を示すと解釈しています。一般に、万葉集中に直接、間人皇女に関係するとする歌はありません。しかしながら、皇位継承の建前からすると斉明天皇と天智天皇とを繋ぐ立場にあり、そこから中皇命との敬称が与えられたと考えます。また、祭事の天皇と政事の大王との並立を想定しますと、斉明天皇と天智天皇皇后倭姫とを繋ぐ立場でもあります。そのような重要人物に歌が無いことから、間人皇女を尊んで紀伊地方の民謡を採取し、形式を整えて和歌としたと推定しています。
 そうした時、日本書紀に載る次の記事と歌謡から、時に斉明天皇を生母とする葛城皇子(天智天皇)と間人皇女との禁断の肉体交渉を伴う兄妹恋愛があったのではないかと推定する人もいます。なお、紹介する歌謡での「こま=駒」は間人皇女を、「ひと=人」は葛城皇子を比喩すると推定し、古語で「男が女を見る」とは「素肌を含めた女の全てを知る=抱く」と云う意味合いに取ります。

由是天皇恨欲捨於国位。令造宮於山碕。乃送歌於間人皇后曰。
原歌 舸娜紀都該 阿我柯賦古麻播 比枳涅世儒 阿我柯賦古麻乎 比騰瀰都羅武箇
読下 かなきつけ あがかふこまは ひきでせず あがかふこまを ひとみつらむか
訳注 金木付け  吾が飼う駒は  引きでせず 吾が飼う駒を  人見るらむか

 もし、万葉集に秘められた暗号があるとしますと、場合によって、この歌群は葛城皇子と間人皇女との禁断の兄妹恋愛を示しているのかもしれません。その想像では、歌が詠われた時、皇位継承の唯一のライバルであった有馬皇子が排除され、倭豪族の大半は葛城皇子の下となりました。ここに孝徳天皇以来、揉めて来た皇位継承の体制は決まりました。また、それに付随して葛城皇子と間人皇女との兄妹恋愛は公式でなければ批難する対立勢力はいません。そのような政変下での歌と云うことになります。有馬皇子殺害を血なまぐさいと取るか、はたまた害悪退治の勝利と取るかは立場になります。葛城皇子や間人皇女から見ればそれは祝うべき政変であったのではないでしょうか。
 この推定からしますと、禁断の恋の恋愛譚を暗示する艶歌、歌の形式が示唆する後年の民謡採歌からの和歌、さらに歌物語形式を持つ、これらの不思議を説明するのかもしれません。つまり、歌群は後年の読者に向けての暗号なのかもしれません。大和の国は同母兄妹の性的恋愛は忌諱されるべき行為と称しますが、それでも記紀に木梨軽皇子と軽大娘皇女との同母兄妹の性的恋愛譚などを見ることが出来ますから、実社会では相当数の例はあったと思われます。参考として天津罪・国津罪の規定では同母兄妹の性的恋愛は忌諱の規定にはありませんから、大きな忌諱的行為かと云うとそうではなかったようです。性的忌諱としては妻の連れ娘子や妻の母親との恋愛の方が取り上げられ、これらは国津罪として重罪と規定されています。

 解説は載せていませんが、みそひと歌の訓じにはこのような酔論を展開しています。また、集歌9のいわゆる「莫囂圓隣歌」もまた、難訓歌の酔論を経て訓じを載せています。

集歌9 莫囂圓隣之 大相七兄爪謁氣 吾瀬子之 射立為兼 五可新何本
訓読 染(そ)まりなし御備(おそな)え副(そ)えき吾(あ)が背子し致(いた)ちししけむ厳橿(いつかし)が本(もと)
私訳 一点の穢れなき白栲の布を奉幣に副えました。吾らがお慕いする君が、梓弓が立てる音の中、その奉幣をいたしました。大和の橿原宮の元宮であります、この熊野速玉大社を建てられた大王(=神武天皇)よ。

 日給月給の日銭を稼ぎ、生きていく年寄りには、万葉集の歌の訓じとその鑑賞は非常なる面白みがあります。独特な鑑賞ではアホの様な酔論を背景としていますが、そこをご了解ください。

万葉集 長歌を鑑賞する

$
0
0
万葉集 長歌を鑑賞する

集歌1749 白雲乃 立田山乎 夕晩尓 打越去者 瀧上之 櫻花者 開有者 落過祁里 含有者 可開継 許知斯智乃 花之盛尓 雖不見左右 君之三行者 今西應有

<標準的な解釈(「萬葉集 釋注」伊藤博、集英社文庫)>
訓読 白雲の 龍田(たつた)の山を 夕暮(ゆふぐれ)に 打ち越え行けば 瀧(たき)の上(うへ)の 桜の花は 咲きたるは 散り過ぎにけり ふふめるは 咲き継ぐぬべし こちごちの 花の盛りに 見ざれども 君がみ行きは 今にしあるべし
意訳 白雲の龍田の山、この山を夕暮れに馬に鞭くれては越えて行くと、滝のあたりの桜の花は、咲いていたのはもう散り失せてしまいました。蕾のままには追い継いで咲くでしょう。こちらの花もあちらの花も一度に咲いた盛りを目にするわけにはゆかないけれども、我が君のお出ましは、今がいちばん結構な時といえましょう。

<西本願寺本万葉集の原文を忠実に訓むときの解釈>
訓読 白雲の 龍田(たつた)し山を 夕暮(ゆふぐれ)に うち越え行けば 瀧(たき)し上(へ)し 桜の花は 咲きたるは 散り過ぐりきり 含(ふふ)めるは 咲き継ぐるべし 彼方(こち)此方(ごち)の 花し盛りに 見ずさへし 君し御行(みゆき)は 今しあるべし
私訳 白雲の立つ龍田の山を夕暮れに丘を越えて行くと、激流の岸辺の桜の花は、咲いているのは散り過ぎて逝き、つぼみは散る花に咲き継ぐでしょう。だからと、あちらこちらの桜の花の盛りを見ることさえもしない。あの御方の御幸は今行われるのです。

注意 「雖不見左右」などの訓じが違うため、歌の解釈が相違しています。

再読、今日のみそひと歌 月

$
0
0
再読、今日のみそひと歌 月


集歌37 雖見飽奴 吉野乃河之 常滑乃 絶事無久 復還見牟
訓読 見れど飽かぬ吉野の河し常滑の絶ゆることなくまた還り見む
私訳 何度見ても見飽きることの無い、その吉野の河の常滑の岩が絶えることのないように、私は何度も何度もここにやって来て、この景色を眺めましょう。

集歌39 山川毛 因而奉流 神長柄 多藝津河内尓 船出為加母
訓読 山川も依りに仕ふる神ながらたぎつ河内に船出せすかも
私訳 山や川の神々も天皇のご威光に因ってご奉仕する、その現御神であられる天皇が流れの激しい川の中に船出なされるようです。

集歌40 鳴呼之浦尓 船乗為良武 感嬬等之 珠裳乃須十二 四寶三都良武香 (感は女+感の当字)
試訓 鳴呼見(あみ)し浦に船乗りすらむ官女(おとめ)らし珠裳の裾に潮(しほ)満つらむか
試訳 あみの浦で遊覧の船乗りをしているでしょう、その官女の人たちの美しい裳の裾に、潮の飛沫がかかってすっかり濡れているでしょうか。
裏訳 「ああ」と声を上げるような心根を持って、男が乙女を抱こうとしている。その十二・三歳くらいの乙女は潮満ちて成女に成ったのでしょうか。

集歌41 釵著 手節乃埼二 今今毛可母 大宮人之 玉藻苅良哉
試訓 くしろ著(つ)く手節(たふせ)の崎に今今(いま)もかも大宮人し玉藻刈るらむ
試訳 美しいくしろを手首に着ける、その言葉のひびきのような手節の岬で、ただ今も、あの大宮人の麻續王が足を滑らせて玉藻を刈ったように、慣れない磯の岩に足を滑らせて玉藻を刈っているのでしょうか。

集歌42 潮左為二 五十等兒乃嶋邊 榜船荷 妹乗良六鹿 荒嶋廻乎
試訓 潮騒(しほさゐ)に伊良虞(いらご)の島辺(しまへ)漕ぐ船に妹乗るらむか荒き島廻(しまみ)を
試訳 潮騒の中で伊良湖水道の島の海岸を漕ぐ船に私の恋人は乗っているのでしょうか。あの波の荒い島のまわりを。

再読、今日のみそひと歌 火

$
0
0
再読、今日のみそひと歌 火

集歌43 吾勢枯波 何所行良武 己津物 隠乃山乎 今日香越等六
訓読 吾(あ)が背子は何(いづ)そ行くらむ奥(おき)つもの名張(なはり)の山を今日か越ゆらむ
私訳 私の愛しい貴方は、今はどこを旅しているのでしょうか。沖の藻が隠れる、その言葉のひびきではないが、隠(名張)の山を今日は越えるのでしょうか。

集歌44 吾妹子乎 去来見乃山乎 高三香裳 日本能不所見 國遠見可聞
訓読 吾妹子(わぎもこ)を去来(いざ)見(み)の山を高みかも大和の見ずそ国遠みかも
私訳 私の恋人をいざ(=さあ)、見ようとするが、イザミの山は高くて大和の国は見えない。国を遠く来たからか。

集歌46 阿騎乃尓 宿旅人 打靡 寐毛宿良自八方 古部念尓
訓読 阿騎の野に宿(やど)る旅人打ち靡き寝(い)も寝(ぬ)らしやも古(いにしへ)思ふに
私訳 阿騎の野に宿る旅人は薄や篠笹のように体を押し倒して自分から先に寝ることができるでしょうか。この阿騎の野では昔の出来事を思い出してしまうのに。

集歌47 真草苅 荒野者雖有 葉 過去君之 形見跡曽来師
訓読 ま草刈る荒野はあれど黄葉(もみぢは)し過ぎにし君し形見とそ来し
私訳 昔、大嘗宮の束草を刈り取った荒野はその時と同じですが、今は黄葉の葉が散り過ぎるように、そのようにお隠れになった君、その形見の御子といっしょにここに来ました。

集歌48 東 野炎 立所見而 反見為者 月西渡
訓読 東(ひむがし)し野(の)し炎(かぎろひ)し立つそ見にかへり見すれば月西渡る
私訳 夜通し昔の出来事を思い出していて、ふと、東の野に朝焼けの光が雲間から立つのが見えたので、振り返って見ると昨夜を一夜中に照らした月が西に渡って沈み逝く。

Viewing all 3029 articles
Browse latest View live