Quantcast
Channel: 竹取翁と万葉集のお勉強
Viewing all 3039 articles
Browse latest View live

万葉集 集歌880から集歌885まで

$
0
0
敢布私懐謌 三首
標訓 敢(あ)へて私の懐(おもひ)を布(の)べたる謌 三首
集歌八八〇 
原文 阿麻社迦留 比奈尓伊都等世 周麻比都々 美夜故能提夫利 和周良延尓家利
訓読 天離る鄙(ひな)に五年(いつとせ)住まひつつ京(みやこ)の風俗(てふり)忘(わす)らえにけり
私訳 奈良の京から遥かに離れた田舎に五年も住んでいて、奈良の京の風習を忘れてしまいそうです。

集歌八八一 
原文 加久能米夜 伊吉豆伎遠良牟 阿良多麻能 吉倍由久等志乃 可伎利斯良受提
訓読 如(かく)のみや息(いき)衝(つ)き居(を)らむあらたまの来(き)経(ふ)往(ゆ)く年の限り知らずて
私訳 このようにばかり、溜息をついているのでしょう。年魂が改まる新年がやって来て、そして去って往く。その区切りとなる年を知らないで。

集歌八八二 
原文 阿我農斯能 美多麻々々比弖 波流佐良婆 奈良能美夜故尓 咩佐宜多麻波祢
訓読 吾(あ)が主(ぬし)の御霊(みたま)賜(たま)ひて春さらば奈良の京(みやこ)に召上(めさ)げ賜はね
私訳 私の主人である貴方の思し召しを頂いて、春がやって来たら奈良の京に私を召し上げするお言葉を賜りたいものです。
左注 天平二年十二月六日、筑前國守山上憶良謹上
注訓 天平二年十二月六日に、筑前國守山上憶良、謹(つつし)みて上(たてまつ)る。

三嶋王後追和松浦佐用嬪面謌一首
標訓 三嶋王の後に追ひて松浦(まつら)佐用嬪面(さよひめ)の謌に和(こた)へたる一首
集歌八八三 
原文 於登尓吉伎 目尓波伊麻太見受 佐容比賣我 必礼布理伎等敷 吉民萬通良楊満
訓読 音(おと)に聞き目にはいまだ見ず佐用(さよ)姫(ひめ)が領巾(ひれ)振りきとふ君(きみ)松浦山(まつらやま)
私訳 噂に聞いてもこの目では未だ見たことがない、その佐用姫が領巾を振ったと云う、君を待つというその名の松浦山よ。

大伴君熊凝謌二首  大典麻田陽春作
標訓 大伴君熊凝の謌二首  大典(たいてん)麻田陽春の作れる
集歌八八四 
原文 國遠伎 路乃長手遠 意保々斯久 計布夜須疑南 己等騰比母奈久
訓読 国(くに)遠(とほ)き道の長手をおほほしく今日や過ぎなむ事(こと)問(と)ひもなく
私訳 故郷からの遠い旅路の長い道のりを想像も出来ず、今日にも死でしょう。旅路の出来事を問われることもなく。

集歌八八五 
原文 朝露乃 既夜須伎我身 比等國尓 須疑加弖奴可母 意夜能目遠保利
訓読 朝露の消(け)易(やす)き我が身他国(ひとくに)に過ぎかてぬかも親の目を欲(ほ)り
私訳 朝の露は消え易い、そのような我が身。それでも、異国に身を散らすことは出来ないでしょう。親の顔が見たくて。

万葉雑記 色眼鏡 番外雑話 国家国民の謌

$
0
0
万葉雑記 色眼鏡 番外雑話 国家国民の謌

 今は無い言葉に「滅私奉公」があります。また、「職に恋々とせず」と謂う言葉があります。この言葉のように、自らの責務を果たせないと判断した時、後の混乱を最小限に抑える手だてを為し身を引いた人がいます。一方、「万難を排して職務を全うする」と謂う言葉もありますし、己の美を優先して後は知らずとして「前のめりに死ぬべし」と謂う言葉もあります。漢の美ならば「前のめりに死ぬべし」かもしれませんが、国家国民に責務があるならば「滅私奉公」を下に後人に任し「職に恋々とせず」の選択が正しいのかと考えます。
 本来の自由民主主義を支えるのは人々の「滅私奉公」の精神と考えます。「私の都合」は人それぞれです。それを訴えるのも自由主義の一側面ですが、多くの「私の都合」を調整・統合するのは「譲り合い」と「滅私奉公」の精神ではないでしょうか。世界でも稀に国家の責任者が「滅私奉公」の精神で「何が最善か」の最終判断をなされたのに敬意を表します。

 飛鳥から奈良時代、この「滅私奉公」を法とした人々の歌が万葉集にあります。国家を統べる時の責務を真摯に鑑賞して見て下さい。国家を統べるのは自分や家族の為か、国民の為かが正しく為されていた時の謌です。国家は朕のものと公言するのは四代ほど後の人です。ただ、時代として人々は大王の下に集うとする姿がありますから、今であれば、大王を国民と読み替えて見て下さい。歌は「滅私奉公」の公を大王としていますが、今の世であれば国民です。重要なのは「私の都合を捨て、公に仕える」精神です。

和銅元年戊申
天皇御製謌
標訓 和銅元年(七〇八)戊申に、天皇の御(かた)りて製(つく)らせし謌
集歌七六 
原文 大夫之 鞆乃音為奈利 物部乃 大臣 楯立良思母
訓読 大夫(ますらを)し鞆(とも)の音(おと)すなり物部の大臣(おほまえつきみ)盾立つらしも
私訳 立派な武人の引く、弓の鞆を弦がはじく音がする。きっと、物部の大臣が日嗣の大盾を立てているでしょう。

御名部皇女奉和御謌
標訓 御名部皇女の和(こた)へ奉(たてまつ)れし御謌
集歌七七 
原文 吾大王 物莫御念 須賣神乃 嗣而賜流 吾莫勿久尓
試訓 吾(わ)ご大王(おほきみ)物(もの)な念(おも)ほし皇神(すめかみ)の嗣ぎに賜へる吾れ無けなくに
試訳 吾らの大王よ。御心配なされるな。貴女は皇祖から日嗣としての立場を賜られたのです。それに、貴女をお助けする吾らがいないわけではありませんから。
注意 この歌が詠われた段階では、元明天皇は即位していないために阿閇皇女と御名部皇女とは実の仲の良い姉妹関係として二人は了解していると解釈しています。

 この歌は今の時代に合わせて「大王」を「国民」に読み替えて鑑賞してください。

集歌八〇〇
原文 父母乎 美礼婆多布斗斯 妻子見礼婆 米具斯宇都久志 余能奈迦波 加久叙許等和理 母騰利乃 可可良波志母与 由久弊斯良祢婆 宇既具都遠 奴伎都流其等久 布美奴伎提 由久智布比等波 伊波紀欲利 奈利提志比等迦 奈何名能良佐祢 阿米弊由迦婆 奈何麻尓麻尓 都智奈良婆 大王伊摩周 許能提羅周 日月能斯多波 雨麻久毛能 牟迦夫周伎波美 多尓具久能 佐和多流伎波美 企許斯遠周 久尓能麻保良叙 可尓迦久尓 保志伎麻尓麻尓 斯可尓波阿羅慈迦
訓読 父母を 見れば貴(たふと)し 妻子(めこ)見れば めぐし愛(うつく)し 世間(よのなか)は 如(か)くぞ道理(ことはり) もち鳥(とり)の かからはしもよ 行方(ゆくへ)知らねば 穿沓(うげくつ)を 脱き棄(つ)るごとく 踏み脱きて 行くちふ人は 石木(いはき)より 生(な)り出し人か 汝(な)が名告(の)らさね 天(あめ)へ行かば 汝(な)がまにまに 地(つち)ならば 大王(おほきみ)います この照らす 日月(ひつき)の下は 天雲の 向伏(むかふ)す極(きは)み 谷蟆(たにくぐ)の さ渡る極(きは)み 聞(きこ)し食(め)す 国のまほらぞ かにかくに 欲(ほ)しきまにまに 然(しか)にはあらじか
私訳 父や母を見れば貴く、妻子を見ればかわいく愛しい。世の中は、これこそ道理ではないか。鳥もちに掛った鳥のように道理からは離れがたいことよ。目指すものを見失い、大夫の履く穿沓を脱ぎ棄てるように官位を捨て家族をも踏み捨て、僧門に入って行く人は岩や木から生まれた人なのか、名前を名乗りなさい。死んで天へ行ったならば思い通りにするがよい。この世に在るのなら大王がいらっしゃる。大王の御威光で天下を照らす日と月の下の天雲が棚引き大地に接する果て、ヒキガエルが這って行く地の底の果てまで、大王が統治なされる国の真に秀ひでたものですぞ。あれやこれやと自分のしたいようにしてはいけないのではないか。

 次の歌も今の時代に合わせて「大王」を「国民」に読み替えて鑑賞してください。

喩族謌一首并短謌
標訓 族(やから)に喩(さと)せる謌一首并せて短謌
集歌四四六五
原文 比左加多能 安麻能刀比良伎 多可知保乃 多氣尓阿毛理之 須賣呂伎能 可未能御代欲利 波自由美乎 多尓藝利母多之 麻可胡也乎 多婆左美蘇倍弖 於保久米能 麻須良多祁乎々 佐吉尓多弖 由伎登利於保世 山河乎 伊波祢左久美弖 布美等保利 久尓麻藝之都々 知波夜夫流 神乎許等牟氣 麻都呂倍奴 比等乎母夜波之 波吉伎欲米 都可倍麻都里弖 安吉豆之萬 夜萬登能久尓乃 可之[波]良能 宇祢備乃宮尓 美也[婆]之良 布刀之利多弖氏 安米能之多 之良志賣之祁流 須賣呂伎能 安麻能日継等 都藝弖久流 伎美能御代々々 加久左波奴 安加吉許己呂乎 須賣良弊尓 伎波米都久之弖 都加倍久流 於夜能都可佐等 許等太弖氏 佐豆氣多麻敝流 宇美乃古能 伊也都藝都岐尓 美流比等乃 可多里都藝弖氏 伎久比等能 可我見尓世武乎 安多良之伎 吉用伎曽乃名曽 於煩呂加尓 己許呂於母比弖 牟奈許等母 於夜乃名多都奈 大伴乃 宇治等名尓於敝流 麻須良乎能等母
訓読 久方の 天の門開き 高千穂の 岳(たけ)に天降りし 皇祖(すめろぎ)の 神の御代より 櫨弓(はじゆみ)を 手握り持たし 真鹿子矢(まかこや)を 手挟み添へて 大久米の ますら健男(たけを)を 先に立て 靫(ゆき)取り負ほせ 山川を 岩根さくみて 踏み通り 国(くに)覓(ま)ぎしつつ ちはやぶる 神を言向け まつろはぬ 人をも和(やは)し 掃き清め 仕へまつりて 蜻蛉島(あきつしま) 大和の国の 橿原の 畝傍の宮に 宮柱 太知り立てて 天の下 知らしめしける 天皇(すめろぎ)の 天の日継と 継ぎてくる 大王(きみ)の御代御代 隠さはぬ 明き心を 皇辺(すめらへ)に 極め尽して 仕へくる 祖(おや)の官(つかさ)と 辞(こと)立(た)てて 授けたまへる 子孫(うみのこ)の いや継ぎ継ぎに 見る人の 語り継ぎてて 聞く人の 鏡にせむを 惜しき 清きその名ぞ おぼろかに 心思ひて 虚言(むなこと)も 祖(おや)の名絶つな 大伴の 氏と名に負へる 大夫(ますらを)の伴
私訳 遥か彼方の天の戸を開き高千穂の岳に天降りした天皇の祖の神の御代から、櫨弓を手に握り持ち、真鹿児矢を脇にかかえて、大久米部の勇敢な男たちを先頭に立て、靫を取り背負い、山川を巖根を乗り越え踏み越えて、国土を求めて、神の岩戸を開けて現れた神を平定し、従わない人々も従え、国土を掃き清めて、天皇に奉仕して、秋津島の大和の国の橿原の畝傍の宮に、宮柱を立派に立てて、天下を統治なされた天皇の、その天皇の日嗣として継ぎて来た大王の御代御代に、隠すことのない赤心を、天皇のお側に極め尽くして、お仕えて来た祖先からの役目として、誓いを立てて、その役目をお授けになされる、われら子孫は、一層に継ぎ継ぎに、見る人が語り継ぎ、聴く人が手本にするはずのものを。惜しむべき清らかなその名であるぞ、おろそかに心に思って、かりそめにも祖先の名を絶つな。大伴の氏と名を背負う、立派な大夫たる男たちよ。


後撰和歌集(原文推定、翻文、解釈付)巻十二(その一)

$
0
0
後撰和歌集(原文推定、翻文、解釈付)
止遠末利布多末幾仁安多留未幾
巻十二

己比乃宇多与川
恋歌四

歌番号七九五
於无奈尓徒可者之遣流
女尓徒可者之遣流
女につかはしける

止之由幾乃安曾无
敏行朝臣
敏行朝臣(藤原敏行)

原文 和可己飛乃加春遠加曽部者安万乃者良久毛利布多可利布留安女乃己止
定家 和可恋乃加春遠加曽部者安万乃原久毛利布多可利布留雨乃己止
和歌 わかこひの かすをかそへは あまのはら くもりふたかり ふるあめのこと
解釈 我が恋の数を数へば天の原曇りふたがり降る雨のごと

歌番号七九六
和春礼尓个留於无奈遠於毛比以天々徒可者之个留
和春礼尓个留女遠思以天々徒可者之个留
忘れにける女を思ひ出でてつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 宇知加部之三満久曽保之幾布留左止乃也万止奈天之己以呂也加者礼留
定家 打返之見満久曽保之幾故郷乃也万止奈天之己色也加者礼留
和歌 うちかへし みまくそほしき ふるさとの やまとなてしこ いろやかはれる
解釈 うち返し見まくぞほしき故郷の大和撫子色や変れる

歌番号七九七
於无奈尓徒可者之个留
女尓徒可者之个留
女につかはしける

飛和の飛多利乃於保伊萬宇智岐美
批杷左大臣
枇杷左大臣

原文 也万飛己乃己恵尓太々天毛止之者部奴和可毛乃於毛比遠志良奴飛止幾計
定家 山飛己乃己恵尓太々天毛年者部奴和可物思遠志良奴人幾計
和歌 やまひこの こゑにたてても としはへぬ わかものおもひを しらぬひときけ
解釈 山彦の声に立たでも年は経ぬ我が物思ひを知らぬ人聞け

歌番号七九八
三与利安満礼留飛止遠於毛比可个天徒可者之个留
身与利安満礼留人遠思可个天徒可者之个留
身より余れる人を思ひかけてつかはしける

幾乃止毛乃利
紀友則
紀友則

原文 堂満毛可留安万尓者安良祢止和多川美乃曽己為毛志良寸以留己々呂可奈
定家 玉毛可留安万尓者安良祢止和多川美乃曽己為毛志良寸以留心哉
和歌 たまもかる あまにはあらねと わたつみの そこひもしらす いるこころかな
解釈 玉藻刈る海人にはあらねどわたつみの底ひも知らず人心かな

歌番号七九九
加部之己止毛者部良左利个礼者万多加左祢天川加者之个留
返己止毛侍良左利个礼者又加左祢天川加者之个留
返事もはべらざりければ、又かさねてつかはしける

幾乃止毛乃利
紀友則
紀友則

原文 三累毛奈久女毛奈幾宇美乃以曽尓以天々加部留/\毛宇良三川留加奈
定家 見累毛奈久女毛奈幾海乃以曽尓以天々加部留/\毛怨川留哉
和歌 みるもなく めもなきうみの いそにいてて かへるかへるも うらみつるかな
解釈 海松もなく海布もなき海の磯に出でて帰る帰るも恨みつるかな

歌番号八〇〇
安多尓三衣者部利个留於止己尓
安多尓見衣侍个留於止己尓
あだに見え侍ける男に

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 己利寸万乃宇良乃之良奈美堂知以天々与留本止毛奈久加部留者可利可
定家 己利寸万乃浦乃白浪立以天々留本止毛奈久加部留許可
和歌 こりすまの うらのしらなみ たちいてて よるほともなく かへるはかりか
解釈 こりずまの浦の白浪立出でて寄るほどもなく帰るばかりか

歌番号八〇一
安比之利天者部利个留飛止乃安不美乃加多部万可利个礼八
安比之利天侍个留人乃安不美乃方部万可利个礼八
逢ひ知りて侍りける人の近江の方へまかりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 世幾己盈天安者川乃毛利乃安者寸止毛志美川尓三衣之加計遠和寸留奈
定家 関己盈天安者川乃毛利乃安者寸止毛志水尓見衣之加計遠和寸留奈
和歌 せきこえて あはつのもりの あはすとも しみつにみえし かけをわするな
解釈 関越えて粟津の森の逢はずとも清水に見えし影を忘るな

歌番号八〇二
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 知可遣礼者奈尓可者志留之安不左可乃世幾乃保加曽止於毛比多衣奈无
定家 知可遣礼者何可者志留之相坂乃関乃外曽止思多衣奈无
和歌 ちかけれは なにかはしるし あふさかの せきのほかそと おもひたえなむ
解釈 近ければ何かはしるし相坂の関の外ぞと思ひ絶えなん

歌番号八〇三
徒良久奈利尓个留於止己乃毛止尓以末者止天
左宇曽久奈止可部之川可者寸止天
徒良久奈利尓个留於止己乃毛止尓今者止天
左宇曽久奈止返之川可者寸止天
つらくなりにける男のもとに、今はとて
装束など返しつかはすとて

多比良奈可幾可武春女
平奈可幾可武春女
平なかきかむすめ(平中興女)

原文 以末者止天己寸恵尓加々留宇川世美乃加良遠三武止者於毛者左利之遠
定家 今者止天己寸恵尓加々留空蝉乃加良遠見武止者思者左利之遠
和歌 いまはとて こすゑにかかる うつせみの からをみむとは おもはさりしを
解釈 今はとて梢にかかる空蝉の殻を見むとは思はざりしを

歌番号八〇四
可部之 
返之 
返し

美奈毛堂乃武祢左祢
源巨城
源巨城

原文 和寸良累々三遠宇川世美乃加良己呂毛可部寸者川良幾己々呂奈利个利
定家 和寸良累々身遠宇川世美乃唐衣返寸者川良幾心奈利个利
和歌 わすらるる みをうつせみの からころも かへすはつらき こころなりけり
解釈 忘らるる身を空蝉の唐衣返すはつらき心なりけり

歌番号八〇五
毛乃以比个留於无奈乃加々美遠可利天加部寸止天
物以比个留女乃加々美遠可利天加部寸止天
物言ひける女の鏡をかりて返すとて

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 加个尓堂尓三衣毛也寸留止堂乃美川留加比奈久己日遠万寸加々美加奈
定家 影尓堂尓見衣毛也寸留止堂乃美川留加比奈久己日遠万寸鏡哉
和歌 かけにたに みえもやすると たのみつる かひなくこひを ますかかみかな
解釈 影にだに見えもやすると頼みつるかひなく恋をます鏡かな

歌番号八〇六
於止己乃毛乃奈止以比川可者之个留於无奈乃為奈可乃以部尓
満可利天多々幾个礼止毛幾々川个寸也安利个无
加止毛安个寸奈利尓个礼者多乃本止利尓加部留乃
奈幾个留遠幾々天
於止己乃物奈止以比川可者之个留女乃為奈可乃家尓
満可利天多々幾个礼止毛幾々川个寸也安利个无
加止毛安个寸奈利尓个礼者田乃本止利尓加部留乃
奈幾个留遠幾々天
男の、物など言ひつかはしける女の田舎の家に
まかりて叩きけれども、聞きつけずやありけん、
門も開けずなりにければ、田のほとりに蛙の
鳴きけるを聞きて

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 安之比幾乃也万多乃曽本川宇知和比天飛止利加部留乃祢遠曽奈幾奴留
定家 葦引乃山田乃曽本川宇知和比天飛止利加部留乃祢遠曽奈幾奴留
和歌 あしひきの やまたのそほつ うちわひて ひとりかへるの ねをそなきぬる
解釈 あしひきの山田のそほづうちわびて一人蛙の音をぞ泣きぬる

歌番号八〇七
布美徒可者之个留於无奈乃波々乃己比遠之己日
止以部利个留可止之己呂部尓个礼者川可者之个留
布美徒可者之个留女乃波々乃己比遠之己日
止以部利个留可年己呂部尓个礼者川可者之个留
文つかはしける女の母の、恋をし恋ひば
と言へりけるが、年ごろ経にければつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 堂祢者安礼止安不己止加多幾以者乃宇部乃万川尓天止之遠不留者可比奈之
定家 堂祢者安礼止逢事加多幾以者乃宇部乃松尓天年遠不留者可比奈之
和歌 たねはあれと あふことかたき いはのうへの まつにてとしを ふるはかひなし
解釈 種はあれど逢ふ事かたき岩の上の松にて年を経るはかひなし

歌番号八〇八
於无奈尓川可者之遣留
女尓川可者之遣留
女につかはしける

於久留於保萬豆利古止乃於保萬豆岐美
贈太政大臣
贈太政大臣

原文 飛多寸良尓以止比者天奴留毛乃奈良者与之乃々也万尓由久恵之良礼之
定家 飛多寸良尓以止比者天奴留物奈良者与之乃々山尓由久恵之良礼之
和歌 ひたすらに いとひはてぬる ものならは よしののやまに ゆくへしられし
解釈 ひたすらに厭ひはてぬる物ならば吉野の山に行方知られじ

歌番号八〇九
可部之 
返之 
返し

以世 
伊勢 
伊勢

原文 和可也止々堂乃武与之乃尓幾美之以良波於奈之加左之遠佐之己曽八世女
定家 和可也止々堂乃武吉野尓君之以良波於奈之加左之遠佐之己曽八世女
和歌 わかやとと たのむよしのに きみしいらは おなしかさしを さしこそはせめ
解釈 我が宿と頼む吉野に君し入らばおなじかざしを挿しこそはせめ

歌番号八一〇
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 久礼奈為尓曽天遠乃美己曽々女天个礼幾美遠宇良武留奈美多加々利天
定家 紅尓袖遠乃美己曽染天个礼君遠宇良武留涙加々利天
和歌 くれなゐに そてをのみこそ そめてけれ きみをうらむる なみたかかりて
解釈 紅に袖をのみこそ染めてけれ君を恨むる涙かかりて

歌番号八一一
徒礼奈久三衣个留飛止尓徒可者之个留
徒礼奈久見衣个留人尓徒可者之个留
つれなく見えける人につかはしける

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 久礼奈為尓奈美多宇川留止幾々之遠者奈止以川者利止和可於毛比个无
定家 紅尓涙宇川留止幾々之遠者奈止以川者利止和可思个无
和歌 くれなゐに なみたうつると ききしをは なといつはりと わかおもひけむ
解釈 紅に涙うつると聞きしをばなどいつはりと我が思ひけん

歌番号八一二
可部之 
返之 
返し

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 久礼奈為尓奈美多之己久者美止利奈留曽天毛毛美知止三衣万之毛乃遠
定家 久礼奈為尓涙之己久者緑奈留袖毛紅葉止見衣万之物遠
和歌 くれなゐに なみたしこくは みとりなる そてももみちと みえましものを
解釈 紅に涙し濃くは緑なる袖も紅葉と見えましものを

歌番号八一三
安飛寸美个留飛止己々呂尓毛安良天和可礼尓个留可
止之川幾遠部天毛安比三武止加幾天者部利个留布三遠
三為天々徒可者之个留
安飛寸美个留人心尓毛安良天和可礼尓个留可
年月遠部天毛安比見武止加幾天侍个留布三遠
見為天々徒可者之个留
あひ住みける人、心にもあらで別れにけるが、
年月を経ても逢ひ見むと書きて侍りける文を
見出でてつかはしける

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 伊尓之部乃々奈加乃志三川三留可良尓佐之久武毛乃者奈美多奈利个利
定家 伊尓之部乃野中乃志水見留可良尓佐之久武物者涙奈利个利
和歌 いにしへの のなかのしみつ みるからに さしくむものは なみたなりけり
解釈 いにしへの野中の清水見るからにさしぐむ物は涙なりけり

歌番号八一四
於毛不己止者部利天於止己乃毛止尓川可者之个留
思事侍天於止己乃毛止尓川可者之个留
思ふ事侍りて男のもとにつかはしける

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 安満久毛乃者留々与毛奈久布留毛乃者曽天乃美奴留々奈美多奈利个利
定家 安満久毛乃者留々与毛奈久布留物者袖乃美奴留々涙奈利个利
和歌 あまくもの はるるよもなく ふるものは そてのみぬるる なみたなりけり
解釈 天雲の晴るるよもなく降る物は袖のみ濡るる涙なりけり

歌番号八一五
加多布多可利止天於止己乃己左利个礼者
方布多可利止天於止己乃己左利个礼者
方塞がりとて男の来ざりければ

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 安不己止乃加多不多可利天幾美己寸者於毛不己々呂乃多可不者可利曽
定家 逢事乃加多不多可利天君己寸者思心乃多可不許曽
和歌 あふことの かたふたかりて きみこすは おもふこころの たかふはかりそ
解釈 逢ふ事の方塞がりて君来ずは思ふ心の違ふばかりぞ

歌番号八一六
安比加多良比个留飛止乃飛佐之宇己佐利个礼者
徒可者之个累
安比加多良比个留人乃飛佐之宇己佐利个礼者
徒可者之个累
あひ語らひける人の久しう来ざりければ
つかはしける

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 止幾者尓止堂乃女之己止者万川本止乃飛佐之可留部幾名尓己曽安利个礼
定家 止幾者尓止堂乃女之事者松本止乃飛佐之可留部幾名尓己曽安利个礼
和歌 ときはにと たのめしことは まつほとの ひさしかるへき なにこそありけれ
解釈 常盤にと頼めし事は待つほどの久しかるべき名にこそありけれ

歌番号八一七
堂以之良春
題しらす
題知らす

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 己佐末左累奈美多乃以呂毛加比曽奈幾三寸部幾飛止乃己乃与奈良祢八
定家 己佐末左累涙乃色毛加比曽奈幾見寸部幾人乃己乃世奈良祢八
和歌 こさまさる なみたのいろも かひそなき みすへきひとの このよならねは
解釈 濃さまさる涙の色もかひぞなき見すべき人のこの世ならねば

歌番号八一八
於无奈乃毛止尓徒可者之个留
女乃毛止尓徒可者之个留
女のもとにつかはしける

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 寸美与之乃幾之尓幾与寸留於幾川奈美万奈久加个天毛於毛本由留加奈
定家 住吉乃岸尓幾与寸留於幾川浪万奈久加个天毛於毛本由留哉
和歌 すみよしの きしにきよする おきつなみ まなくかけても おもほゆるかな
解釈 住吉の岸に来寄よする沖つ浪間なくかけても思ほゆるかな

歌番号八一九
可部之 
返之 
返し

以世 
伊勢 
伊勢

原文 春美乃恵乃女尓知可々良八幾之尓為天奈美乃加寸遠毛与武部幾毛乃遠
定家 春美乃江乃女尓知可々良八岸尓為天浪乃加寸遠毛与武部幾物遠
和歌 すみのえの めにちかからは きしにゐて なみのかすをも よむへきものを
解釈 住の江の目に近からば岸にゐて浪の数をもよむべきものを

歌番号八二〇
徒良可利个留飛止乃毛止尓川可者之个留
徒良可利个留人乃毛止尓川可者之个留
つらかりける人のもとにつかはしける

以世 
伊勢 
伊勢

原文 己飛天部武止於毛不己々呂乃和利奈左者志尓天毛志礼与和寸礼可多美尓
定家 己飛天部武止思心乃和利奈左者志尓天毛志礼与和寸礼可多美尓
和歌 こひてへむと おもふこころの わりなさは しにてもしれよ わすれかたみに
解釈 恋ひて経むと思ふ心のわりなさは死にても知れよ忘れがたみに

歌番号八二一
可部之 
返之 
返し

於久留於保萬豆利古止乃於保萬豆岐美
贈太政大臣
贈太攻大臣

原文 毛之毛也止安飛三武己止遠多乃万寸者加久不留本止尓万川曽遣奈末之
定家 毛之毛也止安飛見武事遠多乃万寸者加久不留本止尓万川曽遣奈末之
和歌 もしもやと あひみむことを たのますは かくふるほとに まつそけなまし
解釈 もしもやと逢ひ見む事を頼まずはかく経るほどにまづぞけなまし

歌番号八二二
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 安不止多尓加多美尓三由留毛乃奈良者和寸留々本止毛安良万之毛乃遠
定家 安不止多尓加多美尓見由留物奈良者和寸留々本止毛安良万之毛乃遠
和歌 あふとたに かたみにみゆる ものならは わするるほとも あらましものを
解釈 逢ふとだにかたみに見ゆる物ならば忘るるほどもあらましものを

歌番号八二三
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 遠止尓乃美己恵遠幾久加奈安之比幾乃也万之多三川尓安良奴毛乃加良
定家 遠止尓乃美声遠幾久哉安之比幾乃山之多水尓安良奴物加良
和歌 おとにのみ こゑをきくかな あしひきの やましたみつに あらぬものから
解釈 音にのみ声を聞くかなあしひきの山下水にあらぬものから

歌番号八二四
安幾々利乃多知多留徒止女天以止川良个礼者
己乃堂比者可利奈武以不部幾止伊比多利个礼八
秋幾利乃多知多留徒止女天以止川良个礼者
己乃堂比者可利奈武以不部幾止伊比多利个礼八
秋霧の立ちたる翌朝、いとつらければ、
この度ばかりなむ言ふべきと言ひたりければ

以世 
伊勢 
伊勢

原文 安幾止天也以末者加幾利乃堂知奴良武於毛比尓安部奴毛乃奈良奈久尓
定家 秋止天也今者限乃立奴良武於毛比尓安部奴物奈良奈久尓
和歌 あきとてや いまはかきりの たちぬらむ おもひにあへぬ ものならなくに
解釈 秋とてや今はかぎりの立ちぬらむ思ひにあへぬものならなくに

歌番号八二五
心乃内尓思己止也安利个无
心乃内尓思己止也安利个无
心の内に思ふことやありけん

以世 
伊勢 
伊勢

原文 三之由女乃於毛比以天良留々与為己止尓以者奴遠之留波奈美多奈利个利
定家 見之夢乃思以天良留々与為己止尓以者奴遠之留波奈美多奈利个利
和歌 みしゆめの おもひいてらるる よひことに いはぬをしるは なみたなりけり
解釈 見し夢の思ひ出でらるる宵ごとに言はぬを知るは涙なりけり

歌番号八二六
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 志良川由乃於幾天安比三奴己止与利者幾奴可部之川々祢奈无止曽於毛不
定家 白露乃於幾天安比見奴事与利者幾奴返之川々祢奈无止曽思
和歌 しらつゆの おきてあひみぬ ことよりは きぬかへしつつ ねなむとそおもふ
解釈 白露の置きて逢ひ見ぬ事よりは衣返しつつ寝なんとぞ思ふ

歌番号八二七
飛止乃毛止尓川可者之个留
人乃毛止尓川可者之个留
人のもとにつかはしける

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 己止乃者々奈遣奈留毛乃止以比奈可良於毛者奴多女者幾美毛之留良无
定家 事乃葉者奈遣奈留物止以比奈可良於毛者奴多女者君毛之留良无
和歌 ことのはは なけなるものと いひなから おもはぬためは きみもしるらむ
解釈 言の葉はなげなる物と言ひながら思はぬためは君も知るらん

歌番号八二八
於无奈乃毛止尓徒可者之个留
女乃毛止尓徒可者之个留
女のもとにつかはしける

安佐多々乃安曾无
朝忠朝臣
朝忠朝臣(藤原朝忠)

原文 之良奈美乃宇知以川留者万乃者万知止利阿止也多川奴留志留部奈留良无
定家 白浪乃打以川留者万乃者万知止利跡也多川奴留志留部奈留良无
和歌 しらなみの うちいつるはまの はまちとり あとやたつぬる しるへなるらむ
解釈 白浪のうち出づる浜の浜千鳥跡や尋ぬるしるべなるらん

歌番号八二九
於无奈尓川可者之个留
女尓川可者之个留
女につかはしける

於保衣乃安左川奈乃安曾无
大江朝綱朝臣
大江朝綱朝臣

原文 於保之万尓三川遠者己比之者也不祢乃者也久毛飛止尓安比三天之加奈
定家 於保之万尓水遠者己比之者也舟乃者也久毛人尓安比見天之哉
和歌 おほしまに みつをはこひし はやふねの はやくもひとに あひみてしかな
解釈 大島に水を運びし早舟の早くも人に逢ひ見てしがな

歌番号八三〇
以世奈武飛止尓和寸良礼天奈个幾者部留止幾々天
川可者之个留
伊勢奈武人尓和寸良礼天奈个幾侍止幾々天
川可者之个留
伊勢なむ人に忘られて嘆き侍ると聞きて
つかはしける

於久留於保萬豆利古止乃於保萬豆岐美
贈太政大臣
贈太政大臣

原文 飛多布留尓於毛比奈和比曽布留左留々飛止乃己々呂者曽礼曽与乃川祢
定家 飛多布留尓思奈和比曽布留左留々人乃心者曽礼曽与乃川祢
和歌 ひたふるに おもひなわひそ ふるさるる ひとのこころは それそよのつね
解釈 ひたぶるに思ひなわびそ古さるる人の心はそれぞ世の常

歌番号八三一
可部之 
返之 
返し

以世 
伊勢 
伊勢

原文 与乃川祢乃飛止乃己々呂遠万多三祢者奈尓可己乃多比个奴部幾毛乃遠
定家 世乃川祢乃人乃心遠万多見祢者奈尓可己乃多比个奴部幾物遠
和歌 よのつねの ひとのこころを またみねは なにかこのたひ けぬへきものを
解釈 世の常の人の心をまだ見ねば何かこの度消えぬべきものを

歌番号八三二
之与宇曽宇久良万乃也万部奈无以留止以部利个礼八
浄蔵久良万乃山部奈无以留止以部利个礼八
浄蔵、鞍馬の山へなん入ると言へりければ

多比良奈可幾可武寸女
平奈可幾可武寸女
平なかきかむすめ(平中興女)

原文 春美曽女乃久良万乃也万尓以留飛止者堂止留/\毛可部利幾奈々无
定家 春美曽女乃久良万乃山尓以留人者堂止留/\毛帰幾奈々无
和歌 すみそめの くらまのやまに いるひとは たとるたとるも かへりきななむ
解釈 墨染の鞍馬の山に入る人はたどるたどるも帰り来ななん

歌番号八三三
安比之利天者部利个留飛止乃万礼尓乃美々衣个礼八
安比之利天侍个留人乃万礼尓乃美々衣个礼八
あひ知りて侍りける人のまれにのみ見えければ

以世 
伊勢 
伊勢

原文 比遠部天毛可个尓美由留者堂万加川良/\幾奈可良毛多衣奴奈利个利
定家 日遠部天毛影尓見由留者堂万加川良/\幾奈可良毛多衣奴奈利个利
和歌 ひをへても かけにみゆるは たまかつら つらきなからも たえぬなりけり
解釈 日を経ても影に見ゆるは玉葛つらきながらも絶えぬなりけり

歌番号八三四
和左止尓者安良寸止幾/\毛乃以比者部利个留於无奈
本止飛左之宇止者春者部利个礼者
和左止尓者安良寸時/\毛乃以比侍个留女
本止飛左之宇止者春侍个礼者
わざとにはあらず時々物言ひ侍りける女
ほど久しう訪はず侍りければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 堂可左己乃万川遠美止利止三之己止者志多乃毛美知遠志良奴奈利个利
定家 高砂乃松遠緑止見之事者志多乃毛美知遠志良奴奈利个利
和歌 たかさこの まつをみとりと みしことは したのもみちを しらぬなりけり
解釈 高砂の松を緑と見し事は下の紅葉を知らぬなりけり

歌番号八三五
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 止幾和可奴万川乃美止利毛可幾利奈幾於毛比尓者奈保以呂也毛由良无
定家 時和可奴松乃緑毛限奈幾於毛比尓者猶色也毛由良无
和歌 ときわかぬ まつのみとりも かきりなき おもひにはなほ いろやもゆらむ
解釈 時分かぬ松の緑も限りなき思ひにはなほ色や萌ゆらん

歌番号八三六
堂々布美加者寸者可利尓天止之部者部利个留飛止尓
川可者之个留
堂々布美加者寸許尓天年部侍个留人尓
川可者之个留
ただ文交すばかりにて年経侍りける人に
つかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 美川止利乃波可奈幾安止尓止之遠部天加与不者可利乃衣尓己曽安利个礼
定家 水鳥乃波可奈幾安止尓年遠部天加与不許乃衣尓己曽有个礼
和歌 みつとりの はかなきあとに としをへて かよふはかりの えにこそありけれ
解釈 水鳥のはかなき跡に年を経て通ふばかりのえにこそ有りけれ

歌番号八三七
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈美乃宇部尓安止也者三由留美川止利乃宇幾天部奴良无止之者可寸可八
定家 浪乃宇部尓跡也者見由留水鳥乃宇幾天部奴良无年者可寸可八
和歌 なみのうへに あとやはみゆる みつとりの うきてへぬらむ としはかすかは
解釈 浪の上に跡やは見ゆる水鳥の浮きて経ぬらん年は数かは

歌番号八三八
世宇曽己徒可者之个留於无奈乃毛止与利以奈布祢乃止
以不己止遠加部利己止尓以比者部利个礼者多乃美天以比
和多利个留尓奈保安比加多幾个之幾尓者部利个礼八
志波之止安利之遠以可奈礼者加久者止以部利个留
加部之己止尓徒可者之个留
世宇曽己徒可者之个留女乃毛止与利以奈布祢乃止
以不己止遠返事尓以比侍个礼者多乃美天以比
和多利个留尓猶安比加多幾个之幾尓侍个礼八
志波之止安利之遠以可奈礼者加久者止以部利个留
返己止尓徒可者之个留
消息つかはしける女のもとより、稲舟のと
いふことを返事に言ひ侍りければ、頼みて言ひ
わたりけるに、なほ逢ひがたきけしきに侍りければ、
しばしとありしを、いかなればかくはと言へりける
返事につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈加礼与留世々乃之良奈美安左个礼者止万留以奈不祢加部留奈留部之
定家 流与留世々乃白浪安左个礼者止万留以奈舟加部留奈留部之
和歌 なかれよる せせのしらなみ あさけれは とまるいなふね かへるなるへし
解釈 流れ寄る瀬々の白浪浅ければとまる稲舟帰るなるべし

歌番号八三九
可部之 
返之 
返し

左无天与宇乃美幾乃於保伊萬宇智岐美
三条右大臣
三条右大臣

原文 毛可美可者布可幾尓毛安部寸以奈不祢乃己々呂可留久毛可部留奈留加奈
定家 毛可美河布可幾尓毛安部寸以奈舟乃心可留久毛帰奈留哉
和歌 もかみかは ふかきにもあへす いなふねの こころかろくも かへるなるかな
解釈 最上河深きにもあへず稲舟の心軽くも帰るなるかな

歌番号八四〇
以止志乃比天加多良不飛止乃遠呂可奈留左万尓三衣个礼者
以止志乃比天加多良不人乃遠呂可奈留左万尓見衣个礼者
いと忍びて語らふ人のおろかなるさまに見えければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 者奈春々幾保尓以川留己止毛奈幾毛乃遠満多幾布幾奴留安幾乃風可奈
定家 花春々幾保尓以川留事毛奈幾物遠満多幾布幾奴留秋乃風哉
和歌 はなすすき ほにいつることも なきものを またきふきぬる あきのかせかな
解釈 花薄穂に出づる事もなき物をまだき吹きぬる秋の風かな

歌番号八四一
己々呂左之遠呂可尓三衣个留飛止尓川可八之个留
心左之遠呂可尓見衣个留人尓川可八之个留
心ざしおろかに見えける人につかはしける

奈可幾可武寸女
奈可幾可武寸女
なかきかむすめ(平中興女)

原文 満多佐利之阿幾者幾奴礼止三之飛止乃己々呂者与曽尓奈利毛由久可奈
定家 満多佐利之秋者幾奴礼止見之人乃心者与曽尓奈利毛由久可奈
和歌 またさりし あきはきぬれと みしひとの こころはよそに なりもゆくかな
解釈 待たざりし秋は来ぬれど見し人の心はよそになりも行くかな

歌番号八四二
可部之 
返之 
返し

美奈毛堂乃己礼之計乃安曾无
源是茂朝臣
源是茂朝臣

原文 幾美遠於毛不己々呂奈可佐者安幾乃与尓以川礼万左留止曽良尓之良奈无
定家 君遠思心奈可佐者秋乃夜尓以川礼万左留止曽良尓之良奈无
和歌 きみをおもふ こころなかさは あきのよに いつれまさると そらにしらなむ
解釈 君を思ふ心長さは秋の夜にいづれまさると空に知らなん

歌番号八四三
安留止己呂尓安不美止以不飛止遠以止志乃日天加多良比
者部利个留遠与安个天加部利个留遠飛止三天
左々也幾个礼者曽乃於无奈乃毛止尓川加者之个留
安留所尓近江止以不人遠以止志乃日天加多良比
侍个留遠夜安个天加部利个留遠人見天
左々也幾个礼者曽乃女乃毛止尓川加者之个留
ある所に近江といふ人をいと忍びて語らひ
侍りけるを、夜明けて帰りけるを人見て
ささやきければ、その女のもとにつかはしける

左加乃宇部乃川祢可計
坂上川祢可計
坂上つねかけ(坂上常景)

原文 加々美也万安个天幾川礼者安幾々利乃計左也多川良无安不美天不奈者
定家 鏡山安个天幾川礼者秋幾利乃計左也多川良无安不美天不奈者
和歌 かかみやま あけてきつれは あききりの けさやたつらむ あふみてふなは
解釈 鏡山明けて来つれば秋霧の今朝や立つらん近江てふ名は

歌番号八四四
安比之利天者部留於无奈乃飛止尓安多奈多知者部利个留尓
川可者之个留
安比之利天侍女乃人尓安多奈多知侍个留尓
川可者之个留
あひ知りて侍る女の、人にあだ名立ち侍りけるに
つかはしける

多比良乃万礼与乃安曾无
平万礼与乃朝臣
平まれよの朝臣(平希世)

原文 衣多毛奈久飛止尓於良留々遠美奈部之祢遠多尓乃己世宇部之和可多女
定家 枝毛奈久人尓於良留々女郎花祢遠多尓乃己世宇部之和可多女
和歌 えたもなく ひとにをらるる をみなへし ねをたにのこせ うゑしわかため
解釈 枝もなく人に折らるる女郎花根をだに残せ植ゑし我がため

歌番号八四五
飛止乃毛止尓満可利天者部留尓与比以礼祢者
春乃己尓布之安可之天川可者之个留
人乃毛止尓満可利天侍尓与比以礼祢者
春乃己尓布之安可之天川可者之个留
人のもとにまかりて侍るに、呼び入れねば、
簀子に臥し明かしてつかはしける

布知八良乃奈利久尓
藤原成国
藤原成国

原文 安幾乃多乃加利曽女不之毛志天个留可以多川良以祢遠奈尓々川末々之
定家 秋乃田乃加利曽女不之毛志天个留可以多川良以祢遠奈尓々川末々之
和歌 あきのたの かりそめふしも してけるか いたつらいねを なににつままし
解釈 秋の田のかりそめ臥しもしてけるがいたづら稲を何につままし

歌番号八四六
多比良加祢幾可也宇/\加礼可多尓奈利尓个礼者
徒可者之遣留
平加祢幾可也宇/\加礼可多尓奈利尓个礼者
徒可者之遣留
平かねきがやうやうかれがたになりにければ
つかはしける

奈可川可佐
中務
中務

原文 安幾加世乃布久尓徒遣天毛止者奴可奈遠幾乃者奈良者遠止者之天末之
定家 安幾風乃吹尓徒遣天毛止者奴哉荻乃葉奈良者遠止者之天末之
和歌 あきかせの ふくにつけても とはぬかな をきのはならは おとはしてまし
解釈 秋風の吹くにつけても訪はぬかな荻の葉ならば音はしてまし

歌番号八四七
止之川幾遠部天世宇曽己之者部利个留飛止尓徒可者之个留
年月遠部天世宇曽己之侍个留人尓徒可者之个留
年月を経て消息し侍りける人につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 幾美々寸天以久与部奴良无止之川幾乃布留止々毛尓毛於川留奈美多可
定家 君見寸天以久世部奴良无年月乃布留止々毛尓毛於川留奈美多可
和歌 きみみすて いくよへぬらむ としつきの ふるとともにも おつるなみたか
解釈 君見ずていく世経ぬらん年月の経るとともにも落つる涙か

歌番号八四八
於无奈尓徒可者之遣流
女尓徒可者之遣流
女につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈加/\尓於毛比加遣天者可良己呂毛三尓奈礼奴遠曽宇良武部良奈留
定家 中/\尓思加遣天者唐衣身尓奈礼奴遠曽宇良武部良奈留
和歌 なかなかに おもひかけては からころも みになれぬをそ うらむへらなる
解釈 なかなかに思ひかけては唐衣身に馴れぬをぞ恨むべらなる

歌番号八四九
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 宇良无止毛加計天己曽三女加良己呂毛三尓奈礼奴礼者布利奴止可幾久
定家 怨止毛加計天己曽見女唐衣身尓奈礼奴礼者布利奴止可幾久
和歌 うらむとも かけてこそみめ からころも みになれぬれは ふりぬとかきく
解釈 恨むともかけてこそ見め唐衣身に馴れぬればふりぬとか聞く

歌番号八五〇
飛止尓徒可者之遣留
人尓徒可者之遣留
人につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈遣々止毛加比奈可利个利与乃奈加尓奈尓々久也之久於毛比曽女个无
定家 奈遣々止毛加比奈可利个利世中尓奈尓々久也之久思曽女个无
和歌 なけけとも かひなかりけり よのなかに なににくやしく おもひそめけむ
解釈 嘆けどもかひなかりけり世の中に何に悔しく思ひそめけん

歌番号八五一
和春礼可多尓奈利者部利个留於止己尓川可者之遣留
和春礼可多尓奈利侍个留於止己尓川可者之遣留
忘れがたになり侍りける男につかはしける

之与宇己宇天无乃奈加乃毛乃萬宇須豆加佐
承香殿中納言
承香殿中納言

原文 己奴飛止遠万川乃衣尓布留之良由幾乃幾衣己曽加部礼久由留於毛日尓
定家 己奴人遠松乃衣尓布留白雪乃幾衣己曽加部礼久由留思日尓
和歌 こぬひとを まつのえにふる しらゆきの きえこそかへれ くゆるおもひに
解釈 来ぬ人を松の枝に降る白雪の消えこそかへれくゆる思ひに

歌番号八五二
王寸礼者部利尓个留於无奈尓徒可者之个留
王寸礼侍尓个留女尓徒可者之个留
忘れ侍りにける女につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 幾久乃者奈宇川留己々呂遠々久之毛尓加部利奴部久毛於毛本由留加奈
定家 菊乃花宇川留心遠々久之毛尓加部利奴部久毛於毛本由留哉
和歌 きくのはな うつるこころを おくしもに かへりぬへくも おもほゆるかな
解釈 菊の花うつる心を置く霜にかへりぬべくも思ほゆるかな

歌番号八五三
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 以末者止天宇川利者天尓之幾久乃者奈加部留以呂遠者多礼可美留部幾
定家 今者止天宇川利者天尓之菊乃花加部留色遠者多礼可美留部幾
和歌 いまはとて うつりはてにし きくのはな かへるいろをは たれかみるへき
解釈 今はとてうつりはてにし菊の花かへる色をば誰れか見るべき

歌番号八五四
飛止乃武寸女尓以止志乃比天加与比者部利个留尓
遣之幾遠三天於也乃万毛利个礼者左川幾
奈可安女乃己呂徒可者之遣留
人乃武寸女尓以止志乃比天加与比侍个留尓
遣之幾遠見天於也乃万毛利个礼者五月
奈可安女乃己呂徒可者之遣留
人の女にいと忍びて通ひ侍りけるに、
気色を見て親の守りければ、五月
長雨のころつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈可免之天毛利毛和飛奴留飛止女加奈以川可久毛万乃安良无止寸良无
定家 奈可免之天毛利毛和飛奴留人女哉以川可久毛万乃安良无止寸良无
和歌 なかめして もりもわひぬる ひとめかな いつかくもまの あらむとすらむ
解釈 ながめしてもりもわびぬる人目かないつか雲間のあらんとすらん

後撰和歌集(原文推定、翻文、解釈付)巻十二(その二)

$
0
0
後撰和歌集(原文推定、翻文、解釈付)
巻十二(その二)

歌番号八五五
満多安者寸者部利个留於无奈乃毛止尓志奴部之止以部利
个礼者可部之己止尓者也志祢可之止以部利个
連者満多川可者之个留
満多安者寸侍个留女乃毛止尓志奴部之止以部利
个礼者返事尓者也志祢可之止以部利个
連者又川可者之个留
まだ逢はず侍りける女のもとに、死ぬべしと言へり
ければ、返事に、早死ねかしと言へりけ
れば、又つかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 於奈之久者幾美止奈良比乃以个尓己曽三遠奈个川止毛飛止尓幾可世免
定家 於奈之久者君止奈良比乃池尓己曽身遠奈个川止毛人尓幾可世免
和歌 おなしくは きみとならひの いけにこそ みをなけつとも ひとにきかせめ
解釈 同じくは君と並びの池にこそ身を投げつとも人に聞かせめ

歌番号八五六
於无奈尓徒可者之遣留
女尓徒可者之遣留
女につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 加計呂不乃本乃女幾川礼者由不久礼乃由女可止乃美曽三遠多止利川留
定家 加計呂不乃本乃女幾川礼者由不久礼乃夢可止乃美曽身遠多止利川留
和歌 かけろふの ほのめきつれは ゆふくれの ゆめかとのみそ みをたとりつる
解釈 かげろふのほのめきつれば夕暮れの夢かとのみぞ身をたどりつる

歌番号八五七
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 保乃三天毛女奈礼尓遣利止幾久可良尓布之加部利己曽之奈万本之个礼
定家 保乃見天毛女奈礼尓遣利止幾久可良尓布之加部利己曽之奈万本之个礼
和歌 ほのみても めなれにけりと きくからに ふしかへりこそ しなまほしけれ
解釈 ほの見ても目馴れにけりと聞くからに臥し返りこそ死なまほしけれ

歌番号八五八
世宇曽己志波/\徒可者之遣留遠知々波々者部利天
勢以之者部利个礼者衣安比者部良天
世宇曽己志波/\徒可者之遣留遠知々波々侍天
勢以之侍个礼者衣安比侍良天
消息しばしばつかはしけるを、父母侍りて
制し侍りければ、え逢ひはべらで

美奈毛堂乃与之乃々安曾无
源与之乃朝臣
源よしの朝臣(源善)

原文 安不美天不加多乃志留部毛盈天之加奈三留女奈幾己止由幾天宇良美无
定家 安不美天不方乃志留部毛盈天之哉見留女奈幾己止由幾天宇良美无
和歌 あふみてふ かたのしるへも えてしかな みるめなきこと ゆきてうらみむ
解釈 近江てふ方のしるべも得てしがなみるめなきこと行きて恨みん

歌番号八五九
可部之 
返之 
返し

者留寸美乃与之多々乃安曾无乃无寸女
春澄善縄朝臣女
春澄善縄朝臣女

原文 安不左可乃世幾止毛良留々和礼奈礼者安不美天不良无加多毛之良礼寸
定家 相坂乃関止毛良留々我奈礼者近江天不良无方毛之良礼寸
和歌 あふさかの せきともらるる われなれは あふみてふらむ かたもしられす
解釈 相坂の関と守らるる我なれば近江てふらん方も知られず

歌番号八六〇
无寸女乃毛止尓川可八之个留
女乃毛止尓川可八之个留
女のもとにつかはしける

与之乃安曾无
与之乃朝臣
よしの朝臣(源善)

原文 安之比幾乃也万志多美川乃己可久礼天多幾川己々呂遠世幾曽加祢川留
定家 葦引乃山志多水乃己可久礼天多幾川心遠世幾曽加祢川留
和歌 あしひきの やましたみつの こかくれて たきつこころを せきそかねつる
解釈 あしひきの山下水の木隠れてたぎつ心をせきぞかねつる

歌番号八六一
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 己加久礼天太幾川也万美川以川礼可者女尓之毛三由留遠止尓己曽幾計
定家 己加久礼天太幾川山水以川礼可者女尓之毛見由留遠止尓己曽幾計
和歌 こかくれて たきつやまみつ いつれかは めにしもみゆる おとにこそきけ
解釈 木隠れてたぎつ山水いづれかは目にしも見ゆる音にこそ聞け

歌番号八六二
飛止乃毛止与利加部利天川可者之个留
人乃毛止与利加部利天川可者之个留
人のもとより帰りてつかはしける

従良由幾 
つらゆき 
貫之(紀貫之)

原文 安加川幾乃奈可良満之可者之良川由乃越幾天和比之幾王加礼世万之也
定家 暁乃奈可良満之可者白露乃越幾天和比之幾別世万之也
和歌 あかつきの なからましかは しらつゆの おきてわひしき わかれせましや
解釈 暁のなからましかば白露の置きてわびしき別れせましや

歌番号八六三
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 越幾天由久飛止乃己々呂遠志良川由乃王礼己曽万徒八於毛比幾衣奴礼
定家 越幾天行人乃心遠志良川由乃我己曽万徒八思幾衣奴礼
和歌 おきてゆく ひとのこころを しらつゆの われこそまつは おもひきえぬれ
解釈 起きて行く人の心を白露の我こそまづは思ひ消えぬれ

歌番号八六四
於无奈乃毛止尓於止己加久志川々与遠也川久左武
堂可佐己乃止以不己止遠以比川可者之多利个礼八
女乃毛止尓於止己加久志川々世遠也川久左武
堂可佐己乃止以不事遠以比川可者之多利个礼八
女のもとに、男、かくしつつ世をやつくさむ
高砂のといふ事を言ひつかはしたりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 堂可佐己乃万川止以飛川々止之遠部天加者良奴以呂止幾加者多乃万武
定家 高砂乃松止以飛川々年遠部天加者良奴色止幾加者多乃万武
和歌 たかさこの まつといひつつ としをへて かはらぬいろと きかはたのまむ
解釈 高砂の松と言ひつつ年を経て変らぬ色と聞かば頼まむ

歌番号八六五
飛止乃武春女乃毛止尓志乃比川々加与比者部利个留遠
於也幾々川个天以止以多久以比个礼者加部利天
徒可者之遣留
人乃武春女乃毛止尓志乃比川々加与比侍个留遠
於也幾々川个天以止以多久以比个礼者加部利天
徒可者之遣留
人の女のもとに忍びつつ通ひ侍りけるを、
親聞きつけて、いといたく言ひければ帰りて
つかはしける

従良由幾 
つらゆき 
貫之(紀貫之)

原文 加世遠以多美久由留个无利乃多知以天々毛奈保己利寸万乃宇良曽己日之幾
定家 風遠以多美久由留煙乃多知以天々毛猶己利寸万乃宇良曽己日之幾
和歌 かせをいたみ くゆるけふりの たちいてても なほこりすまの うらそこひしき
解釈 風をいたみくゆる煙の立ち出でてもなほこりずまの浦ぞ恋しき

歌番号八六六
者之女天於无奈能毛止尓川可八之个留
者之女天女能毛止尓川可八之个留
初めて女のもとにつかはしける

与美比止之良寸
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 伊者祢止毛和可々幾利奈幾己々呂遠者久毛為尓止遠幾飛止毛志良奈无
定家 伊者祢止毛和可限奈幾心遠者雲為尓止遠幾人毛志良南
和歌 いはねとも わかかきりなき こころをは くもゐにとほき ひともしらなむ
解釈 言はねども我が限りなき心をば雲居に遠き人も知らなん

歌番号八六七
堂以之良春 
題しらす 
題知らす

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 幾美可祢尓久良不乃也万乃保止々幾寸以川礼安多奈留己恵万左留良无
定家 君可祢尓久良不乃山乃郭公以川礼安多奈留己恵万左留良无
和歌 きみかねに くらふのやまの ほとときす いつれあたなる こゑまさるらむ
解釈 君が音に暗部の山の郭公いづれあだなる声まさるらん

歌番号八六八
世宇曽己加与者之遣留於无奈遠呂加奈留左万尓
三衣者部利个礼者
世宇曽己加与者之遣留女遠呂加奈留左万尓
見衣侍个礼者
消息通はしける女、おろかなるさまに
見え侍りければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 己飛天奴留由女知尓加与不堂万之比乃奈留々加比奈久宇止幾々美可奈
定家 己飛天奴留夢地尓加与不堂万之比乃奈留々加比奈久宇止幾々美哉
和歌 こひてぬる ゆめちにかよふ たましひの なるるかひなく うとききみかな
解釈 恋ひて寝る夢路に通ふたましひの馴るるかひなくうとき君かな

歌番号八六九
於无奈尓徒可者之遣流
女尓徒可者之遣流
女につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 加々利比尓安良奴於毛比乃以可奈礼者奈美多乃加者尓宇幾天毛由良无
定家 加々利火尓安良奴於毛比乃以可奈礼者涙乃河尓宇幾天毛由良无
和歌 かかりひに あらぬおもひの いかなれは なみたのかはに うきてもゆらむ
解釈 篝火にあらぬ思ひのいかなれば涙の河に浮きて燃ゆらん

歌番号八七〇
飛止乃毛止尓満可利天安之多尓川可者之个留
人乃毛止尓満可利天安之多尓川可者之个留
人のもとにまかりて朝につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 満知久良春比者寸可乃祢尓於毛本衣天安不与之毛奈止多万乃遠奈良无
定家 満知久良春日者寸可乃祢尓於毛本衣天安不与之毛奈止多万乃遠奈良无
和歌 まちくらす ひはすかのねに おもほえて あふよしもなと たまのをならむ
解釈 待ち暮らす日は菅の根に思ほえて逢ふよしもなど玉の緒ならん

歌番号八七一
於保衣乃知左止満可利加与比个留於无奈遠於毛比
加礼可多尓奈利天止遠幾止己呂尓万可利多利止以者世天
飛左之宇万可良寸奈利尓个利己乃於无奈於毛比和比天
祢多留与乃由女尓満宇天幾多利止三衣个礼者
宇多可比尓川可者之个留
大江千里満可利加与比个留女遠於毛比
加礼可多尓奈利天止遠幾所尓万可利多利止以者世天
飛左之宇万可良寸奈利尓个利己乃女思和比天
祢多留夜乃夢尓満宇天幾多利止見衣个礼者
宇多可比尓川可者之个留
大江千里、まかり通ひける女を思ひ
かれがたになりて、遠き所にまかりにたりと言はせて、
久しうまからずなりにけり。この女思ひわびて
寝たる夜の夢に、まうで来たりと見えければ、
疑ひにつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 波可奈可留由女乃志留之尓者可良礼天宇川々尓万久留三止也奈利奈无
定家 波可奈可留夢乃志留之尓者可良礼天宇川々尓万久留身止也奈利奈无
和歌 はかなかる ゆめのしるしに はかられて うつつにまくる みとやなりなむ
解釈 はかなかる夢のしるしにはかられてうつつに負くる身とやなりなん

歌番号八七二
加久天徒可者之多利个礼者知左止三者部利天
奈遠左里尓満己止仁遠止々比奈无加部里末宇天己之可止
己々知乃奈也万之久天奈无安利川留止者可利以比遠久里天
侍个礼者加左祢天徒可者之个留
加久天徒可者之多利个礼者千里見侍天
奈遠左里尓満己止仁遠止々比奈无加部里末宇天己之可止
心地乃奈也万之久天奈无安利川留止許以比遠久里天
者部利个礼者加左祢天徒可者之个留
かくてつかはしたりければ、千里見侍りて
なほざりに、まことに一昨日なん帰りまうで来しかど、
心地の悩ましくてなんありつるとばかり言ひ送りて
侍りければ、重ねてつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 於毛比祢乃由女止以比天毛也美奈末之奈加/\奈尓々安利止志利个无
定家 思祢乃夢止以比天毛也美奈末之中/\奈尓々有止志利个无
和歌 おもひねの ゆめといひても やみなまし なかなかなにに ありとしりけむ
解釈 思ひ寝の夢と言ひてもやみなましなかなか何に有りと知りけん

歌番号八七三
也万止乃加美尓者部利个留止幾加乃久尓乃寸个布知八良乃幾与比天可
武寸女遠武可部武止知幾利天於本也計己止尓与利天
安可良佐万尓美也己尓乃本利多利个留本止尓
己乃武須免志无衣无保宇之尓武可部良礼天万可利尓个礼八
久尓々加部利天多川祢天徒可者之遣留
也万止乃加美尓侍个留時加乃久尓乃介藤原清秀可
武寸女遠武可部武止知幾利天於本也計己止尓与利天
安可良佐万尓京尓乃本利多利个留本止尓
己乃武須免真延法師尓武可部良礼天万可利尓个礼八
久尓々加部利天多川祢天徒可者之遣留
大和守に侍りける時、かの国の介藤原清秀が
女を迎へむと契りて、公事によりて
あからさまに京に上りたりけるほどに、
この女、真延法師に迎へられてまかりにければ、
国に帰りて尋ねてつかはしける

多々不左乃安曾无
忠房朝臣
忠房朝臣(藤原忠房)

原文 以徒之可乃祢尓奈幾加部利己之可止毛能部能安左地者以呂川幾尓个利
定家 以徒之可乃祢尓奈幾加部利己之可止毛能部能安左地者色川幾尓个利
和歌 いつしかの ねになきかへり こしかとも のへのあさちは いろつきにけり
解釈 いつしかの音に泣きかへり来しかども野辺の浅茅は色づきにけり

歌番号八七四
世宇曽己徒加者之遣留武寸女乃加部之己止尓万女也可尓
之毛安良之奈止以比天者部利个礼者
世宇曽己徒加者之遣留女乃返事尓万女也可尓
之毛安良之奈止以比天侍个礼者
消息つかはしける女の返事に、まめやかに
しもあらじなど言ひて侍りければ

多々不左乃安曾无
忠房朝臣
忠房朝臣(藤原忠房)

原文 飛幾万由乃加久布多己毛利世万本之美久波己幾多礼天奈久遠三世者也
定家 飛幾万由乃加久布多己毛利世万本之美久波己幾多礼天奈久遠見世者也
和歌 ひきまゆの かくふたこもり せまほしみ くはこきたれて なくをみせはや
解釈 ひきまゆのかくふた籠りせまほしみ桑こきたれて泣くを見せばや

歌番号八七五
安留飛止乃武寸女安万多安利个留遠安祢与利波之女天
以比者部利个礼止幾可佐利个礼者美川尓安多留
武寸女尓川可者之个留
安留人乃武寸女安万多安利个留遠安祢与利波之女天
以比侍个礼止幾可佐利个礼者三尓安多留
女尓川可者之个留
ある人の女あまたありけるを姉よりはじめて
言ひ侍りけれど聞かざりければ、三にあたる
女につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 世幾也万乃美祢乃寸幾武良寸幾由个止安不美者奈保曽者留个可利个留
定家 関山乃峯乃寸幾武良寸幾由个止近江者猶曽者留个可利个留
和歌 せきやまの みねのすきむら すきゆけと あふみはなほそ はるけかりける
解釈 関山の峯の杉村過ぎ行けど近江はなほぞはるけかりける

歌番号八七六
安佐多々乃安曾无飛佐之宇遠止毛世天布美遠己世天
者部利个礼者
安佐多々乃朝臣飛佐之宇遠止毛世天布美遠己世天
侍个礼者
朝忠朝臣久しう音もせで文おこせて
侍りければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 於毛比以天々遠止川礼之个留也万比己乃己多部尓己利奴己々呂奈尓奈利
定家 思以天々遠止川礼之个留山比己乃己多部尓己利奴心奈尓也
和歌 おもひいてて おとつれしける やまひこの こたへにこりぬ こころなになり
解釈 思ひ出でて訪れしける山彦の答へに懲りぬ心なになり

歌番号八七七
以止志乃比天万可利安利幾天
以止志乃比天万可利安利幾天
いと忍びてまかり歩きて

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 満止呂万奴毛乃可良宇多天志可寸可尓宇川々尓毛安良奴己々知乃美春留
定家 満止呂万奴物可良宇多天志可寸可尓宇川々尓毛安良奴心地乃美春留
和歌 まとろまぬ ものからうたて しかすかに うつつにもあらぬ ここちのみする
解釈 まどろまぬものからうたてしかすがにうつつにもあらぬ心地のみする

歌番号八七八
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 宇川々尓毛安良奴己々呂者由女奈礼也三天毛者可奈幾毛乃遠於毛部者
定家 宇川々尓毛安良奴心者夢奈礼也見天毛者可奈幾物遠思部者
和歌 うつつにも あらぬこころは ゆめなれや みてもはかなき ものをおもへは
解釈 うつつにもあらぬ心は夢なれや見てもはかなき物を思へば

歌番号八七九
宇徒万左和多利尓多以布可者部利个留尓徒可者之个留
宇徒万左和多利尓大輔可侍个留尓徒可者之个留
太秦わたりに大輔が侍りけるにつかはしける

遠乃々美知加世乃安曾无
小野道風朝臣
小野道風朝臣

原文 加幾利奈久於毛日以利衣乃止毛尓乃三尓之乃也万部遠奈可女也留加奈
定家 限奈久思日以利衣乃止毛尓乃三西乃山部遠奈可女也留哉
和歌 かきりなく おもひいりひの ともにのみ にしのやまへを なかめやるかな
解釈 限りなく思ひ入り日のともにのみ西の山辺をながめやるかな

歌番号八八〇
於无奈以川乃美己尓
女五乃美己尓
女五の内親王に

多々不左乃安曾无
忠房朝臣
忠房朝臣(藤原忠房)

原文 幾美可奈乃多川尓止可奈幾三奈利世者於本与曽飛止尓奈之天三万之也
定家 君可奈乃立尓止可奈幾身奈利世者於本与曽人尓奈之天見万之也
和歌 きみかなの たつにとかなき みなりせは おほよそひとに なしてみましや
解釈 君が名の立つにとがなき身なりせばおほよそ人になして見ましや

歌番号八八一
可部之 
返之 
返し

於无奈以川乃美己
女五乃美己
女五のみこ(女五内親王)

原文 堂衣奴留止三礼者安比奴留之良久毛乃以止於本与曽尓於毛者春毛可奈
定家 堂衣奴留止見礼者安比奴留白雲乃以止於本与曽尓於毛者春毛哉
和歌 たえぬると みれはあひぬる しらくもの いとおほよそに おもはすもかな
解釈 絶えぬると見れば逢ひぬる白雲のいとおほよそに思はずもがな

歌番号八八二
美久之个止乃尓者之女天川可八之个留
美久之个止乃尓者之女天川可八之个留
御匣殿にはじめてつかはしける

安徒多々乃安曾无
安徒多々乃朝臣
あつたたの朝臣(藤原敦忠)

原文 遣不曽部尓久礼佐良免也者止於毛部止毛堂部奴者飛止乃己々呂奈利个利
定家 遣不曽部尓久礼佐良免也者止於毛部止毛堂部奴者人乃心奈利个利
和歌 けふそへに くれさらめやはと おもへとも たへぬはひとの こころなりけり
解釈 今日そゑに暮れざらめやはと思へども耐へぬは人の心なりけり

歌番号八八三
美知加世志乃比天万宇天幾个留尓於也幾々川个天
世以之个礼者川可者之个留
道風志乃比天万宇天幾个留尓於也幾々川个天
世以之个礼者川可者之个留
道風忍びてまうで来けるに、親聞きつけて
制しければつかはしける

多以布
大輔
大輔

原文 伊止可久天也美奴留与利者以奈川万乃比可利乃万尓毛幾美遠三天之可
定家 伊止可久天也美奴留与利者以奈川万乃比可利乃万尓毛君遠見天之可
和歌 いとかくて やみぬるよりは いなつまの ひかりのまにも きみをみてしか
解釈 いとかくてやみぬるよりは稲妻の光の間にも君を見てしが

歌番号八八四
多以布可毛止尓満宇天幾多利个留尓者部良左利
遣礼者加部利天又満多安之多尓川可者之个留
大輔可毛止尓満宇天幾多利个留尓侍良左利
遣礼者加部利天又乃安之多尓川可者之个留
大輔かもとにまうで来たりけるにはべらざり
ければ、帰りて又の朝につかはしける

安佐多々乃安曾无
朝忠朝臣
朝忠朝臣(藤原朝忠)

原文 以堂川良尓多知加部利尓之々良奈美乃奈己利尓曽天乃比留止幾毛奈之
定家 以堂川良尓立帰尓之白浪乃奈己利尓袖乃比留時毛奈之
和歌 いたつらに たちかへりにし しらなみの なこりにそての ひるときもなし
解釈 いたづらに立ち帰りにし白浪のなごりに袖の干る時もなし

歌番号八八五
可部之 
返之 
返し

多以布
大輔
大輔

原文 何尓可者曽天乃奴留良无之良奈美乃奈己利安利計毛三衣奴己々呂遠
定家 何尓可者袖乃奴留良无白浪乃奈己利有計毛見衣奴心遠
和歌 なににかは そてのぬるらむ しらなみの なこりありけも みえぬこころを
解釈 何にかは袖の濡るらん白浪のなごり有りげも見えぬ心を

歌番号八八六
与之布留乃安曾无尓佐良尓安者之止知可己止遠志天
満多乃安之多尓川可者之个留
与之布留乃朝臣尓佐良尓安者之止知可己止遠志天
又乃安之多尓川可者之个留
好古朝臣、さらに逢はじと誓言をして、
又の朝につかはしける

久良乃奈以之
蔵内侍
蔵内侍

原文 知可比天毛奈保於毛不尓者万計尓个利多可多女於之幾以乃知奈良祢八
定家 知可比天毛猶思不尓者万計尓个利多可多女於之幾以乃知奈良祢八
和歌 ちかひても なほおもふには まけにけり たかためをしき いのちならねは
解釈 誓ひてもなほ思ふには負けにけり誰がため惜しき命ならねば

歌番号八八七
之乃比天満可利遣礼止安者左利个礼者
之乃比天満可利遣礼止安者左利个礼者
忍びてまかりけれど、逢はざりければ

美知加世
道風
道風(小野道風)

原文 奈尓者女尓美川止者奈之尓安之乃祢乃与乃美之可久天安久留和比之左
定家 奈尓者女尓美川止者奈之尓安之乃祢乃与乃美之可久天安久留和比之左
和歌 なにはめに みつとはなしに あしのねの よのみしかくて あくるわひしさ
解釈 難波女に見つとはなしに葦の根の夜の短くて明くるわびしさ

歌番号八八八
毛乃以者武止天満可利多利个礼止佐幾多知天
武祢毛知可者部利个礼者波也加部利祢止以飛
以多之天者部利个礼者
物以者武止天満可利多利个礼止佐幾多知天
武祢毛知可侍个礼者波也加部利祢止以飛
以多之天侍个礼者
物言はむとてまかりたりけれど、先立ちて
むね棟用が侍りければ、早帰りねと言ひ
出だして侍りければ

美知加世
道風
道風(小野道風)

原文 加部留部幾加多毛於保衣寸奈美多加者以川礼可和多留安左世奈留良无
定家 加部留部幾方毛於保衣寸涙河以川礼可和多留安左世奈留良无
和歌 かへるへき かたもおほえす なみたかは いつれかわたる あさせなるらむ
解釈 帰るべき方もおぼえず涙河いづれか渡る浅瀬なるらん

歌番号八八九
可部之 
返之 
返し

多以布
大輔
大輔

原文 奈美多加者以可奈留世与利加部利个无三奈留々美於毛安也之加利之遠
定家 涙河以可奈留世与利加部利个无見奈留々美於毛安也之加利之遠
和歌 なみたかは いかなるせより かへりけむ みなるるみをも あやしかりしを
解釈 涙河いかなる瀬より帰りけん見なるる水脈もあやしかりしを

歌番号八九〇
多以布可毛止尓川可者之个留
大輔可毛止尓川可者之个留
大輔かもとにつかはしける

安徒多々乃安曾无
敦忠朝臣
敦忠朝臣(藤原敦忠)

原文 以个美川乃以比以川留己止乃加多个礼者美己毛利奈可良止之曽部尓个留
定家 池水乃以比以川留事乃加多个礼者美己毛利奈可良年曽部尓个留
和歌 いけみつの いひいつることの かたけれは みこもりなから としそへにける
解釈 池水の言ひ出づる事のかたければみごもりながら年ぞ経にける

万葉集 集歌886から集歌891まで

$
0
0
筑前國守山上憶良敬和為熊凝述其志謌六首并序
標訓 筑前國守山上憶良の敬(つつし)しみて熊凝(くまこり)の為に其の志を述べたる謌に和(こた)へたる六首并せて序
前置 大伴君熊凝者 肥後國益城郡人也 年十八歳 以天平三年六月十七日 為相撲使某國司官位姓名従人 参向京都 為天不幸在路獲疾 即於安藝國佐伯郡高庭驛家身故也 臨終之時 長歎息曰 傳聞 假合之身易滅 泡沫之命難駐 所以千聖已去 百賢不留 况乎凡愚微者何能逃避 但我老親並在菴室 侍我過日 自有傷心之恨 望我違時 必致喪明之泣 哀哉我父痛哉我母 不患一身向死之途 唯悲二親在生之苦 今日長別 何世得覲 乃作歌六首而死 其謌曰
序訓 大伴君(おおとものきみ)熊凝(くまこり)は、肥後國益城郡(ましきのこほり)の人なり。年十八歳にして、天平三年六月十七日に、相撲使(すまひのつかひ)某國司(そのくにのつかさ)官位姓名の従人と為り、京都(みやこ)に参(まゐ)向(むか)ふ。天なるかも、幸(さき)くあらず、路に在りて疾(やまひ)を獲(え)、即ち安藝國佐伯郡の高庭(たかば)の驛家(うまや)にして身故(みまか)りき。臨終(みまか)らむとする時、長歎息(なげ)きて曰はく「傳へ聞く『假合(けがふ)の身は滅び易く、泡沫(ほうまつ)の命は駐(とど)め難し』と。所以(かれ)、千聖も已(すで)に去り、百賢も留らず。况むや凡愚の微(いや)しき者の、何そ能く逃れ避(さ)らむ。但(ただ)、我が老いたる親並(とも)に菴室(いほり)に在(いま)す。我を侍(ま)ちて日を過はば、おのづからに心を傷(いた)むる恨(うらみ)あらむ。我を望みて時を違はば、必ず明を喪(うしな)ふ泣(なげき)を致さむ。哀しきかも我が父、痛しきかも我が母、一(ひとり)の身の死に向ふ途(みち)を患(うれ)へず、唯し二(ふたり)の親の生(よ)に在(いま)す苦しみを悲しぶ。今日長(とこしへ)に別れなば、いづれの世に覲(まみ)ゆるを得む」といへり。乃ち歌六首を作りて死(みまか)りぬ。 其の謌に曰はく
序訳 大伴君熊凝は、肥後國の益城郡の住人であった。年十八歳にして、天平三年六月十七日に、相撲使の某國の司である官位姓名の従人となって、京都に参り向った。天なるかも、幸くあらず、上京の途上で疾病に罹り、ちょうど安藝國の佐伯郡の高庭の驛家で亡くなった。臨終する時に、深く嘆いて云うには「傳へ聞く『假合の身は滅び易く、人の泡沫のような命はこの世に留め難い』と。そこで、千聖もすでにこの世を去り、百賢も現世に留っていない。そうしたとき、凡愚のつまらない者が、どうして上手に死から逃れ避けることができるでしょうか。ただ、私の老いたる親が二人に菴室に生活している。私を待って日を過ごしていたら、自然に心を傷めるような悔いがあるでしょう。私の帰りを望んでその時がないとすると、必ず明るい希望を失い泣き崩れるでしょう。哀しいでしょう、私の父、痛しいでしょう、私の母、自分の身が死に向うことを憂い患わず、ただ、二人の親がこの世に生きている苦しみを悲しぶ。今日、永遠に死に別れたら、どの世界で両親に逢うことが出来るでしょうか」と云った。そこで、歌六首を作って亡くなった。 其の歌に云うには、

集歌八八六 
原文 宇知比佐受 宮弊能保留等 多羅知斯夜 波々何手波奈例 常斯良奴 國乃意久迦袁 百重山 越弖須凝由伎 伊都斯可母 京師乎美武等 意母比都々 迦多良比遠礼騰 意乃何身志 伊多波斯計礼婆 玉桙乃 道乃久麻尾尓 久佐太袁利 志波刀利志伎提 等許自母能 宇知計伊布志提 意母比都々 奈宜伎布勢良久 國尓阿良婆 父刀利美麻之 家尓阿良婆 母刀利美麻志 世間波 迦久乃尾奈良志 伊奴時母能 道尓布斯弖夜 伊能知周凝南 (一云 和何余須疑奈牟)
訓読 うち日さす 宮へ上(のぼ)ると たらちしや 母が手(た)離(はな)れ 常知らぬ 国の奥処(おくか)を 百重山(ももへやま) 越えて過ぎ行き 何時(いつ)しかも 京師(みやこ)を見むと 思ひつつ 語らひ居(を)れど 己(おの)が身し 労(いた)はしければ 玉桙の 道の隈廻(くまみ)に 草手折(たを)り 柴取り敷きて 床じもの うち臥(こ)い伏(ふ)して 思ひつつ 嘆き伏せらく 国に在(あ)らば 父とり見まし 家にあらば 母とり見まし 世間(よのなか)は 如(かく)のみならし 犬じもの 道に臥(ふ)してや 命(いのち)過ぎなむ (一云(あるひはいは)く、 我が世過ぎなむ)
私訳 輝く日の射す奈良の京に上るとして、十分に乳をくれた実母の手を離れ、日頃は知らない他国の奥深い多くの山々を越えて街道を過ぎ行くと、何時にかは奈良の京を見たいと願って友と語らっていたけれど、そんな自分の体がひどく疲労しているので、立派な鉾を立てる官の道の曲がり角に、草を手折り、柴枝を折り取って敷いて、寝床として身を横たえ伏して、色々と物思いに嘆き横たわっていると、故郷でしたら父が看取ってくれるでしょう、家でしたら母が看取ってくれるでしょう。人の世の中はこのようなものでしょうか、犬のように道に倒れ伏して死んで逝くのでしょうか。(あるいは云く、私のこの世は過ぎていく)

集歌八八七 
原文 多良知子能 波々何目美受提 意保々斯久 伊豆知武伎提可 阿我和可留良武
訓読 たらちしの母が目見ずて鬱(おほほ)しく何方(いづち)向きてか吾(あ)が別るらむ
私訳 十分に乳を与えてくれた実の母に直接に逢うことなく、心覚束なくどこへか、私はこの世から別れるのでしょうか。

集歌八八八 
原文 都祢斯良農 道乃長手袁 久礼々々等 伊可尓可由迦牟 可利弖波奈斯尓 (一云 可例比波奈之尓)
訓読 常知らぬ道の長手(ながて)をくれくれと如何(いか)にか行かむ糧(かりて)は無しに (一云(あるいはいは)く、 乾飯(かれひ)は無しに)
私訳 普段には知らないあの世への道の長い道のりをどうぞ見せて下さいと、さて、どのように旅立ちましょう。道中の食糧も無くて。(あるいは云はく、乾飯も無いのに)

集歌八八九 
原文 家尓阿利弖 波々何刀利美婆 奈具佐牟流 許々呂波阿良麻志 斯奈婆斯農等母 (一云 能知波志奴等母)
訓読 家にありて母がとり見ば慰(なぐさ)むる心はあらまし死なば死ぬとも (一云(あるいはいは)く、 後は死ぬとも)
私訳 家に居たならば母が看取ってくれるのでしたら、慰められる気持ちが湧くでしょう、死ぬ運命として死んで行くとしても。(あるいは云はく、後に死ぬとしても)

集歌八九〇 
原文 出弖由伎斯 日乎可俗閇都々 家布々々等 阿袁麻多周良武 知々波々良波母 (一云 波々我迦奈斯佐)
訓読 出(い)でて行(ゆ)きし日を数へつつ今日(けふ)今日と吾(あ)を待たすらむ父母らはも(一云(あるいはいは)く、母が悲しさ)
私訳 家から旅立って行った日々を数えながら、今日か今日かと私を待っているでしょう、父や母達は。(あるいは云はく、母親の悲しさ)

集歌八九一 
原文 一世尓波 二遍美延農 知々波々袁 意伎弖夜奈何久 阿我和加礼南 (一云 相別南)
訓読 一世(ひとよ)には二遍(ふたたび)見えぬ父母を置きてや長く吾(あ)が別れなむ (一云(あるひはいは)く、 相別れなむ)
私訳 一度の人の世では再び逢うことの出来ない二親の父と母をこの世に残して、永遠に私はこの世から別れるのです。(あるいは云はく、互いに別れるのです)

万葉集 集歌892から集歌896まで

$
0
0
貪窮問答謌一首并短謌
標訓 貪窮(とんきゅう)問答(もんどう)の謌一首并せて短謌
注意 標題では写本により「貪窮問答」と「貧窮問答」との二つの表記があり、ここでは仏教教義を踏まえて「貪窮問答」を採用しています。一方、標準解釈では「貧窮問答」を採用します。

集歌八九二 
原文 風雜 雨布流欲乃 雨雜 雪布流欲波 為部母奈久 寒之安礼婆 堅塩乎 取都豆之呂比 糟湯酒 宇知須々呂比 弖之匝夫可比 鼻批之批之尓 志可登阿良農 比宜可伎撫而 安礼乎於伎弖 人者安良自等 富己呂倍騰 寒之安礼婆 麻被 引可賀布利 布可多衣 安里能許等其等 伎曽倍騰毛 寒夜須良乎 和礼欲利母 貧人乃 父母波 飢寒良牟 妻子等波 乞々泣良牟 此時者 伊可尓之都々可 汝代者和多流 天地者 比呂之等伊倍杼 安我多米波 狭也奈里奴流 日月波 安可之等伊倍騰 安我多米波 照哉多麻波奴 人皆可 吾耳也之可流 和久良婆尓 比等々波安流乎 比等奈美尓 安礼母作乎 綿毛奈伎 布可多衣乃 美留乃其等 和々氣佐我礼流 可々布能尾 肩尓打懸 布勢伊保能 麻宜伊保乃内尓 直土尓 藁解敷而 父母波 枕乃可多尓 妻子等母波 足乃方尓 圍居而 憂吟 可麻度柔播 火氣布伎多弖受 許之伎尓波 久毛能須可伎弖 飯炊 事毛和須礼提 奴延鳥乃 能杼与比居尓 伊等乃伎提 短物乎 端伎流等 云之如 楚取 五十戸良我許恵波 寝屋度麻弖 来立呼比奴 可久婆可里 須部奈伎物能可 世間乃道
訓読 風交(まじ)り 雨降る夜の 雨交(まじ)り 雪降る夜は 術(すべ)もなく 寒くしあれば 堅塩(かたしほ)を 取(と)りつつろひ 糟湯酒(かすゆさけ) 打ちすすろひ 手(て)咳(しはふ)かひ 鼻びしびしに しかとあらぬ 鬚(ひげ)掻き撫でて 吾(あ)れを措(お)きて 人は在(あ)らじと 誇(ほこ)ろへど 寒くしあれば 麻衾(あさふすま) 引き被(かがふ)り 布(ぬの)肩衣(かたきぬ) 有(あ)りのことごと 服襲(きそ)へども 寒き夜すらを 吾(わ)れよりも 貧しき人の 父母は 飢ゑ寒からむ 妻子(めこ)どもは 乞(こ)ふ乞ふ泣くらむ この時は 如何(いか)にしつつか 汝(な)が世は渡る 天地は 広しといへど 吾(あ)が為(ため)は 狭(さ)くやなりぬる 日月(ひつき)は 明しといへど 吾(あ)が為(ため)は 照りや給はぬ 人皆(ひとみな)か 吾(あ)のみや然(しか)る わくらばに 人とはあるを 人並に 吾(あ)れも作るを 綿(わた)もなき 布(ぬの)肩衣(かたきぬ)の 海松(みる)の如(ごと) わわけさがれる 襤褸(かかふ)のみ 肩にうち掛け 伏廬(ふせいほ)の 曲廬(まげいほ)の内に 直土(ひたつち)に 藁(わら)解(と)き敷きて 父母は 枕の方(かた)に 妻子(めこ)どもは 足の方に 囲み居(ゐ)て 憂(う)へ吟(さまよ)ひ 竃(かまど)には 火気(ほけ)吹き立てず 甑(こしき)には 蜘蛛(くも)の巣かきて 飯(いひ)炊(かし)く ことも忘れて 鵺鳥(ぬえとり)の 呻吟(のどよ)ひ居(を)るに いとのきて 短き物を 端(はし)截(き)ると 云(い)へるが如く 楚(しもと)取(と)る 里長(さとをさ)が声は 寝屋処(ねやと)まで 来立ち呼ばひぬ 如(かく)ばかり 術(すべ)無きものか 世間(よのなか)の道
私訳 風に交じって雨が降り、雨に交じって雪の降るみぞれの夜は、どうしようなく寒いので固めた塩の塊をしゃぶり、酒かすを解かした酒をすすって、手で咳をし、鼻をびしゃびしゃさせながら、貧相な鬚を掻きなでて、自分を除いて立派な人はいないと誇ってみても、寒いので麻の衾をかぶるようにし、布で作った袖なしのちゃんちゃんこをある限り重ね着てもそれでも寒い。そのような夜を自分より貧しい人の父母は餓えて寒いことだろう。その妻子達は力の無い声を出して泣くことであろう。こんな時、人はどのように過ごしているのであろうか。
あなたが生きて行くこの世の世間(社会)は広いといっても、私にとっては狭く感じてしまう。太陽や月は明るいというが、私の都合に合わせて太陽や月は照ってくださらない。人はみな、こう思うのか。それとも、私だけがこのように思うのか。
たまたま、私は人として生まれてきて、人並みに私も育ってきたが、綿も入っていない布のちゃんちゃんこで、海藻の海松のように破れ裂けて継ぎはぎされたむさくるしい衣を肩に掛け、茅葺の屋根だけの丸い小屋の中の土間に藁を敷き、父と母は枕の方に、妻子は足の方に丸く囲んで居て、この世の辛さを憂へ呟いて、竃には火の気の立てずに、飯を蒸かす甑にはくもの巣を取り払って、飯を炊くことも忘れ、鵺鳥が夜に鳴いている時間に、短いものをさらに切り詰めるという例えのように、鞭を持った里長の声が寝床まで聞こえて呼び立てる。
世の中は、このようなことばかり。これは、どうしょうもないのであろうか、この世の決まりとして。
注意 標題での「貪窮問答」と「貧窮問答」との違いにより、歌の鑑賞は全くに違います。また、奈良時代の庶民の標準的な食事風景の解釈によっても、歌の鑑賞は変わります。

集歌八九三 
原文 世間乎 宇之等夜佐之等 於母倍杼 飛立可祢都 鳥尓之安良祢婆
訓読 世間(よのなか)を憂(う)しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば
私訳 この世の中を辛いことや気恥ずかしいことばかりと思っていても、この世から飛び去ることが出来ない。私はまだ死者の魂と云う千鳥のような鳥ではないので。
左注 山上憶良頓首謹上
注訓 山上憶良頓首謹上(頓首謹上は、慣用句のため訓じていない)

好去好来謌
標訓 好去(こうきょ)好来(こうらい)の謌
集歌八九四 
原文 神代欲理 云傳久良久 虚見通 倭國者 皇神能 伊都久志吉國 言霊能 佐吉播布國等 加多利継 伊比都賀比計理 今世能 人母許等期等 目前尓 見在知在 人佐播尓 満弖播阿礼等母 高光 日御朝庭 神奈我良 愛能盛尓 天下 奏多麻比志 家子等 撰多麻比天 勅旨 載持弖 唐能 遠境尓 都加播佐礼 麻加利伊麻勢 宇奈原能 邊尓母奥尓母 神豆麻利 宇志播吉伊麻須 諸能 大御神等 船舳尓 道引麻志遠 天地能 大御神等 倭 大國霊 久堅能 阿麻能見虚喩 阿麻賀氣利 見渡多麻比 事畢 還日者 又更 大御神等 船舳尓 御手行掛弖 墨縄遠 播倍多留期等久 阿遅可遠志 智可能岫欲利 大伴 御津濱備尓 多太泊尓 美船播将泊 都々美無久 佐伎久伊麻志弖 速歸坐勢
訓読 神代より 云ひ伝て来(く)らく そらみつ 大和の国は 皇神(すめかみ)の 厳(いつく)しき国 言霊(ことたま)の 幸(さき)はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり 今の世の 人も悉(ことごと) 目の前に 見たり知りたり 人多(さは)に 満ちてはあれども 高光る 日の朝廷(みかど) 神ながら 愛(めで)の盛りに 天の下 奏(もう)した賜ひし 家の子と 選(えら)ひ賜ひて 勅旨(おほみこと) 戴(いただ)き持ちて 唐国(もろこし)の 遠き境に 遣(つか)はされ 罷(まか)り坐(いま)せ 海原(うなはら)の 辺(へ)にも沖にも 神づまり 領(うしは)き坐(いま)す 諸(もろもろ)の 大御神(おほみかみ)たち 船舳(ふなへ)に 導き申(まを)し 天地の 大御神(おほみかみ)たち 大和の 大国御魂(おほくにみたま) ひさかたの 天の御空(みそら)ゆ 天翔(あまかけ)り 見渡し賜ひ 事畢(をわ)り 還(かへ)らむ日には またさらに 大御神たち 船舳に 御手(みて)うち懸けて 墨縄(すみなは)を 延(は)へたる如く あぢかをし 値嘉(ちか)の岬(さき)より 大伴の 御津の浜辺(はまび)に 直(ただ)泊(は)てに 御船は泊(は)てむ 恙無(つつみな)く 幸(さき)く坐(いま)して 早帰りませ
私訳 神代から云い伝えられて来たことには、大和の国は皇神の厳しい国、言霊が幸いする国であると、語り継ぎ、言い継がれてきた。今の世の人も皆がまのあたりに見て知っている。大和の国には人がたくさん満ちているけれども、天まで光る天皇の神の御心のままに、天皇から寵愛されているときに、天下の政治をお執りになった名門の子としてお選びになったので、貴方は天皇の御命令を奉じて、唐国の遠い境に派遣され、船出なさる。海原の岸にも沖にも鎮座して海を支配しているもろもろの大御神たちを船の舳先に導き申し上げ、天地の大御神たちと大和の大国魂は大空を飛び翔って見渡しなされて、貴方が使命を終えて帰る日には、再び大御神たちが船の舳先に神の御手を懸けて、墨縄を引いたかのように、値嘉の崎から大伴の御津の浜辺に途中で泊まることなく御船は至り着くでしょう。つつがなく、無事で早くお帰りなさい。

反謌
集歌八九五 
原文 大伴 御津松原 可吉掃弖 和礼立待 速歸坐勢
訓読 大伴し御津し松原かき掃(は)きて吾立ち待たむ早帰りませ
私訳 大伴の御津の松原の落ち葉をきれいに掃き清めて、私はずっと立って待っていましょう。早く帰ってきてください。

集歌八九六 
原文 難波津尓 美船泊農等 吉許延許婆 紐解佐氣弖 多知婆志利勢武
訓読 難波津に御船(みふね)泊(は)てぬと聞こえ来ば紐解き放(さ)けて立ち走りせむ
私訳 難波の湊に御船が帰り泊ったと聞こえて来たなら、肩衣の紐を結ばず広げて走って行ってお迎えしよう。
左注 天平五年三月一日良宅對面獻三日 山上憶良謹上 大唐大使卿記室
注訓 天平五年三月一日、良(ら)の宅(いへ)に対面して、献(たてまつ)ることは三日なり。山上憶良謹みて上る。
大唐大使卿記室

万葉集 沈痾自哀文

$
0
0
沈痾自哀文 山上憶良作
標訓 沈痾(ちんあ)自哀(じあい)の文 山上憶良の作れる
注意 この作品には歌番号が与えられていません。
漢文 竊以、朝夕佃食山野者、猶無災害而得度世、(謂、常執弓箭、不避六齋、所値禽獸、不論大小、孕及不孕、並皆殺食、以此為業者也。) 晝夜釣漁河海者、尚有慶福而全經俗。(謂、漁夫、潛女、各有所勤、男者手把竹竿能釣波浪之上、女者腰帶鑿籠潛採深潭之底者也) 況乎、我從胎生迄于今日、自有修善之志、曾無作惡之心。(謂聞諸惡莫作、諸善奉行之教也) 所以、禮拜三寶、無日不勤、(每日誦經、發露懺悔也) 敬重百神、鮮夜有闕。(謂敬拜天地諸神等也) 嗟乎媿哉、我犯何罪、遭此重疾。(謂未知過去所造之罪、若是現前所犯之過。無犯罪過、何獲此病乎)
初沈痾已來、年月稍多。(謂經十餘年也) 是時七十有四、鬢髮斑白、筋力尩羸。不但年老、復加斯病。諺曰、痛瘡灌鹽,短材截端、此之。四支不動、百節皆疼、身體太重、猶負鈞石。(廿四銖為一兩、十六兩為一斤、卅斤為一鈞、四鈞為石、合一百廿斤也) 懸布欲立、如折翼之鳥、倚杖且歩、比跛足之驢。吾以身已穿俗、心亦累塵、欲知禍之所伏、崇之所隱、龜卜之門、巫祝之室、無不徃問。若實、若妄、隨其所教、奉幣帛、無不祈祷。然而彌有增苦、曾無減差。吾聞、前代多有良醫、救療蒼生病患。至若楡樹、扁鵲、華他、秦和、緩、葛稚川、陶隱居、張仲景等、皆是在世良醫、無不除愈也。(扁鵲、姓秦、字越人、勃海郡人也。割胸採心、易而置之、投以神藥、即寤如平也。華他、字元他、沛國譙人也。沈重者在内者、刳腸取病、縫復摩膏四五日差定) 追望件醫、非敢所及。若逢聖醫神藥者、仰願、割刳五藏、抄採百病、尋逹膏肓之隩處、(盲鬲也、心下為膏。攻之不可、逹之不及、藥不至焉) 欲顯二豎之逃匿。(謂、晉景公疾、秦醫、緩視而還者、可謂為鬼所殺也) 命根盡、終其天下、尚為哀。(聖人賢者、一切含靈、誰免此道乎) 何況、生録未半、為鬼狂殺、顏色壯年、為病横困者乎。在世大患、孰甚于此。(志恠記云、廣平前大守、北海徐玄方之女、年十八歳而死。其靈謂馮馬子曰、案我生録、當壽八十餘歳。今為妖鬼所狂殺、已經四年。此遇馮馬子、乃得更活、是也。内教云、瞻浮州人壽百二十歳。謹案、此數非必不得過此。故、壽延經云、有比丘、名曰難逹。臨命終時、詣佛請壽、則延十八年。但善為者天地相畢。其壽夭者業報所招、隨其脩短而為半也。未盈斯笇而、遄死去。故曰未半也。任徴君曰、病從口入。故、君子節其飲食。由斯言之、人遇疾病、不必妖鬼。夫、医方諸家之廣說、飲食禁忌之厚訓、知易行難之鈍情、三者、盈目滿耳由來久矣。抱朴子曰、人但、不知其當死之日故不憂耳。若誠知則劓可得延期者、必將為之。以此而觀、乃知、我病盖斯飲食所招而、不能自治者乎也) 
帛公略説曰、伏思自勵、以斯長生。々可貪也。死可畏也。天地之大德曰生。故死人不及生鼠。雖為王侯一日絶氣、積金如山、誰為富哉。威勢如海、誰為貴哉。遊仙窟曰、九泉下人、一錢不直。孔子曰、受之於天、不可變易者形也。受之於命、不可請益者也。(見鬼谷先生相人書) 故、知、生之極貴、命之至重。欲言々窮。何以言之。欲慮々絶。何由慮之。惟以、人無賢愚、世無古今、咸悉嗟歎。歳月競流、晝夜不息。(曾子曰、徃而不反者年也。宣尼臨川之歎亦是矣也) 老疾相催、朝夕侵動。一代權樂未盡席前、(魏文惜時賢詩曰、未盡西苑夜、劇作北望塵也) 千年愁苦更繼坐後。(古詩云、人生不滿百、何懷千年憂美) 若夫群生品類、莫不皆以有盡之身、並求無窮之命。所以、道人方士自負丹經、入於名山而合藥之者、養性怡神、以求長生。抱朴子曰、神農云、百病不愈、安得長生。帛公又曰、生好物也、死惡物也。若不幸而不得長生者、猶以生涯無病患者、為福大哉。今吾為病見惱、不得臥坐。向東向西莫知所為。無福至甚、惣集于我。人願天從。如有實者、仰願、頓除此病、賴得如平。
以鼠為喩、豈不愧乎。(已見上也)
訓読 竊(ひそか)に以(おもひみ)るに、朝夕に山野に佃食(でんしょく)する者すら、猶(なほ)災害無く世を度るを得(え)、(常に弓箭(ゆみや)を執り六齋を避けず、値(あ)ふ所の禽獸、大きなると小しきと、孕(はら)めると孕まぬとを論(い)はず、並に皆殺し食ひ、此を以ちて業とする者を謂ふ。) 晝夜に河海に釣漁する者すら、尚ほ慶福ありて俗を經るを全(まった)くす。(漁夫、潛女、各(おのおの)勤むる所あり、男は手に竹竿を把りて能く波浪の上に釣り、女は腰に鑿(のみ)籠(こ)を帶びて深潭(ふち)の底に潛き採る者を謂ふ) 況(いは)むや、我胎生(たいせい)より今日に至るまでに、みづかた修善の志あり、曾て作惡(さくあ)の心無し。(諸惡莫作(まくさ)、諸善奉行(ぶぎょう)の教(をしへ)を聞くを謂ふ) 所以、三寶を禮拜(れいはい)して、日として勤めざる無く、(日毎に誦經(ずきょう)し、發露(はつろ)懺悔(ざんげ)するなり) 百神を敬重(けいちょう)して、夜として闕(か)きたるは鮮(な)し。(天地の諸神等を敬拜することを謂ふ) 嗟乎(ああ)、媿(はづか)しきかも、我何の罪を犯して、此の重き疾(やまひ)に遭へる。(いまだ、過去に造る所の罪か、若しは現前に犯す所の過(あやまち)なるかを知らず。罪過(ざいか)を犯すこと無くは何そ此の病を獲(え)むを謂ふ)
初め痾(やまい)に沈みしより已來(このかた)、年月稍(やや)に多し。(十餘年を經るを謂ふ) 是の時に七十有四にして、鬢髮(びんぱつ)斑白(しらか)け、筋力尩羸(つか)れ。ただに年の老いたるのみにあらず、復(また)、かの病を加ふ。諺に曰はく「痛き瘡(きず)に鹽(しお)を灌(そそ)き,短き材(き)の端を截(き)る」といふは、此を謂(いふ)なり。四支動かず、百節皆疼(いた)み、身體(しんたい)太(はなは)だ重く、猶ほ鈞石(きんせき)を負(お)へるが如し。(廿四銖(しゅ)を一兩とし、十六兩を一斤とし、卅斤を一鈞(きん)とし、四鈞を石(しゃく)とし、合せて一百廿斤なり) 布に懸(かか)りて立たむと欲(す)れば、翼折れたる鳥の如く、杖に倚(よ)りて歩まむとすれば、足跛(ひ)ける驢(うさぎうま)の比し。吾、身已(すで)に俗(よ)を穿(うが)ち、心も亦塵に累(わづら)ふを以ちて、禍の伏す所、祟(たた)りの隱るる所を知らむと欲(ほ)りして、龜卜(きぼく)の門と巫祝(ぶしゅく)の室とを徃きて問はざる無し。若しは實(まこと)、若しは妄(いつはり)、其の教ふる所に隨ひ、幣帛(ぬさ)を獻じ奉り、祈祷(いの)らざる無し。然れども彌(いよ)よ苦(くるしみ)を增す有り、曾て減差(い)ゆる無し。
吾聞かく、「前の代に多く良き醫(くすし)有りて、蒼(あお)生(ひとくさ)の病患(やまひ)を救療(いや)しき。楡樹(ゆじゅ)、扁鵲(へんじゃく)、華他(かわた)、秦の和(わ)、緩(くわん)、葛稚川(かつちせん)、陶隱居(たうおんこ)、張仲景(ちやうちけい)等の若(ごと)きに至りては、皆(みな)是(これ)世に在りし良き醫(くすし)にして、除愈(いや)さざる無し」といへり。(扁鵲、姓は秦、字は越人、勃海郡の人なり。胸を割(さ)き、心を採りて、易(あらた)めて置き、投(い)るるに神藥を以ちてすれば、即ち寤(さ)めて平(つね)なる如し。華他、字は元、沛國(はいこく)の譙(せう)の人なり。若し重みは内に在るあるならば、腸(はら)を刳(き)り病を取り、縫ひて復(また)膏(かう)を摩(す)る。四五日にして差(い)ゆ) 件(くだり)の醫(くすし)を追ひ望むとも、敢へて及(し)く所に非らじ。若し聖医神藥に逢はば、仰ぎ願はくは、五藏を割刳(かつこ)し、百病を抄採(せうさい)し、膏肓(かうくわう)の隩處(おくか)に尋ね逹り、(盲は鬲(かく)なり、心の下を膏とす。攻むれども可(よ)からず、逹(はり)も及はず、藥も至らず) 二豎(にしゅ)の逃れ匿(かく)るるを顯(あらは)さまく欲(ほり)す。(晉の景公疾(や)めり、秦の医、緩(くわん)視(み)て還りしは、鬼のために殺さゆと謂ふべきを謂ふ) 命根(いのち)盡き、其の天下を終るは、尚ほ哀(かな)しと為す。(聖人賢者、一切の含靈(がんりやう)、誰か此の道を免れむ) 何(なに)そ況むや、生録(せいろく)いまだ半ならずして、鬼の為に狂(きまま)に殺さえ、顏色壯年にして、病の為に横(よこしま)に困(たしな)めゆる者をや。世に在る大患の、いづれか此より甚(はなはだ)しからむ。(志恠(しくわい)記(き)に云はく「廣平の前(さき)の大守、北海の徐(じょ)玄方(げんほう)が女(むすめ)、年十八歳にして死る。其の靈の馮(ひょう)馬子(まし)に謂ひて曰はく『我が生録を案(かむが)ふるに、當に壽(とし)八十餘歳ならむ。今妖鬼の為に枉(よこしま)に殺さえて、已に四年を經たり』といへり。この馮馬子に遇ひて、乃(すなは)ち更に活(い)くる得たり」といへるは是なり。内教に云はく「瞻浮(せんふ)州(しゅう)の人は壽(とし)百二十歳なり」といへる。謹みて案ふるに、此の數(かず)必(うつたへ)に此を過ぐるを得ぬにはあらず。故(かれ)、壽(じゅ)延經(えんきゃう)に云はく「比丘(びく)あり、名を難逹(なんたつ)と曰ふ。命終る時に臨みて、佛に詣でて壽(とし)を請(こ)ひ、則ち十八年を延べたり」といへる。但、善く為(をさ)むる者(ひと)は天地と相畢(そ)ふ。其の壽夭(じゅえう)は業報(ごうほう)の招く所にあいて、其の脩(なが)き短きに隨ひて半(なかば)と為るなり。いまだこの算に盈(み)たずして、遄(すみ)やかに死去る。故(かれ)、半ならずと曰ふなり。
任(じん)徴君(ちょうくん)曰はく「病は口より入る。故、君子は其の飲食を節(ただ)す」といへり。斯(これ)に由りて言はば、人の疾病(やまひ)に遇へるは、必(うつたへ)に妖鬼ならず。夫(それ)、医方諸家の廣き說と、飲食禁忌の厚き訓(をしへ)と、知り易く行ひ難き鈍(おそ)き情(こころ)との、三つの者は、目に盈(み)ち耳に滿つこと由來(もとより)久し。抱(ほう)朴子(ぼくし)に曰はく「人はただ、其の當に死なむ日を知らぬ故に憂へぬのみ。若(も)し誠に則鼿(けつぎ)して期(ご)を延ぶるを得べきを知らば、必ず將(まさ)に之を為さむ」といへり。此を以ちて觀れば、乃(すなは)ち知りぬ、我が病は盖しこれ飲食の招く所にして、みづらか治むる能はぬものか、と)
帛公(はくこう)略説(りゃくせつ)に曰はく「伏して思ひみづから励むに、かの長生を以(も)ちてす。生を貪(むさぼ)る可(べ)し。死は畏(お)づべし」といへり。天地の大德を生と曰ふ。故(かれ)、死にたる人は生ける鼠に及(し)かず。王侯なりと雖も一日氣(いき)を絶たば、金を積むの山の如くなりとも、誰か富めりと為さむか。威勢(いきほひ)の海の如くなりとも、誰か貴しと為さむ哉。遊仙窟に曰はく「九泉の下の人は、一錢にだに直(あたひ)せじ」といへり。孔子の曰はく「天に受けて、變(へん)易(やく)すべからぬ者は形なり。命(めい)に受けて、請益(しょうやく)すべからぬものなり」とのたまへり。(鬼谷(きこく)先生の相人(そうにん)書(しょ)に見えたり) 故(かれ)、知る、生の極めて貴く、命の至りて重きを。言はむと欲(ほ)りて言(こと)窮(きわ)まる。何を以ちてかこれを言はむ。慮(おもひはか)らむた欲(ほ)りして慮(おもひはか)り絶(た)ゆ。何に由りてか之を慮らむ。
惟以(おもひみ)れば、人の賢愚と無く、世の古今と無く、咸悉(ことごと)に嗟歎(なげ)く。歳月競ひ流れて、晝夜に息(や)まず。(曾子曰はく「徃きて反らぬは年なり」といへり。宣尼(せんぢ)の川に臨む歎きもまた是なり) 老疾相催(うなが)して、朝夕に侵(をか)し動(きは)ふ。一代の權樂は未だ席の前に盡きぬに、(魏文の時賢(じけん)を惜しめる詩に曰はく「未だ西苑の夜を盡さぬに、劇(にはか)に北邙(ほくぼう)の塵(ちり)と作(な)る」といへり。) 千年の愁(しゅう)苦(く)は更(また)座の後に繼ぐ。(古詩に云はく「人生は百に滿たす、何そ千年の憂美を懷(むだ)かむ」といへり。) 若し夫れ群生(ぐんせい)品類(ひんるゐ)は、皆盡(かぎり)有る身を以ちて、並(とも)に窮(きはまり)無き命を求めざる莫(な)し。所以(かれ)、道人(どうじん)方士(ほうし)の自(みづか)ら丹經(たんきょう)を負ひ、名山に入りてこの藥を合するは、性を養ひ神(こころ)を怡(やはら)げて、以ちて長生を求むるなり。抱朴子に曰はく「神農(しんのう)云はく『百病愈(い)えず、安(いか)にそ長生を得む』といふ」といへり。帛公又曰はく「生は好(よ)き物なり、死は惡(あし)しき物なり」といへり。若し幸(さきはひ)なく長生を得ぬは、猶(な)ほ生涯病患(やまひ)無きを以ちて、福(さきはひ)大きなりと為(せ)むか。今吾病の為に惱まされ、臥坐(ぐわざ)するを得ず。向東向西(かにかくに)に為す所を知らず。福(さきはひ)無きことの至りて甚しき、すべて我に集まる。「人願へば天從ふ」といへり。如(も)し實(まこと)あらば、仰ぎ願はくは、頓(にはか)に此の病を除き、賴(さきはひ)に平(つね)の如くなるを得む。
鼠を以ちて喩(たとへ)と為すは、豈(あに)愧(は)ぢざらめや。(已に上に見えたり)
私訳 ひとり考えてみると、朝夕に山野で狩猟をして生活の糧を得る者ですら、殺生の罪をうけることなく生活することが出来(常々に弓矢を手にして六斎日もつとめず、見かけた鳥獣は大小を問わず、腹に子をやどしていようがなかろうと悉く殺して食べ、これを生業としている者を意味する)、昼夜に河や海に魚を釣る者すら、なお幸せに世を暮らしている(漁師も海女もそれぞれ仕事にはげんでいる。男は手に竹竿を持ち浪の上で魚を採り、女は腰に鑿や籠を着けて深海に潜っては貝や海藻を採る存在を意味する)。まして、私は生れてから今日にいたるまで、進んで善を修める志を持ち、未だ一度も罪を犯すような心を持っていない(諸悪を為さず、諸善を尊ぶ教えに従うことを意味する)。そこで、仏の三宝である仏・法・僧を尊び、一日も欠かさず勤行を行ひ(日々に誦経し、犯した罪を表し悔いあらためることを意味する)、多くの神を尊重して、一夜として礼拝を欠いたことはない(天地の諸神等を敬拝することを意味する)。なんと、恥ずかしいことでしょう。私が何の罪を犯して、このような重い疾病になったのでしょうか(未だ、過去に犯した罪のためか、もしくは、今、罪を犯しつつあるものによるものかは判らない。しかし、罪を犯さないのに、どうしてこんな疾病になるのかを意味する)。
初めて重病にかかってから、もう年月も久しい(十余年もたっていること)。今年七十四歳で、頭髪はすでに白きをまじえ、体力は衰えている。この老齢に加えて、この病がある。諺に「痛い傷の上にさらに塩をつける。短い木の端をまた切る」というが、このことである。手足は動かず関節はすべて痛み、身体は大変重くて鈞石の重さを背負っているようである(二十四銖が一両、十六両が一斤、三十斤が一鈞、四鈞を石とする。合わせて百二十斤となる)。布を頼って起き立とうとすると翼の折れた鳥のように倒れ、杖にすがって歩こうとすると足なえの驢馬のようである。私は、身は十分に世俗に染み、心もまた俗塵に汚れているので、過ちの原因、祟りの潜んでいる所を知ろうと思って、亀卜の占い師や神意を聞くものの門を叩いてまわった。彼らのいうところは、時として本当であり、時として虚妄だったけれども、その教えのままに神に幣帛をささげ、祈りをささげつくした。しかし、いよいよ苦しみを増すことはあっても、一向に癒えることはなかった。
私が聞くことに、「先の代には多くの名医がいて、人々の病気を癒した。楡樹・扁鵲・華他、秦時代の和・緩・葛稚川・陶隱居。張仲景らに到っては、これ皆、良医として世にあったもので、病気はすべて癒した」という(扁鵲、姓を秦、字を越人といい勃海郡の人である。胸を開切して心臓を取り出し、再び置き直し、投薬をするときに神藥を用いると、患者は眠りから覚めると、平常の状態になった。華他は、字を元といい沛國の譙の地の人である。もし、病の主因が体内にあるなら、腹部を開切してその病気を取り出して、また縫い合わせて膏薬をぬった。四五日すると治ったという)。これらの名医を今から望んだとしても、到底、不可能であろう。しかし、もし名医や霊薬にめぐり逢うことができるなら、どうか内臓をきり開いてもろもろの病気を採り出し、膏や肓の奥深いところまでたずね当て(肓とは横隔膜で、心臓の下を膏という。これは治そうにも治し得ない。針治療も出来ず、薬も効かない)、病を引き起こすと云う二児の逃げ隠れているところを発見したい(晋の景公が病気になったことがあった。秦の医師の緩が診察しての帰り、公は鬼のために殺されるだろうと云った。このことを云う)。寿命は尽きて、天寿を終えることは、なお哀しいことだ(聖人も賢者も、一切の有魂の生き物も、誰ひとり死の道を免れることはない)。まして、生きるべき齢の半ばにも到らず鬼のために不当にも殺された者や、まだ容姿も盛んな壮年にして病気に時ならず苦しめられる者の、何と悲しいことよ。世間にあることの患いの内で、これより大きな苦しみに何があろう。(「志恠記」に云うには「広平県の前の大守、北海の徐玄方の娘が十八歳で死んだ。その娘の霊が馮馬子という男の夢に現れて『私の生きるべき年数を見ると八十余歳のはずである。ところが今怪しい鬼のために気ままに殺されて、もう四年も経っている』といった。結局、この馮馬子に遭ったことによって、娘は生き帰ることができた」と云うのはこのことである。仏典で釈迦の云われるには「瞻浮州の人の寿命は百二十歳である」と云う。謹んで考えてみると、この百二十歳の数は、必ずしもこれ以上生きられないというわけではない。そこで、仏典の「壽延經」には「一人の比丘がいて、その名を難逹といった。臨終の時になって仏を拝んで寿命を乞うたところ、十八年生き延びた」と云っている。ただ、善く身を修める者は天地とともに寿命を終えるもので、その長寿か否かは業の報いのもたらす所であって、業報による生の長短によって半分にもなってしまうのである。定められた年数にみたずして早々と死んでしまうものである。だから、半ばにもならぬという。
任徴君のいうことには「病気は口より入って来る。そこで、君子はその飲食を節制する」という。これによって云うと、人の疾病に罹るのは、必ずしも妖鬼によるものではない。そもそも、医師諸氏のすぐれた説と、飲食を節制するという立派な教えと、それを知っていて行い難い人間の俗情とを、三つとも見聞きすることはいうまでもなくひさしい。「抱朴子」の書に云うには「人はただ、その本当に死ぬべき日を知らないために悲しまないだけである。もし、本当に足を斬り、鼻をそぐ刑罰を受けることで死期を延ばすことができると知ったら、必ずきっとこの刑罰を受けるであろう」という。これをもって考えると、判る。私の病気は必ずや飲食の招いたのもで、自分からはどうしようもないものだ、と)
帛公略説に云うには「つつしんで考え、自らつとめると、あの長寿をうることができる。生は貪欲に求めるがよい。死は恐れるべきである」という。この天地の間の大きな徳を生というのだ。だから死者は生きている鼠にも及ばない。王侯といえども一日息の根をたったら、金を積むこと山のごとくあろうとも、もはや富裕とはいえない。海のごとく広く威勢を振るおうとも、もはや誰も貴いとは考えない。「遊仙窟」にいうことには「黄泉の下にある人は一銭の値打ちもない」と云う。孔子のいわれることには「天から授かって変えることの出来ないものは形であり、天命によって定められ、乞い求めることの出来ないものである」という(鬼谷先生の相人書に、このことは見えている)。そこで、わかる。生が極めて貴く、命の至って重いことが。ああ、云おうにも言葉がない。何をもってこの気持ちを云おう。思いを巡らそうにも、思いもつづかない。何によってこの理を考えよう。
考えてみれば、人間は賢者愚者を問わず、また、昔から今に至るまで、すべて嘆きを繰り返して来た。年月は生と争うかのように流れ、昼夜はとどまるところがない。(曾子のいうには「往きて戻らぬものは年である」という。孔子が川上にあって嘆いたのも、またこのことである)。老と病とが、誘いあうかのように、朝夕にわが身を侵して競いあっている。一生の楽しみは私の宴会の席前に尽くしきれないのに、(魏の文帝の「時賢を惜しめる詩」にいうことには、「まだ西苑の夜の歓楽も尽くさぬに、はや北邙に葬られて塵となる」と云う)、年長い愁い苦しみは、もうわが背後にせまっている(古詩にいうには「人生は百歳に満たないのに、どうして永久の憂いや美麗の物事を思い患おう」と云う)。一体、生きとし生ける者はすべて有限の身をもって、みな無限の命を求める。そこで神仙の道人方士で、自ら仙薬の書物をたずさえて名山に入り、この仙薬を調合する者は、体をととのえ精神を安らかにして、よって長寿を求めるのである。「抱朴子」にいうには「神農がいうには『多くの病気が癒えずして、どうして長生きが出来よう』という」という。帛公がまた云うには「生はりっぱなもので、死は悪いものだ」という。もし、不幸にして、長寿を得られないなら、やはり一生病気に患わされることのないことをもって、大きな幸とすべきであろうか。今、私は病のために悩まされ、寝起きも思うようでない。どのようにも、なす術を知らない。不幸の最たるものが、すべて私に集まっている。世に「人が願うと天が応ずる」という。これがもし真実なら、どうか伏して願うことには、すみやかにこの病気を除き、平生のように幸せであってほしい。
鼠をもって喩えなどしたことは、恥ずかしいことであった。(上に述べたとおりである)。

万葉集 悲歎俗道、假合即離、易去難留詩

$
0
0
悲歎俗道、假合即離、易去難留詩一首并序
標訓 俗(よ)の道の、仮(かり)に合ひ即ち離れ、去り易く留まり難(かた)きを悲しび歎ける詩一首并せて序
注意 この作品には歌番号が与えられていません。
漢文 竊以、釋慈之示教、(謂釋氏慈氏) 先開三歸、(謂歸依佛法僧) 五戒而化法界、(謂一不殺生、二不愉盗、三不邪婬、四不妄語、五不飲酒也) 周孔之垂訓、前張三綱、(謂君臣父子夫婦) 五教、以濟邦國。(謂父義、母慈、兄友、弟順、子孝) 故知、引導雖二、得悟惟一也。但、以世無恒質、所以、陵谷更變、人無定期。所以、壽夭不同。撃目之間、百齡已盡、申臂之頃、千代亦空。旦作席上之主、夕為泉下之客。白馬走來、黄泉何及、隴上青松、空懸信劍、野中白楊、但吹悲風。是知。世俗本無隱遁之室、原野唯有長夜之臺。先聖已去、後賢不留。如有贖而可免者、古人誰無價金乎。未聞獨存、遂見世終者。所以、維摩大士疾玉體乎方丈、釋迦能仁掩金容于雙樹。内教曰、不欲黑闇之後來、莫入德天之先至。(德天者生也、黑闇者死也) 故知、生必有死。々若不欲不如不生。況乎縱覺始終之恒數、何慮存亡之大期者也。
訓読 竊(ひそか)に以(おもはか)るに、釋・慈の示教(しきょう)は(釋氏と慈氏を謂ふ)、 先に三歸(佛法僧に歸依するを謂ふ) 、五戒を開きて、法界を化(やは)し(一に殺生せず、二に愉盗(とうとう)せず、三に邪婬せず、四に妄語せず、五に飲酒せぬことを謂ふ)、 周・孔の垂訓(すいくん)は、前(さき)に三綱(君臣・父子・夫婦を謂ふ) 五教を張りて、以ちて邦國(くに)を濟(すく)ふ(父は義にあり、母は慈にあり、兄は友にあり、弟は順にあり、子は孝なるを謂ふ)。 故知る、引導は雖二つなれども、悟(さとり)を得るは惟(これ)一つなるを。但、以(おもはか)るに世に恒(つね)の質無し。所以(かれ)、陵(みね)と谷と更に變り、人に定まれる期(ご)無し。所以(かれ)、壽(じゆ)と夭(よう)と同(とも)にせず。目を撃つの間に、百齡(ももよ)已に盡き、臂を申(の)ぶる頃に、千代も亦空し。旦(あした)には席上の主と作れども、夕(ゆふべ)には泉下の客と為る。白馬走り來り、黄泉には何にか及(し)かむ、隴上(ろうじょう)の青き松は、空しく信劍を懸け、野中の白き楊は、但、悲風に吹かる。是に知る。世俗に本より隱遁の室(いへ)無く、原野には唯長夜の臺(うてな)有るのみなるを。先聖已に去り、後賢も留らず。如(も)し贖ひて免るべき有らば、古人誰か價(あたい)の金(くがね)無けむ。未だ獨り存へて、遂に世の終(をはり)を見る者あるを聞かず。所以、維摩大士も玉體を方丈に疾(や)ましめ、釋迦能仁も金容(こんよう)を雙樹に掩(おほ)ひたまへり。内教に曰はく、黑闇の後に來るを欲(ねが)はずは、德天の先に至るに入ること莫(な)かれ。といへり(德天とは生なり、黑闇とは死なり)。故(かれ)知りぬ、生るれば必す死あるを。死をもし欲(ねが)はずは生れぬに如かず。況むや縱(よ)し始終の恒數(こうすう)を覺るとも、何そ存亡の大期(たいご)を慮(おもひはか)らむ。
私訳 ひとり考えて見ると、釈迦・慈悲の弥勒の下された教え(釈迦と慈悲の弥勒をさす)は、最初に三帰(三帰とは、仏・法・僧に帰依することをさす)と五戒を示して仏法の世界の顕わし(五戒とは、最初に殺生をせず、二に盗みを行わず、三に淫乱を行わず、四に妄言を語らず、五に飲酒をしないことをしめす)、周公と孔子の垂れた教えは、最初に三綱(三綱とは、君臣の付き合い、父子の付き合い、夫婦の付き合いの決まりをしめす)と五教の主張を展開し、その教えを用いて国家を救済している(五教とは、父は義理を持ち、母は慈悲を持ち、兄は友愛を持ち、弟は従順を持ち、子は孝行を持つことをしめす)。そこで、知るわけである。人を導く方法は仏教と儒教との二つあるのであるが、物の真実を知る真理は一つであることを。ただ、考察するに世の中に恒久の存在は無い。それで、丘陵と渓谷とは互いに変化し、人間に定まった生涯は無い。それで、天寿と夭折は共にはならない。まばたきをする間に百年の命も忽ちに尽き、ひじを伸ばす間に、千年の時間も空しい。朝には集会の主催者となっていても、夕べには死出の先である黄泉の客となっている。白馬のように歳月は我身を追いかけ来て、死出の先である黄泉に人の力はどうして及ぶでしょう。墓の上の青い松はその枝に空しく信義厚い李礼の剣を懸け、野中の白き楊はただ人の死を知らせる悲しみに葉を風に吹かれるだけである。ここに知る。この俗な世の中に本来は死から逃れ隠れる場所はなく、原野にはただ永遠に明けることのない夜の墓場があるだけである。先の世の聖人は既に死に去り、後の世の賢者もこの世に留まっていない。もし、財貨で贖って死を免れるならば、昔の人で誰が死を贖う金を出さなかっただろうか、未だに、一人死から逃れ生きて、遂に世の終わりを見るまで生きながらえる人がいることを聞いたことがない。だから、維摩居士も御身体を方丈の部屋で病に倒れ、釈迦能仁も御身体を沙羅双樹に蔽われて亡くなられた。仏典に云うには「死を誘う黒闇天女が背後に忍び寄るのを求めないのなら、生を司る功徳大夫の御前に至ることを行うのではない」という(徳天とは生を意味し、黒闇とは死を意味する)。そこで、知る。生まれれば必ず死があることを。死をもし求めないのなら、生まれてこないことに限る。ましてや、例え、生の始まりと死の終りの命の定められた年数を知ったとしても、どうして、死期の最後の時を思い遣ることが出来るでしょうか。
俗道變化猶撃目 俗道の變化は猶ほ目を撃ち
人事經紀如申臂 人事の經紀は臂を申ぶるが如し
空與浮雲行大虚 空しく浮雲と大虚を行き
心力共盡無所寄 心力共に盡きて寄る所無し
私訳 俗な世の中の移り変わりは、まばたきの瞬間のようで、人の世の出来事はひじを伸ばす束の間のようだ。人の人生は空しく浮き雲と共に大空を行き、精神も肉体も時とともに尽きてこの世に残ることはない。


万葉集 集歌897から集歌903まで

$
0
0
老身重病經年辛苦及思兒等謌七首  長一首短六首
標訓 老いたる身に病(やまい)を重ね、年を經て辛苦(くるし)み、及(また)、兒等を思(しの)へる謌七首
集歌八九七 
原文 霊剋 内限者 (謂瞻浮州人等一百二十年也) 平氣久 安久母阿良牟遠 事母無 裳無母阿良牟遠 世間能 宇計久都良計久 伊等能伎提 痛伎瘡尓波 鹹塩遠 潅知布何其等久 益々母 重馬荷尓 表荷打等 伊布許等能其等 老尓弖阿留 我身上尓 病遠等 加弖阿礼婆 晝波母 歎加比久良志 夜波母 息豆伎阿可志 年長久 夜美志渡礼婆 月累 憂吟比 許等々々波 斯奈々等思騰 五月蝿奈周 佐和久兒等遠 宇都弖々波 死波不知 見乍阿礼婆 心波母延農 可尓久尓 思和豆良比 祢能尾志奈可由
訓読 たまきはる 現(うち)の限(かぎり)は (瞻浮州(せんふしゅう)の人の等(ひとし)く一百二十年なるを謂ふ) 平(たいら)けく 安くもあらむを 事も無く 喪(も)も無くもあらむを 世間(よのなか)の 憂(う)けく辛(つら)けく いとのきて 痛き瘡(きづ)には 辛塩(からしほ)を 灌(そそ)くちふが如(ごと)く ますますも 重き馬(うま)荷(に)に 表(うは)荷(に)打つと いふことの如(ごと) 老いにてある 我が身の上に 病(やまひ)をと 加へてあれば 昼はも 嘆かひ暮らし 夜はも 息(いき)衝(つ)き明かし 年長く 病(や)みし渡れば 月累(かさ)ね 憂(う)へ吟(さまよ)ひ ことことは 死ななと思へど 五月蝿(さはえ)なす 騒(さわ)く児どもを 打棄(うは)てては 死には知らず 見つつあれば 心は萌えぬ かにかくに 思(おも)ひ煩(わづら)ひ 哭(ね)のみし泣かゆ
私訳 魂の期限を刻む、その生きている限りは(瞻浮州の人の寿命が百二十年であることをしめす)、病もなく平安で安寧でありたいものを、特別な事件もなく、葬儀を出すこともないままであってほしい、その世の中が憂欝で辛く思われることは、ことさらに痛い傷に辛い塩をそそぐように、ますます重い馬の荷物にさらに荷を載せると云うような、そのような年老いている私の身の上に、さらに病が重ねてやってくると、日中は日中で嘆いて暮らし、夜は夜で溜息をついて夜を明かし、長い年月に病に罹って、月日を重ね、憂え呻いていると、この状況では死んでしまうと思ってしまうが、皐月の蠅のようにうるさく騒ぐ子供たちを、そのままに打ち捨てて死ぬことも出来ずに、その様子を見ていると、心の中に想いが芽生えてくる。ああもこうもと考えあぐねると、恨みながら泣けてしまう。

反謌
集歌八九八 
原文 奈具佐牟留 心波奈之尓 雲隠 鳴徃鳥乃 祢能尾志奈可由
訓読 慰(なぐ)むる心はなしに雲(くも)隠(かく)り鳴き行く鳥の哭(ね)のみし泣かゆ
私訳 人を慰めるような心もなく雲間に隠れ鳴いて飛んで行く鳥のように、ただ、恨みながら声をあげて泣けてします。

集歌八九九 
原文 周弊母奈久 苦志久阿礼婆 出波之利 伊奈々等思騰 許良尓作夜利奴
訓読 術(すべ)も無く苦しくあれば出(い)で走り去(い)ななと思へど許良(こりよ)にさ因(よ)りぬ(子らに障(さわ)りぬ)
私訳 どうしていいのか対処の方法もなくて、ただ苦しいだけであれば、この世から飛び出て走り去ってしまいたいと思ってみても、そうする間に七十六歳ほどの年になってしまったが、後継者に障りがある。
注意 原文の「許良」とは律令の規定では賤しい身分の人が七十六歳で良民になることを許されることを意味します。ここから山上憶良が七十六歳ほどの高齢になったことを示していると解釈しています。

集歌九〇〇 
原文 富人能 家能子等能 伎留身奈美 久多志須都良牟 絁綿良波母
訓読 富人(とみひと)の家の子らの着る身無み腐(くた)し棄(す)つらむ絁綿(きぬわた)らはも
私訳 多くの家族を持つ家の、その後継者たちが着るはずの、その肝心の後継者が無くて、その着物を腐らせて捨ててしまうのでしょう。りっぱな絁や綿で出来た着物を。

集歌九〇一 
原文 麁妙能 布衣遠陀尓 伎世難尓 可久夜歎敢 世牟周弊遠奈美
訓読 麁栲(あらたえ)の布衣(ぬのきぬ)をだに着せかてに斯(か)くや嘆かむ為(せ)むすべを無み
私訳 氏の長者としての神事で着るはずの栲で作った着物を着せることをためらうので、このように嘆くのでしょうか。どうしていいのか対処の方法もなくて。

集歌九〇二 
原文 水沫奈須 微命母 栲縄能 千尋尓母何等 慕久良志都
訓読 水沫(みなわ)なす微(いや)しき命も栲(たく)縄(なは)の千尋(ちひろ)にもがと願ひ暮らしつ
私訳 水面に立つ泡のような儚い命ですが、栲で作る縄のように丈夫で千尋ものように長くあってほしいと願いながら生きています。

集歌九〇三 
原文 倭父手纒 數母不在 身尓波在等 千年尓母可等 意母保由留加母
(去神龜二年作之 但以故更載於茲)
訓読 倭文(しつ)手纒(てま)き数にも在(あ)らぬ身には在(あ)れど千歳(ちとせ)にもがと思ほゆるかも
(去る神龜二年に之を作れり。但し、以つて故に更(さら)に茲(ここ)に載す)
私訳 舶来の韓綾より落ちる倭文で出来た綾布を手に巻くような、立派な人の数に入らない身分ではありますが、千年もかようにあることを願ってしまいます。
左注 天平五年六月丙申朔三日戊戌作
注訓 天平五年六月丙申の朔(つきたち)にして三日戊戌の日に作れり

後撰和歌集(原文推定、翻文、解釈付)巻十三(その一)

$
0
0
後撰和歌集(原文推定、翻文、解釈付)
止遠末利美末幾仁安多留未幾
巻十三

己比乃宇多以川
恋歌五

歌番号八九一
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

安利八良乃奈利比良乃安曾无
在原業平朝臣
在原業平朝臣

原文 以世乃宇美尓安曾不安万止毛奈利尓之可奈美加幾和个天見留女可川加武
定家 伊勢乃海尓遊安万止毛奈利尓之可浪加幾和个天見留女可川加武
和歌 いせのうみに あそふあまとも なりにしか なみかきわけて みるめかつかむ
解釈 伊勢の海に遊ぶ海人ともなりにしか浪かき分けてみるめかづかむ

歌番号八九二
可部之 
返之 
返し

以世 
伊勢 
伊勢

原文 於保呂遣乃安万也者加川久以世乃宇美乃奈美多加幾宇良尓於不留見累女八
定家 於保呂遣乃安万也者加川久以世乃海乃浪高幾浦尓於不留見累女八
和歌 おほろけの あまやはかつく いせのうみの なみたかきうらに おふるみるめは
解釈 おぼろけの海人やはかづく伊勢の海の浪高き浦の生ふるみるめは

歌番号八九三
徒礼奈久三衣者部利个留飛止尓
徒礼奈久見衣侍个留人尓
つれなく見え侍りける人に

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 徒良之止也以比者天々満之之良川由乃飛止尓己々呂者遠可之止於毛不遠
定家 徒良之止也以比者天々満之白露乃人尓心者遠可之止思遠
和歌 つらしとや いひはててまし しらつゆの ひとにこころは おかしとおもふを
解釈 つらしとや言ひ果ててまし白露の人に心は置かじと思ふを

歌番号八九四
堂以之良春 
題しらす 
題知らす

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈可良部者飛止乃己々呂毛三留部幾尓川由乃以乃知曽可奈之加利个留
定家 奈可良部者人乃心毛見留部幾尓露乃命曽悲加利个留
和歌 なからへは ひとのこころも みるへきに つゆのいのちそ かなしかりける
解釈 ながらへば人の心も見るべきに露の命ぞ悲しかりける

歌番号八九五
堂以之良春 
題しらす 
題知らす

遠乃々己万知可々安祢
小野小町可安祢
小野小町かあね(小野小町姉)

原文 飛止利奴留止幾者満多留々止利乃祢毛万礼尓安不与者和比之加利个利
定家 飛止利奴留時者満多留々鳥乃祢毛万礼尓安不夜者和比之加利个利
和歌 ひとりぬる ときはまたるる とりのねも まれにあふよは わひしかりけり
解釈 一人寝る時は待たるる鳥の音もまれに逢ふ夜はわびしかりけり

歌番号八九六
於无奈乃宇良美遠己世天者部利个礼者川可者之个留
女乃宇良美遠己世天侍个礼者川可者之个留
女の恨みおこせて侍りければつかはしける

布可也不
布可也不
ふかやふ(清原深養父)

原文 宇川世美乃武奈之幾加良尓奈留万天毛和春礼无止於毛不和礼奈良奈久尓
定家 空蝉乃武奈之幾加良尓奈留万天毛和春礼无止思我奈良奈久尓
和歌 うつせみの むなしきからに なるまても わすれむとおもふ われならなくに
解釈 空蝉のむなしき殻になるまでも忘れんと思ふ我ならなくに

歌番号八九七
安多奈留於止己遠安比之里天己々呂左之者安利止
三衣奈可良奈保宇多加者之久於保衣个礼者
徒加者之遣留
安多奈留於止己遠安比之里天心左之者安利止
見衣奈可良猶宇多加者之久於保衣个礼者
徒加者之遣留
あだなる男をあひ知りて、心ざしはありと
見えながら、なほ疑はしくおぼえければ
つかはしける

与美比止之良春 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 以徒万天乃者可奈幾飛止乃己止乃者可己々呂乃安幾乃加世遠満川良无
定家 以徒万天乃者可奈幾人乃事乃者可心乃秋乃風遠満川良无
和歌 いつまての はかなきひとの ことのはか こころのあきの かせをまつらむ
解釈 いつまでのはかなき人の言の葉か心の秋の風を待つらん

歌番号八九八
堂以之良春 
題しらす 
題知らす

与美比止之良春 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 宇多々祢乃由女者可利奈留安不己止遠安幾乃与寸可良於毛比川留可那
定家 宇多々祢乃夢許奈留逢事遠秋乃与寸可良思川留可那
和歌 うたたねの ゆめはかりなる あふことを あきのよすから おもひつるかな
解釈 うたた寝の夢ばかりなる逢ふ事を秋の夜すがら思ひつるかな

歌番号八九九
於无奈乃毛止尓満可利多利个留尓加止遠佐之天安遣
佐利个礼者万加里加部里天安之多尓川可者之个留
女のもとにまかりたりけるに、門を鎖して開け
ざりければ、まかり帰りて朝につかはしける

加祢寸个乃安曾无
兼輔朝臣
兼輔朝臣(藤原兼輔)

原文 秋乃与乃久左乃止佐之乃和比之幾者安久礼止安个奴毛乃尓曽安利个留
定家 秋乃夜乃草乃止佐之乃和比之幾者安久礼止安个奴物尓曽有个留
和歌 あきのよの くさのとさしの わひしきは あくれとあけぬ ものにそありける
解釈 秋の夜の草のとざしのわびしきは明くれど明けぬものにぞ有りける

歌番号九〇〇
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 以布可良尓徒良左曽万佐留安幾乃与乃久左乃止佐之尓佐者累部之也八
定家 以布可良尓徒良左曽万佐留秋乃夜乃草乃止佐之尓佐者累部之也八
和歌 いふからに つらさそまさる あきのよの くさのとさしに さはるへしやは
解釈 言ふからにつらさぞまさる秋の夜の草のとざしに障るべしやは

歌番号九〇一
加従良乃美己尓春美者之女个留安比多尓加乃美己
安比於毛者奴个之幾奈利个礼者
桂乃美己尓春美者之女个留安比多尓加乃美己
安比於毛者奴个之幾奈利个礼者
桂内親王に住みはじめける間に、かの内親王
あひ思はぬけしきなりければ

佐多加寸乃美己
佐多加寸乃美己
さたかすのみこ(貞数親王)

原文 飛止之礼春毛乃於毛不己呂乃和可曽天者安幾乃久左波尓於止良左利个里
定家 人之礼春物思己呂乃和可袖者秋乃草波尓於止良左利个里
和歌 ひとしれす ものおもふころの わかそては あきのくさはに おとらさりけり
解釈 人知れず物思ふころの我が袖は秋の草葉に劣らざりけり

歌番号九〇二
志乃比多留飛止尓徒可者之个留
志乃比多留人尓徒可者之个留
忍びたる人につかはしける

於久留於保萬豆利古止乃於保萬豆岐美
贈太政大臣
贈太政大臣

原文 志徒者多尓於毛比美多礼天安幾乃与乃安久留毛志良寸奈个幾川留加奈
定家 志徒者多尓思美多礼天秋乃夜乃安久留毛志良寸奈个幾川留哉
和歌 しつはたに おもひみたれて あきのよの あくるもしらす なけきつるかな
解釈 倭文はたに思ひ乱れて秋の夜の明くるも知らず嘆きつるかな

歌番号九〇三
世宇曽己者加与者之遣礼止満多安者佐里个留
於止己遠己礼可礼安比尓个里止以比左波久遠
安良加者左奈利止宇良美徒可者之多利个礼
世宇曽己者加与者之遣礼止満多安者佐里个留
於止己遠己礼可礼安比尓个里止以比左波久遠
安良加者左奈利止宇良美徒可者之多利个礼
消息は通はしけれど、まだ逢はざりける
男をこれかれ、逢ひにけりと言ひ騒ぐを、
あらがはざなりと恨みつかはしたりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 者知寸者乃宇部者川礼奈幾宇知尓己曽毛乃安良可比者川久止以布奈礼
定家 者知寸者乃宇部者川礼奈幾宇知尓己曽物安良可比者川久止以布奈礼
和歌 はちすはの うへはつれなき うちにこそ ものあらかひは つくといふなれ
解釈 蓮葉の上はつれなきうらにこそ物あらがひはつくと言ふなれ

歌番号九〇四
於止己乃徒良宇奈利由久己呂安女乃布利个礼者
徒可者之遣留
於止己乃徒良宇奈利由久己呂雨乃布利个礼者
徒可者之遣留
男のつらうなり行くころ、雨の降りければ
つかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 布利也女者安止多尓三衣奴宇多可多乃幾衣天者可奈幾与遠多乃武加奈
定家 布利也女者安止多尓見衣奴宇多可多乃幾衣天者可奈幾与遠多乃武哉
和歌 ふりやめは あとたにみえぬ うたかたの きえてはかなき よをたのむかな
解釈 降りやめば跡だに見えぬうたかたの消えてはかなき世を頼むかな

歌番号九〇五
於无奈乃毛止尓万可利天衣安者天加部利天徒可者之个留
女乃毛止尓万可利天衣安者天加部利天徒可者之个留
女のもとにまかりてえ逢はで帰りてつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 安者天乃美安満多乃世遠毛加部留加奈飛止女乃志个幾安不左可尓幾天
定家 安者天乃美安満多乃世遠毛加部留哉人女乃志个幾相坂尓幾天
和歌 あはてのみ あまたのよをも かへるかな ひとめのしけき あふさかにきて
解釈 逢はでのみあまたの世をも帰るかな人目のしげき相坂に来て

歌番号九〇六
於无奈尓毛乃以不於止己布多利安利个利飛止利可加部之己止寸止
幾々天以万比止利可徒可者之遣留
女尓物以不於止己布多利安利个利飛止利可返事寸止
幾々天以万比止利可徒可者之遣留
女に物言ふ男二人ありけり。一人が返事すと
聞きて、いま一人がつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈比久方安利个留毛乃遠奈与多个乃与尓部奴毛乃止於毛比个留加奈
定家 奈比久方有个留物遠奈与竹乃世尓部奴物止思个留哉
和歌 なひくかた ありけるものを なよたけの よにへぬものと おもひけるかな
解釈 なびく方有りけるものをなよ竹の世に経ぬ物と思ひけるかな

歌番号九〇七
於无奈乃己々呂加者利奴部幾遠幾々天徒可者之个留
女乃心加者利奴部幾遠幾々天徒可者之个留
女の心変りぬべきを聞きてつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 祢尓奈遣者飛止和良部奈利久礼多个乃与尓部奴遠多尓加知奴止於毛者无
定家 祢尓奈遣者人和良部也久礼竹乃世尓部奴遠多尓加知奴止於毛者无
和歌 ねになけは ひとわらへなり くれたけの よにへぬをたに かちぬとおもはむ
解釈 音に泣けば人笑へなり呉竹の世に経ぬをだに勝ちぬと思はん

歌番号九〇八
布美徒可者之个留於无奈乃於也乃以世部万可利个礼八
止毛尓満可利个累尓徒可者之个留
布美徒可者之个留女乃於也乃伊勢部万可利个礼八
止毛尓満可利个累尓徒可者之个留
文つかはしける女の、親の伊勢へまかりければ、
共にまかりけるにつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 以世乃安満止幾美之奈利奈者於奈之久者己比之幾本止尓見留女可良世与
定家 伊勢乃安満止君之奈利奈者於奈之久者己比之幾本止尓見留女可良世与
和歌 いせのあまと きみしなりなは おなしくは こひしきほとに みるめからせよ
解釈 伊勢の海人と君しなりなば同じくは恋しきほどにみるめ刈らせよ

歌番号九〇九
以知之与宇可毛止尓以止奈无己比之幾止以比尓也利多利
遣礼者於尓乃可多遠加幾天也留止天
一条可毛止尓以止奈无己比之幾止以比尓也利多利
遣礼者於尓乃可多遠加幾天也留止天
一条がもとに、いとなん恋しきと言ひにやりたり
ければ、鬼のかたを描きてやるとて

以知之与宇
一条
一条

原文 己飛之久者可个遠多尓三天奈久左女与和加宇知止个天志乃布可本奈利
定家 己飛之久者影遠多尓見天奈久左女与和加宇知止个天志乃布可本也
和歌 こひしくは かけをたにみて なくさめよ わかうちとけて しのふかほなり
解釈 恋しくは影をだに見て慰めよ我がうちとけてしのぶ顔なり

歌番号九一〇
可部之 
返之 
返し

以世 
伊勢 
伊勢

原文 可个三礼者以止々己々呂曽万止者留々知可々良奴計乃宇止幾奈利个利
定家 影見礼者以止々心曽万止者留々知可々良奴計乃宇止幾奈利个利
和歌 かけみれは いととこころそ まとはるる ちかからぬけの うときなりけり
解釈 影見ればいとど心ぞまどはるる近からぬ気のうときなりけり

歌番号九一一
飛止乃武寸女尓志乃比天加与比者部利个留尓川良个尓
三衣者部利个礼者世宇曽己安利个留加部之己止尓
人乃武寸女尓志乃比天加与比侍个留尓川良个尓
見衣侍个礼者世宇曽己安利个留返事尓
人の女に忍びて通ひ侍りけるに、つらげに
見え侍りければ、消息ありける返事に

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 飛止己止乃宇幾遠毛志良寸安利可世之无加之奈可良乃和可三止毛可奈
定家 人己止乃宇幾遠毛志良寸安利可世之昔奈可良乃和可身止毛哉
和歌 ひとことの うきをもしらす ありかせし むかしなからの わかみともかな
解釈 人言の憂きをも知らずありかせし昔ながらの我が身ともがな

歌番号九一二
三奈礼多留於无奈尓満多毛乃以者武止天満可利多利个礼止
己恵者之奈可良加久礼个礼者徒可者之遣留
見奈礼多留女尓又物以者武止天満可利多利个礼止
己恵者之奈可良加久礼个礼者徒可者之遣留
見慣れたる女に又物言はむとてまかりたりけれど、
声はしながら隠れければつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 保止々幾寸奈川幾曽女天之加飛毛奈久己恵遠与曽尓毛幾々和多留加奈
定家 郭公奈川幾曽女天之加飛毛奈久己恵遠与曽尓毛幾々和多留哉
和歌 ほとときす なつきそめてし かひもなく こゑをよそにも ききわたるかな
解釈 郭公なつきそめてしかひもなく声をよそにも聞きわたるかな

歌番号九一三
飛止乃毛止尓者之女天万可利天川止女天川可者之个留
人乃毛止尓者之女天万可利天川止女天川可者之个留
人のもとに初めてまかりて、翌朝つかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 徒祢与利毛於幾宇可利川留安加川幾者川由左部加々留毛乃尓曽安利有个留
定家 徒祢与利毛於幾宇可利川留暁者川由左部加々留物尓曽有个
和歌 つねよりも おきうかりつる あかつきは つゆさへかかる ものにそありける
解釈 常よりも起き憂かりつる暁は露さへかかる物にぞ有りける

歌番号九一四
志乃比天万天幾个留飛止乃之毛乃以多久布利个留
与万可良天徒止女天徒可者之个留
志乃比天万天幾个留人乃之毛乃以多久布利个留
夜万可良天徒止女天徒可者之个留
忍びてまで来ける人の霜のいたく降りける
夜まからで翌朝つかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 遠久之毛乃安加川幾遠幾遠於毛者寸者幾美可与止乃尓与可礼世万之也
定家 遠久霜乃暁遠幾遠於毛者寸者君可与止乃尓与可礼世万之也
和歌 おくしもの あかつきおきを おもはすは きみかよとのに よかれせましや
解釈 置く霜の暁起きを思はずは君が夜殿に夜がれせましや

歌番号九一五
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 之毛遠可奴者留与利乃知乃奈可女尓毛以川可者幾美可与可礼世左利之
定家 霜遠可奴春与利乃知乃奈可女尓毛以川可者君可与可礼世左利之
和歌 しもおかぬ はるよりのちの なかめにも いつかはきみか よかれせさりし
解釈 霜置かぬ春より後のながめにもいつかは君が夜がれせざりし

歌番号九一六
己々呂尓毛安良天比左之久止者左利个留飛止乃
毛止尓徒可者之个留
心尓毛安良天比左之久止者左利个留人乃
毛止尓徒可者之个留
心にもあらで久しく訪はざりける人の
もとにつかはしける

美奈毛堂乃布左安幾良乃安曾无
源英明朝臣
源英明朝臣

原文 以世乃宇美乃安万乃満天可多以止奈美奈可良部尓个留三遠曽宇良武累
定家 伊勢乃海乃安万乃満天可多以止奈美奈可良部尓个留身遠曽宇良武累
和歌 いせのうみの あまのまてかた いとまなみ なからへにける みをそうらむる
解釈 伊勢の海のあまのまでかたいとまなみながらへにける身をぞ恨むる

歌番号九一七
盈可多宇者部利个留於无奈乃以部乃末部与利万可利个留遠
三天以川己部以久曽止以比以多之天者部利个礼八
盈可多宇侍个留女乃家乃末部与利万可利个留
遠見天以川己部以久曽止以比以多之天侍个礼八
得がたう侍りける女の家の前よりまかりけるを
見て、いづこへ行くぞと言ひ出だして侍りければ

布知八良乃太女与
藤原太女与
藤原ためよ(藤原為世)

原文 安不己止乃加多乃部止天曽和礼者由久三遠於奈之奈尓於毛比奈之川々
定家 逢事乃加多乃部止天曽我者由久身遠於奈之奈尓思奈之川々
和歌 あふことの かたのへとてそ われはゆく みをおなしなに おもひなしつつ
解釈 逢ふ事のかた野へとてそぞ我は行く身を同じ名に思ひなしつつ

歌番号九一八
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 幾美可安多利久毛為尓三川々美也知也満宇知己衣由可无三知毛志良奈久
定家 君可安多利雲井尓見川々宮知山宇知己衣由可无道毛志良奈久
和歌 きみかあたり くもゐにみつつ みやちやま うちこえゆかむ みちもしらなく
解釈 君があたり雲井に見つつ宮路山うち越え行かん道も知らなく

歌番号九一九
於止己乃加部之己止尓徒可者之个留
於止己乃返事尓徒可者之个留
男の返事につかはしける

本止之己
俊子
俊子

原文 於毛不天不己止乃波以可尓奈川可之奈乃知宇幾毛乃止於毛者寸毛可奈
定家 思不天不事乃波以可尓奈川可之奈乃知宇幾物止於毛者寸毛哉
和歌 おもふてふ ことのはいかに なつかしな のちうきものと おもはすもかな
解釈 思ふてふ言の葉いかになつかしな後憂き物と思はずもがな

歌番号九二〇
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

可祢毛知乃安曾无乃武寸女
兼茂朝臣乃武寸女
兼茂朝臣のむすめ(藤原兼茂朝臣女)

原文 於毛不天不止己曽宇个礼久礼个乃与尓不留飛止乃以者奴奈个礼八
定家 思天不事己曽宇个礼久礼竹乃与尓不留人乃以者奴奈个礼八
和歌 おもふてふ ことこそうけれ くれたけの よにふるひとの いはぬなけれは
解釈 思ふてふ事こそ憂けれ呉竹のよにふる人の言はぬなければ

歌番号九二一
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 於毛八武止和礼遠多乃女之己止乃者々和寸礼久左止曽以末八奈留良之
定家 於毛八武止我遠多乃女之事乃者々忘草止曽今八奈留良之
和歌 おもはむと われをたのめし ことのはは わすれくさとそ いまはなるらし
解釈 思はむと我を頼めし言の葉は忘草とぞ今はなるらし

歌番号九二二
於止己乃也万比尓和川良比天満可良天比左之久
安利天徒可者之遣留
於止己乃也万比尓和川良比天満可良天比左之久
安利天徒可者之遣留
男の病にわづらひてまからで久しく
ありてつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 以末万天毛幾衣天安利川留川由乃三者遠久部幾也止乃安礼者奈利个里
定家 今万天毛幾衣天有川留川由乃身者遠久部幾也止乃安礼者奈利个里
和歌 いままても きえてありつる つゆのみは おくへきやとの あれはなりけり
解釈 今までも消えて有りつる露の身は置くべき宿のあれはなりけり

歌番号九二三
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 己止乃葉毛三那之毛加礼尓奈利由久者川由乃也止利毛安良之止曽於毛不
定家 事乃葉毛三那霜加礼尓成由久者川由乃也止利毛安良之止曽思
和歌 ことのはも みなしもかれに なりゆくは つゆのやとりも あらしとそおもふ
解釈 言の葉もみな霜枯れになり行くは露の宿りもあらじとぞ思ふ

歌番号九二四
宇良美遠己世天者部利个留飛止乃加部之己止尓
怨遠己世天侍个留人乃返事尓
恨みおこせて侍りける人の返事に

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 王寸礼武止以比之己止尓毛安良奈久尓以末八加幾利止於毛不毛乃可波
定家 忘武止以比之事尓毛安良奈久尓今八限止思物可波
和歌 わすれむと いひしことにも あらなくに いまはかきりと おもふものかは
解釈 忘れむと言ひし事にもあらなくに今は限りと思ふ物かは

歌番号九二五
宇良美遠己世天者部利个留飛止乃加部之己止尓
怨遠己世天侍个留人乃返事尓
怨みおこせて侍りける人の返事に

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 宇川々尓八布世止祢良礼寸越幾可部利幾乃不乃由女遠以川可和寸礼无
定家 宇川々尓八布世止祢良礼寸越幾可部利昨日乃夢遠以川可和寸礼无
和歌 うつつには ふせとねられす おきかへり きのふのゆめを いつかわすれむ
解釈 うつつには臥せど寝られず起き返り昨日の夢をいつか忘れん

歌番号九二六
於无奈尓徒可者之遣流
女尓徒可者之遣流
女につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 佐々良奈美万奈久太川女留宇良遠己曽与尓安佐之止毛三川々和寸礼奴
定家 佐々良奈美万奈久太川女留浦遠己曽世尓安佐之止毛見川々和寸礼奴
和歌 ささらなみ まなくたつめる うらをこそ よにあさしとも みつつわすれめ
解釈 ささら浪間なく立つめる浦をこそ世に浅しとも見つつ忘れめ

歌番号九二七
尓之乃与无之与宇乃以川幾乃美也万多美己尓毛乃之
多万比之止幾己々呂左之安利天於毛不己止者部利个留
安比多尓以川幾乃美也尓佐多万利多末比尓个礼者
曽乃安久留安之多尓佐可幾乃衣多尓佐之天
左之遠可世者部利个留
西四条乃斎宮万多美己尓毛乃之
給之時心左之安利天於毛不事侍个留安比多尓斎宮尓佐
多万利多末比尓个礼者
曽乃安久留安之多尓佐可木乃枝尓佐之天
左之遠可世侍个留
西四条の斎宮まだ内親王にものし
たまひし時、心ざしありて思ふ事侍りける
間に、斎宮に定まりたまひにければ、
その明くる朝に賢木の枝にさして、
さし置かせ侍りける

安徒多々乃安曾无
安徒多々乃朝臣
あつたたの朝臣(藤原敦忠)

原文 以世乃宇美乃知比呂乃者万尓比呂不止毛以末者奈尓天不加比可安留部幾
定家 伊勢乃海乃知比呂乃者万尓比呂不止毛今者何天不加比可安留部幾
和歌 いせのうみの ちひろのはまに ひろふとも いまはなにてふ かひかあるへき
解釈 伊勢の海の千尋の浜に拾ふとも今は何てふ貝かあるべき

歌番号九二八
安佐与利乃安曾无止之己呂世宇曽己加与者之者部利个留
於无奈乃毛止与利与宇奈之以末者於毛比和寸礼祢止
者可利毛宇之天飛佐之宇奈利尓个礼者己止於无奈尓
以比川幾天世宇曽己毛世寸奈利尓个礼八
安佐与利乃朝臣年己呂世宇曽己加与者之侍个留
女乃毛止与利与宇奈之今者思和寸礼祢止
者可利申天飛佐之宇奈利尓个礼者己止女尓
以比川幾天世宇曽己毛世寸奈利尓个礼八
朝頼朝臣年ごろ消息通はし侍りける
女のもとより、用なし、今は思ひ忘れねと
ばかり申して久しうなりにければ、異女に
言ひつきて、消息もせずなりにければ

保无為无乃久良
本院乃久良
本院のくら(本院蔵)

原文 和春礼祢止以比之尓加奈不幾美奈礼止々波奴者川良幾毛乃尓曽安利个留
定家 和春礼祢止以比之尓加奈不君奈礼止々波奴者川良幾物尓曽有个留
和歌 わすれねと いひしにかなふ きみなれと とはぬはつらき ものにそありける
解釈 忘れねと言ひしにかなふ君なれど訪はぬはつらき物にぞ有りける

歌番号九二九
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 物留加寸美者可奈久多知天和可留止毛可世与利保加尓多礼可止不部幾
定家 春霞者可奈久多知天和可留止毛風与利外尓誰可止不部幾
和歌 はるかすみ はかなくたちて わかるとも かせよりほかに たれかとふへき
解釈 春霞はかなく立ちて別るとも風よりほかに誰か訪ふべき

歌番号九三〇
可部之 
返之 
返し

以世 
伊勢 
伊勢

原文 女尓三衣奴可世尓己々呂遠堂久部徒々也良八加寸美乃和可礼己曽世女
定家 女尓見衣奴風尓心遠堂久部徒々也良八霞乃和可礼己曽世女
和歌 めにみえぬ かせにこころを たくへつつ やらはかすみの わかれこそせめ
解釈 目に見えぬ風に心をたぐへつつやらば霞の別れこそせめ

歌番号九三一
土左可毛止与利世宇曽己者部利个留加部之己止尓川可者之个留
土左可毛止与利世宇曽己侍个留返事尓川可者之个留
土左がもとより消息侍りける返事につかはしける

佐多毛止乃美己
佐多毛止乃美己
さたもとのみこ(貞元親王)

原文 布可美止利曽女計无万川乃衣尓之安良八宇寸幾曽天尓毛奈美八与世天无
定家 布可緑染釼松乃衣尓之安良八宇寸幾袖尓毛浪八与世天无
和歌 ふかみとり そめけむまつの えにしあらは うすきそてにも なみはよせてむ
解釈 深緑染めけん松の枝にしあらば薄き袖にも浪は寄せてん

歌番号九三二
可部之 
返之 
返し

止左
土左
土左

原文 万川也末乃寸恵己寸奈美乃衣尓之安良八幾美可曽天尓八安止毛止万良之
定家 松山乃寸恵己寸浪乃衣尓之安良八君可袖尓八安止毛止万良之
和歌 まつやまの すゑこすなみの えにしあらは きみかそてには あともとまらし
解釈 松山の末越す浪のえにしあらば君が袖には跡もとまらじ

歌番号九三三
於无奈乃毛止与利佐多女奈幾己々呂安利奈止毛宇之多利个礼八
女乃毛止与利佐多女奈幾心安利奈止申多利个礼八
女のもとより、定めなき心ありなど申したりければ

於久留於保萬豆利古止乃於保萬豆岐美
贈太政大臣
贈太政大臣

原文 布加久於毛日曽女川止以比之己止乃者々以川可安幾加世布幾天知利奴留
定家 深久思日曽女川止以比之事乃者々以川可秋風布幾天知利奴留
和歌 ふかくおもひ そめつといひし ことのはは いつかあきかせ ふきてちりぬる
解釈 深く思ひそめつと言ひし言の葉はいつか秋風吹きて散りぬる

歌番号九三四
越止己乃己々呂加者留遣之幾奈利个礼者多々奈利个留止幾
己乃於止己乃己々呂佐世利个留遠不幾尓加幾川个天者部利个留
越止己乃心加者留遣之幾奈利个礼者多々奈利个留時
己乃於止己乃心佐世利个留扇尓加幾川个天侍个留
男の心変る気色なりければ、ただなりける時
この男の心ざせりける扇に書きつけて侍りける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 飛止遠乃美宇良武留与利八己々呂可良己礼以末左利之川美止於毛者无
定家 人遠乃美宇良武留与利八心可良己礼以末左利之川美止於毛者无
和歌 ひとをのみ うらむるよりは こころから これいまさりし つみとおもはむ
解釈 人をのみ恨むるよりは心からこれ忌まざりし罪と思はん

歌番号九三五
志乃日多留於无奈乃毛止尓世宇曽己川可者之多利个礼者
志乃日多留女乃毛止尓世宇曽己川可者之多利个礼者
忍びたる女のもとに消息つかはしたりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 安之比幾乃也末志多之計久由久美川乃奈加礼天加久之止波々多乃万无
定家 葦引乃山志多之計久由久水乃流天加久之止波々多乃万无
和歌 あしひきの やましたしけく ゆくみつの なかれてかくし とははたのまむ
解釈 あしひきの山下しげく行く水の流れてかくし問はば頼まん

歌番号九三六
於止己乃和寸礼者部利尓个礼者
於止己乃和寸礼侍尓个礼者
男の忘れ侍りにければ

以世 
伊勢 
伊勢

原文 和比者川留止幾左部毛乃々加奈之幾者以川己遠志乃不己々呂奈留良武
定家 和比者川留時左部物乃加奈之幾者以川己遠忍心奈留良武
和歌 わひはつる ときさへものの かなしきは いつこをしのふ こころなるらむ
解釈 わび果つる時さへ物の悲しきはいづこを忍ぶ心なるらむ

歌番号九三七
越也乃末毛利个留武寸女越以奈止毛世止毛以比者奈
天止毛宇之个礼者
越也乃末毛利个留女越以奈止毛世止毛以比者奈
天止申个礼者
親の守りける女を、否とも諾とも言ひ放
てと申しければ

以世 
伊勢 
伊勢

原文 以奈世止毛以比者奈多礼寸宇幾毛乃者三遠己々呂止毛世奴世奈利个利
定家 以奈世止毛以比者奈多礼寸宇幾物者身遠心止毛世奴世奈利个利
和歌 いなせとも いひはなたれす うきものは みをこころとも せぬよなりけり
解釈 否諾とも言ひ放たれず憂き物は身を心ともせぬ世なりけり

歌番号九三八
於止己乃以可尓曽衣万宇天己奴己止々以比天者部利个礼八
於止己乃以可尓曽衣万宇天己奴己止々以比天侍个礼八
男のいかにぞえまうで来ぬことと言ひて侍りければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 己春也安良无幾也世无止乃美加者幾志乃万川乃己々呂遠於毛比也良奈无
定家 己春也安良无幾也世无止乃美河岸乃松乃心遠思也良奈无
和歌 こすやあらむ きやせむとのみ かはきしの まつのこころを おもひやらなむ
解釈 来ずやあらん来やせんとのみ河岸の松の心を思ひやらなん

歌番号九三九
止万礼止思於止己乃以天々万可利个礼者
止万礼止思於止己乃以天々万可利个礼者
泊まれと思ふ男の出でてまかりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 志比天由久己万乃安之於留波之遠多尓奈止和可也止尓和多左々利个无
定家 志比天由久己万乃安之於留波之遠多尓奈止和可也止尓和多左々利个无
和歌 しひてゆく こまのあしをる はしをたに なとわかやとに わたささりけむ
解釈 しひて行く駒の脚折る橋をだになどわがやどに渡さざりけん

歌番号九四〇
毛乃以比个留飛止乃比左之宇遠止川礼左利个留
加良宇之天万宇天幾多利个留尓奈止可
飛佐之宇止以部利个礼者
物以比个留人乃比左之宇遠止川礼左利个留
加良宇之天万宇天幾多利个留尓奈止可
飛佐之宇止以部利个礼者
物言ひける人の久しう訪れざりける、
からうじてまうで来たりけるに、などか
久しうと言へりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 止之遠部天以个留可比奈幾和可三遠者奈尓可八飛止尓安利止志良礼无
定家 年遠部天以个留可比奈幾和可身遠者何可八人尓有止志良礼无
和歌 としをへて いけるかひなき わかみをは なにかはひとに ありとしられむ
解釈 年を経て生けるかひなき我が身をば何かは人に有りと知られん

歌番号九四一
以止志乃比天満宇天幾多利个留於止己遠世以之
遣留飛止安利个利乃々之利遣礼者加部利万可利天
徒可者之个留
以止志乃比天満宇天幾多利个留於止己遠世以之
遣留人安利个利乃々之利遣礼者加部利万可利天
徒可者之个留
いと忍びてまうで来きたりける男を制し
ける人ありけり。ののしりければ帰りまかりて
つかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 安佐利寸留止幾曽和比之幾飛止之礼寸奈尓八乃宇良尓寸万不和可三八
定家 安佐利寸留時曽和比之幾人之礼寸奈尓八乃浦尓寸万不和可身八
和歌 あさりする ときそわひしき ひとしれす なにはのうらに すまふわかみは
解釈 漁りする時ぞわびしき人知れず難波の浦に住まふ我が身は

歌番号九四二
幾美与利乃安曾无以末々加利个留於无奈乃毛止尓乃美満可利个礼者
公頼朝臣以末々加利个留女乃毛止尓乃美満可利个礼者
公頼朝臣、今まかりける女のもとにのみまかりければ

加武之无保宇之加者々
寛湛法師母
寛湛法師母

原文 奈可免川々飛止満川与為乃与不己止利以徒加多部止可由幾加部留良无
定家 奈可免川々人満川与為乃与不己止利以徒方部止可行加部留良无
和歌 なかめつつ ひとまつよひの よふことり いつかたへとか ゆきかへるらむ
解釈 ながめつつ人待つ宵の呼子鳥いづ方へとか行き帰るらん

歌番号九四三
志乃比多留飛止尓
志乃比多留人尓
忍びたる人に

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 飛止己止乃堂乃三加多左者奈尓者奈留安之乃宇良波乃宇良美徒部之奈
定家 人己止乃堂乃三加多左者奈尓者奈留安之乃宇良波乃宇良美徒部之奈
和歌 ひとことの たのみかたさは なにはなる あしのうらはの うらみつへしな
解釈 人言の頼みがたさは難波なる葦の裏葉の恨みつべしな


後撰和歌集(原文推定、翻文、解釈付)巻十三(その二)

$
0
0
後撰和歌集(原文推定、翻文、解釈付)
巻十三(その二)

歌番号九四四
之乃比天加与比者部利个留飛止以末可部利天奈止
太乃女遠幾天於保也个乃川可比尓以世乃久尓々
満可利天加部利万宇天幾天比左之宇止八寸者部利个礼八
之乃比天加与比侍个留人以末可部利天奈止
太乃女遠幾天於保也个乃川可比尓以世乃久尓々
満可利天帰万宇天幾天比左之宇止八寸侍个礼八
忍びて通ひ侍りける人、今帰りてなど
頼め置きて朝廷の使ひに伊勢の国に
まかりて帰りまうで来て久しう訪はず侍りければ

志也宇志由宇乃奈以之
少将内侍
少将内侍

原文 飛止者可留己々呂乃久満者幾多奈久天幾与幾奈幾左遠以可天寸幾个无
定家 人者可留心乃久満者幾多奈久天幾与幾奈幾左遠以可天寸幾个无
和歌 ひとはかる こころのくまは きたなくて きよきなきさを いかてすきけむ
解釈 人はかる心の隈はきたなくて清き渚をいかで過ぎけん

歌番号九四五
可部之 
返之 
返し

加祢寸个乃安曾无
兼輔朝臣
兼輔朝臣(藤原兼輔)

原文 堂可多女尓和礼可以乃知遠奈加波満乃宇良尓也止利遠志川々加者己之
定家 堂可多女尓和礼可以乃知遠長浜乃浦尓也止利遠志川々加者己之
和歌 たかために われかいのちを なかはまの うらにやとりを しつつかはこし
解釈 誰がために我か命を長浜の浦に宿りをしつつかは来し

歌番号九四六
於无奈乃毛止尓徒可者之遣留
女乃毛止尓徒可者之遣留
女のもとにつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 世幾毛安部寸不知尓曽満与不奈美多加者和多留天不世遠志留与之毛加奈
定家 世幾毛安部寸淵尓曽迷涙河和多留天不世遠志留与之毛哉
和歌 せきもあへす ふちにそまよふ なみたかは わたるてふせを しるよしもかな
解釈 せきもあへず淵にぞまどふ涙河渡るてふ瀬を知るよしもがな

歌番号九四七
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 不知奈可良飛止加与者佐之奈美多加者和多良八安佐幾世遠毛己曽三礼
定家 淵奈可良人加与者佐之涙河和多良八安佐幾世遠毛己曽見礼
和歌 ふちなから ひとかよはさし なみたかは わたらはあさき せをもこそみれ
解釈 淵ながら人通はさじ涙河渡らば浅き瀬をもこそ見れ

歌番号九四八
徒祢尓万宇天幾天毛乃奈止以不飛止乃以末者奈万
宇天己曽飛止毛宇多天以不奈利止以比以多之天
物部利个礼者
徒祢尓万宇天幾天物奈止以不人乃以末者奈万
宇天己曽人毛宇多天以不奈利止以比以多之天
侍个礼者
常にまうで来て物など言ふ人の、今はなま
うでこそ。人もうたて言ふなり」と言ひ出だして
侍りければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 幾天加部留奈遠乃美曽堂川加良己呂毛志多由不比毛乃己々呂止計祢八
定家 幾天帰名遠乃美曽立唐衣志多由不比毛乃心止計祢八
和歌 きてかへる なをのみそたつ からころも したゆふひもの こころとけねは
解釈 来て帰る名をのみぞ立つ唐衣下結ふ紐の心解けねば

歌番号九四九
比堂利乃於保伊萬宇智岐美加者良尓以天安比天者部利个礼者
左大臣河原尓以天安比天侍个礼者
左大臣河原に出であひて侍りければ

奈以之乃多比良計以之
内侍多比良計以子
内侍たひらけい子(内侍平子)

原文 堂衣奴止毛奈尓於毛比个无奈美多加八奈加礼安不世毛安利个留毛乃遠
定家 堂衣奴止毛何思个无涙河流安不世毛有个留物遠
和歌 たえぬとも なにおもひけむ なみたかは なかれあふせも ありけるものを
解釈 絶えぬとも何思ひけん涙河流逢瀬も有りけるものを

歌番号九五〇
多以布尓川可者之个留
大輔尓川可者之个留
大輔につかはしける

比堂利乃於保伊萬宇智岐美
左大臣
左大臣

原文 以末者々也美也満遠以天々保止々幾寸計知可幾己恵遠和礼尓幾可世与
定家 今者々也三山遠以天々郭公計知可幾己恵遠我尓幾可世与
和歌 いまははや みやまをいてて ほとときす けちかきこゑを われにきかせよ
解釈 今ははや深山を出でて郭公け近き声を我に聞かせよ

歌番号九五一
可部之 
返之 
返し

多以布
大輔
大輔

原文 飛止者以左美也末可久礼乃保止々幾寸奈良者奴佐止者春美宇可留部之
定家 人者以左美山可久礼乃郭公奈良者奴佐止者春美宇可留部之
和歌 ひとはいさ みやまかくれの ほとときす ならはぬさとは すみうかるへし
解釈 人はいさ深山隠れの郭公ならはぬ里は住み憂かるへし

歌番号九五二
比堂利乃於保伊萬宇智岐美尓徒可者之个留
左大臣尓徒可者之个留
左大臣につかはしける

奈加従加左
中務
中務

原文 安利之多仁宇可利之毛乃遠安可寸止天以川己尓曽不留川良佐奈留良无
定家 有之多仁宇可利之物遠安可寸止天以川己尓曽不留川良佐奈留良无
和歌 ありしたに うかりしものを あかすとて いつこにそふる つらさなるらむ
解釈 有りしだに憂かりしものをあかずとていづこに添ふるつらさなるらん

歌番号九五三
宇己无尓川可者之个留
右近尓川可者之个留
右近につかはしける

比堂利乃於保伊萬宇智岐美
左大臣
左大臣

原文 於毛日和比幾美可川良幾尓太知与良者安女毛飛止女毛々良左々良奈无
定家 思日和比君可川良幾尓太知与良者雨毛人女毛々良左々良奈无
和歌 おもひわひ きみかつらきに たちよらは あめもひとめも もらささらなむ
解釈 思ひわび君がつらきに立ち寄らば雨も人目も漏らさざらなん

歌番号九五四
堂可安幾良乃安曾无尓布衣遠々久留止天
堂可安幾良乃朝臣尓布衣遠々久留止天
高明朝臣に笛を贈るとて

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 布衣多个乃毛止乃布留祢八加者留止毛遠乃可与々尓八奈良寸毛安良奈无
定家 布衣竹乃本乃布留祢八加者留止毛遠乃可与々尓八奈良寸毛安良奈无
和歌 ふえたけの もとのふるねは かはるとも おのかよよには ならすもあらなむ
解釈 笛竹の本の古音は変るとも己が世々にはならずもあらなん

歌番号九五五
己止於无奈尓毛乃以不止幾々天毛止乃女乃奈以之乃
布寸部者部利个礼者
己止女尓毛乃以不止幾々天毛止乃女乃内侍乃
布寸部侍个礼者
異女に物言ふと聞きて元の妻の内侍の
ふすべ侍りければ

与之布留乃安曾无
与之布留乃朝臣
よしふるの朝臣(小野好古)

原文 女毛三衣寸奈美多乃安女乃志久留礼者三乃奴礼幾奴者比留与之毛奈之
定家 女毛見衣寸涙乃雨乃志久留礼者身乃奴礼幾奴者比留与之毛奈之
和歌 めもみえす なみたのあめの しくるれは みのぬれきぬは ひるよしもなし
解釈 目も見えず涙の雨の時雨るれば身の濡れ衣は干るよしもなし

歌番号九五六
可部之 
返之 
返し

知宇之也乃奈以之
宇中将内侍
中将内侍

原文 仁久可良奴飛止乃幾世个无奴礼幾奴者於毛日尓安部寸以末加者幾奈无
定家 仁久可良奴人乃幾世个无奴礼幾奴者思日尓安部寸今加者幾奈无
和歌 にくからぬ ひとのきせけむ ぬれきぬは おもひにあへす いまかわきなむ
解釈 憎からぬ人の着せけん濡れ衣は思ひにあへず今乾きなん

歌番号九五七
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

遠乃々美知加世
小野道風
小野道風

原文 於保可多者世止多尓加遣之安万乃加者布可幾己々呂遠布知止多乃末武
定家 於保可多者世止多尓加遣之安万乃河布可幾心遠布知止多乃末武
和歌 おほかたは せとたにかけし あまのかは ふかきこころを ふちとたのまむ
解釈 おほかたは瀬とだにかけじ天の河深き心を淵と頼まむ

歌番号九五八
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 布知止天毛堂乃三也者寸留安満乃加八止之尓比止多日和多留天不世遠
定家 淵止天毛堂乃三也者寸留天河年尓比止多日和多留天不世遠
和歌 ふちとても たのみやはする あまのかは としにひとたひ わたるてふせを
解釈 淵とても頼みやはする天の河年に一度渡るてふ瀬を

歌番号九五九
美久之計止乃々部多宇尓徒可者之个留
美久之計止乃々部多宇尓徒可者之个留
御匣殿の別当につかはしける

幾与可計乃安曾无
幾与可計乃朝臣
きよかけの朝臣(源清蔭)

原文 三乃奈良无己止遠毛志良寸己久不祢者奈美乃己々呂毛川々万左利个利
定家 身乃奈良无事遠毛志良寸己久舟者浪乃心毛川々万左利个利
和歌 みのならむ ことをもしらす こくふねは なみのこころも つつまさりけり
解釈 身のならん事をも知らず漕ぐ舟は浪の心もつつまざりけり

歌番号九六〇
己止以天幾天乃知尓幾与宇己久乃美也春止己呂尓川可八之个留
事以天幾天乃知尓京極御息所尓川可八之个留
事出で来て後に京極御息所につかはしける

毛止与之乃美己
毛止与之乃美己
もとよしのみこ(元良親王)

原文 和比奴礼者以末者多於奈之奈尓者奈留三遠川久之天毛安者无止曽於毛不
定家 和比奴礼者今者多於奈之奈尓者奈留身遠川久之天毛安者无止曽思
和歌 わひぬれは いまはたおなし なにはなる みをつくしても あはむとそおもふ
解釈 わびぬれば今はた同じ難波なる身を尽くしても逢はんとぞ思ふ

歌番号九六一
志乃比天美久之計止乃々部多宇尓安比可多良不止
幾々天知々乃比多利乃於本以万宇知幾三乃世以之者部利个礼者
志乃比天美久之計止乃々部多宇尓安比可多良不止
幾々天知々乃左大臣乃世以之侍个礼者
忍びて御匣殿の別当にあひ語らふと
聞きて父の左大臣の制し侍りければ

安川多々乃安曾无
安川多々乃朝臣
あつたたの朝臣(藤原敦忠)

原文 以加尓之天加久於毛不天不己止遠多尓飛止徒天奈良天幾美尓加多良无
定家 如何之天加久思天不事遠多尓人徒天奈良天君尓加多良无
和歌 いかにして かくおもふてふ ことをたに ひとつてならて きみにかたらむ
解釈 いかにしてかく思ふてふ事をだに人づてならで君に語らん

歌番号九六二
幾美与利乃安曾无乃武寸女尓志乃比天寸三者部利个留尓
和徒良不己止安利天志奴部之止以部利个礼八川可者之个留
公頼朝臣乃武寸女尓志乃比天寸三侍个留尓
和徒良不事安利天志奴部之止以部利个礼八川可者之个留
公頼朝臣の女に忍びて住み侍りけるに、
わづらふ事ありて、死ぬべしと言へりければ、つかはしける

安佐多々乃安曾无
朝忠朝臣
朝忠朝臣(藤原朝忠)

原文 毛呂止毛尓以左止以者寸者志天乃也満己由止毛己左武毛乃奈良奈久尓
定家 毛呂止毛尓以左止以者寸者志天乃山己由止毛己左武物奈良奈久尓
和歌 もろともに いさといはすは してのやま こゆともこさむ ものならなくに
解釈 もろともにいざと言はずは死出の山越ゆとも越さむ物ならなくに

歌番号九六三
止之遠部天加多良不飛止乃川礼奈久乃美者部利个礼者
宇川呂日多留幾久尓川个天徒可者之个留
年遠部天加多良不人乃川礼奈久乃美侍个礼者
宇川呂日多留菊尓川个天徒可者之个留
年を経て語らふ人のつれなくのみ侍りければ、
移ろひたる菊につけてつかはしける

幾与可个乃安曾无
幾与可个乃朝臣
きよかけの朝臣(源清蔭)

原文 加久者加利布可幾以呂尓毛宇川呂不遠奈保幾美幾久乃者奈止以者奈无
定家 加久許布可幾色尓毛宇川呂不遠猶幾美幾久乃花止以者奈无
和歌 かくはかり ふかきいろにも うつろふを なほきみきくの はなといはなむ
解釈 かくばかり深き色にも移ろふをなほ君菊の花と言はなん

歌番号九六四
飛止乃毛止尓満可利多利个留尓加止与利乃美加部之
个留尓加良宇之天春多礼乃毛止尓与比与世天加宇
天左部也己々呂由可奴止以比以多之多利个礼者
人乃毛止尓満可利多利个留尓加止与利乃美返之
个留尓加良宇之天春多礼乃毛止尓与比与世天加宇
天左部也心由可奴止以比以多之多利个礼者
人のもとにまかりたりけるに、門よりのみ帰し
けるに、からうじて簾のもとに呼び寄せて、かう
てさへや心行かぬと言ひ出だしたりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 伊左也万多飛止乃己々呂毛志良川由乃遠久尓毛止尓毛曽天乃美曽比川
定家 伊左也万多人乃心毛白露乃遠久尓毛止尓毛袖乃美曽比川
和歌 いさやまた ひとのこころも しらつゆの おくにもとにも そてのみそひつ
解釈 いさやまだ人の心も白露の置くにも外にも袖のみぞひつ

歌番号九六五
飛止乃毛止尓万可利个留遠安者天乃三可部之者部利个礼者
美知与利以比川可者之遣留
人乃毛止尓万可利个留遠安者天乃三返之侍个礼者
美知与利以比川可者之遣留
人のもとにまかりけるを、逢はでのみ返し侍りければ、
道より言ひつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 与留志本乃美知久留曽良毛於毛本衣寸安不己止奈美尓加部留止於毛部八
定家 与留志本乃美知久留曽良毛於毛本衣寸安不己止浪尓帰止思部八
和歌 よるしほの みちくるそらも おもほえす あふことなみに かへるとおもへは
解釈 寄る潮の満ち来るそらも思ほえず逢ふこと浪に帰ると思へば

歌番号九六六
飛止遠於毛比加个天以比和多利者部利个留遠
万知止遠尓乃美者部利个礼者
人遠思加个天以比和多利侍个留遠
万知止遠尓乃美侍个礼者
人を思ひかけて言ひわたり侍りけるを
待ち遠にのみ侍りければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 加春奈良奴身者也万乃者尓安良祢止毛於本久乃川幾遠寸久之川留加奈
定家 加春奈良奴身者山乃者尓安良祢止毛於本久乃月遠寸久之川留哉
和歌 かすならぬ みはやまのはに あらねとも おほくのつきを すくしつるかな
解釈 数ならぬ身は山の端にあらねども多くの月を過ぐしつるかな

歌番号九六七
飛左之久以飛和多利者部利个留尓川礼奈久乃三者部利个礼八
飛左之久以飛和多利侍个留尓川礼奈久乃三侍个礼八
久しく言ひわたり侍りけるに、つれなくのみ侍りければ

奈利比良
業平朝臣
業平朝臣(在原業平)

原文 堂乃女川々安者天止之布留以徒者利尓己利奴己々呂遠飛止者志良奈无
定家 堂乃女川々安者天年布留以徒者利尓己利奴心遠人者志良奈无
和歌 たのめつつ あはてとしふる いつはりに こりぬこころを ひとはしらなむ
解釈 頼めつつ逢はで年経る偽りに懲りぬ心を人は知らなん

歌番号九六八
可部之 
返之 
返し

以世 
伊勢 
伊勢

原文 奈川无之乃志留/\末与不於毛飛遠者己利奴加奈之止多礼可三左良无
定家 夏虫乃志留/\迷於毛飛遠者己利奴加奈之止多礼可見左良无
和歌 なつむしの しるしるまよふ おもひをは こりぬかなしと たれかみさらむ
解釈 夏虫の知る知るまどふ思ひをば懲りぬ悲しと誰れか見ざらん

歌番号九六九
加部之己止世奴飛止尓川可者之个留
返己止世奴人尓川可者之个留
返事せぬ人につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 打和比天与者々武己恵尓也万比己乃己多部奴曽良八安良之止曽於毛不
定家 打和比天与者々武声尓山比己乃己多部奴曽良八安良之止曽思
和歌 うちわひて よははむこゑに やまひこの こたへぬやまは あらしとそおもふ
解釈 うちわびて呼ばはむ声に山彦の答へぬそらはあらじとぞ思ふ

歌番号九七〇
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 也万比己乃己恵乃末尓/\止比由可八武奈之幾曽良尓由幾也加部良无
定家 山比己乃己恵乃末尓/\止比由可八武奈之幾曽良尓由幾也加部良无
和歌 やまひこの こゑのまにまに とひゆかは むなしきそらに ゆきやかへらむ
解釈 山彦の声のまにまに問ひ行かばむなしき空に行きや帰らん

歌番号九七一
加久以比加与者寸本止尓美止世者可利尓奈利者部利尓个礼八
加久以比加与者寸本止尓三止世許尓奈利侍尓个礼八
かく言ひ通はすほどに三年ばかりになり侍りにければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 安良堂満乃止之乃美止世者宇川世美乃武奈之幾祢遠也奈幾天久良左武
定家 荒玉乃年乃三止世者宇川世美乃武奈之幾祢遠也奈幾天久良左武
和歌 あらたまの としのみとせは うつせみの むなしきねをや なきてくらさむ
解釈 荒玉の年の三年はうつせみのむなしき音をや泣きて暮さむ

歌番号九七二
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈加礼以川留奈美多乃加八乃由久寸恵者川為尓安布美乃宇美止多乃万无
定家 流以川留涙乃河乃由久寸恵者川為尓近江乃宇美止多乃万无
和歌 なかれいつる なみたのかはの ゆくすゑは つひにあふみの うみとたのまむ
解釈 流れ出づる涙の河の行く末は遂に近江の海と頼まん

歌番号九七三
安女乃布留比飛止尓川可八之个留
雨乃布留日人尓川可八之个留
雨の降る日、人につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 安女布礼止布良祢止奴留々和可曽天乃加々留於毛比尓加八可奴也奈曽
定家 雨布礼止布良祢止奴留々和可袖乃加々留於毛比尓加八可奴也奈曽
和歌 あめふれと ふらねとぬるる わかそての かかるおもひに かわかぬやなそ
解釈 雨降れど降らねど濡るる我が袖のかかる思ひに乾かぬやなぞ

歌番号九七四
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 川由者可利奴留良无曽天乃加者可奴者幾美可於毛日乃本止也寸久奈幾
定家 露許奴留良无袖乃加者可奴者君可思日乃本止也寸久奈幾
和歌 つゆはかり ぬるらむそての かわかぬは きみかおもひの ほとやすくなき
解釈 露ばかり濡るらん袖の乾かぬは君が思ひのほどや少なき

歌番号九七五
於无奈乃毛止尓満可利多留尓堂知奈可良加部之多礼八
美知与利川可八之个留
女乃毛止尓満可利多留尓堂知奈可良加部之多礼八
美知与利川可八之个留
女のもとにまかりたるに、立ちながら帰したれば、
道よりつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 従祢与利毛万止不/\曽可部利川留安不美知毛奈幾也止尓由幾川々
定家 常与利毛万止不/\曽帰川留安不道毛奈幾也止尓由幾川々
和歌 つねよりも まとふまとふそ かへりつる あふみちもなき やとにゆきつつ
解釈 常よりもまどふまどふぞ帰りつる逢ふ道もなき宿に行きつつ

歌番号九七六
安女尓毛佐者良寸万天幾天曽良毛乃加多利奈止
之个留於止己乃加止与利和多留止天安女乃以多久布礼八
奈无満可利春幾奴留止以比多礼八
雨尓毛佐者良寸万天幾天曽良物加多利奈止
之个留於止己乃加止与利和多留止天雨乃以多久布礼八
奈无満可利春幾奴留止以比多礼八
雨にも障らずまで来て、そら物語りなど
しける男の門よりわたるとて、雨のいたく降れば
なんまかり過ぎぬると言ひたれば

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奴礼川々毛久留止三衣之八奈従比幾乃天比幾尓多衣奴以止尓也安利个无
定家 奴礼川々毛久留止見衣之八夏引乃天比幾尓多衣奴以止尓也有个无
和歌 ぬれつつも くるとみえしは なつひきの てひきにたえぬ いとにやありけむ
解釈 濡れつつも来ると見えしは夏引きの手引きに絶えぬ糸にや有りけん

歌番号九七七
飛止尓和寸良礼天者部利个留止幾
人尓和寸良礼天侍个留時
人に忘られて侍りける時

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 加寸奈良奴三者宇幾久左止奈利奈々无川礼奈幾飛止尓与留部之良礼之
定家 加寸奈良奴身者宇幾草止奈利奈々无川礼奈幾人尓与留部之良礼之
和歌 かすならぬ みはうきくさと なりななむ つれなきひとに よるへしられし
解釈 数ならぬ身は浮草となりななんつれなき人に寄るべ知られじ

歌番号九七八
於毛比和寸礼尓个留飛止乃毛止尓満可利天
思和寸礼尓个留人乃毛止尓満可利天
思ひ忘れにける人のもとにまかりて

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 由不也美者美知毛三衣祢止布留左止者毛止己之己万尓万可世天曽久留
定家 由不也美者道毛見衣祢止旧里者本己之駒尓万可世天曽久留
和歌 ゆふやみは みちもみえねと ふるさとは もとこしこまに まかせてそくる
解釈 夕闇は道も見えねど古里はもと来し駒にまかせてぞ来る

歌番号九七九
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 己万尓己曽満可世多利个礼安也奈久毛己々呂乃久留止於毛比个留加奈
定家 駒尓己曽満可世多利个礼安也奈久毛心乃久留止思个留哉
和歌 こまにこそ まかせたりけれ あやなくも こころのくると おもひけるかな
解釈 駒にこそまかせたりけれあやなくも心の来ると思ひけるかな

歌番号九八〇
安左川奈乃安曾无乃武寸女尓布美川可者之个留遠
己止武寸女尓以比川幾天飛左之宇奈利天安幾止布良日天者部利个礼八
朝綱朝臣乃女尓布美川可者之个留遠
己止女尓以比川幾天飛左之宇奈利天秋止布良日天侍个礼八
朝綱朝臣の女に文などつかはしけるを、
異女に言ひつきて久しうなりて、秋訪らひて侍りければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 伊川加多尓己止川天也利天加利可祢乃安不己止万礼尓以末八奈留良无
定家 伊川方尓事川天也利天加利可祢乃安不己止万礼尓今八奈留良无
和歌 いつかたに ことつてやりて かりかねの あふことまれに いまはなるらむ
解釈 いづ方に事づてやりて雁が音の逢ふことまれに今はなるらん

歌番号九八一
越止己乃加礼者天奴尓己止於止己遠安飛之利天
者部利个留尓毛止乃於止己乃安川万部万可利个留遠幾々天
徒可者之个留
越止己乃加礼者天奴尓己止於止己遠安飛之利天
侍个留尓毛止乃於止己乃安川万部万可利个留遠幾々天
徒可者之个留
男のかれ果てぬに、異男をあひ知りて
侍りけるに、元の男の東へまかりけるを聞きて
つかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 安利止多尓幾久部幾毛乃遠安不左可乃世幾乃安奈多曽者留計加利个留
定家 有止多尓幾久部幾物遠相坂乃関乃安奈多曽者留計加利个留
和歌 ありとたに きくへきものを あふさかの せきのあなたそ はるけかりける
解釈 有りとだに聞くべきものを相坂の関のあなたぞはるけかりける

歌番号九八二
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 世幾毛利可安良多万留天不安不左可乃由不川計止利者奈幾川々曽由久
定家 関毛利可安良多万留天不相坂乃由不川計鳥者奈幾川々曽由久
和歌 せきもりか あらたまるてふ あふさかの ゆふつけとりは なきつつそゆく
解釈 関守があらたまるてふ相坂のゆふつけ鳥は鳴きつつぞ行く

歌番号九八三
満多於无奈乃川可者之个留
又女乃川可者之个留
又、女のつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 由幾加部利幾天毛幾可奈无安不左可乃世幾尓加者礼留飛止毛安利也止
定家 由幾帰利幾天毛幾可南相坂乃関尓加者礼留人毛有也止
和歌 ゆきかへり きてもきなかむ あふさかの せきにかはれる ひともありやと
解釈 行き帰り来ても聞かなん相坂の関にかはれる人も有りやと

歌番号九八四
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 毛留飛止乃安留止八幾計止安不左可乃世幾毛止々女奴和可奈美多加奈
定家 毛留人乃安留止八幾計止相坂乃世幾毛止々女奴和可奈美多哉
和歌 もるひとの あるとはきけと あふさかの せきもととめぬ わかなみたかな
解釈 守る人のあるとは聞けど相坂の関も止めぬ我が涙かな

歌番号九八五
加礼尓个留於止己乃於毛比以天々万天幾天毛乃奈止以日
天加部利天
加礼尓个留於止己乃思以天々万天幾天物奈止以日
天加部利天
かれにける男の思ひ出でてまで来て、物など言ひて帰りて

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 加川良幾也久女知尓和多寸以者々之乃奈可/\尓天毛可部利奴留加奈
定家 葛木也久女知尓和多寸以者々之乃中/\尓天毛帰奴留哉
和歌 かつらきや くめちにわたす いははしの なかなかにても かへりぬるかな
解釈 葛木や久米路にわたす岩橋のなかなかにても帰りぬるかな

歌番号九八六
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈可多衣天久留飛止毛奈幾加川良幾乃久女知乃者之八以末毛安也宇之
定家 中多衣天久留人毛奈幾加川良幾乃久女知乃者之八以末毛安也宇之
和歌 なかたえて くるひともなき かつらきの くめちのはしは いまもあやふし
解釈 仲絶えて来る人もなき葛城の久米路の橋は今もあやうし

歌番号九八七
志呂幾々奴止毛幾多留於无奈止毛乃安万多川幾安可幾尓
者部利个留遠三天安之多尓比止利可毛止尓川可八之个留
志呂幾々奴止毛幾多留女止毛乃安万多月安可幾尓
侍个留遠見天安之多尓比止利可毛止尓川可八之个留
白き衣ども着たる女どものあまた月明かきに
侍りけるを見て、朝に一人がもとにつかはしける

布知八良乃安利与之
藤原有好
藤原有好

原文 志良久毛乃美奈比止武良尓三衣之可止多知以天々幾美遠於毛比曽女天幾
定家 白雲乃美奈比止武良尓見衣之可止多知以天々君遠思曽女天幾
和歌 しらくもの みなひとむらに みえしかと たちいててきみを おもひそめてき
解釈 白雲のみな一群に見えしかど立ち出でて君を思ひそめてき

歌番号九八八
於无奈乃毛止尓川可者之个留
女乃毛止尓川可者之个留
女のもとにつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 与曽奈礼止己々呂者可利者加遣多留遠奈止可於毛比尓加者可佐留良无
定家 与曽奈礼止心許者加遣多留遠奈止可於毛比尓加者可佐留良无
和歌 よそなれと こころはかりは かけたるを なとかおもひに かわかさるらむ
解釈 よそなれど心ばかりはかけたるをなどか思ひに乾かざるらん

歌番号九八九
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 和可己比乃幾由留万毛奈久々留之幾八安者奴奈个幾也毛衣和多留良无
定家 和可己比乃幾由留万毛奈久々留之幾八安者奴歎也毛衣和多留覧
和歌 わかこひの きゆるまもなく くるしきは あはぬなけきや もえわたるらむ
解釈 我が恋の消ゆる間もなく苦しきは逢はぬ嘆きや燃えわたるらん

歌番号九九〇
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 幾衣寸乃美毛由留於毛日者止遠个礼止三毛己可礼奴留毛乃尓曽安利个留
定家 幾衣寸乃美毛由留思日者止遠个礼止身毛己可礼奴留物尓曽有个留
和歌 きえすのみ もゆるおもひは とほけれと みもこかれぬる ものにそありける
解釈 消えずのみ燃ゆる思ひは遠けれど身も焦がれぬる物にぞ有りける

歌番号九九一
万多於止己
又於止己
又、男

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 宇部尓乃美遠呂可尓毛由留加也利飛乃与尓毛曽己尓八於毛比可礼之
定家 宇部尓乃美遠呂可尓毛由留加也利火乃与尓毛曽己尓八思己可礼之
和歌 うへにのみ おろかにもゆる かやりひの よにもそこには おもひこかれし
解釈 上にのみおろかに燃ゆるかやり火のよにもそこには思ひ焦がれじ

歌番号九九二
末多可部之 
又返之 
又、返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 可者止乃美和多留遠三留尓奈久佐万天久累之幾己止曽以也万佐利奈留
定家 河止乃美和多留遠見留尓奈久佐万天久累之幾己止曽以也万佐利奈留
和歌 かはとのみ わたるをみるに なくさまて くるしきことそ いやまさりなる
解釈 河とのみ渡るを見るに慰まで苦しきことぞいやまさりなる

歌番号九九三
万多於止己
又於止己
又、男

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 美川満左留己々知乃美之天和可多女尓宇礼之幾世遠八三世之止也寸留
定家 水満左留心地乃美之天和可多女尓宇礼之幾世遠八見世之止也寸留
和歌 みつまさる ここちのみして わかために うれしきせをは みせしとやする
解釈 水まさる心地のみして我がためにうれしき瀬をば見せじとやする

万葉集 集歌904から集歌906まで

$
0
0
戀男子名古日謌三首
標訓 男子(をのこ)の名は古日に戀ひたる謌三首
集歌九〇四 
原文 世人之 貴慕 七種之 寶毛我波 何為 和我中能 産礼出有 白玉之 吾子古日者 明星之 開朝者 敷多倍乃 登許能邊佐良受 立礼杼毛 居礼杼毛 登母尓戯礼 夕星乃 由布弊尓奈礼波 伊射祢余登 手乎多豆佐波里 父母毛 表者奈佐我利 三枝之 中尓乎祢牟登 愛久 志我可多良倍婆 何時可毛 比等々奈理伊弖天 安志家口毛 与家久母見武登 大船乃 於毛比多能無尓 於毛波奴尓 横風乃尓 覆来礼婆 世武須便乃 多杼伎乎之良尓 志路多倍乃 多須吉乎可氣 麻蘇鏡 弖尓登利毛知弖 天神 阿布藝許比乃美 地祇 布之弖額拜 可加良受毛 可賀利毛 神乃末尓麻尓等 立阿射里 我例乞能米登 須臾毛 余家久波奈之尓 漸々 可多知都久保里 朝々 伊布許等夜美 霊剋 伊乃知多延奴礼 立乎杼利 足須里佐家婢 伏仰 武祢宇知奈氣 古手尓持流 安我古登波之都 世間之道
訓読 世間(よのなか)の 貴(たふと)び願ふ 七種(ななくさ)の 宝も吾れは 何為(なにせ)むに 吾(わ)が中の 産(あ)れ出(い)でたる 白玉の 吾が子古日(ふるひ)は 明星(あかほし)の 明(あ)くる朝(あした)は 敷栲の 床の辺(へ)去(さ)らず 立てれども 居(を)れども ともに戯(たふれ)れ 夕星(ゆふつつ)の 夕(ゆふべ)になれば いざ寝(ね)よと 手を携(たづさ)はり 父母も 上は勿放(なさが)り 三枝(さきくさ)の 中にを寝(ね)むと 愛(うつく)しく 幟(し)が語らへば 何時(いつ)しかも 人と成り出でて 悪(あ)しけくも 吉(よ)けくも見むと 大船の 思ひ憑(たの)むに 思はぬに 邪(よこ)しま風のに 覆(おほ)ひ来れば 為(せ)む術(すべ)の 方便(たどき)を知らに 白栲の たすきを掛け 真澄鏡(まそかがみ) 手に取り持ちて 天つ神 仰ぎ祈(こ)ひ祷(の)み 国つ神 伏して額(ぬか)つき かからずも かかりも 神のまにまにと 立ちあざり 吾(わ)れ祈(こ)ひ祷(の)めど 須臾(しましく)も 吉(よ)けくは無しに 漸漸(やくやく)に 容貌(かたち)くつほり 朝(あさ)な朝(さ)な 言ふこと止み たまきはる 命(いのち)絶えぬれ 立ち躍り 足(あし)摩(す)り叫び 伏し仰ぎ 胸打ち泣き 小手(こて)に持てる 我が児飛(と)ばしつ 世間(よのなか)の道
私訳 世の中の人が貴んで手に入れたいと願う仏の七種の宝のような教えも私には何になるでしょう。私の時代に生まれなさった真珠のように尊い皇孫の私たちの古日は、明け星の輝く夜明けとなると、夫婦の敷栲を敷く床から離れず、立っていても座っていても一緒に戯れ、宵の明星を見る夕方になると、さあ寝ようと手を携えて「お父さんもお母さんも傍を離れず、三枝のように真ん中に寝よう」と愛らしく貴方が語っていると、何時の間にかに、立派な指導者たる「人」として成長して来て、世の悪いこと、良いことを引き受けてこの国を治めると、大船を頼もしく思うように信頼していたのに、世の中を邪悪な風で覆って来ると、どうして良いのか、その方法を知らないので、邪気を払うと云う白栲のたすきを掛け真澄鏡を手に持って、皇祖(すめおや)の天の神を仰ぎ祈り願い、皇神(すめがみ)の国の神に伏して額ずき、どのようにあっても神の思し召しのままにと、立ったり座ったりして、私は祈り願うのですが、暫くも良いことは無くて、次第に御姿への思いは崩れていき、朝毎にお言葉を下されることはなくなり、魂の期限を刻むその命が絶えてしまうと、立ち跳び上がり足摺りして叫び、倒れ伏して空を仰いで胸を打って泣き、手にまとわりつく我が子を投げ飛ばした。この嘆きは、世の中の人の取るべき姿です。
注意 この歌は非常に難解な歌です。特に末文「古手尓持流 安我古登波之都 世間之道」をどのように解釈するかで議論があり、それにより歌全体の解釈が変わります。

反謌
集歌九〇五 
原文 和可家礼婆 道行之良士 末比波世武 之多敝乃使 於比弖登保良世
訓読 稚(わか)ければ道行き知らじ幣(まひ)は為(せ)む黄泉(したへ)の使(つか)ひ負(お)ひて通らせ
私訳 まだ稚いので、死出の道を知らないでしょう。神への祈りの捧げ物をしましょう。あの世への使いよ、責任を持って稚き御方を通らせなさい。

集歌九〇六 
原文 布施於吉弖 吾波許比能武 阿射無加受 多太尓率去弖 阿麻治思良之米
訓読 布施(ふせ)置きて吾(わ)れは祈(こ)ひ祷(の)む欺(あざむ)かず直(ただ)に率(ゐ)去(ゆ)きて天道(あまぢ)知らしめ
私訳 仏への祈りの布施を捧げ置いて、私は祈り願いましょう。願いを欺くことなく、稚き御方を尊い仏である貴方が率いて、あの世への天上の道をお授けなさい。
左注 右一首作者未詳 但以裁歌之體似於山上之操載此次焉
注訓 右の一首の作る者は未だ詳(つばび)らかならず。 但し、裁歌(さいか)の體(てい)の山上の操(みさを)に似(に)たるを以ちて、此の次(しだひ)に載せる。

万葉集 集歌907から集歌910まで

$
0
0
養老七年癸亥夏五月、幸于芳野離宮時、笠朝臣金村作謌一首并短歌
標訓 養老七年癸亥夏五月に、芳野の離宮に幸(いでま)しし時に、笠朝臣金村の作れる謌一首并せて短歌
集歌九〇七 
原文 瀧上之 御舟乃山尓 水枝指 四時尓主有 刀我乃樹能 弥継嗣尓 萬代 如是二三知三 三芳野之 蜻蛉乃宮者 神柄香 貴将有 國柄鹿 見欲将有 山川乎 清々 諾之神代従 定家良思母
訓読 瀧(たぎ)し上(へ)し 三船の山に 瑞枝(みずえ)さし 繁(しじ)に主(ぬし)あり 栂(つが)の樹の いや継ぎ継ぎに 万代(よろづよ)に かくに御(み)知(し)らさむ み吉野し 蜻蛉(あづき)の宮は 神柄か 貴(たふと)くあるらむ 国柄か 見が欲(ほ)しくあらむ 山川を 清(きよ)み清(さや)けみ うべし神代ゆ 定めけらしも
私訳 急流の上流に見える三船の山に、美しい枝を茂らせた山の主のような栂の樹が、ますます継ぎ継ぎと茂るように、継ぎ継ぎと万代までにこのように統治なされる吉野の秋津の宮は、神たる由縁か貴くあるのでしょう。土地柄か、心を引かれるのでしょう。山や川は清く清々しく、誠に神の時代からこの地を吉野の秋津の宮と定めて来たのでしょう。
注意 原文の「四時尓主有」は標準解釈では「四時尓生有」と記し「繁(しじ)に生(お)ひたる」、「如是二三知三」は「如是二二知三」と記し「かくし知らさむ」と訓じます。

反謌二首
集歌九〇八 
原文 毎年 如是裳見牡鹿 三吉野乃 清河内之 多藝津白浪
訓読 毎年(としのは)しかくも見てしかみ吉野の清き河内し激(たぎ)つ白浪
私訳 毎年のように、今、私が見るように見ていたのでしょう。吉野の清らかな河の流れに飛沫をあげる白波は。

集歌九〇九 
原文 山高三 白木綿花 落多藝追 瀧之河内者 雖見不飽香聞
訓読 山高み白(しろ)木綿花(ゆふはな)し落(ふ)り激(たぎ)つ瀧(たぎ)し河内(かふち)は見れど飽かぬかも
私訳 山容が高い。白い幣の木綿の花のように白い飛沫を降らす激流の河の流れは、見ていても飽きることがありません。

或本反謌謌曰
標訓 或る本の反謌の謌に曰はく、
集歌九一〇 
原文 神柄加 見欲賀藍 三吉野乃 瀧河内者 雖見不飽鴨
訓読 神からか見が欲(ほ)しからむみ吉野の瀧(たぎ)し河内(かふち)は見れど飽かぬかも
私訳 神の由縁からか見たいと思うのでしょう。吉野の激流の河内は、見ていても飽きることはありません。

集歌九一一 
原文 三芳野之 秋津乃川之 万世尓 断事無 又還将見
訓読 み吉野し秋津(あきつ)の川し万世(よろづよ)に絶ゆることなくまた還(かへ)り見む
私訳 吉野の秋津を流れる川が万世までも絶えることがないように、絶えることなく、再び、やって来て眺めましょう。

万葉集 集歌912から集歌916まで

$
0
0
集歌九一二 
原文 泊瀬女 造木綿花 三吉野 瀧乃水沫 開来受屋
訓読 泊瀬女(はつせめ)し造る木綿花(ゆふはな)み吉野し瀧(たぎ)の水沫(みなわ)に咲きにけらずや
私訳 泊瀬女が造る木綿の花よ。その白い木綿の花が、吉野の激流の飛沫に咲いているのでしょうか。

車持朝臣千年作謌一首并短謌
標訓 車持朝臣(くるまもちのあそみ)千年(ちとし)の作れる謌一首并せて短謌
集歌九一三 
原文 味凍 綾丹乏敷 鳴神乃 音耳聞師 三芳野之 真木立山湯 見降者 川之瀬毎 開来者 朝霧立 夕去者 川津鳴奈辦詳 紐不解 客尓之有者 吾耳為而 清川原乎 見良久之惜蒙
訓読 身(み)凍(こほ)り あやに乏(とも)しく 鳴神(なるかみ)の 音(おと)のみ聞きし み吉野し 真木(まき)立つ山ゆ 見(み)降(お)ろせば 川し瀬ごとに 明け来れば 朝霧(あさぎり)立ち 夕(ゆふ)されば かはづ鳴くなべし 紐(ひも)解(と)かぬ 旅にしあれば 吾(あ)のみして 清き川原を 見らくし惜しも
私訳 身を凍らせるにわか雨のおもむきの、そのモノトーンの情景に何とも云えず心がひかれる、その雷神の鳴らす雷鳴を聞くように有名な評判を聞く、その吉野の立派な木々が茂る山から見下ろすと、川の瀬毎に朝が開けてくると朝霧が立ち、夕べになるとカジカ蛙が鳴くでしょう。上着の紐を解きくつろぐこともない御幸の旅路の途中なので、(貴方がいなくて)私独りでこの清らかな川原を見るのが、残念なことです。
注意 原文の「川津鳴奈辦詳」は、標準解釈では「川津鳴奈拜」と校訂し「かはづ鳴くなへ」と訓じます。

反謌一首
集歌九一四 
原文 瀧上乃 三船之山者 雖 思忘 時毛日毛無
訓読 瀧(たぎ)し上(へ)の三船し山は雖(しかれ)ども思ひ忘るる時も日もなし
私訳 激流の上流にある三船の山は、趣があり心を惹かれますが、私は貴方を思い忘れる時も日々もありません。

或本反謌曰
標訓 或る本の反謌に曰はく
集歌九一五 
原文 千鳥鳴 三吉野川之 音成 止時梨二 所思君
訓読 千鳥鳴くみ吉野川し音(おと)成(な)りし止(や)む時無しにそ思(おもほ)ゆる君
私訳 多くの鳥が鳴く美しい吉野川の轟きが止む時がないように、常に慕っている貴方です。
注意 原文の「音成」は、標準解釈では「川音成」と校訂し「川音なす」と訓じます。

集歌九一六 
原文 茜刺 日不並二 吾戀 吉野之河乃 霧丹立乍
訓読 茜(あかね)さす日(け)並(なら)べなくに吾が恋し吉野し川の霧(きり)に立ちつつ
私訳 茜に染まる夕べの日々を重ねたわけでもないが、私の貴方への恋には吉野の川に霧が立っている(ように行方が見えません)。
左注 右、年月不審。但、以歌類載於此次焉。或本云、養老七年五月幸于芳野離宮之時作。
注訓 右は、年月は審(つばび)かならず。但し、歌の類(たぐひ)を以つて此の次(しだい)に載す。或る本に云はく「養老七年五月に芳野の離宮に幸(いでま)しし時に作れり」といへり。

万葉集 集歌917から集歌921まで

$
0
0
神龜元年甲子冬十月五日、幸于紀伊國時、山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 神亀元年甲子の冬十月五日に、紀伊國に幸(いでま)しし時に、山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌
集歌九一七 
原文 安見知之 和期大王之 常宮等 仕奉流 左日鹿野由 背上尓所見 奥嶋 清波瀲尓 風吹者 白浪左和伎 潮干者 玉藻苅管 神代従 然曽尊吉 玉津嶋夜麻
訓読 やすみしし 吾(わ)ご大王(おほきみ)し 常宮(とこみや)と 仕(つか)へ奉(まつ)れる 雑賀(そひが)野(の)ゆ 背上(そがひ)に見ゆる 沖つ島 清き渚(なぎさ)に 風吹けば 白浪騒(さわ)き 潮(しほ)干(ふ)れば 玉藻刈りつつ 神代(かむよ)より 然(しか)ぞ貴き 玉津島(たまつしま)山(やま)
私訳 八方を遍く承知なられる吾等の大王の永遠の宮殿として、この宮殿に土地をお仕え申し上げる雑賀野。その雑賀野の背景に見える沖の島。その清き渚に風が吹くと白浪が立ち騒ぎ、潮は引くと美しい藻を刈っている。神代からこのようにこの地は貴いことです。この玉津の島山の地は。
注意 原文の「背上尓所見」は、標準解釈では「背匕尓所見」と校訂し「背向(そがひ)に見ゆる」と訓じます。

反謌二首
集歌九一八 
原文 奥嶋 荒礒之玉藻 潮干満 伊隠去者 所念武香聞
訓読 沖つ島荒礒(ありそ)し玉藻潮干(しほひ)満ちい隠(かく)りゆかばそ念(おも)ふむかも
私訳 沖の島、その荒磯の美しい藻が潮干が満ちて潮に姿を隠していくと、きっと、その潮の下で揺れている姿を想像するでしょう。

集歌九一九 
原文 若浦尓 塩満来者 滷乎無美 葦邊乎指天 多頭鳴渡
訓読 若浦(わかうら)に潮満ち来れば潟(かた)を無み葦辺(あしへ)をさして鶴(たづ)鳴き渡る
私訳 若の浦に潮が満ちて来たら、干潟は姿を消し、岸辺の葦原を目指して鶴が鳴きながら飛んで行く。
左注 右、年月不記。但、称従駕玉津嶋也。因今檢注行幸年月以載之焉。
注訓 右は、年月を記さず。但し、玉津嶋に従駕(おほみとも)すと称(い)へり。因りて、今、行幸(いでまし)の年月を檢(かむが)へ注(しる)して以ちて之を載す。

神龜二年乙丑夏五月、幸于芳野離宮時、笠朝臣金村作謌一首并短謌
標訓 神亀二年乙丑夏五月に、芳野の離宮(とつみや)に幸(いでま)しし時に、笠朝臣金村の作れる謌一首并せて短謌
集歌九二〇 
原文 足引之 御山毛清 落多藝都 芳野川之 河瀬乃 浄乎見者 上邊者 千鳥數鳴 下邊者 河津都麻喚 百礒城乃 大宮人毛 越乞尓 思自仁思有者 毎見 文丹乏 玉葛 絶事無 萬代尓 如是霜願跡 天地之 神乎曽祷 恐有等毛
訓読 あしひきし 御山もさやに 落ち激(たぎ)つ 吉野し川し 川し瀬の 清きを見れば 上辺(かみへ)には 千鳥しば鳴く 下辺(しもへ)には かはづ妻呼ぶ ももしきの 大宮人も をちこちに 繁(しじ)にしあれば 見るごとに あやに羨(とも)しみ 玉葛(たまかづら) 絶ゆることなく 万代(よろづよ)に かくしもがもと 天地(あまつち)し 神をぞ祈(いの)る 恐(かしこ)くあれども
私訳 足を引きずるような険しい御山も清らかにあり、川の水が流れ落ちてたぎる芳野の川の、その川の瀬の清らかな様をみると、上流には千鳥がさえずり、下流には蛙が妻を呼ぶように啼く。たくさんの岩を積み上げる大宮に侍う大宮人も、あちらこちらに多くにいらっしゃるので、その姿を見るたびに、ひどく心を引かれ吾を忘れてしまい、美しい蔦葛の蔓が絶えることのないように、万代までもこのように在って欲しいと、天地の神々に確かにお願いする。私の身分では、恐れ多くはあるが。

反謌二首
集歌九二一 
原文 萬代 見友将飽八 三芳野乃 多藝都河内乃 大宮所
訓読 万代(よろづよ)し見とも飽かめやみ吉野の激(たぎ)つ河内(かふち)の大宮所
私訳 万代までに見ていても飽きることのないでしょう、この芳野の水が激しく流れる河内にある大宮のある場所は。

万葉集 集歌922から集歌926まで

$
0
0
集歌九二二 
原文 人皆乃 壽毛吾母 三芳野乃 多吉能床磐乃 常有沼鴨
訓読 人(ひと)皆(みな)の命(いのち)も吾もみ吉野の瀧(たぎ)の常磐(ときは)の常ならぬかも
私訳 ここに集う人が皆の寿命も、私もそうだが、この芳野の水が激しく流れる床岩のようにいつまでもあってほしいものです。

山部宿祢赤人作謌二首并短謌
標訓 山部宿祢赤人の作れる謌二首并せて短謌
集歌九二三 
原文 八隅知之 和期大王乃 高知為 芳野宮者 立名附 青垣隠 河次乃 清河内曽 春部者 花咲乎遠里 秋去者 霧立渡 其山之 弥益々尓 此河之 絶事無 百石木能 大宮人者 常将通
訓読 やすみしし 吾(わ)ご大王(おほきみ)の 高知らす 芳野し宮は たたなづく 青垣(あおかき)隠(こも)り 川なみの 清き河内(かふち)ぞ 春へは 花咲きををり 秋されば 霧(きり)立ち渡る その山し いやますますに この川し 絶ゆることなく ももしきの 大宮人は 常に通はむ
私訳 四方八方をあまねく御承知なれれる吾々の大王が天まで高く知らせる芳野の宮は、立ち並び名を付けられるような緑豊かな山並みに囲まれ、多くの河の集まる清らかな河の内にある。春にはたくさんの花が咲き乱れ、秋には霧が立ち渡る。その山のように一層盛んに、この河の流れが絶えることがないように、たくさんの岩を積み上げる大宮に侍う大宮人は、常に通って来ましょう。

反謌二首
集歌九二四 
原文 三吉野乃 象山際乃 木末尓波 幾許毛散和口 鳥之聲可聞
訓読 み吉野の象(ころ)し山際(やまま)の木末(こぬれ)には幾許(ここだ)も騒く鳥し声かも
私訳 み吉野の秋津野の小路にある山際の梢には、多くの啼き騒ぐ鳥の声が聞こえます
注意 古語で「象」には奈良時代のちょぼ博打からの「ころ」と平安時代の象牙からの「きさ」と云う訓じがあります。ここでは奈良時代の訓じから「ころ」を採用し、秋津野の小路の小川と解釈しています。

集歌九二五 
原文 烏玉之 夜之深去者 久木生留 清河原尓 知鳥數鳴
訓読 ぬばたまし夜し更けぬれば久木(ひさき)生(お)ふる清き川原に千鳥しば鳴く
私訳 漆黒の夜が更けていくと、橡の木が生える清らかな川原に千鳥がしきりに鳴く

集歌九二六 
原文 安見知之 和期大王波 見吉野乃 飽津之小野笶 野上者 跡見居置而 御山者 射目立渡 朝猟尓 十六履起之 夕狩尓 十里踏立 馬並而 御狩曽立為 春之茂野尓
訓読 やすみしし 吾(わ)ご大王(おほきみ)は み吉野の 秋津し小野の 野(の)し上(へ)には 跡見(とみ)据ゑ置きて み山には 射目(いめ)立て渡し 朝猟(あさかり)に 鹿猪(しし)踏み起し 夕狩(ゆふかり)に 鳥踏み立て 馬並(な)めて 御狩ぞ立たす 春し茂野(しげの)に
私訳 世の中を平らく統治される吾らの大王は、み吉野の秋津の小野にある野の丘に跡見を据えて置き、山には射目を立たせ置いて、朝の狩りには鹿や猪を野に踏み込み追い立てて、夕方の狩りでは鳥を巣から追い立てて、馬を連ねて御狩りを起こさせることです。春の草木の茂る野に。

後撰和歌集(原文推定、翻文、解釈付)巻十四

$
0
0
後撰和歌集(原文推定、翻文、解釈付)
止遠末利与末幾仁安多留未幾
巻十四

己比乃宇多武川
恋歌六

歌番号九九四
飛止乃毛止尓徒可者之遣流
人乃毛止尓徒可者之遣流
人のもとにつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 安布己止遠与止尓安利天不美川乃毛利徒良之止幾美遠三川留己呂可奈
定家 逢事遠与止尓有天不美川乃毛利徒良之止君遠見川留己呂哉
和歌 あふことを よとにありてふ みつのもり つらしときみを みつるころかな
解釈 逢ふ事を淀に有りてふ美豆の森つらしと君を見つるころかな

歌番号九九五
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 美徒乃毛利毛留己乃己呂乃奈可女尓者宇良美毛安部寸与止乃加八奈美
定家 美徒乃毛利毛留己乃己呂乃奈可女尓者怨毛安部寸与止乃河浪
和歌 みつのもり もるこのころの なかめには うらみもあへす よとのかはなみ
解釈 美豆の森もるこのごろのながめには恨みもあへず淀の河浪

歌番号九九六
三川可良満天幾天与毛寸可良毛乃以比者部利个留尓本止
奈久安計者部利尓个礼者万可利加部利天
三川可良満天幾天与毛寸可良物以比侍个留尓本止
奈久安計侍尓个礼者万可利加部利天
みづからまで来てよもすがら物言ひ侍りけるに、ほど
なく明け侍りにければ、まかり帰りて

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 宇幾世止八於毛不毛乃可良安万乃止乃安久留者川良幾毛乃尓曽安利个留
定家 宇幾世止八思物可良安万乃止乃安久留者川良幾物尓曽有个留
和歌 うきよとは おもふものから あまのとの あくるはつらき ものにそありける
解釈 憂き世とは思ふものから天の戸の明くるはつらき物にぞ有りける

歌番号九九七
於无奈乃毛止尓徒可者之个留
女乃毛止尓徒可者之个留
女のもとにつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 宇良武礼止己布礼止幾美可与止々毛尓志良寸加本尓天川礼奈可留良无
定家 宇良武礼止己布礼止君可与止々毛尓志良寸加本尓天川礼奈可留良无
和歌 うらむれと こふれときみか よとともに しらすかほにて つれなかるらむ
解釈 恨むれど恋ふれど君が世とともに知らず顔にてつれなかるらん

歌番号九九八
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 宇良武止毛己不止毛以可々久毛為与利者留个幾飛止遠曽良尓之留部幾
定家 怨武止毛己不止毛以可々雲井与利者留个幾人遠曽良尓之留部幾
和歌 うらむとも こふともいかか くもゐより はるけきひとを そらにしるへき
解釈 恨むとも恋ふともいかが雲居よりはるけき人を空に知るべき

歌番号九九九
以飛和川良日天也三尓个留飛止尓比左之宇安利天
万多川可八之个留
以飛和川良日天也三尓个留人尓比左之宇安利天
又川可八之个留
言ひわづらひてやみにける人に久しうありて、
又、つかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 志徒者多尓部徒留本止也之良以止乃多衣奴留三止八於毛者佐良奈无
定家 志徒者多尓部徒留本止也白糸乃多衣奴留身止八於毛者佐良奈无
和歌 しつはたに へつるほとなり しらいとの たえぬるみとは おもはさらなむ
解釈 倭文はたに経つるほどなり白糸の絶えぬる身とは思はざらなん

歌番号一〇〇〇
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 部徒留与利宇寸久奈利尓之々川者多乃以止者多衣天毛加日也奈可良无
定家 部徒留与利宇寸久奈利尓之々川者多乃以止者多衣天毛加日也奈可良无
和歌 へつるより うすくなりにし しつはたの いとはたえても かひやなからむ
解釈 経つるより薄くなりにししづはたの糸は絶えてもかひやなからん

歌番号一〇〇一
越止己乃満天幾天寸幾己止遠乃美之个礼者
飛止也以可々三留良无止天
越止己乃満天幾天寸幾事遠乃美之个礼者
人也以可々見留良无止天
男のまで来て、好き事をのみしければ、
人やいかが見るらんとて

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 久累己止者川祢奈良寸止毛堂万可川良堂乃美者多衣之止於毛不己々呂安利
定家 久累事者常奈良寸止毛堂万可川良堂乃美者多衣之止思己々呂安利
和歌 くることは つねならすとも たまかつら たのみはたえしと おもふこころあり
解釈 来る事は常ならずとも玉葛頼みは絶えじと思ふ心あり

歌番号一〇〇二
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 堂満可従良堂乃女久留比乃加寸者安礼止堂衣/\尓天八加比奈可利个利
定家 玉鬘堂乃女久留日乃加寸者安礼止堂衣/\尓天八加比奈可利个利
和歌 たまかつら たのめくるひの かすはあれと たえたえにては かひなかりけり
解釈 玉葛頼め来る日の数はあれど絶え絶えにてはかひなかりけり

歌番号一〇〇三
越止己乃飛佐之宇遠止川礼左利个礼者
越止己乃飛佐之宇遠止川礼左利个礼者
男の久しう訪れざりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 以尓之部乃己々呂者奈久也奈利尓个无堂乃女之己止乃多衣天止之不留
定家 以尓之部乃心者奈久也成尓个无堂乃女之己止乃多衣天止之不留
和歌 いにしへの こころはなくや なりにけむ たのめしことの たえてとしふる
解釈 いにしへの心はなくやなりにけん頼めしことの絶えて年経る

歌番号一〇〇四
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 伊尓之部毛以末毛己々呂乃奈个礼者曽宇幾遠毛志良天止之遠乃美不留
定家 伊尓之部毛今毛心乃奈个礼者曽宇幾遠毛志良天年遠乃美不留
和歌 いにしへも いまもこころの なけれはそ うきをもしらて としをのみふる
解釈 いにしへも今も心のなければぞ憂きをも知らで年をのみ経る

歌番号一〇〇五
於止己乃堂々奈利个留止幾尓八川祢尓万宇天幾个留可
毛乃以比天乃知者加止与利和多礼止万天己佐利个礼八
於止己乃堂々奈利个留時尓八川祢尓万宇天幾个留可
毛乃以比天乃知者加止与利和多礼止万天己佐利个礼八
男のただなりける時には常にまうで来けるが、
物言ひて後は門より渡れどまで来ざりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 堂衣多里之武可之多尓三之宇知者之遠以末者和多留止遠止尓乃美幾久
定家 堂衣多里之昔多尓見之宇知者之遠今者和多留止遠止尓乃美幾久
和歌 たえたりし むかしたにみし うちはしを いまはわたると おとにのみきく
解釈 絶えたりし昔だに見し宇治橋を今は渡ると音にのみ聞く

歌番号一〇〇六
伊比和日天布多止世者可利遠止毛世寸奈利尓个留
於止己乃左川幾者可利尓万宇天幾天止之己呂
比左之宇安利川留奈止以比天万可利尓个留尓
伊比和日天布多止世許遠止毛世寸奈利尓个留
於止己乃五月者可利尓万宇天幾天年己呂
比左之宇安利川留奈止以比天万可利尓个留尓
言ひわびて二年ばかり音もせずなりにける
男の、五月ばかりにまうで来て、年ごろ
久しうありつるなど言ひてまかりにけるに

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 和寸良礼天止之布留佐止乃保止々幾寸奈尓々比止己恵奈幾天由久良无
定家 和寸良礼天年布留佐止乃郭公奈尓々比止己恵奈幾天由久覧
和歌 わすられて としふるさとの ほとときす なににひとこゑ なきてゆくらむ
解釈 忘られて年経る里の郭公なにに一声鳴きて行くらん

歌番号一〇〇七
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 止不也止天春幾奈幾也止尓幾尓个礼止己比之幾己止曽之留部奈利个留
定家 止不也止天春幾奈幾也止尓幾尓个礼止己比之幾己止曽之留部奈利个留
和歌 とふやとて すきなきやとに きにけれと こひしきことそ しるへなりける
解釈 訪ふやとて杉なき宿に来にけれど恋しきことぞしるべなりける

歌番号一〇〇八
毛乃以比和日天於无奈乃毛止尓以比也利个留
物以比和日天女乃毛止尓以比也利个留
物言ひわびて女のもとに言ひやりける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 川由乃以乃知以川止毛志良奴与奈可尓奈止可川良之止於毛比遠可留々
定家 露乃以乃知以川止毛志良奴世中尓奈止可川良之止思遠可留々
和歌 つゆのいのち いつともしらぬ よのなかに なとかつらしと おもひおかるる
解釈 露の命いつとも知らぬ世の中になどかつらしと思ひ置かるる

歌番号一〇〇九
於无奈乃保可尓者部利个留遠曽己尓止遠之布留飛止毛
者部良左利个礼者己々呂川可良止不良日天者部利个留加部之己止尓
徒可者之个留
女乃保可尓侍个留遠曽己尓止遠之布留人毛
侍良左利个礼者心川可良止不良日天侍个留返己止尓
徒可者之个留
女のほかに侍りけるを、そこにと教ふる人も
はべらざりければ、心づから訪ひて侍りける返事に
つかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 加里飛止乃堂川奴留志可波以奈比乃尓安衣天乃美己曽安良万本之个礼
定家 加里人乃堂川奴留志可波以奈比乃尓安衣天乃美己曽安良万本之个礼
和歌 かりひとの たつぬるしかは いなみのに あはてのみこそ あらまほしけれ
解釈 狩り人の尋ぬる鹿は印南野に逢はでのみこそあらまほしけれ

歌番号一〇一〇
志乃比多留於无奈乃毛止与利奈止可遠止毛世奴止毛宇之多利个礼八
志乃比多留女乃毛止与利奈止可遠止毛世奴止申多利个礼八
忍びたる女のもとより、などか音もせぬと申たりければ

美幾乃於本以万宇知幾三
右大臣
右大臣

原文 遠也万多乃三川奈良奈久尓加久者可利奈可礼曽女天者多衣无毛乃可者
定家 遠山田乃水奈良奈久尓加久許流曽女天者多衣无物可者
和歌 をやまたの みつならなくに かくはかり なかれそめては たえむものかは
解釈 小山田の水ならなくにかくばかり流rそめては絶えんものかは

歌番号一〇一一
於止己乃満天己天安利/\天安女乃布留与夜
於本可佐遠己比尓川可者之多利个礼者
於止己乃満天己天安利/\天雨乃布留夜
於本可佐遠己比尓川可者之多利个礼者
男のまで来でありありて雨の降る夜、
大傘を乞ひにつかはしたりければ

己礼比良乃安曽无乃武寸女以万幾
己礼比良乃朝臣乃武寸女以万幾
これひらの朝臣のむすめいまき(藤原伊衡朝臣女今君)

原文 川幾尓多尓満川本止於本久寸幾奴礼者安女毛与尓己之止於毛本由留可奈
定家 月尓多尓満川本止於本久寸幾奴礼者雨毛与尓己之止於毛本由留哉
和歌 つきにたに まつほとおほく すきぬれは あめもよにこしと おもほゆるかな
解釈 月にだに待つほど多く過ぎぬれば雨もよに来じと思ほゆるかな

歌番号一〇一二
者之女天飛止尓川可八之个留
者之女天人尓川可八之个留
初めて人につかはしける

与美比止之良寸 
与美人之良寸
よみ人しらす 

原文 於毛比川々満多以比曽女奴和可己比遠於奈之己々呂尓志良世天之可奈
定家 思川々満多以比曽女奴和可己比遠於奈之心尓志良世天之哉
和歌 おもひつつ またいひそめぬ わかこひを おなしこころに しらせてしかな
解釈 思ひつつまだ言ひそめぬ我が恋を同じ心に知らせてしがな

歌番号一〇一三
伊比和川良日天也美尓个留遠万多於毛比以天々止不良日
者部利个礼者以止左多女奈幾己々呂可奈止以比天安寸可々者乃
己々呂遠以比川可八之天者部利个礼八
伊比和川良日天也美尓个留遠又思以天々止不良日
侍个礼者以止定奈幾心哉止以比天安寸可河乃
心遠以比川可八之天侍个礼八
言ひわづらひてやみにけるを、又思ひ出でて訪らひ
侍りければ、いと定めなき心かなと言ひて、飛鳥河の
心を言ひつかはして侍りければ

与美比止之良寸 
与美人之良寸
よみ人しらす 

原文 安寸可々者己々呂乃宇知尓奈可留礼者曽己乃志可良美以川可与止万无
定家 安寸可河心乃内尓奈可留礼者曽己乃志可良美以川可与止万无
和歌 あすかかは こころのうちに なかるれは そこのしからみ いつかよとまむ
解釈 飛鳥河心の内に流るれば底のしがらみいつか淀まん

歌番号一〇一四
於毛比可計多留於无奈乃毛止尓
思可計多留女乃毛止尓
思ひかけたる女のもとに

安左与利乃安曾无
安左与利乃朝臣
あさよりの朝臣(藤原朝頼)

原文 布之乃祢遠与曽尓曽幾々之以末者和可於毛日尓毛由留个布利奈利个利
定家 布之乃祢遠与曽尓曽幾々之今者和可思日尓毛由留煙奈利个利
和歌 ふしのねを よそにそききし いまはわか おもひにもゆる けふりなりけり
解釈 富士の嶺をよそにぞ聞きし今は我が思ひに燃ゆる煙なりけり

歌番号一〇一五
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 志留之奈幾於毛飛止曽幾久布之乃祢毛加己止者可利乃个布利奈留良无
定家 志留之奈幾思止曽幾久布之乃祢毛加己止許乃煙奈留良无
和歌 しるしなき おもひとそきく ふしのねも かことはかりの けふりなるらむ
解釈 しるしなき思ひとぞ聞く富士の嶺もかごとばかりの煙なるらん

歌番号一〇一六
以比加者之个留於止己乃於也以止以多宇世以寸止
幾々天武寸女乃以比川可者之个留
以比加者之个留於止己乃於也以止以多宇世以寸止
幾々天女乃以比川可者之个留
言ひ交しける男の親いといたう制すと
聞きて、女の言ひつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 伊比左之天止々女良留奈留以个美川乃奈美以川可多尓於毛比与留良无
定家 伊比左之天止々女良留奈留池水乃波以川可多尓思与留良无
和歌 いひさして ととめらるなる いけみつの なみいつかたに おもひよるらむ
解釈 言ひさしてとどめらるなる池水の波いづかたに思ひ寄るらん

歌番号一〇一七
於奈之止己呂尓者部利个留飛止乃於毛不己々呂者部利个礼止
以者天志乃日个留遠以可奈留於利尓可安利个无
安多利尓加幾天於止之个累
於奈之所尓侍个留人乃思心侍个礼止
以者天志乃日个留遠以可奈留於利尓可安利个无
安多利尓加幾天於止之个累
同じ所に侍りける人の思ふ心侍りけれど、
言はで忍びけるをいかなる折にかありけん、
あたりに書きて落しける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 志良礼之奈和可比止志礼奴己々呂毛天幾美遠於毛日乃奈可尓毛由止八
定家 志良礼之奈和可比止志礼奴心毛天君遠思日乃奈可尓毛由止八
和歌 しられしな わかひとしれぬ こころもて きみをおもひの なかにもゆとは
解釈 知られじな我が人知れぬ心もて君を思ひの中に燃ゆとは

歌番号一〇一八
己々呂左之遠者安者礼止於毛部止飛止女尓奈无川々武止
以比天者部利个礼者
心左之遠者安者礼止於毛部止人女尓奈无川々武止
以比天侍个礼者
心ざしをはあはれと思へど、人目になんつつむと
言ひて侍りければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 安不者可利奈久天乃美不留和可己比遠飛止女尓加久留己止乃和比之左
定家 安不者可利奈久天乃美不留和可己比遠人女尓加久留事乃和比之左
和歌 あふはかり なくてのみふる わかこひを ひとめにかくる ことのわひしさ
解釈 逢ふばかりなくてのみ経る我が恋を人目にかくる事のわびしさ

歌番号一〇一九
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈川己呂毛三尓者奈留止毛和可多女尓宇寸幾己々呂八加計寸毛安良奈无
定家 夏衣身尓者奈留止毛和可多女尓宇寸幾心八加計寸毛安良南
和歌 なつころも みにはなるとも わかために うすきこころは かけすもあらなむ
解釈 夏衣身には馴るとも我がために薄き心はかけずもあらなん

歌番号一〇二〇
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 以可尓之天己止加多良者无保止々幾寸奈計幾乃志多尓奈計者加比奈之
定家 以可尓之天事加多良者无郭公歎乃志多尓奈計者加比奈之
和歌 いかにして ことかたらはむ ほとときす なけきのしたに なけはかひなし
解釈 いかにして事語らはん郭公嘆きの下に鳴けばかひなし

歌番号一〇二一
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 於毛日川々遍尓个留止之遠志留部尓天奈礼奴留毛乃者己々呂奈利个利
定家 思日川々遍尓个留年遠志留部尓天奈礼奴留物者心奈利个利
和歌 おもひつつ へにけるとしを しるへにて なれぬるものは こころなりけり
解釈 思ひつつ経にける年をしるべにて慣れぬる物は心なりけり

歌番号一〇二二
布美奈止徒可者之个留於无奈乃己止於止己尓川幾者部利
个留尓川可八之个留
布美奈止徒可者之个留女乃己止於止己尓川幾侍
个留尓川可八之个留
文などつかはしける女の、異男につき侍り
けるにつかはしける

美奈毛止乃止々乃不
源止々乃不
源ととのふ(源整)

原文 和礼奈良奴飛止寸美乃衣乃幾志尓以天々奈尓者乃可多遠宇良武川留可奈
定家 我奈良奴人住乃江乃岸尓以天々奈尓者乃方遠怨川留哉
和歌 われならぬ ひとすみのえの きしにいてて なにはのかたを うらみつるかな
解釈 我ならぬ人住の江の岸に出でて難波の方を恨みつるかな

歌番号一〇二三
止々乃不加礼可多尓奈利者部利尓个礼者止々女遠幾多留
布衣遠徒可者寸止天
止々乃不加礼可多尓奈利侍尓个礼者止々女遠幾多留
布衣遠徒可者寸止天
整かれがたになり侍りにければ、留め置きたる
笛をつかはすとて

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 尓己利由久美川尓八可計乃三衣者己曽安之万与不衣遠止々女天毛三女
定家 尓己利由久水尓八影乃見衣者己曽安之万与不衣遠止々女天毛見女
和歌 にこりゆく みつにはかけの みえはこそ あしまよふえを ととめてもみめ
解釈 濁り行く水には影の見えばこそ葦まよふえを留めても見め

歌番号一〇二四
春可者良乃於保以万宇知幾美乃以部尓者部利个留武寸女尓
加与比者部利个留於止己奈可多衣天万多止日天者部利个礼八
菅原乃於保以万宇知幾美乃家尓侍个留女尓
加与比侍个留於止己奈可多衣天又止日天侍个礼八
菅原大臣の家に侍りける女に
通ひ侍りける男、仲絶えて、又訪ひて侍りければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 春可者良也布之見乃左堂乃安礼之与利加与比之飛止乃安止毛多衣尓幾
定家 菅原也伏見乃里乃安礼之与利加与比之人乃跡毛多衣尓幾
和歌 すかはらや ふしみのさとの あれしより かよひしひとの あともたえにき
解釈 菅原や伏見の里の荒れしより通ひし人の跡も絶えにき

歌番号一〇二五
武寸女乃於止己遠以止比天佐寸可尓以可々於保衣个无
以部利个留
女乃於止己遠以止比天佐寸可尓以可々於保衣个无
以部利个留
女の男を厭ひてさすがにいかがおぼえけん、
言へりける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 知者也布留可美尓毛安良奴和可奈可乃久毛為者留可尓奈利毛由久可奈
定家 知者也布留神尓毛安良奴和可奈可乃雲井遥尓成毛由久哉
和歌 ちはやふる かみにもあらぬ わかなかの くもゐはるかに なりもゆくかな
解釈 ちはやぶる神にもあらぬ我が仲の雲居はるかになりも行くかな

歌番号一〇二六
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 知者也不留可美尓毛奈尓々堂止不良无遠乃礼久毛為尓飛止遠奈之川々
定家 千早振神尓毛何尓堂止不良无遠乃礼久毛為尓人遠奈之川々
和歌 ちはやふる かみにもなにに たとふらむ おのれくもゐに ひとをなしつつ
解釈 ちはやぶる神にも何にたとふらん己れ雲居に人をなしつつ

歌番号一〇二七
於无奈美川乃美己尓
女三乃美己尓
女三内親王に

安徒与之乃美己
安徒与之乃美己
あつよしのみこ(敦慶親王)

原文 宇幾志川美布知世尓左波久尓本止利者曽己毛乃止可尓安良之止曽於毛不
定家 宇幾志川美布知世尓左波久尓本止利者曽己毛乃止可尓安良之止曽思
和歌 うきしつみ ふちせにさわく にほとりは そこものとかに あらしとそおもふ
解釈 浮き沈み淵瀬に騒ぐ鳰鳥はそこものどかにあらじとぞ思ふ

歌番号一〇二八
加比尓飛止乃毛乃以不止幾々天
加比尓人乃毛乃以不止幾々天
甲斐に人の物言ふと聞きて

布知八良乃毛利布三
藤原守文
藤原守文

原文 万川也末尓奈美多可幾遠止曽幾己由奈留和礼与利己由留飛止者安良之遠
定家 松山尓浪多可幾遠止曽幾己由奈留我与利己由留人者安良之遠
和歌 まつやまに なみたかきおとそ きこゆなる われよりこゆる ひとはあらしを
解釈 松山に浪高き音ぞ聞こゆなる我より越ゆる人はあらじを

歌番号一〇二九
於止己乃毛止尓安女布留与加左遠也利天与日个礼止
己左利个礼者
於止己乃毛止尓雨布留夜加左遠也利天与日个礼止
己左利个礼者
男のもとに雨降る夜、傘をやりて呼びけれど、
来ざりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 佐之天己止於毛比之毛乃遠三加左也末加比奈久安女乃毛利尓个留可奈
定家 佐之天己止思之物遠三加左山加比奈久雨乃毛利尓个留哉
和歌 さしてこと おもひしものを みかさやま かひなくあめの もりにけるかな
解釈 さして来と思ひし物を三笠山かひなく雨の漏りにけるかな

歌番号一〇三〇
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 毛累女乃美安万多三由礼者美可左也末志留/\以可々佐之天由久部幾
定家 毛累女乃美安万多見由礼者美可左山志留/\以可々佐之天由久部幾
和歌 もるめのみ あまたみゆれは みかさやま しるしるいかか さしてゆくへき
解釈 もる目のみあまた見ゆれば三笠山知る知るいかがさして行くべき

歌番号一〇三一
於无奈乃毛止与利以止以多久奈於毛比和比曽止多乃女遠己
世天者部利个礼者
女乃毛止与利以止以多久奈思和比曽止多乃女遠己
世天侍个礼者
女のもとより、いといたくな思ひわびそと頼めおこ
せて侍りければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈久佐武留己止乃波尓多尓加々良寸八以末毛計奴部幾川由以乃知遠
定家 奈久佐武留己止乃波尓多尓加々良寸八今毛計奴部幾露乃命遠
和歌 なくさむる ことのはにたに かからすは いまもけぬへき つゆのいのちを
解釈 慰むる言の葉にだにかからずは今も消ぬべき露の命を

歌番号一〇三二
毛止与之乃美己乃美曽可尓春美者部利个留以末己武止
堂乃女天己寸奈利尓个礼者
元良乃美己乃美曽可尓春美侍个留今己武止
堂乃女天己寸奈利尓个礼者
元良親王のみそかに住み侍りける、今、来むと
頼めて来ずなりにければ

飛与宇恵
兵衛
兵衛

原文 飛止之礼寸満川尓祢良礼奴安利安計乃川幾尓佐部己曽安左武可礼个連
定家 飛止之礼寸満川尓祢良礼奴晨明乃月尓佐部己曽安左武可礼个連
和歌 ひとしれす まつにねられぬ ありあけの つきにさへこそ あさむかれけれ
解釈 人知れず待つに寝られぬ有明の月にさへこそ欺かれけれ

歌番号一〇三三
志乃比天寸美者部利个留飛止乃毛止与利加々留个之幾
飛止尓三春奈止以部利个礼八
志乃比天寸美侍个留人乃毛止与利加々留个之幾
人尓見春奈止以部利个礼八
忍びて住み侍りける人のもとより、かかる気色、
人に見すなと言へりければ

毛止可多
毛止可多
もとかた(在原元方)

原文 多川多可者多知奈者幾美可奈遠々之美以者世乃毛利乃以者之止曽於毛不
定家 龍田河多知奈者君可名遠々之美以者世乃毛利乃以者之止曽思
和歌 たつたかは たちなはきみか なををしみ いはせのもりの いはしとそおもふ
解釈 龍田河立ちなば君が名を惜しみ岩瀬の森の言はじとぞ思ふ

歌番号一〇三四
宇多為无尓者部利个留飛止尓世宇曽己川可者之个留
可部之己止毛者部良左利个礼者
宇多院尓侍个留人尓世宇曽己川可者之个留
返事毛侍良左利个礼者
宇多院に侍りける人に消息つかはしける、
返事もはべらざりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 宇多乃々波美々奈之也末可与不己止利与不己恵尓多尓己多部左留良无
定家 宇多乃々波美々奈之山可与不己鳥与不己恵尓多尓己多部左留良无
和歌 うたののは みみなしやまか よふことり よふこゑにたに こたへさるらむ
解釈 宇多の野は耳なし山か呼子鳥呼ぶ声にだに答へざるらん

歌番号一〇三五
可部之 
返之 
返し

於无奈以川乃美己
女五乃美己
女五のみこ(女五内親王)

原文 美々奈之乃也末奈良寸止毛与不己止利奈尓可八幾可无止幾奈良奴祢遠
定家 耳奈之乃山奈良寸止毛与不己止利何可八幾可无時奈良奴祢遠
和歌 みみなしの やまならすとも よふことり なにかはきかむ ときならぬねを
解釈 耳なしの山ならずとも呼子鳥何かは聞かん時ならぬ音を

歌番号一〇三六
徒礼奈久者部利个留人尓
徒礼奈久侍个留人尓
つれなく侍りける人に

堂々美祢
堂々美祢
たたみね(壬生忠岑)

原文 己飛和日天志奴天不己止者満多奈幾遠与乃多女之尓毛奈利奴部幾可奈
定家 己飛和日天志奴天不己止者満多奈幾遠世乃多女之尓毛奈利奴部幾哉
和歌 こひわひて しぬてふことは またなきを よのためしにも なりぬへきかな
解釈 恋ひわびて死ぬてふことはまだなきを世のためしにもなりぬべきかな

歌番号一〇三七
堂知与利个留尓於无奈尓个天以利个礼者川可八之个留
堂知与利个留尓女尓个天以利个礼者川可八之个留
立ち寄りけるに、女逃げて入りければつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 可个三礼者於久部以利个留幾美尓与利奈止可奈美多乃止部者以川良无
定家 影見礼者於久部以利个留君尓与利奈止可涙乃止部者以川良无
和歌 かけみれは おくへいりける きみにより なとかなみたの とへはいつらむ
解釈 影見れば奥へ入りける君によりなどか涙の外へは出づらん

歌番号一〇三八
安比尓个留於无奈乃万多安者佐利个礼者
安比尓个留女乃万多安者佐利个礼者
逢ひにける女の、又逢はざりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 志良佐利之止幾多尓己衣之安不佐可遠奈止以末佐良尓和礼万与不良无
定家 志良佐利之時多尓己衣之相坂遠奈止今更尓和礼迷覧
和歌 しらさりし ときたにこえし あふさかを なといまさらに われまよふらむ
解釈 知らざりし時だに越えじ相坂をなど今更に我まどふらん

歌番号一〇三九
於无奈乃毛止尓万可利曽女天安之多尓
女乃毛止尓万可利曽女天安之多尓
女のもとにまかりそめて、朝に

布知八良乃加計毛止
藤原加計毛止
藤原かけもと(藤原蔭基)

原文 安可寸之天万久良乃宇部尓和可礼尓之由女知遠万多毛多川祢天之可奈
定家 安可寸之天枕乃宇部尓別尓之由女知遠又毛多川祢天之哉
和歌 あかすして まくらのうへに わかれにし ゆめちをまたも たつねてしかな
解釈 あかずして枕の上に別れにし夢路を又も訪ねてしがな

歌番号一〇四〇
越止己乃止者寸奈利尓个礼者
越止己乃止者寸奈利尓个礼者
男の訪はずなりにければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 遠止毛世寸奈利毛由久可奈春々加也万己由天不奈乃美多可久多知徒々
定家 遠止毛世寸奈利毛由久哉春々加山己由天不奈乃美多可久多知徒々
和歌 おともせす なりもゆくかな すすかやま こゆてふなのみ たかくたちつつ
解釈 音もせずなりも行くかな鈴鹿山越ゆてふ名のみ高く立ちつつ

歌番号一〇四一
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 己衣奴天不奈遠奈宇良美曽寸々可也万以止々満知可久奈良无止於毛不遠
定家 己衣奴天不名遠奈宇良美曽寸々可山以止々満知可久奈良无止思遠
和歌 こえぬてふ なをなうらみそ すすかやま いととまちかく ならむとおもふを
解釈 越えぬてふ名をな恨みそ鈴鹿山いとど間近くならんと思ふを

歌番号一〇四二
於无奈尓毛乃以者无止天幾多利个礼止己止飛止尓毛乃以比
个礼者可部利天
女尓物以者无止天幾多利个礼止己止人尓物以比
个礼者可部利天
女に物言はんとて来たりけれど、異人に物言ひ
ければ、帰りて

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 和可多女尓加川者徒良之止見也万木乃己利止毛己利奴加々留己比世之
定家 和可多女尓加川者徒良之止見山木乃己利止毛己利奴加々留己比世之
和歌 わかために かつはつらしと みやまきの こりともこりぬ かかるこひせし
解釈 我がためにかつはつらしと深山木の樵りとも懲りぬかかる恋せじ

歌番号一〇四三
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 安不己奈幾三止者志留/\己比寸止天奈計幾己利川武飛止八与幾可八
定家 安不己奈幾身止者志留/\恋寸止天歎己利川武人八与幾可八
和歌 あふこなき みとはしるしる こひすとて なけきこりつむ ひとはよきかは
解釈 あふごなき身とは知る知る恋すとて嘆きこりつむ人はよきかは

歌番号一〇四四
飛止尓徒可者之个留
人尓徒可者之个留
人につかはしける

加為世无保宇之
戒仙法師
戒仙法師

原文 安佐己止尓川由者遠个止毛飛止己不留和可己止乃者々以呂毛加八良寸
定家 安佐己止尓露者遠个止毛人己不留和可事乃者々色毛加八良寸
和歌 あさことに つゆはおけとも ひとこふる わかことのはは いろもかはらす
解釈 朝ごとに露は置けども人恋ふる我が言の葉は色も変らず

歌番号一〇四五
幾天毛乃以比个留比止乃於保可多者武川万之加利
个礼止知可宇者衣安良寸之天
幾天毛乃以比个留比止乃於保可多者武川万之加利
个礼止知可宇者衣安良寸之天
来て物言ひける人の、おほかたはむつましかり
けれど、近うはえあらずして

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 満知可久天川良幾遠三留者宇个礼止毛宇幾者毛乃可者己日之幾与利八
定家 満知可久天川良幾遠見留者宇个礼止毛宇幾者物可者己日之幾与利八
和歌 まちかくて つらきをみるは うけれとも うきはものかは こひしきよりは
解釈 間近くてつらきを見るは憂けれども憂きは物かは恋しきよりは

歌番号一〇四六
於无奈乃毛止尓川可八之个留
女乃毛止尓川可八之个留
女のもとにつかはしける

布知八良乃左祢多々
藤原左祢多々
藤原さねたた(藤原真忠)

原文 徒久之奈留於毛日曽女可者和多利奈八美川也万佐良无与止武止幾奈久
定家 徒久之奈留思日曽女河和多利奈八水也万佐良无与止武時奈久
和歌 つくしなる おもひそめかは わたりなは みつやまさらむ よとむときなく
解釈 筑紫なる思ひ染河渡りなば水やまさらん淀む時なく

歌番号一〇四七
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 和多利天者安多尓奈留天不曾女可者乃己々呂川久之尓奈利毛己曽寸礼
定家 渡天者安多尓奈留天不染河乃心川久之尓奈利毛己曽寸礼
和歌 わたりては あたになるてふ そめかはの こころつくしに なりもこそすれ
解釈 渡りてはあだになるてふ染河の心つくしになりもこそすれ

歌番号一〇四八
於止己乃毛止与利者奈左可利尓己武止以比天己左利个礼八
於止己乃毛止与利花左可利尓己武止以比天己左利个礼八
男のもとより「花盛りに来む」と言ひて来ざりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 者奈左可利寸久之々飛止者徒良个礼止己止乃波遠左部加久之也八世无
定家 花左可利寸久之々人者徒良个礼止事乃波遠左部加久之也八世无
和歌 はなさかり すくししひとは つらけれと ことのはをさへ かくしやはせむ
解釈 花盛り過ごし人はつらけれど言の葉をさへかくしやはせん

歌番号一〇四九
越止己乃飛佐之宇止者左利个礼者
越止己乃飛佐之宇止者左利个礼者
男の久しう訪はざりければ

宇己无
右近
右近

原文 止不己止遠満徒尓川幾比者己由留幾乃以曽尓也以天々以末者宇良見无
定家 止不己止遠満徒尓月日者己由留木乃以曽尓也以天々今者宇良見无
和歌 とふことを まつにつきひは こゆるきの いそにやいてて いまはうらみむ
解釈 訪ふことを待つに月日はこゆるぎの磯にや出でて今は恨みん

歌番号一〇五〇
安飛之利天者部利个留飛止乃毛止尓比左之宇万可良
左利个礼者和寸令久佐奈尓遠可多祢止於毛比之波止
以不己止遠以比川可者之多利个礼者
安飛之利天侍个留人乃毛止尓比左之宇万可良
左利个礼者忘草奈尓遠可多祢止思之波止
以不己止遠以比川可者之多利个礼者
あひ知りて侍りける人のもとに久しうまから
ざりければ、忘草なにをか種と思ひしはと
言ふことを言ひつかはしたりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 和寸令久佐奈遠毛由々之美加利尓天毛於不天不也止八由幾天多尓三之
定家 忘草名遠毛由々之美加利尓天毛於不天不也止八由幾天多尓見之
和歌 わすれくさ なをもゆゆしみ かりにても おふてふやとは ゆきてたにみし
解釈 忘草名をもゆゆしみかりにても生ふてふ宿は行きてだに見じ

歌番号一〇五一
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 宇幾己止乃志个幾也止尓者王寸礼久左宇部天多尓三之安幾曽和日之幾
定家 宇幾己止乃志个幾也止尓者忘草宇部天多尓見之秋曽和日之幾
和歌 うきことの しけきやとには わすれくさ うゑてたにみし あきそわひしき
解釈 憂きことのしげき宿には忘草植ゑてだに見じ秋ぞわびしき

歌番号一〇五二
於无奈止毛呂止毛尓者部利天
女止毛呂止毛尓侍天
女と、もろともに侍りて

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 加寸志良奴於毛日者幾美尓安留毛乃遠々幾止己呂奈幾己々知己曽寸礼
定家 加寸志良奴思日者君尓安留物遠々幾所奈幾心地己曽寸礼
和歌 かすしらぬ おもひはきみに あるものを おきところなき ここちこそすれ
解釈 数知らぬ思ひは君にあるものを置き所なき心地こそすれ

歌番号一〇五三
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 遠幾止己呂奈幾於毛日止之幾々川礼八和礼尓以久良毛安良之止曽於毛不
定家 遠幾所奈幾思日止之幾々川礼八我尓以久良毛安良之止曽思
和歌 おきところ なきおもひとし ききつれは われにいくらも あらしとそおもふ
解釈 置き所なき思ひとし聞きつれば我にいくらもあらじとぞ思ふ

歌番号一〇五四
毛止奈可乃美己尓奈川乃佐宇曽久之天遠久留止天曽部多利个留
元長乃美己尓夏乃佐宇曽久之天遠久留止天曽部多利个留
元長親王に夏の装束して贈るとてそへたりける

奈武為无乃乃利乃豆加佐乃加美乃美己乃武寸女
南院式部卿乃美己乃武寸女
南院式部卿のみこのむすめ(南院式部卿親王女)

原文 和可多知天幾留己曽宇个礼奈川己呂毛於保可多止乃美三部幾宇寸左遠
定家 和可多知天幾留己曽宇个礼夏衣於保可多止乃美見部幾宇寸左遠
和歌 わかたちて きるこそうけれ なつころも おほかたとのみ みへきうすさを
解釈 我が裁ちて着るこそ憂けれ夏衣おほかたとのみ見べき薄さを

歌番号一〇五五
飛佐之宇止者佐利个留飛止乃於毛比以天々己与比
万宇天己无加止左々天安比万天止毛宇寸天万天
己左利个礼者
飛佐之宇止者佐利个留人乃思以天々己与比
万宇天己无加止左々天安比万天止申天万天
己左利个礼者
久しう訪はざりける人の思ひ出でて、今宵
まうで来ん。門鎖さであひまてと申してまで
来ざりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 也部武久良佐之天之可止遠以末左良尓奈尓々久也之久安計天万知个无
定家 也部武久良佐之天之門遠今更尓何尓久也之久安計天万知个无
和歌 やへむくら さしてしかとを いまさらに なににくやしく あけてまちけむ
解釈 八重葎や鎖してし門を今更に何に悔しく開けて待ちけん

歌番号一〇五六
飛止遠以比和川良比天己止飛止尓安比者部利天乃知以可々
安利个无者之女乃飛止尓於毛比可部利天本止部尓个礼八
布美八也良寸之天遠保幾尓多可佐己乃加多加幾多留尓
徒个天川可者之个留
人遠以比和川良比天己止人尓安比侍天乃知以可々
安利个无者之女乃人尓思可部利天本止部尓个礼八
布美八也良寸之天扇尓多可佐己乃加多加幾多留尓
徒个天川可者之个留
人を言ひわづらひて、異人にあひ侍りて後、いかが
ありけん、初めの人に思ひかへりて、ほど経にければ、
文はやらずして、扇に高砂のかた描きたるに
つけてつかはしける

美奈毛堂乃毛呂安幾良乃安曾无
源庶明朝臣
源庶明朝臣

原文 佐遠之可乃川万奈幾己比遠多可左己乃於乃部乃己万川幾々毛以礼奈无
定家 佐遠之可乃川万奈幾己比遠高砂乃於乃部乃己松幾々毛以礼奈无
和歌 さをしかの つまなきこひを たかさこの をのへのこまつ ききもいれなむ
解釈 さを鹿の妻なき恋を高砂の尾上の小松聞きも入れなん

歌番号一〇五七
可部之 
返之 
返し

与美比止之良春 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 左乎志可乃己衣多可左己尓幾己江之者川万奈幾止幾乃祢尓己曽安利个連
定家 左乎志可乃声高砂尓幾己江之者川万奈幾時乃祢尓己曽有个連
和歌 さをしかの こゑたかさこに きこえしは つまなきときの ねにこそありけれ
解釈 さを鹿の声高砂に聞こえしは妻なき時の音にこそ有りけれ

歌番号一〇五八
於毛不飛止尓衣安比者部良天和寸良礼尓个礼八
思不人尓衣安比侍良天和寸良礼尓个礼八
思ふ人にえ逢ひはべらで忘られにければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 世幾毛安部寸奈美多乃可八乃世遠者也美加々良武毛乃止於毛比也八世之
定家 世幾毛安部寸涙乃河乃世遠者也美加々良武物止思也八世之
和歌 せきもあへす なみたのかはの せをはやみ かからむものと おもひやはせし
解釈 せきもあへず涙の河のせ瀬を早みかからむ物と思ひやはせし

歌番号一〇五九
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美比止之良春 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 勢遠者也三堂衣春奈可留々美川与利毛多衣世奴毛乃者己比尓曽安利个留
定家 勢遠者也三堂衣春奈可留々水与利毛多衣世奴物者己比尓曽有个留
和歌 せをはやみ たえすなかるる みつよりも たえせぬものは こひにそありける
解釈 瀬を早み絶えず流るる水よりも絶えせぬ物は恋にぞ有りける

歌番号一〇六〇
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美比止之良春 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 己布礼止毛安不与奈幾三者和寸礼久左由女知尓左部也於以之个留良无
定家 己布礼止毛安不与奈幾身者忘草夢地尓左部也於以之个留良无
和歌 こふれとも あふよなきみは わすれくさ ゆめちにさへや おひしけるらむ
解釈 恋ふれども逢ふ夜なき身は忘草夢路にさへや生ひ繁るらん

歌番号一〇六一
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美比止之良春 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 与乃奈可乃宇幾者奈部天毛奈可利个利多乃武可幾利曽宇良美良礼个留
定家 世中乃宇幾者奈部天毛奈可利个利多乃武限曽怨良礼个留
和歌 よのなかの うきはなへても なかりけり たのむかきりそ うらみられける
解釈 世の中の憂きはなべてもなかりけり頼む限りぞ恨みられける

歌番号一〇六二
堂乃女多利个留飛止尓
堂乃女多利个留人尓
頼めたりける人に

与美比止之良春 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 由不左礼者於毛日曽志个幾満川飛止乃己武也己志也乃左多女奈个礼八
定家 由不左礼者思日曽志个幾満川人乃己武也己志也乃定奈个礼八
和歌 ゆふされは おもひそしけき まつひとの こむやこしやの さためなけれは
解釈 夕されば思ひぞしげき待つ人の来むや来じやの定めなければ

歌番号一〇六三
於无奈尓川可八之个留
女尓川可八之个留
女につかはしける

美奈毛堂乃与之乃々安曾无
源与之乃朝臣
源よしの朝臣(源善)

原文 以止者礼天加部利己之知乃志良也末者以良奴尓万由不毛乃尓曽安利个留
定家 以止者礼天加部利己之知乃志良山者以良奴尓迷物尓曽有个留
和歌 いとはれて かへりこしちの しらやまは いらぬにまよふ ものにそありける
解釈 厭はれて帰り越路の白山は入らぬにまどふ物にぞ有りける

歌番号一〇六四
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与三飛止毛
与三人毛
よみ人も

原文 飛止奈美尓安良奴和可三八奈尓者奈留安之乃祢乃美曽志多尓奈可留々
定家 人浪尓安良奴和可身八奈尓者奈留安之乃祢乃美曽志多尓奈可留々
和歌 ひとなみに あらぬわかみは なにはなる あしのねのみそ したになかるる
解釈 人並みにあらぬ我が身は難波なる葦の根のみぞ下に泣かるる

歌番号一〇六五
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与三飛止毛
与三人毛
よみ人も

原文 志良久毛乃由久部幾也万者佐多万良寸於毛不可多尓毛可世者与世奈无
定家 白雲乃由久部幾山者佐多万良寸思不方尓毛風者与世奈无
和歌 しらくもの ゆくへきやまは さたまらす おもふかたにも かせはよせなむ
解釈 白雲の行くべき山は定まらず思ふ方にも風は寄せなん

歌番号一〇六六
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与三飛止毛
与三人毛
よみ人も

原文 与乃奈可尓奈保安利安个乃川幾奈久天也美尓万与不遠止八奴川良之奈
定家 世中尓猶有安个乃月奈久天也美尓迷遠止八奴川良之奈
和歌 よのなかに なほありあけの つきなくて やみにまよふを とはぬつらしな
解釈 世の中になほ有明けの月なくて闇にまどふを訪はぬつらしな

歌番号一〇六七
佐多万良奴己々呂安利止於无奈乃以日多利个礼八徒可八之个留
佐多万良奴心安利止女乃以日多利个礼八徒可八之个留
定まらぬ心ありと女の言ひたりければ、つかはしける

於久留於保萬豆利古止乃於保萬豆岐美
贈太政大臣
贈太政大臣

原文 安寸可々者世幾天止々武留毛乃奈良波布知世止奈留止奈止可以者礼无
定家 安寸可河世幾天止々武留物奈良波布知世止奈留止奈止可以者礼无
和歌 あすかかは せきてととむる ものならは ふちせになると なとかいはれむ
解釈 飛鳥河せきてとどむる物ならば淵瀬になるとなどか言はれん

歌番号一〇六八
飛佐之宇満可利可与八寸奈利尓个礼八可武奈川幾者可利尓
由幾乃寸己之布利多留安之多尓以比者部利个留
飛佐之宇満可利可与八寸奈利尓个礼八十月許尓
雪乃寸己之布利多留安之多尓以比侍个留
久しうまかり通はずなりにければ、十月ばかりに
雪の少し降りたる朝に言ひ侍りける

宇己无
右近
右近

原文 三遠徒免者安者礼止曽於毛不者川由幾乃布利奴留己止毛多礼尓以者万之
定家 身遠徒免者安者礼止曽思者川雪乃布利奴留己止毛多礼尓以者万之
和歌 みをつめは あはれとそおもふ はつゆきの ふりぬることも たれにいはまし
解釈 身をつめばあはれとぞ思ふ初雪の降りぬることも誰れに言はまし

歌番号一〇六九
美奈毛止乃堂々安幾良乃安曾无可武奈川幾者可利尓止己奈川遠
於利天遠久利天者部利个礼者
源堂々安幾良乃朝臣十月許尓止己奈川遠
於利天遠久利天侍个礼者
源正明朝臣、十月ばかりに、
常夏を折りて贈りて侍りければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 布由奈礼止幾美可々幾本尓佐幾个礼者武部止己奈川尓己比之可利个利
定家 冬奈礼止君可々幾本尓佐幾个礼者武部止己夏尓己比之可利个利
和歌 ふゆなれと きみかかきほに さきけれは うへとこなつに こひしかりけり
解釈 冬なれど君が垣ほに咲きければむべ常夏に恋しかりけり

歌番号一〇七〇
於无奈乃宇良武留己止安利天於也乃毛止尓満可利和多利
天者部利个留尓由幾乃布可久奈利天者部利个礼八
安之多尓於无奈乃武可部尓久留万徒可者之个留
世宇曽己尓久波部天徒可者之个留
女乃宇良武留己止安利天於也乃毛止尓満可利渡
天侍个留尓雪乃布可久奈利天侍个礼八
安之多尓女乃武可部尓久留万徒可者之个留
世宇曽己尓久波部天徒可者之个留
女の、恨むることありて親のもとにまかり渡り
て侍りけるに、雪の深く降りて侍りければ、
朝に女の迎へに車つかはしける
消息に加へてつかはしける

加祢寸計乃安曾无
加祢寸計乃朝臣
かねすけの朝臣(藤原兼輔)

原文 志良由幾乃計左者川毛礼留於毛日可奈安者天不留与乃本止毛部奈久尓
定家 白雪乃計左者川毛礼留思日哉安者天不留夜乃本止毛部奈久尓
和歌 しらゆきの けさはつもれる おもひかな あはてふるよの ほともへなくに
解釈 白雪の今朝は積もれる思ひかな逢はで降る夜のほども経なくに

歌番号一〇七一
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 志良由幾乃川毛留於毛日毛堂乃万礼寸者留与利乃知者安良之止於毛部八
定家 志良由幾乃川毛留思日毛堂乃万礼寸春与利乃知者安良之止於毛部八
和歌 しらゆきの つもるおもひも たのまれす はるよりのちは あらしとおもへは
解釈 白雪の積もる思ひも頼まれず春より後はあらじと思へば

歌番号一〇七二
己々呂左之者部利於无奈美也徒可部之者部利个礼者安不己止可
多久天者部利个留尓由幾乃不留尓川可八之个留
心左之侍女美也徒可部之侍个礼者安不己止可
多久天侍个留尓由幾乃不留尓川可八之个留
心ざし侍る女、宮仕へし侍りければ、逢ふことか
たくて侍りけるに、雪の降るにつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 和可己飛之幾美可安多利遠者奈礼祢八布留志良由幾毛曽良尓幾由良无
定家 和可己飛之君可安多利遠者奈礼祢八布留白雪毛曽良尓幾由良无
和歌 わかこひし きみかあたりを はなれねは ふるしらゆきも そらにきゆらむ
解釈 我が恋ひし君があたりを離れねば降る白雪も空に消ゆらん

歌番号一〇七三
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 也万可久礼幾衣世奴由幾乃和比之幾者幾美万川乃者尓加々利天曽布留
定家 山可久礼幾衣世奴雪乃和比之幾者君万川乃者尓加々利天曽布留
和歌 やまかくれ きえせぬゆきの わひしきは きみまつのはに かかりてそふる
解釈 山隠れ消えせぬ雪のわびしきは君松の葉にかかりてぞ降る

歌番号一〇七四
毛乃以比者部利个留於无奈尓止之乃者天乃己呂本比川可者
之个留
物以比侍个留女尓年乃者天乃己呂本比川可者
之个留
物言ひ侍りける女に、年の果てのころほひつかは
しける

布知八良乃止幾布留
藤原止幾布留
藤原ときふる(藤原時雨)

原文 安良多万乃止之者个不安寸己衣奴部之安不左可也万遠和礼也遠久礼无
定家 安良多万乃年者个不安寸己衣奴部之相坂山遠我也遠久礼无
和歌 あらたまの としはけふあす こえぬへし あふさかやまを われやおくれむ
解釈 あらたまの年は今日明日越えぬべし相坂山を我や遅れん

万葉集 集歌927から集歌931まで

$
0
0
反謌一首
集歌九二七 
原文 足引之 山毛野毛 御狩人 得物矢手挟 散動而有所見
訓読 あしひきし山にも野にも御狩人(みかりひと)得物矢(さつや)手挾(たばさ)み散(さ)動(わ)きたり見ゆ
私訳 足を引きずるような険しい山にも野にも、御狩りに従う人々が手に得物や矢を持ち、あちらこちらを動き廻るのが見える。
左注 右、不審先後。但、以便故載於此歟。
注訓 右は、先後を審(つばび)らかにせず。ただ、便(たより)を以(もち)ての故にここに載せるか。

冬十月、幸于難波宮時、笠朝臣金村作謌一首并短謌
標訓 (神亀二年)冬十月に、難波宮に幸(いでま)しし時に、笠朝臣金村の作れる謌一首并せて短謌
集歌九二八 
原文 忍照 難波乃國者 葦垣乃 古郷跡 人皆之 念息而 都礼母無 有之間尓 續麻成 長柄之宮尓 真木柱 太高敷而 食國乎 治賜者 奥鳥 味經乃原尓 物部乃 八十伴雄者 廬為而 都成有 旅者安礼十方
訓読 押し照る 難波(なには)の国は 葦垣(あしかき)の 古(ふ)りにし郷(さと)と 人(ひと)皆(みな)し 思ひ息(やす)みて つれもなく ありし間(あひだ)に 続麻(うみを)なす 長柄(ながら)し宮に 真木柱(まきはしら) 太(ふと)高敷(たかし)きて 食国(をすくに)を 治めたまへば 沖つ鳥 味経(あじふ)の原に 物部(もののふ)の 八十伴(やそとも)し壮(を)は 廬(いほり)して 都(みやこ)成(な)したり 旅にはあれども
私訳 一面に光輝く難波の国は、葦で垣根を作るような古びた郷と人が皆、そのように思い忘れ去って、見向きもしない間に、紡いだ麻の糸が長いように長柄の宮に立派な柱を高々とお立てになり君臨なされて、御領土をお治めなさると、沖を飛ぶ味鴨が宿る味経の原に、立派な大王の廷臣の多くのつわものは、仮の宿りをして、さながら都の様をなした。旅ではあるのだが。

反謌二首
集歌九二九 
原文 荒野等丹 里者雖有 大王之 敷座時者 京師跡成宿
訓読 荒野(あらの)らに里はあれども大王(おほきみ)し敷きます時は京師(みやこ)となりぬ
私訳 荒野のような里ではあるが、大王が御出座しになるときは都となる。

集歌九三〇 
原文 海末通女 棚無小舟 榜出良之 客乃屋取尓 梶音所聞
訓読 海(あま)未通女(をとめ)棚無し小舟榜(こ)ぎ出(づ)らし旅の宿りに梶し音聞こゆ
私訳 漁師のうら若い娘女が、側舷もない小さな船を操って船出をするようだ、旅の宿りにその船を操る梶の音が聞こえる。

車持朝臣千年作謌一首并短謌
標訓 車持朝臣千年の作れる謌一首并せて短謌
集歌九三一 
原文 鯨魚取 濱邊乎清三 打靡 生玉藻尓 朝名寸二 千重浪縁 夕菜寸二 五百重浪因 邊津浪之 益敷布尓 月二異二 日日雖見 今耳二 秋足目八方 四良名美乃 五十開廻有 住吉能濱
訓読 鯨魚(いさな)取り 浜辺(はまへ)を清(きよ)み うち靡き 生(お)ふる玉藻に 朝凪に 千重(ちへ)浪(なみ)寄せ 夕凪に 五百重(いほへ)浪(なみ)寄す 辺(へ)つ浪し いやしくしくに 月に異(け)に 日に日に見とも 今のみに 飽き足(た)らめやも 白浪の い開(さ)き廻(めぐ)れる 住吉(すみのへ)の浜
私訳 鯨魚も取れると云う位の立派な海の浜辺が清らかで、波間に靡き生えている美しい藻に、朝凪に千重の浪が寄せ、夕凪に五百重の浪が寄せる、その岸辺に寄す浪が、次ぎ次ぎと寄せるように月を重ね、日々に見ていても、今このように見るだけで、見飽きるでしょうか。白波が花飛沫を咲かせている住吉の浜よ。

万葉集 集歌932から集歌936まで

$
0
0
反謌一首
集歌九三二 
原文 白浪之 千重来縁流 住吉能 岸乃黄土粉 二寶比天由香名
訓読 白浪し千重(ちへ)に来(き)寄(よ)する住吉(すみのへ)の岸の黄土(はにふ)に色付(にほひ)て行かな
私訳 白浪が千重に寄せ来る住吉の岸の黄土の色を、思い出に衣に染めて往きたい。

山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌
集歌九三三 
原文 天地之 遠我如 日月之 長我如 臨照 難波乃宮尓 和期大王 國所知良之 御食都國 日之御調等 淡路乃 野嶋之海子乃 海底 奥津伊久利二 鰒珠 左盤尓潜出 船並而 仕奉之 貴見礼者
訓読 天地(あまつち)し 遠きが如く 日月し 長きが如く 押し照る 難波の宮に 吾(わ)ご大王(おほきみ) 国知らすらし 御食(みけ)つ国 日し御調(みつき)と 淡路の 野島(のしま)し海人(あま)の 海(わた)し底(そこ) 沖つ海石(いくり)に 鰒(あはび)珠(たま) さはに潜(かづ)き出(で) 船並(な)めて 仕(つか)へ奉(まつ)るし 貴(とほと)し見れば
私訳 天と地が永遠であるように、日と月が長久であるように、照る陽に臨む難波の宮で吾らの大王がこの国を統治される。御食を奉仕する国、天皇への御調をする淡路の野島の海人が、海の底、その沖の海底にある岩にいる鰒の玉を大勢で潜水して取り出す。その船を連ねて天皇に奉仕している、その姿は実に貴い。見ていると。

反謌一首
集歌九三四 
原文 朝名寸二 梶音所聞 三食津國 野嶋乃海子乃 船二四有良信
訓読 朝凪に梶(かぢ)し音(ね)そ聞く御食(みけ)つ国野島(のしま)の海人(あま)の船にしあるらし
私訳 朝の凪に梶の音が聞こえる。御食を奉仕する国の野島の海人の船の音らしい。

三年丙寅秋九月十五日、幸於播磨國印南野時、笠朝臣金村作謌一首并短謌
標訓 (神亀)三年丙寅秋九月十五日に、播磨國の印南野に幸(いでま)しし時に、笠朝臣金村の作れる謌一首并せて短謌
集歌九三五 
原文 名寸隅乃 船瀬従所見 淡路嶋 松机乃浦尓 朝名藝尓 玉藻苅管 暮菜寸二 藻塩焼乍 海末通女 有跡者雖聞 見尓将去 餘四能無者 大夫之 情者梨荷 手弱女乃 念多和美手 俳徊 吾者衣戀流 船梶雄名三
訓読 名寸隅(なきすみ)の 船瀬(ふなせ)ゆ見ゆる 淡路島(あはぢしま) 松机(まつき)の浦に 朝凪に 玉藻刈りつつ 夕凪に 藻塩焼きつつ 海(あま)未通女(をとめ) ありとは聞けど 見に行かむ 縁(よし)の無ければ 大夫(ますらを)し 情(こころ)は無しに 手弱女(たわやめ)の 思ひたわみて 徘徊(たもとほ)り 吾はぞ恋ふる 船梶(ふなかぢ)を無み
私訳 名寸隅の船を引き上げる浜から見える淡路島、その松机の浦では朝の凪には玉藻を刈り、夕方の凪には藻塩を焼く、そんな漁師のうら若い娘女がいると聞くのだが、彼女に会いに行く機会がないので、朝廷の立派な男の乙女に恋する気持ちは失せ、か弱い女のように気持ちも萎え、恋心はさまよい、私はただ噂の乙女に恋をする。海を渡る船もそれを操る梶もないので。
注意 原文の「松机乃浦尓」は、標準解釈では「松帆乃浦尓」と校訂し「松帆(まつほ)の浦に」と訓じます。

反謌二首
集歌九三六 
原文 玉藻苅 海未通女等 見尓将去 船梶毛欲得 浪高友
訓読 玉藻刈る海(あま)未通女(をとめ)ども見に行かむ船梶(ふなかぢ)もがも浪高くとも
私訳 玉藻を刈る漁師のうら若い娘女たちに会いに行こう。船やそれを操る梶があるならば、浪が高くとも。

万葉集 集歌937から集歌941まで

$
0
0
集歌九三七 
原文 徃廻 雖見将飽八 名寸隅乃 船瀬之濱尓 四寸流思良名美
訓読 行き廻(めぐ)り見とも飽かめや名寸隅(なきすみ)の船瀬(ふなせ)し浜にしきる白浪
私訳 行ったり来たりして眺めていて飽きるでしょうか、名寸隅の船を引き上げる浜に次ぎ次ぎと打ち寄せる白波よ。

山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌
集歌九三八 
原文 八隅知之 吾大王乃 神随 高所知須 稲見野能 大海乃原笶 荒妙 藤井乃浦尓 鮪釣等 海人船散動 塩焼等 人曽左波尓有 浦乎吉美 宇倍毛釣者為 濱乎吉美 諾毛塩焼 蟻徃来 御覧母知師 清白濱
訓読 やすみしし 吾(わ)が大王(おほきみ)の 神ながら 高知ろしめす 印南野(いなみの)の 大海(おほみ)の原の 荒栲し 藤井の浦に 鮪(しび)釣ると 海人(あま)船散(さ)動(わ)き 塩焼くと 人ぞ多(さは)にある 浦を良(よ)み 諾(うべ)も釣はす 浜を良み 諾も塩焼く あり通ひ 見ますもしるし 清き白浜
私訳 四方八方をあまねく御照覧される吾らの大王は、神ではありますが、天まで高らかに知らしめす印南野の大海の原にある、荒栲を作る藤、その藤井の浦で鮪を釣ろうと海人の船があちらこちらに動き廻り、海水から塩を焼くとして人がたくさん集まっている、浦が豊かなので誠に釣りをする。浜が豊かなので誠に海水から塩を焼く。このようにたびたび通い御覧になるもその通りである。この清らかな白浜よ。

反謌三首
集歌九三九 
原文 奥浪 邊波安美 射去為登 藤江乃浦尓 船曽動流
訓読 沖つ浪(なみ)辺(へ)つ波(なみ)安み漁(いざり)すと藤江(ふじえ)の浦に船ぞ動(さわ)ける
私訳 沖に立つ浪、岸辺に寄す波も穏やかで、漁をすると藤江の浦に漁師の船がざわめいている。

集歌九四〇 
原文 不欲見野乃 淺茅押靡 左宿夜之 氣長有者 家之小篠生
訓読 印南野(いなみの)の浅茅(あさぢ)押しなべさ寝(ぬ)る夜し日(け)長くあれば家し偲(しの)はゆ
私訳 印南野の浅茅を押し倒して、寝るその夜が長く感じるので、留守にした家が偲ばれます。
注意 原文の「氣長有者」は、標準解釈では「氣長在者」と校訂し「日(け)長くあれば」と訓じます。

集歌九四一 
原文 明方 潮干乃道乎 従明日者 下咲異六 家近附者
訓読 明石(あかし)潟(かた)潮干(しおひ)の道を明日(あす)よりは下咲(したゑ)ましけむ家近づけば
私訳 明石の干潟、その潮が引いた道を行くと、明日からは心が浮き浮きするでしょう。留守した家が近づくと思うと。
Viewing all 3039 articles
Browse latest View live